ep.2-1 【過去と今】コンビニという名のライブ会場
第2章の始まりです!
そして今回、新たな登場人物も出てくるのでお楽しみに。
キリがわるかったため、今回は少し長めです。
三ノ宮駅前まで戻ってきた。
地下にはレストラン街のような食事処が立ち並んだエリアがあり、2人はそこで夕食を探すことにした。空腹を満たすことを優先して量を重視、されど見た目や味の良さも捨てがたい。そんな彼らの条件に当てはまる店舗を見つけ、ようやく彼らは夕飯にありつけた。
サイズを選べるオムライス。少食の湊は普段なら一番小さいサイズを選ぶところだが、今日は1つ上のサイズにしてみる。海都は当然といった感じで湊よりさらにもう1つ大きいサイズを頼んでいた。
「ここのオムライスね、とにかくでかいの」
一番大きなサイズは、いわゆる大食いチャレンジの番組などにも出てきそうなほどの大きさのようで、写真で見る限りでもそのでかさが伝わるほどだった。
湊が頼んだサイズも想像よりずっと大きくて、ぐりとぐらにでもなった気分だった。綺麗に包まれたオムライス、ハヤシソースがかかっているのが粋である。
「いただきます」
食べきれるか少し不安だったが、それも全くの杞憂だった。美味しさのあまり黙々と食べ進めると、あっという間に丸々一皿分腹の中へと収まってしまったのだった。
海都も「毎度のことながら、でかい!」とびびりながらも、残さず食べきったようだ。ぽっこり膨れた腹を摩って満足そうにしている。
お会計を済ませ、2人揃って店の方々へ「ごちそうさまでした」と声を掛け外へ出る。満腹感も相まって気持ちは随分と満たされていた。
このままどこまでも逃避行を続けたいというのが本音ではあったが、さすがにそうとも言っていられないことだって頭では理解していた。それこそ自分が周囲に愛されている自覚があるから、突然姿を消せば、心配で気が気じゃなくなる人間は1人や2人でない。意を決して自分が今どこにいてどのような状況にあるのか、連絡を返そうとスマホをポケットから取り出したのだが、ようやくその事実に気づいた。
「充電切れてる…。ごめん、モバイルバッテリーとか持ってたりしない?」
地図アプリを使ったりカメラ機能を使ったりしていた関係で、充電の減りが著しかったらしく、気づいた頃には電源がつかなくなっていた。電源ボタンを押しても画面は暗転したままだ。そういえば途中から永遠に続いていたはずのバイブをポケット越しに感じなくなっていたかもしれない。自分だけお腹を満たしてスマホは空腹状態とは、悪いことをしたものだ。
海都に助けを求めたが、彼も生憎持っていないらしい。
「俺、モバイルバッテリーが必要になった時はレンタル使っちゃうんだよね」
イマドキの若者らしい発想だ。たしかにそのようなサービスを湊も聞いたことがあった。最近何かとリチウム電池が関わる火災事故などを耳にすることも多いため、海都は持ち歩くのをやめたらしい。
やり方も設置場所もわからないと伝えると、海都は任せとけと言わんばかりに設置場所を検索してくれる。
「一番近くのコンビニにありそう」
さすが慣れたもので、すぐに見つけて案内してくれ、最寄りのコンビニに辿り着いた。
ただ借りるのにもスマホ決済が必要であるため、ひとまず海都が支払ってくれることとなった。何から何まで申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいだった。
無事充電が始まり電源が点くのを待ちつつ、立て替えてもらった料金をお返ししようと財布を取り出したが、海都には「いいよいいよ、数百円だし」と断られる。
「それは絶対に駄目。友だち同士でも金銭だけはちゃんとしないと」
金の切れ目が縁の切れ目とも言う。海都がどれだけ良い人であろうと、そこだけは譲れず湊は海都の手のひらを掬ってぴったり取り出した小銭を握らせた。
ただ海都にとっては小銭よりずっと気を引くことがあったようで、それに対して瞳を輝かせていた。
「友だち、って言った?!今、友だちって言ってくれたよね、俺のこと!もちろん友だちだよ、そう友だち!」
鼻息も荒げて前のめりで湊の空になった手のひらへ熱く握手を交わし、その手をぶんぶんと上下に振り回す海都。ひらがなにすればたった4文字のそれだけでこれほど喜んでくれるとは、湊は驚きながらもつい笑ってしまった。
「わかった、湊の友だちへのポリシーとして金銭面ははっきり区別つけたいというなら気をつけるよ!俺はどんぶり勘定なところがあるからさ、気になったら今みたいにはっきり言ってね」
友だちなんだから忘れないうちに連絡先も交換しようということになり、いくらか充電も済んだだろうスマホへ再び目線を落とす。
案の定マネージャーから鬼電の履歴通知が残っていて申し訳ない気持ちが一層募ったが、通知の一番上にあった名前とメッセージに思わず手が止まった。
M:もしかして三宮駅前のコンビニいる?
