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No.1キャバ嬢が農家に嫁ぎまして  作者: とらねこ
夜の街に生きる人々
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2/7

第2話 それぞれの立場

この日も、出勤してからしばらくすると、店内はいつものように忙しくなってきた。


ボーイたちが慌ただしく動き、キャストたちは鏡の前でメイクや髪型を整えている。


涼風

「リン子、今日もがんばろーねー!」


リン

「うん、そうだね!」


涼風と軽く言葉を交わし、私は自分の準備を済ませた。


特別なことは何もない。


いつも通り出勤して、いつも通りお客さんを迎える。


そんな一日の始まりだった。


すると、店内の一角から歓声が上がった。


姫乃

「えー! すごーい! こんなの開けてもらっちゃっていいんですかぁ?」


甘ったるい声が聞こえてきた。


そちらに目を向けると、姫乃の卓に高級シャンパンが運ばれているところだった。


ボトルを前にした姫乃は、いつも以上に嬉しそうな顔でお客さんと腕を組み、胸を軽く押し当てている。


お客さん

「姫乃ちゃんのためなら、これくらい安いもんだよ」


姫乃

「やだぁ、もう! そんなこと言われたら、もっと好きになっちゃうじゃないですかぁ♡」


姫乃が楽しそうに笑うと、お客さんも満足そうに笑った。


私はその様子を横目で見ながら、近くにいたボーイに声をかけた。


リン

「ねえ、あのお客さんって前から来てたっけ?」


ボーイ

「ああ、あの人。この前フリーで来てた人ですね」


リン

「へえ、そうなんだ」


ボーイ

「なんだか結構、使ってくれそうな人らしいですよ」


リン

「なるほどね」


……まあ、姫乃の接客が好みに合ったんだろう。私が付いても、同じ結果になったとは限らない。


私はそう思うようにしている。


誰がどのお客さんに付くか。それも、この世界では大切なことだ。


キャバクラでは、どの席に誰を付けるかを決める「付け回し」という重要な役割がある。


フリーのお客さんにどのキャストを付けるか、指名客の席に誰をヘルプとして付けるか。店内の状況やキャスト同士の関係性などを見ながら、席の組み合わせを判断していく、いわば司令塔のような役割だ。


付け回し次第で、お客さんの満足度は大きく変わる。


相性のいいキャストが付けば、その場が盛り上がるだけでなく、次の指名につながることもある。逆に、組み合わせを間違えれば、せっかくの来店が一度きりで終わってしまうことだってある。


