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5時46分ー僕が僕として歌う理由を探して  作者: はお
第3章 人生の余暇

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ep.3-5【人生の余暇】785段、1368段のぼった先

湊が人生で一度は食べてみたかったもの、行きたかった場所の登場です!

次なる運転手は順番通りにいくと海都であったが、湊が引き続きハンドルを握ることになった。海都には宿を取るという重大任務が残されている。そして何より湊がもう少し運転したい気分であった。

道中は会話が途切れお互い無言になる時間もあるが、沈黙が続いたとしてもさほど気にならなかった。無理に話を続けなければいけない関係は通り越していた。

海都が飛び込みで泊まれるホテルを見つけてくれた。無事野宿は免れそうだ。

約1時間半のドライブを終え、ホテルの部屋に着いた。1人1部屋ずつ取ったところで結局片方の部屋に集まりそうだという見解になり、ツインの部屋を取った。

せっかく香川入りしたのだから夕飯はうどんを食べたいところであったが、うどん県の夜は大層早いらしい。到着した頃には既にどの店も閉店時間を過ぎていたため、泣く泣く断念した。対照的に朝は早起きのようだから、朝一でうどんを食して腹ごしらえするつもりだ。

とはいえホテルに引きこもってのコンビニ飯では味気ない。夜の町へと繰り出すと、夜でもありつける香川のご当地飯を見つけたのだった。


香川県丸亀市発祥、骨付鳥だ。

その名の通り、鶏のもも肉を骨がついたまま焼いた料理である。親どり、若どりの2種類があるらしい。


さっそく店に入り、湊たちは親どりを注文した。

テーブルへとやってきたその肉塊は、見ただけで食欲を掻き立て、その香り高さに嗅覚が溺れる。そして一度口にすれば、その衝撃たるやなんと言えばよいだろう。簡単にその言葉を口にはしたくないものだが、こればかりは"革命"と言えよう。

スパイスとニンニク等が編み出す複雑且つパンチの効いたその味は、味覚という味覚全てをがつんと一発殴り倒しにくる感覚だった。見た目の豪快さに負けないほど、歯応え、味そのものがとにかく強い。癖になるにもほどがある。

満腹中枢も舌も大満足でホテルまで戻り、ひとっ風呂浴びた(のち)即就寝となった。1日に全力を注いだ暁の、ベッドに入り僅か数秒での爆睡だった。


翌朝早朝、湊たちは寝ぼけ眼とぼんやり頭に鞭打って、寝癖だけは直しホテルを後にした。

泊まりの荷物はホテルの受付に預けて、まずは朝ごはんを食しにうどん屋へと足を運ぶ。本場の味に、念願のご対面である。

香川のうどんといえば、このコシの強さだろう。湊はそれを十二分に堪能するため麺もつゆも冷やしの"ひやひや"で頼んだ。海都は"ひやあつ"だ。

この麺を口にすると、思わず無言になる。喋ることも忘れてこの歯応えに向き合わないとという思いに駆られる。

終始お互い何の言葉も発さず食べ進め、どんぶりの底が見えてようやく一言、ごちそうさまのご挨拶だ。

「おいしかったね、思わず夢中になって食べきってしまった」

海都も腹を摩って満足そうにしている。

「さあ、ここからが修行だよ」

湊たちが向かう先、辿り着くまでに相当な試練が待っている。


ここは香川県琴平町―琴平山の中腹に、その神社はある。こんぴらさんの愛称で知られる金刀比羅宮(ことひらぐう)だ。

参道口から御本宮まで785の石段が続き、1368段の先に奥社が見える。まさに修行、足腰だけではなく心もである。


その麓に位置する参道には、多くの店が軒を連ねている。朝早くにも関わらず、いくつかの店舗は既にシャッターが開いている。湊たちのような早朝からお参りにくる客も温かく受け入れてくれているようだ。

中には、御本宮までの道のりを支える杖を貸し出している店もあるらしい。永遠を思わせるほど続いていく石段は、じわりじわりと参拝者の体力を擦り減らしていく。最後まで登り切るための足腰と精神力へ力添えするべく、その杖はあるのだろう。湊たちは食べ盛りで体力が有り余っているような世代のため杖なしの道のりを選択したが、心の片隅にはその杖の存在を携え1段1段噛み締めていきたいところだ。

