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5時46分ー僕が僕として歌う理由を探して  作者: はお
第4章 夢の舞台

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22/22

ep.4-1【夢の舞台】手土産の行く末

前回から随分と空いてしまいました…すみません。

気を取り直して、第4章の幕開けです!


京都に帰ってきた。


三宮までは海都とともに車で、そこから先はひとりきり電車での移動だった。

最寄駅の改札を出ると、見慣れた車が停まっていた。たしかに三宮を出発する際、各所へ今から帰ると連絡を入れてはいた。律儀に到着時刻を調べて迎えにきてくれたらしい。

我が親ながら、律儀で愛の深い人だ。


「おかえり、湊」


運転席に座っていたのは、父だった。

仕事が忙しい人ではあるが、その生き甲斐である仕事より家族を大事にする類いの人である。もう少し仕事を第一に考えてくれてもいい、と箱入り息子としては思う。

「仕事は?」

念のため確認すると、今日やるべきタスクはひと通り終えてから来たというから、それなら有り難くご厚意に甘えようと思う。

「大荷物やな。それは全部お土産?」

後部座席の扉を開けて両手に持っていた紙袋を積み込んでいると、父はこちらに首を向けて訊いてくる。どうやら数日ぶりに会った息子と1秒でも長く会話を楽しみたいらしい。

「お土産というか、お詫びの品というか。何日も仕事に穴を開けてしまったから」

レコーディング当日に姿を眩まし、それから何日も逃避行に出掛けてしまった。小中学生くらいの子どもだったら許されるかもしれないが、二十歳にもなってそのような無責任な行動は本来許されることではない。

「そうやって素直に謝れる真面目な子だから、宮島さんもお休みをくれたんだろうね」

宮島さんというのは、湊のマネージャーをしてくれている方だ。湊がまだ中学生で声変わりもしていない頃から、湊のアーティスト活動を一番そばで支えてくれている。この人なしではiM-Atomはここまでやってこられなかった。これほど多くの人々へ歌を届けることはできなかった。

それほどお世話になっている人への恩を仇で返すようなこと、菓子折り一つで許してもらえるようなことではないのかもしれないが、せめてもの気持ちを手土産の数々に託そうと思う。

車に乗り込むと、耳慣れているにも程がある音楽が聴こえてくる。


「やっぱり、湊の音楽は世界一だね」


典型的な親バカである両親が車内で息子たちの音楽を無限ループさせているのは常日頃であるが、今日ばかりは湊の曲だけを選曲して運転のBGMにしていたらしい。

「その言葉、芽亜莉が聞いたら泣いちゃうと思うけど」

ジャンルは違えど同じく音楽活動をしている実姉のことを思うと我が父の言葉も素直に受け入れ難かったが、父は悪びれず「もちろん世界一可愛いアイドルは芽亜莉だよ」と顔を綻ばせるのだった。

我が家は、駅から車で数分に位置する。2曲目も半ばで「最後まで聴きたかったな」なんて名残惜しそうにしながらも、父は車のエンジンを切った。何十何百回も聴いているだろうに、何度聴いても初めて聴いたみたいな反応をしてくれる。

「後ろの荷物はお父さんが降ろしておくから、湊はリビングに顔出しておいで」

おそらくリビングでは、1秒でも早く愛息子の顔が見たい母親が首を長くして待っているのだろう。安易にそう予想立てて居間へと続く扉を開くと、予想とは若干異なる光景を目の当たりにすることとなった。


「芽亜莉、なんでいるの?」


リビングの中央に配置されたソファーセット。1人掛けの方には普段からそこを定位置としている母が案の定座っていたが、3人掛けの大きい方ではノーメイク且つジャージ姿の芽亜莉が絵に描いたように寛いだ様子で寝そべっていた。これがパンダであれば可愛いで済まされるものだが、一流の有名女優がしているのかと思うと、とてもテレビの向こうや客席にいる皆様にはお見せできない姿である。

「湊だ、おかえり。なんでって明日から京都公演やし、どうせなら家族に芽亜莉の可愛いお顔を見せようと思って」

湊も芽亜莉に会えて嬉しいやろ?なんて弟相手に恥ずかしげもなく言えてしまう彼女はやはり自分という存在に絶対的な自信がある。メイクや衣装で着飾らなくたって、だ。

とはいえライブの前日にこうしてわざわざ実家に顔を出してくれたのは、愛する弟の帰還に立ち会うためでもあっただろう。その意図を押しつけないところもまた、彼女の優しさである。


「おかえり」


つい姉の存在に気を取られてしまっていたが、誰より息子の帰りを心待ちにしていただろう母がいつもと変わらぬ穏やかな声で出迎えてくれた。


「ただいま。心配かけてごめん」


父には素直に謝ることが出来なかったが、その父は自分が蔑ろにされることより、自分の妻を傷つけられることに悲しみや怒りを感じる人だから。そんな姿を生まれてこの方ずっと見てきたから、息子の湊も母には純粋に誠実でありたいと思う。

