ep.3-6【人生の余暇】海、橋、そしてドーム
こんぴら参りを無事終え、とっておきの場所へ向かいます。
そしてまた、2人にとって忘れられないひとときを過ごします。ぜひ温かく見守ってあげてください。
湊たちは無事、数時間前に登りきったばかりの1368段を余すことなく降りてきた。
何時間もかけて完成させた何千ピースのパズルをまた1つ1つ解していく作業のような、地道で根気のいる時間だった。そうして辿り着いた先の参道は、湊たちにとって誘惑の迷宮であった。
中でも目についたのは、甘味もの。水分は摂りながら歩いていたものの糖分は充分に摂れていなかったから、身体が本能的に甘いものを欲している。
「何これ!これはうどんなの?アイスなの?」
湊たちにとっての"飴"、それは満場一致でアイスに決まりそうだ。
かまたまソフト、その名の通り釜玉うどんの味と見た目を模したソフトクリームである。
白いアイスに、本物のネギと醤油がトッピングされている。まるでコーンへうどんをぐるぐる巻きにして乗せたような見た目をしていた。
早速注文して出来たてのそれを受け取ると、おそるおそる一口頂く。生姜が効いたアイスの甘さと辛さと冷たさへ、醤油の甘辛さが絶妙に花を添えている。食べ進めるにつれて合流してくるトッピングのねぎがまた、釜玉うどん味であるという自我を直接的に我々の舌へ主張してくる。だがその前のめりさも不思議と嫌な感じはしない、絶妙な塩梅であった。
こういう言ってしまえばインパクト重視の商品は、一度手に取ってもらうことを第一とされているような印象を持っていたが、これはその安易さというか、危うさみたいなものを感じない。もう一度食べたいと思わせる、不覚にも癖になる味が緻密に計算されている。
アイデアというのは既存の概念同士の組み合わせとも言われるが、掛け合わせ方、まさに調理方法によってその良し悪しは決まってくる。要素と要素の比率も重要だ。そのものなりの黄金比を見つけ出してやるのが設計者の役目とも言える。
曲も、アーティストも同じだ。どんなに奇抜な掛け合わせをして人々の注目を集めても、実力が伴わなければ次には繋がらない。実力という裏付けこそが、その掛け合わせを正統化していく。中学生×覆面アーティストが、声変わりをして成人を迎えその仮面さえ脱ぎ捨てようとしている今、生き残っていくために磨くべきは、そういう確固たる技量であろう。
世知辛い現実へ意識を半分持っていかれながらも、甘じょっぱいアイスに慰めてもらって駐車場へと戻ってきた。
ここからは、海都の運転で彼のおすすめスポットを案内してもらう。
まずはここから北へ30分ほど車を走らせたところに位置するとっておきの場所へと連れて行ってくれるらしい。何時間も石段を上り下りし続けた身体で運転してもらうことになるため、申し訳ないと声を掛けたが、このくらい男子大学生にはへっちゃららしい。湊も日頃からもう少し運動を心掛けようと気持ちを改めた。
車を走らせること30分強、瀬戸大橋記念公園に到着した。
広大な敷地には瀬戸大橋にまつわる記念館をはじめ、展望台など様々な施設が点々と存在するらしい。最大の目的である橋を眺めるため、湊たちは逸る気持ちの赴くままに浮き足立って展望台を目指した。
「ここからでも、充分綺麗だな」
展望台を登る前に地上から見えた景色―遮るものが何もなく目の前に広がっている瀬戸内の海と瀬戸大橋は、自然とその身が吸い寄せられてしまう魅力があった。
何でも高いところから見ればいいというものではないと改めて思わされる。この目線から見るからこその迫力もあるだろう。心の準備もなく不意にその絶景が見えてしまうというのも、それはそれで味がある。それだけ大盤振る舞いであるとも言える。せとうちは何とも懐が広い。
心の中で止めどなくカメラのシャッターを切っていたら、海都が「写真撮ろうか?」と聞いてくれる。ジャケ写ごっこ再びの予感だ。
