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5時46分ー僕が僕として歌う理由を探して  作者: はお
第2章 過去と今

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8/10

ep.2-3 【過去と今】うちはどんなときもあなたの味方

春日メアリー兵庫公演の開演です!

だいぶ長めです。お付き合いのほどよろしくお願いします。


「うん、ぴったりだね!よかったよ、背丈同じくらいで」


翌朝、湊は持ち主によるコーディネートのもとで海都のクローゼットから選りすぐりの"参戦服"を借り身を包むことになった。

春日メアリーのアイドル時代のメンバーカラーは、ピンク。海都も高校生の頃は彼女のメンカラ一色で全身コーディネートしてライブに参戦していたそうだが、大学生になった今は大人の服装に目覚めたらしく、アクセントにピンクを入れることへ拘りを持っているらしい。自身のキャップと湊のロンTのプリントにピンクを入れるという、ある意味リンクコーデのような仕上がりとなった。

「本当に俺がキャップでいいの?頭が派手な方が目立って気づいてもらえるのに」

立派なオタク心を持ち合わせている海都は湊に確認してくるが、湊は心の底からその問いに頷く。芽亜莉のライブを生で観られることは心から有難いと思っているが、できるだけ目立たない格好で誰の印象にも残ることなく穏便にその空間を過ごしたい。そして何よりあの芽亜莉のことだ、湊がどれだけ地味な格好をしていようと何が何でも沢山のファンの中からたった1人の愛する弟を見つけ出すことだろう。ただ口が裂けても今その理由を海都に明かすことはできない。

神戸国際会館こくさいホールは、JR三ノ宮駅を含む各駅一帯から直通で向かうことができる駅近のホールだ。湊自身アーティストとして今までその舞台に立つ機会はなかったが、様々な人気有名アーティストが公演を行う会場であるためお客さんとしてその地へ足を運んだことはある。

湊の記憶が正しければ、芽亜莉がここで公演を行うのは今回が初めてなのではないだろうか。彼女がオーディション番組でデビューを勝ち取った頃、母体となるグループは既にアリーナレベルのライブ会場でのツアーを回っているような人気グループとなっていた。ホール公演での経験を充分に積めない中いきなり芽亜莉はマイクを持って大きな会場、大きなステージのど真ん中で歌って踊っていた。そしてそんな彼女の存在もきっかけのひとつとなりグループはさらに大きく躍進し、彼女が正式なセンターを務めるようになった頃にはドーム公演も行うまでになっていた。アイドルになったその頃から今まで、彼女はとんでもない度胸で数々の偉業を成し遂げてきたのだった。

会場付近は、ピンク一色だった。高校時代の海都のように全身ピンクに身を包んだファンたちが一堂に会していて、アイドルを辞めた彼女だが今もファンの間では変わらずアイドルでい続けているのだと実感した。

関係者席を取ってもらっているため、そのファンたちとは別の動線で受付に向かう。

「お待ちしておりました。湊さん」

受付を済ませて会場の中に入ると、声を掛けられた。

「こんなところで、一お客様の待ち伏せなんかしてていいの?」

声を掛けてきたのは、芽亜莉のマネージャーだった。芽亜莉がグループ活動をしていた頃はグループ全体のマネージメントをしていたが、芽亜莉が卒業し独立することになった際、事務所の稼ぎ頭である芽亜莉の用心棒として彼女の専属マネージャーへ事務所の社長直々に任命されたらしい。長年彼女と彼女の人気を支えている陰の立役者だ。

彼は湊と芽亜莉の続柄を知っていて、幼い頃から湊も彼女の弟として大変お世話になっている。芽亜莉に無理を申しつけられ急きょ湊たちに今日の公演の席を用意してくれたのも、おそらく彼だ。

