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5時46分ー僕が僕として歌う理由を探して  作者: はお
第2章 過去と今

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ep.2-2 【過去と今】風呂上がりのぼっかけ焼きそば

海都宅の最寄駅周辺を満喫します。

小さな運命とは一体何なのか、お楽しみに!

彼の家の最寄駅は、三宮から市営地下鉄で数駅の場所だった。

「運命って、もしかしてこのこと?」

次の駅名を目にして、そうかなと思いつつ反応に困っていたら、海都は横目でちらちらと湊の様子を窺う素振りを見せていた。

案の定その駅で降りると海都から指定され、降り立った先の駅のホームにある駅名のプレート前で海都が立ち止まった。そのためこうして確認することとなった。


「湊川公園駅、湊と同じ"湊"が入ってるでしょ?」


子どものように瞳を輝かせて解説してくれる海都に、湊は慈悲にも近い微笑みを向ける。小さな共通点を運命と捉えられる海都の純粋さを前にして、自分がいかに童心を忘れていたか思い知らされた。

駅を出て辺りを見渡すと、駅に面した道路も広く栄えている印象だった。マンションやビルらしきものも景色に溶け込んでいる。ただ先程までいた三ノ宮駅周辺と比べると、生活感があるというか、人が住む町という印象があった。

道を歩いていても、所々看板などに「湊」の文字を見かける。海都ほどのロマンチストではないため、湊には運命とまでは残念ながら感じられなかったが、海都の住む町に親近感はたしかに芽生えてきた。

「うち、部屋はかろうじて2人寝泊まりできるくらいの広さあるんだけど、風呂は狭くて休まらないだろうし銭湯にでも入ってから帰ろう」

萌黄の館や坂の上の異人館にあったような、トイレと風呂場が一緒のタイプらしい。異人館とは違い広さがあるわけでもないため窮屈らしく、海都は友人が来るときは大抵、そして1人のときでも時々その近所の銭湯に行くらしい。

「サウナとかもついてて、なかなかいいんだよね」

近年巷で人気ないわゆるサ活というやつを、海都もしているらしい。歌うことしか趣味特技のない湊にとっては、多趣味な海都が羨ましくも眩しく見える。

海都行きつけの銭湯に着いた。

店の外壁には、店名と温泉マークを模したネオンが装飾されている。ニューレトロという言葉がしっくりくる外観だった。

内装も湊の想像上にある銭湯とは良い意味で異なり、清潔感と洗練された空気感があった。古き良き銭湯という文化と若者の文化が融合したような、独特な空間だ。きらいじゃない。

入り口で入浴券を買い受付を済ませると、中へ入る。入ってすぐにはグッズ売り場もあり、思わず風呂場へ向かう前に立ち寄ってしまった。

「あれ、これ」

並べられていたグッズの中に、見覚えのあるものがあった。先陣切って案内をしてくれた海都の背を湊は何度も見たものだが、その背に背負われたリュックについているキーホルダーと同じものが陳列されていた。

「そうそう、ここで買ったんだよね」

どうやら海都にとってこの場所は、グッズも持っているほどの行きつけらしい。

湊はというと、サウナはおろか銭湯自体行くことがほとんどない。遠征先のホテルも、大浴場がついていても室内のお風呂で済ませてしまうことが多い。

裸の付き合い、なんて湊の柄じゃないと思っていた。まして出会って半日の友人となんて自分でも驚きだ。

「銭湯とサウナの先輩、御指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

ここは正直に初心者であることを明言して、楽しみ方を教わろう。そう腹を括って頭を下げたのだが、海都には笑われてしまった。何かおかしかっただろうか。

「きっとそうなんだろうなとは思ってた、今までの傾向的に。なんか、どこかのおとぎの国の王子様を平民どもの暮らしへ連れ出してる気分だな」

海都は、ただ世間を知らないだけの無知な湊をそのようなメルヘンの世界へ置き換え優しく受け入れてくれた。

サウナの基本的な1セットも、"ととのう"という感覚も、湊は海都から教わった。この旅で湊はあとどれだけ海都から恩恵を受けるのだろうか、そろそろ返せる何かを見つけたいものだ。