「でもせっかくなら、写真は展望台の上で撮ろうかな」
気が済むまで地上からの景色を眺めたところで、いよいよ展望台へと上がっていく。
「空が近い」
たった数メートル目線が上がっただけなのだが、ここからなら空へ手が届く気がした。無意識的に空の方へ右手を伸ばすと、背後からシャッター音が聞こえた。海都にとっては今その瞬間がカメラの画角に収めるべきひと場面だったらしい。
「瀬戸大橋とも、さっきより対等になれた気がする」
地上から眺めていたときは、遠くから見下ろされているような、そんな迫力に圧倒される感覚にあった。対して展望台から眺める今この光景の中で、橋は湊がまっすぐ向けた目線の先にある。穏やかな海に悠々と佇むその橋を、湊たちは飽きることも忘れて眺め続けた。
「一緒に写真撮ろう」
この旅を始めるまでは、写真を撮ることは好きでも、自分自身がその景色へ映り込んで撮ろうという発想はなかった。むしろ過去に受けた盗撮被害のトラウマもあって、苦手意識さえあったかもしれない。
2人でここに来た証、他の誰にも撮ることができない景色を、己の手でこのスマホに収める。己の脳内HDDに同時RECも忘れない。
「ちょっと休憩しようか」
公園には海へ沿うように間隔を空けていくつかのベンチが置いてある。海を眺めながらひと休憩できるように、このシチュエーションを最大限に活かした設計といえよう。てっきりそこで休むものだと思っていたが、海都はそのベンチとは反対方向、海に背を向ける形で突き進んでいく。
そして展望台があった記念館をぐるりと半周した先に、それは現れた。
木造の巨大な野外ステージ、マリンドームだ。
黄緑と白の三角が幾何学的に連なってできたドーム型の大きな屋根、約1200人もの観客を収容出来るというすり鉢状の客席、そして瀬戸内海と瀬戸大橋という偉大にも程がある景色を半円状に切り取り背負った舞台。
スポットライトなんかいらない、それだけで画が成り立ってしまうような、魔法のステージだった。
「やっと日陰だ!ここで休憩しようか」
板に立つ側を何度も経験してきた湊にとってここは夢のような会場であったが、海都にとっては大きな屋根下に1200の椅子が並ぶ憩いの場に過ぎないようだった。気になってネットで調べてみたら、イベント等での使用には料金がかかるものの、普段は当公園利用者の休憩スペースや展望台として無料で開放されているらしい。湊の認識も海都の認識も、どちらも全くの間違いではない。
「海都は、前にもここへ来たことがあるの?」
湊に自らおすすめしてくれたくらいだ。以前からここの存在を知っていたのだろうとは思っていたが、やはり一度旅行で来たことがあるらしい。
「大学の友達と?」
「ううん、家族旅行で」
海都もまだ生まれである神奈川に住んでいた頃のこと、彼は中学生だった。
海都の親夫婦はそれよりさらに前、神戸に暮らしていた際ドライブデートで香川を訪れたことがあり、結婚25周年、銀婚式の年に父親の急な思いつきで関東から遥々ここ香川まで旅行に来たのだそうだ。
「岡山まで新幹線で、岡山からはマリンライナーっていう快速列車に乗って。高松からは車移動、今日みたいに。あの日も朝早かったなあ、父さんは予定を詰め込みたがる人だから」
海都の口から語られる彼の父親は、自由奔放な人である。家族のことを大事に想いながらも、自分の気持ちには正直であるような、子供心を忘れていない人。母親は対照的に慎重な性格をしているようで、海都にはそのどちらの良さも受け継がれている気がする。かまたまソフトのような絶妙な比率を保って。
「そういえばあの日も聴いたな、アトム」
父と10個歳上の姉が運転、母が助手席でカーナビを操作したりお財布の紐を握る中で、海都は車内での選曲を任されていたらしい。
