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5時46分ー僕が僕として歌う理由を探して  作者: はお
第1章 異国での出会い

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5/10

ep.1-4 【異国での出会い】願い事はひとつ、愛は無限

前回うろこの家を堪能した2人、今回はパワースポットをいくつかまわっていきます。


そして、今回で神戸北野異人館街編は完結です!

神社を巡りパワースポットを巡るなんて、どれだけ願掛けしたら気が済むんだろうとふと我に帰って思ったりもしたが、海都の案内に身を委ねて湊は旅を続けていた。


まずはうろこの家と隣接して建っている洋館、山手八番館。そこに展示されている「サターンの椅子」だ。


その神の名を持つ椅子は「願い事が実り叶う椅子」として言い伝えられているらしく、1階に入ってすぐには2つの行列が出来ていた。

「男性は向かって左側の椅子ね」

サターンの椅子は2つあり、左側の青い垂れ幕を背景にした椅子が男性用、右側の赤い垂れ幕を背景にした椅子が女性用らしい。

素直に左側の列に並ぶ。湊の順番が来た。


湊の歌が、聴く人々の心を救う存在でありますように。


彼の願いは、ただそれだけだった。自分の見てくれやパーソナルな部分を売り物にしたいのではない。この歌が、この想いが届けばそれでいい。そしてそれらが人々の支えになれていたら、歌手冥利に尽きる。

椅子に座った湊を、海都はカメラマンとなって写真に収めてくれた。ただ海都自身はこの椅子に座らないようだ。

「今一番叶えたいものは叶えられそうだから。また今度来た時に別の願い事をするよ」

北野天満神社で自ら教えてくれた願い事は、湊の旅を案じたものだった。湊の表情や仕草から、その願いは着実に良い方向へ進んでいると感じ取ったのだろう。

毎日これだけの人々が代わる代わるに座って願い事を持ち寄ってきたら、叶える側もさぞ大忙しだろう。自力で叶えられるものは神に頼らず掴み取るのが一番だ。

「次は、愛を受け取りに行こう」

館内を回り終えると、海都は次なる提案をしてくれる。どうやらまたすぐ近くにそのようなパワースポットがあるらしい。

「まあ見た感じ、愛情に飢えているようには見えないけど。どうせだからもらいに行こうよ」

海都の目に湊がどのように映っているかは海都のみぞ知ることではあるが、彼の見た通りの人間だと湊自身も思う。家族からも、活動を支えてくれるスタッフたちからも、ファンからも、湊はいつだって沢山の愛情を注がれて生きてきた。これ以上多くは望まないが、単純にどんな場所か興味があったから行くことにした。


向かった先は、「坂の上の異人館」だった。


中国領事館として利用されていたこともある、この街唯一の東洋的な異人館である。その中庭で出迎えてくれる一対の狛犬が、海都の言う愛を受け取れる存在だという。2体の背後には真っ白な背丈以上の壁があり、2体の間を潜り抜けられるように大きな鍵穴のような通り道が出来ている。

「どちらとも口を開いてる。珍しいね」

沖縄などでよく見るシーサーや、神社にある狛犬は左右で「阿」と「吽」の口をしたのが対とされていることが多いが、この狛犬たちはどちらも「阿」の口だった。

「目敏いね!まさに、それが特徴なんだ。間を通り抜けると『愛に恵まれる』って言われてる」

海都も愛情には困らない半生を歩んできた方だというが、ここは来る度つい通ってしまうらしい。


「愛情に恵まれるのに、際限はいらないよね。人から愛されれば愛されるほど、その分誰かを愛することができる。愛されることを知って初めて、愛することを知れるんだと思うからさ」


海都は恥ずかしがることもなく、愛について語った。彼のそのまっすぐさもきっと、海都を今まで愛してくれた人々によって生み出された産物なのだろう。

海都を先頭に、カルガモの親子のように1列になって2体の間を潜り抜けた。その先には大きな壺のようなものがあったが、それ以外は案外殺風景で愛という響きからは連想し難い空間であった。それはそれで余韻に浸れていいのかもしれない。

入り口に続いているわけでもなさそうだったため、折り返して必然的に同じ場所を再び通ることとなった。1度目はありがたく自分の懐へ、2度目は自分を愛してくれる皆への手土産としてその膨れ上がった愛を持ち帰ろうと思う。

館内は元中国領事館だけあって、調度品も壁に飾られた作品の数々も東洋の雰囲気を漂わせるものばかりだった。

「ここも、見せてくれるのか」

これだけ優美な代物で飾られた建物も、以前は当たり前に人が暮らすことを用途にされてきた歴史がある。それを思い出させてくれるのが、湊にとってはバスルームだった。こちらはシンプルながら木材や大理石を存分に生かしたお洒落な造りだった。