「言っておくけど、芽亜莉が言い出したんだからね。文句なら本人に言って」

極力会場の人々と異なる動きをして目立ちたくない湊は、そう手短かに弁明だけしてその場を後にするつもりだった。


「本日、"あの人"もいらしています。それだけは念頭に置いていただきたく、こうして待ち伏せしておりました」


働きぶりを買われて売れっ子女優の専属マネージャーに引き抜かれただけはある。リスク管理は抜かりなく出来ているというわけだ。

「いない日なんて、ないだろ」

湊もそれは承知の上で来た。おそらく芽亜莉も同じくだろう。

それでもマネージャーは念には念を入れて公演が始まるまでの間は用意してある控室にいてはどうかと提案してくる。

「先に入っていていいよ、後で行くね」

ご厚意に甘えて湊は公演が始まる直前、場内の照明が暗転してから席に着くことにした。ただ海都をそれに付き合わせるわけにはいかないため、それまでは別行動とすることにした。

きっと海都はここまでの道のりで疑問に思う事柄がいくつもあっただろうが、敢えて聞いてくることはなかった。湊に言われるまま、群衆へと溶け込んでいった。

暫しの間、関係者以外立ち入り禁止の区域にある控室で暇を潰し、時間が近づいてくると案内の方が来てくださった。

客席が暗くなりステージの照明が煌びやかに光の道筋を作り爆音に耳を支配された場内は、本日の主役の登場を今か今かと待ち望む高揚感に包まれていた。途中から入ってきた湊のことなど誰1人気にしている素振りはない。さすがに隣りに人影がやってくると海都だけは湊のことを気にかけていたが、彼女の登場とともに全視線はステージのど真ん中へと一点集中した。


割れんばかりの歓声が、会場中に響き渡る。春日メアリーの降臨だ。


ツアー名を「10th Anniversary」と題しているだけあって、グループ時代の曲やソロ活動に専念し始めてからの曲、演者として携わったドラマの主題歌など、どの時代も網羅する夢のようなセットリストだった。

衣装替えの間、繋ぎとして何本かのビデオレターがステージのスクリーンに映し出されていた。彼女が10代の頃からお世話になっている、グループの先輩や共演者のようだった。さすがに全員を存じ上げていることはなかったが、そのうちの何人かは実際湊もお会いしたことがあるような家族ぐるみの仲の方もいらっしゃった。


「湊もこの人、知ってるんだ」


とある方が映った時、海都が湊に訊いてきた。湊の表情から察したのだろう。

「知ってるよ、メアリーの事務所の先輩だよね」

メアリーがグループに加入したのは、芽亜莉が15歳の時だった。中学を卒業してすぐ、彼女はたった1人で上京した。当時、弟の湊は小学生でまだ母親の手を必要としており、彼女についていくわけにはいかなかったからだ。高校1年生、慣れない土地で一人暮らしを始めた彼女はさぞ心細い想いをしたと思う。そんな中、芽亜莉の保護者代わりのような存在でいてくれたのが事務所の先輩である彼女だった。年齢も芸歴もいくらか上で、とにかく面倒見の良い母性に溢れた方である。湊も東京の姉宅へ遊びに行った時に挨拶をさせてもらったりしたが、人見知りな自分も丸ごと受け入れてくれるような心の広さを感じた。2人はプライベートでも親交がある仲だと公言していたから、ファンの間でも有名な話のようだ。スクリーンにその顔が映し出された瞬間、会場全体から自然と歓声が上がっていた。

海都は、食い入るようにその彼女からのメッセージ動画を観ていた。

ライブも終盤戦、残り1曲を残して締めの挨拶が始まった。


「皆さん、本日は春日メアリー 10th Anniversary TOUR兵庫公演にお越しくださりありがとうございました。数多といるアイドルの中から"めありぃ"を見つけて応援し続けてくれたみんな、ドラマや映画を通して春日メアリーを知ってくれて応援してくれるようになったみんな…色々だとは思うんですけど、どのみんなもいっぱいいっぱいありがとう。いつの時代も、何にも変え難い大切な時間でした。そしてこれからもきっと、大切な日々が続いていくんだと思います」


