第1話 華やかな世界
第1話を公開しました!
『No.1キャバ嬢が農家に嫁ぎまして』を読んでいただき、ありがとうございます!
第1話では、主人公・如月リンのキャバ嬢としての日常や、仕事に対する考え方、そしてふとした瞬間に感じる将来への不安を描いています。
華やかな夜の世界で生きるNo.1キャバ嬢が、これからどんな人生を歩んでいくのか。
まだ物語は始まったばかりですが、少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!
よろしければ、ぜひ読んでみてください!
都心と比べれば規模こそ小さいものの、商業施設や飲食店が立ち並び、地方都市として十分な賑わいを見せる街。
そんな街の一角に、夜になるとひときわ活気づく歓楽街がある。
居酒屋やバーが立ち並び、通りを少し歩けば、キャバクラやスナックの看板が目に入る。夜の店だけでも百店舗近くはあるだろう。
仕事帰りの会社員、仲間と酒を飲む若者たち、夜の街に慣れた常連客。
日が暮れると、昼間とは違う顔を見せるこの街に、今日も多くの人が集まってくる。
その歓楽街の中でも、ひときわ存在感を放つ店がある。
CLUB BLANC 本店(クラブ・ブラン本店)。
この街でもトップクラスの知名度を誇る人気店であり、三店舗を展開する「ブラン」グループの旗艦店でもある。
ブラン本店は、系列店の中でも圧倒的な売上を誇る。
そして、私が働いている店だ。
私は如月リン、25歳。
ブラン本店に在籍するキャバ嬢で月間売上はほぼ毎月1位。
さらに、系列全店のキャストを含めた個人売上でも、ほぼ毎月1位をキープしている。
いわゆる、No.1キャバ嬢というやつだ。
そう言うと、さぞかし負けず嫌いで、数字に目の色を変える女を想像する人もいるかもしれない。
けれど、私は順位を上げること自体に夢中になるタイプではなかった。
月初めに先月末締めのランキング表が張り出される。
それを見ても「先月も1位だったんだ」と、どこか他人事のように思うことがある。
もちろん、頑張った結果が数字に表れるのは嬉しい。けれど、1位になることそのものを追いかけているわけではなかった。
ただ、No.1である以上、簡単に順位を落とすわけにもいかない。
周りからの期待もある。
「No.1を指名している」それがステータスだと感じるお客さんもいる。
No.1でいなければ価値がなくなるのではないかといった恐怖心もある。
だからこそ、今の結果に甘えることなく、目の前の仕事をきちんとこなそうと思っている。
私が何より大切にしているのは、目の前に座ったお客さんが、帰るときにどんな顔をしているかだ。
以前、仕事で大きな失敗をしたというお客さんがいた。
最初はグラスを持つ手も重く、何を話しかけても短い返事しか返ってこなかった。
私は無理に盛り上げようとはしなかった。
お店に来てるって事は聞いて欲しい事があるのだろう。
いいんだよ。うまく言葉にならなくても。
その人が話し始めるまで、私は待った。途中で何度も同じ愚痴を聞いたけれど、遮らずに相槌を打った。
帰り際、その人は少しだけ背筋を伸ばして、「今日は来てよかった」と笑った。
その笑顔を見たとき、売上表の数字を見たときとは違う、静かな満足感が胸に残った。
たぶん私は、そういう瞬間が好きなのだ。
お客さんによって、求めているものは違う。
とにかく楽しく飲みたい人もいれば、仕事の愚痴を聞いてほしい人もいる。女の子にチヤホヤされたい人もいれば、恋人を探しに来る人もいる。
だから私は、席についたらまず相手の表情を見る。
グラスを持つ指先が落ち着かないのか、こちらを見て話したそうにしているのか。それとも、周りの会話に合わせて笑っているだけなのか。
言葉より先に出る小さな変化を見て、その人が今、何を求めているのかを考える。
話を聞いてほしそうな人には、こちらから話題を奪わない。盛り上がりたい人には、私も思いきり笑う。冗談を言って反応を待っている人には、少し大げさなくらいに返す。
「この人は、今日ここに何をしに来たんだろう」
そう考えながら接客していると、自然と相手に合わせた距離感が見えてくる。
それが、私のやり方だった。
ただ、ひとつだけ苦手なことがある。
それは、恋愛感情を利用した営業、いわゆる色恋営業だ。
お客さんに本気で好きになってもらうよう仕向けたり、付き合えそうだと思わせて通ってもらったり。
そういう接客は、どうにも性に合わなかった。
きっと私は、どこかでボロが出る。
色恋営業は、うまくいけば大きく売上を伸ばせる。でも、そのぶん繊細な駆け引きが必要だし、やり方を間違えれば、お客さんの恨みを買うことだってある。
もちろん、それも営業方法のひとつだ。
相手をその気にさせることも、立派な才能だと思う。
私にはできないからこそ、余計にそう感じるのかもしれない。
この店にも、色恋営業を得意とする子はいる。
「てんちょー♡ おはようございまぁす!」
甘ったるい声が、少し離れた場所から聞こえてきた。
桃瀬姫乃 22歳。
肩に届かないショートヘアと、愛嬌たっぷりの笑顔。可愛らしい仕草の一つひとつが、どこか男心をくすぐる女の子。
姫乃は常に売上上位に入る売れっ子だ。
店長の小嶋に近づくと、わざとらしく身体を寄せながら、にこにこと笑っている。
小嶋店長 42歳。