「さっきも驚いてたよね?萌黄の館で」

海都にそう訊かれ、素直に訳を話すと彼は「なるほどね」と顔を綻ばせる。

「面白いね。そこにひっかかるんだ」

そう言う海都も海都で独特な感性を持ち合わせていると湊からしたら思うが、こうしてお互い自分にない発想を以て気づきを与えてくれるから一緒にいて妙に心地よいのだろう。

この館もぐるりと見終えると、日中の眩しさはすっかり落ち着き、日も落ち始めようと準備する気配を見せていた。気づけば夕刻を迎えていた。

「そろそろどこも閉館時間かな。お腹も空いたし、どこかで夕飯でもどう?」

お酒は飲める歳か訊かれたが、かろうじて成人しているものの職業柄あたり外では会食を除いて無闇に飲まないようにしている。変な噂や醜態を晒すリスクを防ぐためだ。湊はお分かりの通り実にど真面目で慎重な性格なのである。

「そしたらご飯の美味しいお店だな」

駅の方に戻れば何かしらはあるだろうということで、異人館街を後にして三ノ宮駅の方へ歩いて行くことにした。

「本当に何も訊かないんだね。何があったの、とか」

道中は好きなゲームの話とか、今まで観てきたドラマの話とか、そういうたわいもない話で盛り上がろうとしてくれていて、少しだけ居た堪れなくなったため自ら話題に出してみた。

「話したくなったら、自分から話してくれるだろうからさ。ただ聞いてほしいな、でも自分からは言い出せないなって思ったら『そろそろ、どう?』とでも聞いてよ」

それを合図に海都は湊に問うてくれるらしい。配慮が行き届いていて有難い限りだ。

行きも歩いた道だった。行きは上り坂だったけど、帰りは下り坂。坂道の上にあの街並みはあったのだと実感する。

「さっきも通った道かも」

ふと見覚えのある景色が目に入って呟いたまでだったが、気遣いの海都は「旅先は別の道で帰りたかったよね、ごめん」と謝ってくれてしまう。そういうことではないのだと弁明したうえで、湊はそれを指さした。

「時計、止まってるんだね」

行きにここを通りかかった時も時計の短針は5、長針は9付近を示していた。数時間が経った今もそれは変わらない。


「そっか、知らないんだね」


その声に、思わず湊は振り返った。

海都の表情は、声色と同じく酷く冷め切っていた。出会ってから着々と縮めてきた心の距離を一気に引き離されたような、無かったことにされてしまったような気にさせられた。

永遠にも感じてしまった空白の時間は実際にすると数秒程度のことだったようで、すぐに今までの穏やかな表情と空気感を海都は纏い直す。

「ここだけじゃない、神戸には何ヶ所か同じ時刻で止まった時計がある」

そうとだけ教えてくれて、彼は再び駅の方向へと歩き出した。

海都が差し示していることが何なのか、湊には予想がついた。だけどたしかにそれは、知っているとは言えない。簡単に知ってるとは言えない、知識という意味でなくもっと奥にあるそれだ。経験した人やこの場所に住む人にしかわからない想いがある。それを風化させないために今もきっとこの時計はそこにあり続けるのだろう。いや、そんな一文でまとめられるわけもない。まして何も知らない湊が知ったようなつもりになって語っていいことでもない。


「海都もその時が来たら言ってね、『そろそろ、どう?』って」


きっと湊が抱えているものと海都が抱えているものは違う。それでも湊にだって待つことはできる。海都がそうしてくれたように。

海都は一瞬だけ今この空間に追いつけず1秒前にでもいるような表情を見せたが、すぐに現在に追いついて湊へ微笑みを返した。

「お腹空いてきたな。今なら何でも食べられる気がする」

食べ盛りの男子2人が集まれば尚のことである。湊も海都の言葉に頷いた。


"異国の街"で出会った彼ら、2つの止まっていた時計が動き出したー


今回は山手八番館、坂の上の異人館でした。

パワースポットとして取り上げた作品のほかにも、それまでの西洋文化と一味違った東洋文化が色濃く反映された仏像や絵画などが展示されていて、非常に興味深い空間でした。


前書きにも書いた通り、これにて神戸北野異人館街編は完結です。最後の方で話に触れた5時46分でとまった時計、その瞬間を経験していない私が簡単に取り上げてもいいことではないと理解しているつもりですが、神戸を舞台にしたお話を書くうえで避けては通れない、扱うべき内容だと思い、湊にその複雑な心境を代弁してもらいました。今後も慎重に触れさせていただきます、ご理解のほどお願いします。


もう暫く神戸三宮でのお話は続いていきますので、引き続きお付き合いのほどよろしくお願いします!

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