「辿り着くまで、誘惑には負けない」

御本宮までの道のりに、有り難くも飲食店やおまんじゅう屋さんなど魅力的なお店が立ち並んでいる。しかしながら、それはこの厳しい道のりを登りきり参拝を終えた後に楽しみとして取っておこうと2人で心に決めたのだった。

黙々と石段を登り続けて365段目、見えてきたのは大門だ。既に後ろを振り返れば目線はいくらか高く感じたが、同時にようやくスタート地点に立てたような途方もない感覚も押し寄せてくる。構わず進むしかない。

もう暫し乳酸が溜まるのを感じつつ脚を動かし続けると、遠くからこちらを見つめる視線を感じた。


神馬 白平(しろひら)号と光驥(こうき)号、2頭の白馬である。


日々参拝に訪れる数多くの人々をここで出迎え、その背を見送っているのだろう。湊たちのことを警戒する素振りもなく、悠々堂々とそこに在り続けている。奇しくも今年は12年に1度の午年、尚のこと脚光を浴びる1年となることだろう。

人の手によって神に捧げられ神に遣うこととなった彼らは、何を想って生きているのだろうかー音楽の神に見初められ日々人々の注目を集め続けている湊としては、畏れ多くも他人事ではいられなかった。

「湊に似てるね」

隣りで一緒に神馬たちを見つめていた海都がそんなことを言うものだから、湊の頭の中を覗かれたのかと思ったが、そういうことではないらしい。

「くりっとしててうるっとした瞳が似てる。濁りひとつない、澄んだ瞳」

たしかに彼らの黒目がちの瞳は、曇りのない黒真珠のような輝きを持っていた。その瞳に湊の両眼が似ているかと言われると、いくらか芸能界の薄汚れた世界を知ってしまっているだけに頷くのは躊躇われる。

神馬たちに別れを告げて、再び石段を登り始めた。


そして湊たちの目の前には大きな御社が見えてくる。

旭社である。


「ここらで一旦休憩しようか」

社の前で手を合わせると、海都が旭社の向かいにある休憩処のようなスペースを指差す。喩えるなら道中ぽつりと現れた屋根付きのバス停のような、それが何個も連なったような出立ちといえば伝わるだろうか。無論この道のりを通りすがるバスなど存在しないのだが、その存在はとめどなく続いていた道のりに一旦の一区切りつけるような意味合いも含んでいるように思えた。大きな趣ある瓦屋根とその屋根を支える年季の入った木の柱たちは、古くからここまで来た参拝客を労ってきたのだろうと伺える。これなら参拝中突然雨が降ったとしても雨宿りができる。屋根下の木製のベンチは一休みするのにうってつけだ。


「ん?これなんだろう」


その憩いの場へ足を向けた矢先、社へ背を向けた際の右手側に気になるものを見つけた。

水の張った大きな茶色い壺、底にはたくさんの小銭が沈んでいる。ここを訪れた人々が運試しで水面に小銭が浮かぶか試していったのだろうか。

海都が徐ろにリュックから財布を取り出し1円玉を手にした。湊も後を追って1円玉を取り出す。


「せーの」


振動を与えないように、そっと1円玉から手を離す。小さな波紋が2つ、まっさらだった水面に薄ら浮かび上がる。その円の中心に、1円玉が2つ仲良く並んだ。

思わず2人で顔を見合わせ、小さく喜びを顕にする。1円玉から指を離した今、繊細な動作が必要とされることはないはずなのに、どうにも言動全てがひそひそしてしまう。不思議なものだ。