銭湯を出た。湯気が見えてきそうな温もりに包まれた身と心で、肌寒くも心地よい春の夜風に触れる。


「いいよね、この風呂上がりに夜のちょっと冷えた空気感じるの」


海都も同じようなことを考えていた。やっぱり湊と海都は気が合うらしい。

「夕飯あんなにたらふく食べたのに、お腹空いてきたな。何か買って帰ろうよ」

細身な身体からは少々想像がつかない食欲の持ち主だ。

ここから家までの道中に美味しい鉄板焼き屋があるという。そこで焼きそばをテイクアウトし海都宅で食べようかということになった。


「ぼっかけ焼きそば、って何?」


見慣れない料理名が、メニュー表の中にあった。湊の問いには店の店長が答えてくれた。牛すじ肉とこんにゃくを醤油やみりんで甘辛く煮た「すじこん」と呼ばれるものを焼きそばと混ぜ合わせたB級グルメのことらしい。正確にはここ湊川が発祥というわけではないが、同じ神戸の長田という下町で生まれたという。

店の鉄板を用いて今まさに目の前で焼いてくれるため、その焼ける音と食欲を唆る匂いが湊の満腹だったはずのお腹へどんどん空き容量を作っていく。

お祭りの屋台のような容器いっぱいに詰まった焼きそばはビニール袋越しでもその熱々さが伝わってきた。物理的な熱さだけじゃない、人の温かさみたいなものも同時に受け取った気がした。

温かいうちに食べたいという欲望のまま、2人揃って逸る想いが足取りに表されていた。


「お邪魔します」


海都が暮らすワンルームの部屋に着いた。友人が少なく高校卒業と同時に学業から遠ざかってしまった湊にとって男子大学生の一人暮らし宅というのは予想できるほどの統計データもなかったわけだが、海都の部屋はモノが沢山ある割に整頓されている印象だった。

「あ、彼女とかいないよ?男子大学生にしては部屋片付いてるけど」

海都は先回りしたつもりで弁解するが、そもそも部屋が片付いている=彼女がいるという男子大学生の公式を湊は存じ上げていない。

「まあ彼女がいたら、これだけ全面に推しを飾ったりしないか…とは思う」

湊が苦笑しながら視線を向けた先には、"神棚"があった。アイドル時代のメアリー、ドラマで演じた役柄の衣装を纏ったメアリーなどがアクスタという小さな化身となってこの部屋を懸命に守ってくれているようだ。他にも公式写真やCD、ライブ円盤、ドラマのBlu-rayボックスなど春日メアリーを愛する証拠の数々がどのスペースよりも丁寧にディスプレイされている。

「本当にメアリーのことが好きなんだね」

我が姉ながら、誇らしい想いにもなった。1人の青年からこれほど一途に応援してもらえる存在であること、それだけ魅力的であるのだと思うと、姉としても1人のアーティストとしても尊敬できる。

湊にも、そうやって生活の一部に湊を組み込んでくれているほどの味方が親族以外にいてくれるのだろうか。日本、はたまた世界のどこかにいるかもしれないその人のため、やはりどのような形であれ創作活動は続けないとという責任感に駆られた。

「そうだ、あのドラマもあったかな」

出会いの地である萌黄の館で話題に挙がった例のドラマはDVD化されているらしく、実家に置いてきていなければ手元にあるかもしれないという。先程買ってきたぼっかけ焼きそばをつまみながら夜のドラマ鑑賞会を開催することになった。

物語の舞台は、ここ神戸。時代設定が複雑で、現代と昭和初期を行き来するような作品だった。メアリーは昭和初期の場面での登場人物だ。


『うち、いつまでも待ってる。あなたが素直に甘えてくれるの。でも覚えててな?うちはどんなときもあなたの味方、それだけは忘れないで』


彼女の関西弁は幾度と聞いてきた。もはや日常の一部でもあるが、このドラマで発せられる彼女の言葉はいつもの言い回しとはまるで違う。京都出身の元アイドルではなく、人気若手女優でもなく、昭和の神戸に生きる逞しい1人の女性だった。

つい箸の手も止めて見てしまうような、勝手に涙が溢れてしまうような、そんな演技だった。


すごいな、芽亜莉。やっぱりすごいよ、敵わない。


その彼女が10年の節目に作り上げるライブを、湊は明日この目で見ることができる。このワンルームは、奇しくもそのライブへの想いを高める前夜祭の会場となったのだった。


ということで、小さな運命とは「湊」という1文字のことでした。本当に小さくてすみません(笑)


ただ実際この湊川公園駅が、湊の名前の由来ではあります!先日行った旅行でもこの地に訪れたのですが、湊川という響きが素敵だったので、一文字拝借させてもらいました。

ちなみに劇中の銭湯も焼きそば屋さんも、店名は明記していませんが実際あるお店をモデルにして描いています。どちらも素敵な場所でした。また行きたいです!

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