うちの店では、基本的に店長や主任が付け回しを担当していた。


だから、誰がどの席に付くかには、店側の判断や意図が少なからず反映される。


私は売れっ子と呼ばれる立場だから、フリーの席に付けてもらう回数は多い。


それだけ、店から期待されているということでもあるし、実際に指名に繋げる事も多い。


けれど、フリーに付けてもらえる回数が、いつも一番多いわけではない。


その点では、姫乃のほうが私より優先されることが多かった。


姫乃は店長やオーナーなど、立場のある人間に気に入られるのがうまい。


必要なら自分から積極的に距離を縮める。


売上を持っていることに加えて、店側へのアピールも欠かさない。


だから、店長が「このお客さんには姫乃を付けよう」と考えるのも、無理はなかった。


私は店長から嫌われてはいないが、好かれてもいないだろう。


姫乃のように、店長やオーナーに媚びを売ることもできない。


けれど、そんなことばかり気にしていても仕方がない。


私は私のやり方で頑張ろう。


そう割り切らないとやってられない部分もあった。


その後、店長の小嶋が店内を見回していた。


キャストたちの様子を確認しながら歩いていた小嶋は、ふと足を止めると、一人のキャストに声をかけた。


小嶋

「ゆきちゃん、今日お客さんの来店予定ある?」


ゆき

「あ……いえ、ないです……。すいません……」


ゆきは申し訳なさそうに、小さく頭を下げた。


小嶋

「そっかー。そろそろゆきちゃんも、お客さん掴んでいかないとねー」


小嶋は軽い口調で言った。


小嶋

「連絡先とかちゃんと交換してる? 交換したお客さんには、そのあとも連絡してる? ちゃんと営業しないとダメだよー」


ゆき

「はい……」


小嶋

「まあ、頑張ってね」


そう言うと、小嶋は別の場所へと歩いていった。


ゆき 21歳。


ゆきは入店して半年ほどになるが、売上はまだほとんどない。


接客中もどこか自信がなさそうで、積極的に話しかけるのが苦手なようだった。


それでも、仕事をサボっているわけではない。


むしろ、一生懸命なのは伝わってくる。


ただ、頑張り方がわからないのかもしれない。


そんなことを考えていると、ゆきがこちらに向かって歩いてきた。


ゆき

「あ、あの……」


少し遠慮がちな声だった。


リン

「ん? どうしたの?」


ゆき

「あの……どうやったらリンさんみたく、お客さん呼べるようになりますか……?」


ゆきは緊張した様子で、私の顔を見上げた。


リン

「ああ……」


私は少し考えた。


どう説明すればいいだろう。


接客の仕方は人によって違うし、これさえやれば必ず売れる、なんて方法があるわけでもない。


リン

「んー、一言で説明するのは難しいけど……。まずは、そのお客さんが何を求めてるのかを考えることかな」


ゆき

「何を求めてるのか……?」


リン

「うん。そこがわからないと、どう接客したらいいかもわからないからね」


私はゆきの顔を見ながら続けた。


リン

「例えば、楽しく飲みたい人もいれば、仕事の愚痴を聞いてほしい人もいるでしょ?」


ゆき

「はい……。でも私、聞くことに集中すると、相づちしかできなくなっちゃうんです。『そうなんですね』とか『大変ですね』ばかりで……。私といてもつまらないだろうなって思ってしまって……」


私は少し考えてから、ゆきに向き直った。


リン

「聞くこと自体は悪くないよ。むしろ、話を遮らずに聞けるのはゆきちゃんのいいところだと思う」


ゆき

「私の、いいところ……?」


リン

「うん。ただ、相づちだけで終わらせずに、相手の言葉から一つだけ拾ってみるといいかも。

例えば、お客さんが『最近、仕事が忙しくてさ』って話してくれたとするでしょ?」


ゆき

「はい……」


リン

「そこで『そうなんですね』だけで終わらせるんじゃなくて、『ずっと忙しいんですか?』とか『お休みの日もゆっくりできないんですか?』って、相手の話をもう少し聞いてみるの」


ゆき

「なるほど……」


リン

「うん。そうすると、相手も話を続けやすくなるでしょ? もちろん、あまり話したくなさそうなら無理に聞かなくていいしね」


ゆき

「なるほど……」


リン

「それで、相手が話しやすそうならもう少し聞けばいいし、逆に話題を変えたそうなら、別の話に移ればいい。全部を盛り上げようとしなくても大丈夫だよ」


ゆきは真剣な表情で頷いた。


リン

「あと、連絡先を交換したあとも、最初から『また来てください』だけだと、営業っぽく見えるから、席で話した内容を覚えておいて、メッセージの中でそれに触れたりしてね」


ゆき

「話した内容……」


リン

「うん。例えば、その人が映画の話をしていたなら、『この前話していた映画、私も予告を見てみました』とか。すぐに来店につなげようとしなくても、ちゃんと話を覚えているって伝わるだけで印象は変わると思う」