彼女は再度感謝の言葉を伝えると、最後の1曲の曲振りをした。

思わず湊は手元の資料へ目線を落とした。関係者席の人間に配られる楽曲リストがあるのだが、そこの一覧に載っている曲とは異なる曲名、そして同じく異なるイントロが流れ始めた。会場内には何度も同じ公演を観に来ているファンもいるだろう。その彼らもまた湊と同じくどよめきを生んでいた。


湊が、1人のアーティストとして春日メアリーに贈った曲だ。


春日メアリーは、アーティストとしての湊の大ファンであることを公言している。彼女のインスタやTikTokの投稿でBGMとして湊の楽曲を使うこともしばしば、何なら湊がここまで老若男女に親しまれるようになったのだって、彼女のそういった発信がきっかけであると言っても過言ではない。

その甲斐あり湊が自他ともに認める有名アーティストとなった頃、レコード会社を通して湊へ楽曲の制作依頼が来た。

メアリー側の人間からはリリースするにあたり作詞作曲が湊であることを大々的に公表したうえで売り出したいとのことだったが、湊はそれならばこの話は引き受けないと断言した。純粋にメアリーのファンにはメアリーの楽曲として聴いてほしかった。湊が作詞作曲したと発表すれば、忽ちその作品には湊という存在がちらつくこととなる。たしかに湊っぽい、とか不必要な感想が世の中にありふれることは嫌だった。湊の代弁者にメアリーを仕立て上げることだけはしたくない。メアリーの、芽亜莉の想いを湊が代弁する側でありたかったのだ。

結局双方の妥協案として、リリースからいくらか経ち一頻りファンの間でその楽曲が浸透してからその曲は湊の作詞作曲であることがサプライズ発表された。それをきっかけに湊のファンの間でもメアリーのその曲は話題となり、より多くの人々の耳へ届いたようで、結果公表してよかったと湊も楽曲への考え方を改めるきっかけとなった。


その曲を今、メアリーはこの会場で歌っている。他の会場、他の公演では歌っていなかったはずの楽曲なのに、だ。


湊が客席にいるからだろうか。それなら1人の客を贔屓しすぎだろうと思ったりもするが、きっと彼女自身が今日この場所で歌いたかったのだろう。芽亜莉には、そういうところがある。自分のやりたいことにただまっすぐ素直で、その強い想いに周囲の人々は心から惹かれて、どうにかしてあげたいと突き動かされる。ファンもスタッフも、実の弟である湊もだ。


ここまで歩んできた道 小さな足跡いっぱい

まっすぐな道 曲がりくねった軌跡

迷った証拠 でもわたし間違ってなかった

Marry me 結婚して? ううん私は私

でもね私 あなたの私でいたい

ずっとあなたを 想ってる

アイシテルの5文字じゃ足りない

Mary & You わたしとあなたの道


昨日から、彼女には泣かされてばかりだ。

自然と溢れてきた涙を拭うことも忘れて、ただ彼女の歌声に聴き入っていた。湊の方がずっと声量も歌唱力もあるのだろうが、この煌めきが光りとなって見えてきそうなほどの輝きと心動かす力は誰にも真似できない。彼女だけのもの、彼女だけの魅力だ。


「うちはどんなときもあなたの味方、それだけは忘れないで」


彼女はその言葉を残して、舞台袖へと姿を消した。昨夜海都に見せてもらった、あのドラマの台詞だ。神戸三宮という地で開催された公演をこの台詞で締めくくるとは、何という粋な演出だ。

やっと涙を拭うということを思い出した湊は、海都に見られる前に急いで頬を指でなぞったが、そのわかりきった動作で察した海都が昨日と同じあのリュックからタオルを取り出す。メアリーが元いたグループのツアータオルだった。どこまでもオタク心に抜かりがない。

アンコールの歓声が自然発生的に生まれる。それが会場全体に広がり大合唱となったところで、彼女が3階客席へと現れたようだ。2階席の後方に位置する湊たちの角度から彼女の姿を目にすることは出来なかったが、客席全体の視線の先が全てそこに集中していたから予想がついた。