なんとも言えない達成感を携えながら、この勢いで登りきってしまおうと結局足を休めることなく頂きを目指した。


そして参道口から登ること785段、ついに御本宮へ到着した。御祭神は大物主神と崇徳天皇―農業・殖産・医薬・海上守護の神とされている。


旭社も大層立派な御社を構えていたが、やはり御本宮はその迫力が違う。圧倒されながらも湊たちは御祭神の前に立つ。

浅く一礼、次に二度の深い礼、二度の拍手、深い一礼と続け、最後に浅く一礼する。二礼二拍手一礼に慣れ親しんでいる湊には馴染みのない作法であったが、郷には従おう。


「海をお守りする神様なんだよね。俺のことも"海"がつくよしみで守ってくれるかな」


海都は神に聞こえぬような小さい声で、隠れて湊に聞いてくる。

「きっと守ってくれるよ。信じたら願いは叶うんでしょ?」

神戸の地で頂いた海都からの有難い御言葉を、彼本人にお返しした。海都は満面の笑みで頷く。

御本宮を離れ、向かって左手側へと進んでいく。


御本宮から続く大きな回廊、南渡殿(みなみわたどの)だ。


湊たちのような一般の参拝客は実際に通ることが叶わないが、横からそれを眺めるだけでも見惚れてしまう。

御本宮の向かって右手側にも足を運ぶ。ここは展望台のようだ。香川の町を一望できる。

「あれ、何の橋?」

湊が聞くと、海都はすぐ答えてくれる。

「瀬戸大橋じゃないかな」

ここからはミニチュアサイズで見えているあの橋が、きっとそうだと言うのだ。香川と岡山を結ぶ、かの有名な橋である。

「もっと近くで見られる場所があるよ」

言葉にせずとも、湊が遥か遠くにあるその大橋へ向けた羨望は隣りの彼に伝わっていたようだ。とっておきのスポットがあるらしく、あとで案内してくれるという。

ただその前に、湊たちにはやるべきことが残っていた。御本宮の右手側、さらに上へと伸びている山道を進んだ先に奥社がある。そこまで到達して初めて金刀比羅宮へのご挨拶周りは制覇となる。

ここからが、正念場だ。奥へ進むにつれて、辺りの光景は一層自然に近い山道へと移り変わっていき、漂う香りにも緑を感じる。体感、身に纏う空気も僅かながらひやりとし始めた気がする。ここまでの道のりだって相当な苦行であったのに、まだ続くのかと思えてくる。目標地点はすぐそこに近づいているはずだ、それでもこの目でそれを見る日は永遠にも先に思えてしまう。この道を登りきれば確約されているはずの栄光へいまいち手を伸ばしきれない湊そのものを表しているような、そんな感覚に襲われた。

それでも歩き続けていると、無駄口を叩く体力も気力もなくなってきた。ある意味変に考えを巡らせることのない無の時間は今の湊にとって精神衛生上良いかもしれない。


果てなく道を歩み続けて辿り着いた先、その艶やかな朱色の社はあった。奥社 厳魂神社(いづたまじんじゃ)である。


その御社がこの目に映ったその瞬間湧き上がってきた感情たるや、何にも変え難いものだった。やっと辿り着いたという安心感と、それまで堰き止め続けていた疲労感、それと同時に背筋へ走る緊張感。2人の間には、意図しない沈黙が今も流れ続けていた。

普段初めて来た神社にはご挨拶のみさせてもらうことにしている湊だが、今回に限ってはここまで辿り着けたことへの感謝も誠心誠意伝えた。

そしてこれも普段はめったにしないことであるが、ここまで来たのならと授与所で御朱印も頂くことにした。いくらかお納めした代わりに頂いたその御朱印は、他ではあまり見かけることのない漆黒の紙に金字で文字が書かれたものであった。金刀比羅本教の教祖である厳魂彦命が化したとされる天狗もともに描かれている。ここへ来た証、湊はそれを丁寧な手つきで鞄の中へしまい込んだ。


「ここまで無我夢中で登ってきたけど…帰り道のがしんどいかもな」


海都が苦笑するのも無理はない。行きは参拝するという最大の目的があったからなんとか踏ん張れたが、帰りはただひたすら石段を下るのみだ。とはいえ、ここでくたばってしまえば永遠に旅の続きも家路にもつけない。

「大丈夫、そのためのおまんじゅう、そのためのアイスだよ」

鞭は散々受けた。次にもらえるのは、間違いなく飴の方だろう。


家に帰るまでが遠足、最後の1段を降り終わるまでがこんぴらさん参りである。

もう一度奥社の方へ振り返り一礼した湊と海都は元来た道を、されど思いは新たに辿っていくのだった。


今回は香川のご当地グルメ、そしてこんぴら参りでした!

長かったですね、ただ実際のこんぴらさんはそれより更に時を長く感じます。永遠にも近いです…これは本当に。ただ湊たちも得ていたような他では味わうことのできない特別な達成感があるのもまた確か。不思議な魅力がある場所です。


さて次回も香川を巡ります。個人的にずっと描きたかった場面へと着実に近づいています…次回あたりにはそこまで行き着くでしょうか、何はともあれお楽しみに!


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