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5時46分ー僕が僕として歌う理由を探して  作者: はお
第3章 人生の余暇

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ep.3-9【人生の余暇】俺が旅に出た理由

第3章、完結編です!ぜひご覧ください。

鳴門海峡まで帰ってきた。


琴平から屋島まで長らくハンドルを握らせてしまったからと、今度は湊が車の運転を代わってくれていた。


「寝ててもいいよ。僕は散々寝させてもらったわけだし」


湊は助手席の海都へそう勧めてくれる。西日が眩しくなってきたからと薄青のサングラスを掛けており、元より端正な顔立ちがさらに華やかさを増している。運転という行為そのものが好きなのか、もしくは今ここがカーナビに海しか映っていない橋の上だからか、心なしか上機嫌そうだ。表情の変動は大きい方ではないが、今が楽しければ微かに唇を尖らせて小さく頭を揺らしているし、食べたものが美味しければ微かに口角が上がる。前者に関してはつい鼻歌を歌いたくなっているものの我慢してその歌声を脳内に留めているんだろうと全てを知った今になってみれば推察できる。

再び車内の選曲は、海都に一任されている。

どう考えても今聴きたいのは正しくiM-Atomでしかないのだが、ここで彼の曲を流すのはさすがに御法度のような気がしてならない。海都に少なからず信頼を置いてくれているからこそ湊は明かしてくれたのだろう。その想いを無碍にすることだけはしたくない。行きと変わらず春日メアリーの曲をエンドレスで流している。累計何時間になったかわからないが、それでも被ることも飽きることもなく聴き続けられるメアリーの歌声は天からの贈り物だ。ファンとして本当に誇らしい。

「結局、うずしおは見られなかったな」

ふと小さく揺れていた頭が動きを止めたと思ったら、湊は苦笑して残念がるのだった。たしかに行きも帰りも1日に2回ある渦潮発生の時間帯を逃しており、今回の旅で見ることは叶わなかった。

「いいんじゃない?次回の宿題ということで」

もしこの旅に次があるなら、その時は事前に渦潮が見られる時間帯を調べて計画を組んだらいい。そんな未来が待っていてほしいという願いも込めて提案したら、小さく微笑んでまた首の揺れが再開した。上機嫌を取り戻したらしい。

「ここらでひと休憩挟みますか」

あまり朝は得意でないという彼だが、早朝から海都の私情に寄り添ってくれ、その後何度か仮眠は取りつつ1日中遊びに出ていたから、そんな素振りこそ見せないものの相当疲れは溜まっていると思う。疲れを感じる前にこまめの休憩を、教習所で数年前に受けた講習の内容を思い出して声を掛けた。車は数百メートル先にあるパーキングエリアへと緩やかに左折していく。

南淡路に位置するだけあって、パーキングエリア内のお土産には淡路の玉ねぎや瀬戸内レモンなど、せとうちに関わるものが数多くある。あと1時間とちょっと今回の旅行に浸っていたい海都には有り難いラインナップだった。きっと海都と同じような想いを抱いてこの地で羽休めする人も少なくないだろう。湊もその例に漏れず玉ねぎ味のポテトチップスにするか瀬戸内レモンのれんこんチップスにするか迷っていた。そして結局選びきれなかったのか、どちらも手に取りお会計に向かっていく。徳島の道の駅でも感じたがやはり社会人、しかも今をときめくというかときめき続けている大スターは羽振りも別格だ。普段接している分には至って等身大の素朴な青年であるから、尚更その金銭感覚には驚かされる。

会計を済ませた湊は、海都を見失ったらしく辺りをきょろきょろ見回している。その姿が妙に愛らしくて、暫し出来心で声を掛けずに泳がせてみた。

ふと、湊と海都の目が合った。安堵したような、嬉しさが込み上げているような表情に、海都の方こそなんだか安心してしまった。認知されているファンはこういう気持ちなのだろうか。海都はそこまで登り詰めたことがないため、夢のまた夢の想像に過ぎないが。

「ここのサービスエリア、展望台があるんだ。見て行く?」

すっかり時計は夕刻を指し示している。きっと朝とはまた違う光景が見られるはずだ。そんな期待も込めて2人展望台まで登っていくと、そこにはそのやや高めな設定の期待値をも超える息を呑むような景色が広がっていた。


遠くに見えるは先程渡り切ったばかりの大鳴門橋、海に沈みゆく夕日、そして玉ねぎの形をした大きな椅子ー淡路でしか見られない、この時間にしか見られない景色の特等席がここにあった。