アンコール1曲目が終わる頃には、2階席を練り歩き始めていた。ようやく直接目にすることができた彼女は、今回のツアーTシャツにフリルのスカートを合わせた姿をしている。

正規なルートでチケット手に入れてこの公演を見ているファンの方が少しでも長く近くで彼女をその目で拝めるように、湊はなるべく縮こまって彼女の姿を遠目で眺めていたが、それでも彼女は弟のことを見つけたようでこちらへまっすぐと視線が向いた。一瞬屈託のないいつもの微笑みを見せると、すぐに近くのファンへと目線を戻してファンサービスに集中する。どれだけ弟が愛しくて大好きでも、自分を愛してくれている人たちのことは忘れない。アイドルという肩書きを脱ぎ捨てても、彼女は変わらずどこまでもアイドルだった。

無事アンコール曲も全て歌い終えると、今度こそ本日のステージは終演を迎えた。

余韻に浸りたいところではあるが、混雑する前に場外へ出ることを優先する。手早く荷物をまとめると、ゆったり帰り支度を始めた海都のこともいくらか手伝って足早にロビーまで出てきた。

しかしその姿をも、その人はずっと目で追っていたのかもしれない。


「なんでお前がいるんだよ」


背後から腕を掴まれ、強い力で引き止められた。

あの人だった。

あの時と一緒だ。湊はあの時も、この男に腕を掴まれ行手を阻まれた。見つめ返すことも躊躇われるほどの鋭く敵意に満ちた視線と言葉を向けられた。

唯一あの時と違うのは、彼が隣りにいてくれることだった。

「彼の友人です。離してもらえませんか?」

海都が湊と男の間に割って入ってくれた。しかし男の手が湊の腕から解かれることはなかった。

異変を察し、湊たちの周囲から人が避けていくのを感じた。せっかく幸せな時間を過ごしたばかりだというのに、その直後に厄介なことには誰だって巻き込まれたくないだろう。正常な行動心理だと思う。

「離してください…お願いします、ごめんなさい、ごめんなさい」

脳内では、否応なしに"あの日"の記憶が引き出しから引っ張り出されてきて自動再生されていた。擦り切れるほど、サブリミナル的に散々見させられてきた光景だ。停止ボタンは利かない、早送りだってできない。

走ってもいないのに、息が上がってきた。空気を吸っても吸っても、吐き出すことができない。肺にはどんどん息が溜まって、だけど体内の酸素は限りなくないに等しい。水の中にいるみたいだった。空気中に酸素なんか存在しないんじゃないかと思えてくる。

「湊…?大丈夫?おい」

そう湊を心配した海都の声はかろうじて湊の耳にも届いていたが、それに答える余裕も何もなかった。次第に視界もチカチカしてきて、意識も曖昧になってくる。

とうとう立ってもいられなくなりその場にしゃがみ込んでしまうと、さすがに男の執拗な手は焦ったように解かれる。薄情にもほどがある、自分のせいにされたくないからに決まっている。

会場にいた誰かが呼んでくれたのだろうか、遠巻きにできていた観衆の奥から「どうされましたか」とスタッフらしき人の大きな声が飛んできた。

今更だ、今更遅い。一度溢れた盆の水はもうコップに戻ることを許されない。


立ち直る気力もとうに尽きていた湊は、この現実から逃げ出すように潔く意識を手放したー


春日メアリーの兵庫公演、いかがだったでしょうか?

作者もライブというもの自体にはよく足を運ぶものの、女性アイドルのライブを観させてもらう機会はあまりないので忠実に再現できてるかは心配です…

ただ、こういう輝かしいステージが大好きなので、魅力が伝わるよう精一杯がんばって描きました!その想いが伝わっていれば幸いです。


さて、物語自体は雲行きの怪しい方向へと進み始めました。次回以降で色々明らかになっていきますので、引き続きよろしくお願いします。

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