「中3の頃は、とにかくiM-Atomが好きで。もはやそれしか聴いてなかったから、ずっと流してた。運転することも運転のサポートも出来ない中学生のガキだったからさ、アトム聴いてれば静かに黙って座っててくれるし両親とかお姉ちゃん的にはアトムにお守りしてもらってる感覚だったかもしれないけど。母さん、ある曲が流れ始めたときに言ったんだよね…良い曲だねって」
海都はその一言が、泣きそうなくらい嬉しかったという。旦那の思いつきで長時間の移動が伴う、しかも自分には嫌な記憶も思い起こされる西日本へわざわざ旅行へ来て、その日の母は息子の海都からしたら終始緊張して見えていたという。それがその曲を聴いたときは自然と笑みをこぼしていた。
「旅行から帰って来てからも、俺が自分の部屋でアトムの曲聴いてると『それは何ていう曲?』とか聞いてくれるようになって。ちょっとだけ親子の会話が増えた。俺もアトムの話してるときは、母さんに変に気を遣うことなく話せるというか」
15年前からずっと心のどこかにある母への罪悪感も、アトムを聴いているその数分間は忘れられる。海都にとってiM-Atomは安全地帯、シェルターのような存在なのだという。
知ってる?海だけがきいてる―海都が湊に訊いた。
「知ってるよ。その曲は、iM-Atomが淡路島へ家族旅行で来たときに見た海が題材なんだよね」
京都市内で生まれ育った湊にとって、小さい頃から海はあまり身近な存在ではなかった。家族で淡路島へ旅行に出掛けたあの日、車の中から見えたあの明石の海が、湊にとって人生初めての海だった。
「そうなんだ…知らなかったな」
海都は出し抜かれたような表情で湊を見ていた。知らなくて当然である、湊もこの事実を誰かに話したのは初めてなのだから。
今この屋根の下には、湊と海都しかいない。奇しくも貸切状態である。
こんな理想の晴れ舞台は、二度と訪れないかもしれない。
湊は、中央最後列にあったその客席から立ち上がると、まっすぐ歩みを進めた。
向かう先は、瀬戸内の海と瀬戸大橋が見守るあのステージだ。
海と橋に背を預けて、一番後ろの客席に小さく座る海都と向き合う。
息を大きく吸う。身体は今か今かと、その時を待っていた。湊が思っていたよりもずっと、湊は歌うということを欲していた。
きいてよ 海
僕には何もない 勇気も自信も
恐れるな なんて言わない
海がいる 空がいる 僕がいる
何もないなら 作ればいい
不恰好でもいい 脆くてもいい
0からまた 橋を架けよう
あの日見た 青に告ぐ
何もない僕は 何にだってなれる
誰でもない 君さえ聴いてくれたらいい
海だけがきいてる
数日ぶりに自身から溢れた歌声は、音程は上ずるし高音は掠れるし、完成度で言えばあまり良いものではなかった。
だけど全身全霊、魂を震わせて歌った。たった1人、彼という観客に向けて。
海都は、泣いていた。この世の終わりみたいに、いやこの世が今ここで始まったみたいに。
泣いて泣いて泣いて、最後は涙を拭いて小さく微笑んだ。
紛れもなくこの日が、湊にとって人生初めてのドーム公演だった。
マリンドームでの歌唱シーン、作者がずっと描きたかった場面でした。
実際作者もこの目でマリンドームの屋根下から覗いた景色を見たことがあるのですが、東京ドームの天井席から見る一面ペンライトの海とはまた違うベクトルの、だけどそれにも匹敵する美しさでした。そんな景色のもとで、湊にも歌ってもらいたかったんですよね。
ただ、湊は立派なアーティストなので本来は事前に予約の上で使用料を支払わなければいけない可能性もありますが(汗)iM-Atomとしてではなく湊として束の間その舞台を貸してもらったと思って大目に見ていただけると幸いです。
さて、3章も終盤に差し迫ってまいりました。着々と運命の場所にも近づいています。お楽しみに!