ゆき

「それなら、私にもできるかもしれません」


ゆきはそう言ったあと、続けて口を開いた。


ゆき

「私……自信がないから、いつもおどおどしちゃって……。お客さんにも、つまらないって思われてるんじゃないかって不安で……」


その言葉に、私は少し驚いた。


リン

「私だって、自信があるわけじゃないよ」


ゆき

「えっ……?」


ゆきが顔を上げた。


リン

「自信があるように見えるかもしれないけど、接客って難しいし、私だっていつも不安だよ」


これは、別に謙遜しているわけではなかった。


どれだけ経験を積んでも、お客さんは一人ひとり違う。


昨日うまくいった接客が、今日も同じようにうまくいくとは限らない。


何気ない一言で笑ってくれることもあれば、何を話しても反応が薄いことだってある。


私だって、毎回正解を見つけられるわけじゃない。


リン

「でも、お客さんを楽しませなきゃいけない仕事だからさ。どんな私ならもっと楽しんでもらえるかなって、必死に考えてるだけだよ」


ゆきは、じっと私を見つめていた。


リン

「最初からうまくやろうとしなくてもいいと思う。いろんなお客さんと話して、少しずつ自分に合った接客を見つけていけばいいんじゃないかな」


ゆき

「そうですね……」


ゆきは、少しほっとしたように笑った。


さっきまで伏せられていた目が、今は少し前を向いている。


ゆき

「ありがとうございます! いろいろ考えながらやってみます! ……あっ、お、お忙しいのに時間取らせてすいません……」


リン

「ううん。大丈夫だよ。頑張ってね!」


ゆき

「はい!」


ゆきは、少しだけ自信がついたような表情で自分の持ち場へと戻っていった。


その直後、フリーのお客さんが来店し、ボーイがゆきに声をかけた。


ボーイ

「ゆきさん、フリー2名様お願いします!」


ゆき

「は、はい!」


ゆきは一瞬だけ緊張したように息を呑んだ。


けれど、すぐに背筋を伸ばし、テーブルへ向かって歩き出した。


その様子を見送りながら、自分が新人だった頃のことを、少し思い出した。


私も最初から今みたいに接客ができたわけじゃない。


失敗したこともあったし、どうすればいいのかわからなくなったこともあった。


そう考えると、ゆきもこれからなのかもしれない。


今日の小さな一歩が、すぐに売上につながるわけではない。


それでも、自分で考えて、試して、少しだけ前に進めた。


その積み重ねが、いつか彼女の接客を形にしていくのだと思う。


焦らずに、自分なりのやり方を見つけていってほしい。


私は、そんなゆきのこれからに、少しだけ期待していた。


涼風

「リンちゃーん!」


涼風がこちらに向かって歩いてきていた。


涼風

「あれー? ゆきちゃんと話してた? 珍しいねー!」


リン

「聞かれたの。どうしたらもっとお客さんを呼べるかのって」


涼風

「あー、なるほどね!」


涼風は納得したように頷いた。


涼風

「ゆきちゃん、かわいいよねー! なんかピュアだし、おどおどしてて! 小動物みたい!」


リン

「まあ、たしかにかわいいし、いい子だよね」


涼風

「だよねー!」


涼風は嬉しそうに笑った。


リン

「色々と大変だからね…キャバクラの世界って」


涼風

「確かにねー。でも、お酒飲んでー、楽しんで接客すればお客さんも楽しんでくれるよね?」


リン

「そりゃそうだけど、それを自然にできる人って意外と少ないのよ。涼風は、それが普通にできるからすごいんだよ」


涼風

「私でもやれてるんだから、ゆきちゃんも大丈夫っしょ! きっと!」


涼風は、いつもの調子で笑った。


リン

「そんな簡単かなぁ……」


……この子は本当に、何でも前向きに考える。


私は思わず笑ってしまった。


同じ店で働いていても、考え方は人それぞれだ。


だからこそ、一緒にいて飽きないのかもしれない。


その後も、店内は賑やかな時間が続いていた。


そんな中、入口のほうから聞き覚えのある声がした。


「おー! リンちゃん、今日も頑張ってるねー!」


振り返ると、オーナーの神崎が笑顔で立っていた。


リン

「神崎さん、お疲れ様です」


神崎

「いやー、さすがだねぇー!」


神崎は店内を見回しながら、満足そうに頷いた。


神崎修司(かんざきしゅうじ) 40歳。


日に焼けた肌に、高級そうなアクセサリー。


夜の帝王。そう思わせる風格だ。