「そこ、座ってみて」


すかさず玉ねぎ型の椅子を指さして湊に頼むと、御指名を受けた当人は「言われると思った」と苦笑する。海都の思考回路はすっかり攻略済みらしい。

ご要望に応えて大きな椅子に小さく座る彼、恥じらい気味にこちらへ目線をくれる。

「次は、海都」

照れ隠しに前髪を手櫛しながらカメラマンを代わりにきた彼は、やはり海都へいくらか期待をかけている顔をしていた。スマホを託すと、そのご期待に沿って名コメディアンを降臨させるのだった。

玉ねぎを模して頭の上で両手を三角帽子にしてみたり、足を組んで座り敢えて澄ました表情で斜め上の遠くを見つめてみたり、シャッター音が聞こえる度にポーズを変えていく。湊は旅の当初からこの芸がお気に入りらしく、大口を開けて笑っていた。期待には応えられたようで何よりである。

気が済むまで写真を撮り終えると、その背景に徹してくれていた夕日と海を2人並んで暫し眺めた。そこに会話はなくてよかったのかもしれないけど、あと少しだけ海都のことを知ってほしくて自らその無言を破った。


「海都って名前、母さんがつけてくれたんだよね」


海の都と書いて、海都。

海は彼女にとって、家族と同じくらい身近な存在だった。

「母さんの実家、お姉ちゃんと俺が生まれた家は、漁港がすぐそこにあるんだ。お姉ちゃんの本名、"美しい波"って書いてミナミって読むんだけど、それは母さんがまだ神戸にいた頃、父さんが神戸の海を思い浮かべて候補に挙げた名前だった。神戸にいた頃お腹の中に命が宿ったお姉ちゃんにも、神奈川の港町で生を受けた俺にも、両親は海を感じる一文字をつけた」


母は、どちらの海を思い浮かべて俺に海という字を贈ってくれたのだろうー人生の中で何度も抱いた問いだった。でもその問いは愚問だったと、今となっては思う。


「海は繋がってる。どっちの海とかなくて、海は海だから。どの地にいても俺は、その場所で都を作っていくよ」


まだ少し、それを実現するためには力を蓄える準備期間が必要かもしれないが、それに焦りを感じることはないとこの旅が、湊が教えてくれた。立ち止まったからこそ見えてきた景色がある。今この目の前に広がっている夕日の如く、だ。


「海都が作った都、どんなに遠く離れていても遊びに行くね」


湊は言った。どれだけ遠く離れた存在になってしまったとしても、彼ならそれを叶えてくれそうだと自然と思えた。

十数時間前までは朝日だった太陽は、今夕日となって海都たちを照らしている。誰にも言えずにたった1人で毎日繰り返していた"儀式"の後、ココアを飲み干す海都を優しく照らしてくれる朝日の生まれ変わった姿だ。十数時間したらまたその夕日は朝の顔を取り戻して海都の朝を抱きしめてくれる。湊が気づかせてくれるまで、海都はそのぬくもりを知らずに冷たい朝をやり過ごしていた。朝なんか来るな、と思っていた。今では少しだけ朝が、楽しみになった。


「2人でも撮りたい」


2人でここへ来た証、湊の方からカメラの画角に2人を収めてくれた。これがきっと、この旅最後のツーショットとなるだろう。

あの時、彼に声を掛けてよかった。感情を動かすこと、自分の中にある時計の針を動かすことを諦めてしまっていた自分も唯一息ができる場所、それが北野異人館街だった。その安全地帯に迷い込んできた彼もまた、今にも消えてしまいそうな、それでもこの空間に魅了されてこの街で雨宿りしているような、海都と少なからず通じ合う何かを感じた。それが具体的に何なのかはわからなかったけれど、それでも海都は湊の力になりたいと思った。自分にさえ何をしたらいいのか見失っていたというのに、他の誰かのために何かしたいと思えたのだ。そしてその踏み出すきっかけを与えてくれた湊こそ、暗く深い穴の中で彷徨っていた海都に手を差し伸べてくれた。海都は湊に、何か返せただろうか。湊の力に少しでもなれていたなら、そう願うばかりだった。

残り神戸までの道のりは、海都が運転することになった。海都自身が運転したかったのだ。自らの意志で神戸に帰ってきたかった。

先程は「散々寝させてもらった」と口にしていた湊だが、助手席に座って僅か数分後には再び意識を記憶の彼方に投げ出していた。寝る子はよく育つ、すくすく育ってくれたら海都はそれでいい。


眠りの国とおとぎの国兼任の王子様は、海都にとっていつの日々もスーパーヒーローだった。


これまでは主人公の湊目線で物語が進んでいましたが、今回は海都目線で書いてみました。

海都には湊という存在がどう映っていたのか、この旅を通して海都が何を思ったのか、少しでも伝わっていれば幸いです。


さて次回からいよいよ、物語は最終章に突入します。お楽しみに!

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