そこまで詳細に居場所を言い当てLINEを送りつけてくるなんて、まして相手が相手なら尚更敏感な反応にもなった。
咄嗟に前と後ろと振り返って目線を泳がせると、やはり棚の陰から彼女がこちらを観察していた。
「やっぱ、湊やん!」
ピンクのキャップにピンクのマスク、真っ白な某高級ブランドの上下ジャージに身を包んだ彼女は、陽が陰り始めている中でもかけ続けていた薄茶色のサングラスを外してこちらに駆け寄ってくる。声もでかいし、第一あまりに服装が派手すぎる。それでも変装しているつもりなのだろうか。ただでさえ隠し切れていない芸能人オーラがダダ漏れだ。
屋島 芽亜莉、湊の実の姉である。
「街中では話しかけるなって、あれほど何度も…」
ばったり道端で出くわしても、自分のことは他人だと思ってスルーしてほしいと口酸っぱく言ってきたつもりである。まして今は友人と、しかも彼女のファンである海都と一緒にいる。LINEの通知は3分前に来ていたのだから湊たちのやり取りの一部始終だって見ていたはずだ。
「ごめんごめん、こんな偶然出会えるなんて運命やなと思って」
弟の隣りで呆気に取られている海都のことなどお構いなしに通常運転で彼女は会話を続ける。そろそろ上唇と下唇を糸で縫って閉じてしまおうかと思ったが、楯突けば尚更"よしよし♡良い子良い子♡作戦"で機嫌を取りに来ることはわかりきっているため、溜め息を吐いて受け流しておいた。
芽亜莉は、5つ歳下の弟が可愛くてしょうがないのである。高いリスク管理能力で彼氏らしい彼氏がいたことのない彼女だが、それでも世の男子を虜に出来てしまう恋する乙女的な幸せハッピーオーラを醸し出せるのはこうして20年、最推しである実弟の隣りを独占し続けてきたからであった。
「湊のお友だち?」
芽亜莉はようやく湊の隣りへ意識を向ける。どうやら海都のことが見えていなかったわけではないようだ。あまりに芽亜莉が人目を気にしないから、刹那に海都が人ならざる湊の幻想だったんじゃないかと疑う羽目になった。
「友だちです!生田海都です、よろしくお願いします!」
目の前に推しである春日メアリーがいること、その推しに湊と友だちかと確認されたこと、どちらもに感極まって泣きそうにもなっている海都が、湊にとってはもはや涙ぐましくも思えてきた。
「カイト…?もしかして。あれ、これは言ってもいいのかしら」
この反応から見て、芽亜莉はきっと海都に見覚えも聞き覚えもあるのだろう。いわゆる認知というやつだ。ロケ地巡りをするほど熱心なファンであれば、アイドル時代の握手会や接触イベントに参加していてもおかしくない。芽亜莉はとにかく人覚えが得意だから、ファンの顔も名前も一度覚えたら忘れない。
ただ自身のファンであることを確認するのに躊躇ったのは、湊の前だったからだと思う。
彼女の弟であるばっかりに湊の周囲では、かりそめの友人関係がそれは多く散見された。春日メアリーと繋がりたいあまりに、湊を実の弟だと知っている地元の人間は湊へよく言い寄ってきたものだ。湊に歌手を目指すきっかけとなったアプリを教えてくれたクラスメイトAも芽亜莉のファンであったことを湊は知っている。
海都も湊のことを利用している可能性がある、芽亜莉はそう思ったのだろう。
「春日メアリーのファンらしいよ、海都」
心配性の姉に安心してほしくて、湊は正直に出会った経緯を伝えた。芽亜莉も顔に安堵を浮かべる。
「ところで、どうしてこんなところにいるわけ」
芽亜莉は現在東京を拠点に芸能活動を行っており、湊のように電車1本でこの地を訪れることはできないはずだ。仕事か何かで来たのだろうか。
「どうしてって、ライブの前日リハでこっち来てて。湊も明日の芽亜莉の公演見に三宮まで来てくれたんやないの?」
弟のことをどこまでシスコンだと思ってるのか知らないが、芽亜莉のためにこうして遥々ここまで来たのだと思い込んでいたらしい。実際貴女の弟は、芽亜莉が今日この地にいることも明日この地でライブを控えていることも初めて知った。それでいて何の変哲もないコンビニで偶然出くわすとはたしかに運命かもしれない。そこだけは認めよう。
「どのハコでやるん?こくさいホール?」
神戸国際会館こくさいホール、三宮の駅前で芽亜莉がライブをやるとなればそのあたりだろうと思ったら、やはりそうらしい。
ただアーティストの端くれとして興味本位で訊いてみただけだったのだが、弟として姉のライブに興味があると受け取られてしまったようで、芽亜莉は頼んでもいないのに「関係者席空きあったかな?聞いてみる!」とはりきってスマホを取り出す。
「待って!誰に連絡するの」
うっかり自分が逃避行中であることを忘れていた。謝罪の言葉も直接伝えられていないというのに万が一に湊サイドの大人たちと繋がりのあるスタッフへ居場所を知らされ連れ戻されることがあっては居た堪れない。それだけは避けたかった。