「ブラン本店」「ブラン・ローズ」「ブラン・アネモネ」のキャバクラ三店舗に加え、飲食店も複数経営している。このグループのトップに立つやり手オーナーだ。


気さくで人当たりがよく、誰に対しても親しげに話しかける。


少なくとも、表向きはそういう人だった。


神崎

「リンちゃんは、もううちの看板だからね!」


リン

「いやぁ……ありがとうございます」


神崎

「何かあれば、いつでも相談してくれよな!」


リン

「はい、ありがとうございます」


私は笑顔で答えた。


……いや、相談はしないけど。


心の中でそう付け加える。


神崎は気さくな人ではあるけれど、私はどうにも、この人の言葉をそのまま受け取る気にはなれなかった。


笑顔で話しているのに、言葉の端々から、相手に何かを求めるような圧を感じるのだ。


もちろん、オーナーとしての手腕はあるのだろう。


実際、ブランはこの街でも知名度のあるグループに成長している。


ただ、人当たりがいいことと、本当に信頼できることは別だ。


私は、そういうことを仕事を通して少しずつ学んできた。


神崎

「ところで、小嶋」


神崎は、近くにいた店長の小嶋に声をかけた。


小嶋

「はい、何でしょう?」


小嶋は、すぐに神崎のほうへ向き直った。


神崎

「先月のアネモネの売上、見たか? また店の月間売上記録を更新したな」


小嶋

「あ……はい。そうですね」


神崎

「いやー、すごいよな。新店長になってから、かなり勢いがあるよな」


神崎は笑顔のまま言った。


その言葉に、私は少しだけ意識を向けた。


ブランには三つのキャバクラがある。


系列の中心にあるのが、私の働く「ブラン本店」だ。知名度も固定客も多い。店舗売上も系列の中では圧倒的な1位を維持しており、ここで働いていることはキャストにとっても誇りのひとつだった。


本店と同じ歓楽街にある「ブラン・ローズ」は、かつては系列2番手の店舗として、本店に次ぐ立場を守ってきた。客層やキャストの動向が比較されやすい場所にあるため、ローズにとって本店は、常に意識せざるを得ない存在でもある。


一方、「ブラン・アネモネ」は、私たちが店を構える歓楽街から少し離れた場所にある。同じ系列ではあるものの、普段から直接顔を合わせる機会はない。客層も街の雰囲気も異なり、独自のやり方で営業している店だった。


そんなアネモネが、新しい店長の就任をきっかけに急成長を遂げた。


今ではローズに大差をつけ、系列2位の売上を誇っている。勢いだけで言えば、今もっとも注目されている店舗だった。


神崎

「本店も、うかうかしてられないんじゃないのか?」


神崎の言葉で、私は意識を会話に戻した。


小嶋

「いえ、まあ……本店は本店の意地がありますので……」


小嶋の口調が、少しだけ歯切れの悪いものになった。


もちろん、本店とアネモネの間には、まだ大きな差がある。


それでも、アネモネの成長が続けば、いつか本店の地位を脅かす存在になるかもしれない。


神崎が小嶋に言いたかったのも、そういうことなのだろう。


私も追われる側の気持ちはよくわかる。


神崎

「もちろん、期待してるさ。本店の意地があるもんなぁ?」


神崎は、ぽんぽんと小嶋の肩を叩いた。


神崎

「これからも頼むよ」


小嶋

「はい……。もちろんです」


小嶋は笑顔を作って答えた。


神崎は満足そうに頷くと、別のスタッフにも声をかけ始めた。


その場を離れていく背中を見送りながら、小嶋は小さく息を吐いた。


私はその様子を、少し離れたところから見ていた。


本店だからといって、いつまでも安泰とは限らない。


結果を出し続けなければ、立場は守れない。


それは、キャストも店長も同じだった。


私は改めて店内を見回した。


楽しそうに笑う涼風。


上目遣いで接客する姫乃。


自信なさげながらも、懸命に仕事を覚えようとするゆき。


そして、何事もなかったかのようにスタッフへ声をかけている神崎。


なにか落ち着かない様子の小嶋。


それぞれが、それぞれの立場で、この店で働いている。


売上を伸ばしたい人。


誰かに認められたい人。


今の場所を守りたい人。


自分の居場所を見つけたい人。


同じ店にいても、考えていることはきっと違う。


そんなことを考えながら、私は再び目の前の仕事へと戻っていった。


今日も、いつもと変わらない夜が続いていく。

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