見た目はごく普通の中年男性。
仕事は一通りこなすが、どこか大雑把で、責任者としては少し頼りない人物だった。
小嶋
「おー、姫乃ちゃん。今日も可愛いねぇ」
姫乃
「えー、ほんとですかぁ? 嬉しい♡」
小嶋もまんざらではなさそうだった。
……ああいうの、よくできるなぁ。
私は心の中で感心した。
姫乃はあざとい。自分の魅力を理解していて、それを使うことにためらいがない。
私なら、相手の反応を気にしすぎて、途中で恥ずかしくなってしまうだろう。
けれど姫乃は、相手が喜ぶとわかっていれば、迷わず一歩踏み込める。
そして、そういうところも含めて、彼女はちゃんと結果を出している。
だからこそ、彼女を少し苦手に思っている女の子も多いのだけれど。
まあ、私だって全員と仲良くできるわけではない。
この仕事をしていれば、合う人もいれば、合わない人もいる。
それは、お客さんに限った話ではなかった。
「おはよー、リンちゃん!」
不意に、背後から明るい声が飛んできた。
振り返ると、金髪に華やかなメイクをした小麦肌のギャル系の女の子が、満面の笑みで立っていた。
橘涼風 23歳。
私と同じ店で働くキャストで、店の中では唯一、プライベートでも気兼ねなく付き合える友達だ。
涼風
「今日さ、出勤前にコンビニ寄ったんだけど、めっちゃ美味しそうなスイーツ見つけちゃって!」
リン
「うん」
涼風
「リン子の分も買ってきたよー!」
リン
「えー、ありがとう!」
涼風
「暇なときに食べてねー! 私は今食べるけど!笑」
そう言うなり、スイーツの袋を開け、さっそくひと口頬張った。
涼風
「んー、うんまっ!」
幸せそうに頬を緩める涼風を見て、私は思わず笑った。
この子はいつもこんな調子だ。
テンションが高くて、思いついたことをすぐ口にする。さっきまで笑っていたかと思えば、次の瞬間には別の話で盛り上がっている。
その自由さに、何度笑わせてもらったかわからない。
涼風
「ていうか、リンちゃん今日もお客さんいっぱいじゃん! さっすがー!」
口いっぱいにスイーツを頬張りながら、涼風が言った。
リン
「いやいや、たまたまだよ」
涼風
「またそれ! リンちゃん、ほんとそういうとこあるよねぇー!」
リン
「そういうとこって?」
涼風
「自分のすごさを全然わかってないとこ!」
涼風はそう言って、私の肩を軽く叩いた。
彼女自身も、売上は常に上位。過去には1位になったこともあるけれど、本人は順位をそこまで気にしていない。
楽しそうに仕事をして、自然とお客さんを惹きつけている。
私とは少し違うタイプだった。
売上や指名本数。キャバクラで働いていれば、どうしても数字がついて回る。
女の子同士で競い合うこともあるし、時には嫉妬や嫌味が飛び交うことだってある。
そんな世界の中で、気を張らずに話せる相手がいるのは、ありがたいことだった。
やがて時間が過ぎ、店内はさらに賑やかになっていった。
グラスを片付けるボーイの姿。お客さんの笑い声。女の子たちの華やかなドレス。香水の香り。
照明に照らされた店内は、いつもと変わらない。
華やかで、騒がしくて、少しだけ現実離れした世界。
私はこの仕事が嫌いではなかった。
むしろ、向いていると思う。
お客さんに喜んでもらえるのは嬉しいし、頑張った分だけ結果が出るのも面白い。
何より、今の私はそれなりに稼げている。
25歳。仕事も順調。友達もいる。
周りから見れば、きっと恵まれているほうなのだろう。
それなのに。
ふとした瞬間、考えてしまうことがあった。
――この先、私はどうなるんだろう。
今はいい。
でも、いつまで同じように働き続けられるのだろうか。
いつか結婚したいと思う日が来るのかもしれない。
子どもが欲しいと思うことだってあるかもしれない。
けれど、その先の人生を具体的に想像したことは、ほとんどなかった。
目の前の仕事をこなし、毎月の売上を維持し、気づけばまた次の月が始まる。
そんな日々を繰り返しているうちに、時間だけが過ぎていく。
以前は、25歳くらいでこの仕事を辞めて、昼職に転職して、いつか結婚する。そんな未来を漠然と思い描いていた。
気づけば25歳。
辞める予定もない……。
涼風
「リンちゃん、どした?」
涼風の声で、私は我に返った。
リン
「え? 何が?」
涼風
「なんかぼーっとしてたから。疲れてる?」
リン
「ううん、大丈夫。ちょっと考え事」
涼風
「ふーん?」
涼風は私の顔を覗き込んだあと、にやっと笑った。
涼風
「もしや……恋……? おぬし、ついに好きな人でもできた!?」
リン
「違うって(笑)」
涼風
「えー、怪しい! リンのすけ、隠し事はよくないぞー!」
涼風は楽しそうに笑いながら、私の腕に自分の腕を絡めた。
涼風
「ま、何かあったらいつでも相談してよね!」
リン
「はいはい、ありがと」
涼風
「はいは一回!」
リン
「……はい(笑)」
こんな毎日が、これからも続いていくのだと思っていた。
今の仕事を続けて、いつか将来のことを考えて、何かを決めるときが来たら、そのときに悩めばいい。
そんなふうに、どこかで思っていた。
まさか自分が、今までとはまるで違う世界に足を踏み入れることになるなんて。
このときの私は、まだ知らなかった。
華やかな夜の世界で生きてきた私の人生が、これから少しずつ変わり始めることを。




