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5時46分ー僕が僕として歌う理由を探して  作者: はお
第2章 過去と今

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9/10

ep.2-4 【過去と今】そろそろ、どう?

前回、不穏な展開を迎えていました。

今回はその続きです。ぜひご覧ください!

次に目覚めた頃には、その身は救護室に移されていた。

簡易的なベッドのようなものに身を預けていて、側で何人かの話し声が聞こえる。その中に友人である彼の声もあった。

「湊、よかった…目覚ました」

いち早く湊の意識が戻ったことに気づき、海都は近くにいた大人たちにも知らせていた。救急車を呼ぶ寸前まで来ていたそうだが、どうにかそうなる前に現へと戻って来られたようだ。

一度強制シャットダウンを食らった甲斐もあり、意識を手放す直前まであった動悸や焦燥感はすっかり落ち着いていた。ただ、これほどの人間を心配させ巻き込んでしまったことに申し訳なさはあった。湊の目覚めを聞いて声を掛けてくれた救護スタッフの方には、もう何ともないから大丈夫という旨を伝える。

部屋の扉が大きな音を立てて開く。芽亜莉だった。先程までステージの上であんなにも輝かしい笑顔を見せていたというのに、同じツアーTとフリルスカートから着替えることもなく汗を涙に変えるだけして、この救護室に現れた。マネージャーか誰かから聞いたのだろう、彼女の瞳は湊の無事な姿を探そうと必死だった。彼女はベッドに腰掛ける湊を見つけるとその涙を溢しながら駆け寄ってくる。

彼女の両腕が、湊を包み込む。人目も憚らず、そんな余裕さえ失っていたのだと思う。


「湊、ごめんね…本当にごめん、ごめんなさい」


芽亜莉が悪いことは1ミリもない。それでもこの件に関しては間接的に芽亜莉も関わっていて、謝らずにはいられなかったのだろう。湊は自分が今落ち着きを取り戻していること、腕を掴まれただけで危害を加えられたわけではないことを説明し、泣きじゃくる芽亜莉の頭をそっと撫でた。この時ばかりはアイドルと客という関係でなく、姉と弟に戻っていた。

「こっちこそ、心配かけてごめん。充分休ませてもらったから、帰るね」

湊がここに居座っているとこの場のスタッフは撤収作業も始められないし、そうなれば自ずと帰宅も遅れていくだろう。何より芽亜莉にこれ以上心配をかけたくなかった湊は、ベッドから立ち上がりそばのカゴに置いてくれていたカバンを手に取る。

足早に出入り口へ向かうと、海都の慌てた足音も後ろから聞こえてくる。部屋にいたスタッフの方々一人一人を見渡し頭を下げてその場を後にした。

スマホのロック画面に浮かんだ時刻へ目をやる。この時間ならまだ余裕で電車も動いているし、潔く我が家に帰ると腹を括った。


「湊!」


芽亜莉だった。泣き止もうと努力しているのか、しきりに瞳を擦るからお人形のように綺麗に施していたアイメイクも崩れてぐちゃぐちゃだ。それでも何とか可愛さを保っている彼女は、やっぱり天性の愛嬌を持ち合わせた人だった。


「家には連絡入れてある。仕事の調整もうちのマネ介して事務所にお願いしてあるから」


湊の耳元へ背伸びをして、小さく囁くように教えてくれる。さっきまで泣いていたくせに、ウインクまでしてくる。

湊が突然姿を眩ましたとなれば当然、芽亜莉にも連絡がいくはずである。実家以外に頼れる人など、湊には芽亜莉しかいないに等しいからだ。昨晩の間に両親や事務所へ居処を連絡したとはいえ、それから変にすぐ帰ってこいと催促されたりそういうことがなかったのは、陰で芽亜莉が話をつけてくれていたからだった。

面倒なことに巻き込んでしまったお詫びにとホテルも取ると言ってくれたが、この周辺でホテルを取るとなるとまた彼女のファンと鉢合わせる可能性も出てくる。そうなることに怯えながら一夜を過ごすとなれば、気が休まらないというのが本音だ。ここは頼ってばかりで申し訳ないが、海都にもう一泊お願いする方が精神衛生上にもいいはずだ。

「海都くんは、信じて大丈夫だと思う」

芽亜莉がまた海都に聞こえないように内緒話でもするトーンで耳打ちしてくる。気が合うようだ、湊も同じことを思っている。

「海都くん、湊をよろしくね!」

こんなとびきりの笑顔で頼まれたら、海都も断れるわけがないだろう。つくづく罪づくりな姉である。

そんなわけで湊の無理な頼みを快く受けてくれた海都は、電車に乗っている間も湊へさっきのあれは何だったんだとか、そういう問いを投げかけてくることはなかった。あの曲をやってくれて嬉しかった、あの演出がよかった、あの振り付けがやっぱり最高だ、なんてライブの感想を興奮冷めやらぬ口調で聞かせてくれる。

その配慮に、湊は上手に笑顔を返せていただろうか。自信はなかった。それでも海都は何もなかったフリを続けてくれた。


「そろそろ、どう?」


海都宅の扉が開き閉まったのを確認すると同時に、湊はその合図を送った。

言うならば、危険信号だった。自分が安心するために、この空間を安全だと再認識するために彼へこの記憶を共有するなんて身勝手な話だけど、そうでもしないと湊の心は得体の知れない何かに押し潰されて立ち直れなくなってしまいそうだった。


「お茶淹れるね」


海都は湊の方へ振り向いて、その一言を残すとキッチンへ向かった。お茶淹れる、と言いつつ紅茶かコーヒーか緑茶かジュースか選択肢を与えてくれる手厚さだ。

「紅茶がいいかな。ありがとう」

これから独白する内容とは似つかわしい優雅な選択だったかもしれないと内省しつつ、紅茶が入るまでの間、湊は海都のキッチンに立つ背中を見つめながら心の準備に徹したのだった。


次回は湊と芽亜莉の過去が明かされます。

"あの人"のことにも触れていく回となります、お楽しみに!

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