「謝ることやないけども…たしかにめっちゃ心配ではあった」

素直にそれを言葉にしてくれる母もまた、息子に誠実であってくれている証拠だ。

「海都くんとの旅はどうやったん?そのお土産の量から察するにこれは相当楽しんできたな」

ソファに寝転びスマホをいじっていた芽亜莉が話に入ってくる。相変わらずのマイペースさだ。

「おかげさまで楽しく過ごさせてもらいました。てかさ、芽亜莉」

そういえば姉に会ったら直接確かめようと思っていたことがある。文章という証拠で残すのは万が一に備えて控えていた、それほど取り扱いには注意すべき内容ではあった。

実の両親にも聞かれないようにソファに歩み寄り内緒話をする音量で彼女に問う。


「海都が郁海さんの弟って、知ってたやろ」


思い返してみれば、海都と芽亜莉がコンビニで初めて対面した際、芽亜莉は海都の顔と名前に覚えがある様子だった。てっきりそれはアイドルの彼女がお客さんとしての海都を認知していたからだと思っていたが、蓋を開けてみれば海都は春日メアリーがグループを卒業してからファンになったというし、それなら握手会等の接触があるイベントには認知されるほど通えていないはずだ。それに芽亜莉は、たった数度会っただけの海都を特別信頼しており、愛する弟の逃避行も彼となら大丈夫と太鼓判を押してくれた。

全ては彼が、親愛なる先輩の弟だと気づいていたから。そういうことになるだろう。

「なんでわかったん?知ってたよ、みーさんよく弟くんの写真見せてくれてたし」

その写真よりいくらか成長していたから、一目見ただけではわからなかったようだが、名前を聞いてすぐ今の姿と昔の写真が同一人物と頭の中で繋がったらしい。

「そのみーさんって、郁海の"み"じゃなくて本名の方から取ってきてたんだね」

彼女の本名は美しい波と書いて「ミナミ」と読むのだと海都が教えてくれた。芽亜莉は親しい人に他の人とは被らないあだ名をつけるのが好きだから、最後の文字に焦点を当てたのかと思っていた。実際は本名を知っている、という事実を暗に示す新手のマウントだった。

「由来わかったからって、湊はみーさん呼びしたらあかんよ?みーさんは、芽亜莉だけの呼び方やし」

口を尖らせて忠告してくるが、心配は御無用だ。そもそも呼ぶ機会もない。

あだ名の話をしていて思い出したが、芽亜莉を介して彼にもお詫びの品を渡しておくことにした。

「これ、みっちゃんに渡してください。色々と橋渡ししてもらったり、お世話になったので」

みっちゃん、というのは芽亜莉のマネージャーのことだ。芽亜莉の兵庫公演のチケットや待機場所の手配、湊のマネージャーへの連絡等何から何までお世話になりっぱなしであった。

そのあだ名も芽亜莉だけのやつだと文句を言われるが、弟は姉をわざと怒らせたくて使っているのだから何を言っても効かない。


「まあ渡しておくけど、結局"そっちのみっちゃん"も食べることになるんやから、渡すお土産被らないように気いつけやー」

「宮島さんには特大詰め合わせセットを用意してるから大丈夫」


芽亜莉の指す「そっちのみっちゃん」と湊が指す「宮島さん」は言わずもがな同義語で湊のマネージャーのことなのだが、これがややこしいことに先に登場した「みっちゃん」もまた宮島さんである。

むしろ、その芽亜莉のマネージャーである宮島さんこそ、彼女を宮島さんに成り変わらせた張本人だ。他事務所であるにも関わらず互いの情報が筒抜けなのは、ここが夫婦関係にあるのが一因でもある。


「恋のキューピッドになってしまった手前、結婚するなとは言えへんけども、姉弟のマネージャーが同じ苗字なのはだいぶ不便よな。しーちゃん、旧姓のままにしたらよかったのに」


宮島さんの旧姓は白石であったため、芽亜莉は「しーちゃん」と呼んでいた。結婚しても名簿上の手続きや取引先との関係で仕事では旧姓を名乗る人が世の中多い中で、彼女は迷わず結婚後の苗字に切り替えた。


「男避けらしいよ、ほら宮島さんモテるから」


美人で聡明な彼女は、その容姿とハイスペックさから男が放っておかない魅惑を常に漂わせている。本人はそれを面倒がっていたし、新しい苗字と結婚指輪はその好意を断ち切る良い材料のようだ。


「それはそうと、2階のピアノって使える状態?」


幼少期は芽亜莉が習い事の練習で使っていた電子ピアノ、彼女が上京先には持っていかなかったため代わりに湊が作曲の際に時々使ったりしていたのだが、それも最近だとPCだけで完結してしまうことがほとんどであるため、現在一番活躍する場面といったら母が畳んだ洗濯物を一時避難させるときだったりする。

案の定、今は洗濯の山が鎮座しているという。母が片付けに2階へ上がっていく。人手は多い方がいいだろうから、湊も手伝うことにした。


「またこの家で新たな名作が生まれるんだね。楽しみだな」


きっと世界で一番湊の才能を信じてくれている父が、そんな言葉でリビングから見送ってくれる。

その期待は有り難く受け取るとして、湊は母に続いて2階へと上がっていく。

既に湊の頭の中は幾つもの旋律や歌詞の欠片で埋め尽くされており、その一部が湊の鼻筋を滑り台にしてアウトプットされていく。名曲候補の旋律たちが、階段の踊り場に響き渡る。旅をしなければ生まれなかった欠片が、きっとそこには幾つもあるはずだ。それらは何よりの自分への手土産といってもいい。


叩いて叩いて粉々にしてしまった石橋を、湊は自らの手で再び組み立て始めたのだった。


というわけで、無事に湊は実家がある京都へと戻ってまいりました。

湊の父母が初登場、そして人気者な姉弟たちを支えるマネージャーたち、もとい宮島夫婦の人となりも伝われば幸いです。

ちなみに湊は生まれも育ちも京都ですが、湊の父は他県出身で、結婚を機に奥さんの実家がある京都へ移り住んだという裏設定のもと標準語多めの口調になっています。本編とは全然関係のない裏話でした(笑)


次回もお楽しみに!

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