「芽亜莉と湊の仲やろ?そのへんの情報管理は徹底させていただきますー。芽亜莉に任しとき」
語弊を招くような言い回しだが、たしかに芽亜莉はこういう時の立ち回りがとにかく上手い。任せておけば間違いないだろう。
「海都くん、明日のご予定は?湊に親切してくれたお礼に、いかがかしら」
突然標準語に戻ったと思ったら、とびきりのアイドルスマイルで海都へ提案する。ある種の口止め料と言ってもいいだろう。当然海都は二つ返事でその提案に乗り、「何が何でも予定空けて行きます!」と嬉々として答えていた。
芽亜莉のスタッフたちが迅速に動いてくれ、無事2席確保できたらしい。愛する弟のためなら何でもしてくれる姉である。
「そしたらまた明日、ステージの上で待ってますっ!」
最後は元アイドルの意地でただのコンビニをライブ会場にでも生まれ変わらせたように眩い捌け方をしていくから、さすがだ。やっぱり芽亜莉には敵わない。
「驚いたな」
それこそ豆鉄砲を喰らったような顔をして芽亜莉が退店するまで姿を目で追っていた海都は、その表情のまま湊へ視線を向ける。
これはさすがに湊と芽亜莉の正確な関係性、つまりは続柄を伝えるべきだろうか。いやでも、彼女の断りなしにそれは不味いかもしれない。
「まさか、そこまで認知された関係とは!尊敬するよ」
海都はどこまでも純粋だった。
湊のことはあくまで当初の設定通り一ファンとして捉えており、少しも疑っていないようだった。
いわゆる繋がり、というやつとでも思っているのかもしれない。そっちの方が印象が良くないのでは、と思ったのは湊だけだろうか。
「今回のライブ、本当にチケットが取れなかったんだよ。あのメアリーがホールツアーだよ?当たるわけないって、レアチケットにも程がある」
何度も申し上げている通り、芽亜莉は某人気アイドルグループ出身の超人気女優である。本来なら5都市アリーナツアーなんかで回っても簡単に席を埋められてしまうほどの知名度も集客力もあるわけだが、今回は芸能生活10周年の大切な年ということで全都道府県ツアーにこだわっていた。皆に会いにきてもらうのではなく、春日メアリーが皆に会いに行く。そのことに意味があるのだと以前芽亜莉に熱弁された。
ただ代わりに1公演のキャパ数は少なくなるため、忽ち芽亜莉の10周年記念ソロライブはプレミアチケットと化した。演者側の信念や思いやりというのは、時に一長一短である。
何はともあれ、明日の公演を観るのならば今夜は神戸市内に留まるのが得策だろう。どこか泊まれる宿を探さなければいけない。
普段ホテルを利用するのは遠方でのライブやイベントなど仕事絡みがほとんどだから、自分で宿を取るということをしたことがない。見よう見まねで検索してみたが、どこもどうにも決め手に欠ける。決め手にすべき点がわからない、というべきか。
「泊まる場所決まってないの?」
何か理由があって放浪の旅に出ていることは薄々勘付いていただろうが、さすがに宿泊先は決まっているものだと海都も思っていたらしい。少し驚いた様子で訊かれたから、恥ずかしながら正直に頷いた。
「そしたら、うち泊まる?」
どこまでも人が良い海都は、そのような提案をしてくれる。どうやら彼は実家が遠く離れたところにあり、神戸市内の大学へ通うためにここから数駅離れた駅近くで一人暮らしをしているらしい。出会って半日程度の、言ってしまえば何処の馬の骨かもわからない青年を、自宅に一晩泊めてくれるというのだ。
「本当にいいの?」
「もちろん。大学からも近いからよく大学の友達も泊まりに来るんだよね、終電逃したとか言って」
どうやら友人を家に泊めるのは慣れっこのようだ。終電を逃した、というフレーズが何とも大学生の若者らしい。同世代より何段階も高収入な湊の場合、その状況なら有無も言わさずタクシーにて家路に着くことだろう。自宅を特定されることは何としてでも避けたいため、実際には徒歩圏内まで来たら降りて徒歩に切り替えるのだが。
「本当に何から何までありがとう。よろしくお願いします」
お言葉に甘えて、湊は海都の家に泊めてもらうこととなった。
「湊も、小さな運命感じるんじゃないかな」
海都は、唐突にロマンチストになる時がある。そして湊も、ということは海都もまた運命を感じている1人ということだ。
2人は再び、駅を目指して歩き始めた。
ちょくちょく2人の会話には登場していた春日メアリーこと屋島芽亜莉、ついにご本人様登場でした。
元アイドルだけあって、とにかく愛嬌のある魅力的な人を心掛けて言動に表すようにしています。
第2章は、2人の過去が物語の大事な鍵となっていく予定です。引き続きよろしくお願いします!




