ep.3-2【人生の余暇】オレンジのポピーと黄色の菜の花
淡路島編、スタートです!
「到着!運転ありがとう」
大きな平面の駐車場に車を停めエンジンを切ると、助手席の海都が労いの言葉をくれた。
ひとつ目の目的地に到着した。
エントランスを抜け、場内を進んでいくと見えてきたのは視界いっぱいに広がる花畑の絨毯ーあわじ花さじきだ。
淡路島北部の高原にあるこの地は、四季折々の花々に包まれた広大な花畑が人々を出迎え魅了してくれる。
「ポピーだ」
オレンジや黄色、白の丸みを帯びた花々が風に吹かれ頭の重さで揺れている。
「湊、花に詳しいんだね。ポピーって聞いたことはあるけど、こういう花なんだ」
湊の中では反射的に口からついて出るほどの常識であったが、どうやら一般的には誰でも見た目と名称が一致するほどの知名度ではないようだ。仕事柄、それこそ"歌詞に花を添える"という意味でも、花の名前や花言葉はよく調べるため同じ成人男性と比べて確かに花には詳しい方かもしれない。
中でも湊は、このポピーの花が好きだったりする。
「1本ずつ、しゃんと空に向かって咲いてる感じがいいなと思ってる。なんか、自立してる1人の人間っぽくて」
時に強風に煽られ、倒れて折れてしまうのではないかと心配になるが、こちらが思っているほどポピーは柔でない。自力で起き上がってきて、また何事もなかったかのようにそよ風に身を任せその一輪の花を揺らして笑う。
「さては、湊も相当好きなんじゃん?iM-Atom」
海都に指摘されてようやく己のボロに気づく。そういえばiM-Atom、もう1人の湊である彼がポピーを題材に書いた詞に同じような表現が出てくる。
どんな向かい風だって 困難だって
しゃんと空に向かって 立ち上がってみせる
荒地に咲いた オレンジポピーのように
懐かしい、何年前の楽曲だっただろうか。たしかアルバム曲の1つで、特に脚光を浴びるような類いの曲ではなかったはずだが、海都もよく知っているようだ。海都こそ、アトムのことが相当好きなのだろう。
「オレンジのポピーの花言葉、知ってる?」
この際開き直り、屈んで橙色の花弁に右手を添えつつさらに深掘りした話を持ち出す。海都もつられて湊の隣りにしゃがみ込んでその花をまじまじと見つめた。真剣に答えを考えてくれているようだ。ただ結局思い浮かばなかったみたいで、早々に正解を催促される。
「思いやりとか、陽気で優しいとか、恋の予感とか色々あるんだけど」
中でも湊が気に入っている花言葉があった。
「願いを叶えて。たぶんあの曲にはその花言葉がぴったりだと思うんだよね」
詞を書いた本人が言っているのだから間違いないのだが、作者の意図をリスナーに押し付けるのは野暮だから敢えてゆとりのある言い回しで確信を泳がせておいた。海都がその名解説ぶりに大きく頷いている姿を見て心が痛まないこともなかったが、楽曲への新たな見解を与えられたなら本望である。
歩みを進めていくと、視線の向こうには紫と黄色のバイカラーが視界いっぱいに広がっていた。空の青、菜の花の黄色、ムラサキハナナとリナリアの紫。トリコロールと表現する方が正確だろうか。
その絶景を眺めるためだけに生み出されたような木製のお立ち台、例えるなら地面に直接埋め込まれたベランダといった感じだ。とても数々の名曲を世に送り出してきた人間とは思えない稚拙な表現力である。
いくらか生まれ持った身長に比べて小高い位置から眺めることとなったその花畑は、湊の頭の奥深くに追いやられていた記憶の欠片を不意に呼び寄せるのだった。
「ここ、来たことあるかも」
幼い頃、まだ湊も姉の芽亜莉も芸能の世界へ足を踏み入れていない頃のことだ。当時からアイドルを目指して日々ダンスのレッスンに励んでいた芽亜莉が、この高台をステージに見立てて歌って踊って見せたのだ。
『この花たち全部、芽亜莉を応援してくれるペンライト!』
幼き少女の瞳には、この光景が東京ドームや京セラドームのステージから見た景色と重なって見えていた。実際アイドルになった彼女が見た景色は紫と黄色ではなくピンク一色に染まっていたはずだが、あの日見た夢を叶えたことには変わりない。
湊は、まだその光景をこの目で直接見たことがない。大きなステージには何度も立ったことがあるが、舞台と客席は己をシルエットと化す大きな幕で隔たっていたから。湊が望んでそうしてきたことだ。
湊と芽亜莉は別の人間で、目指す先も違う。それでも彼女の辿ってきた道を1ミリでも羨ましいと思ってしまった自分に少なからず動揺が隠せなかった。
「湊?」
海都に名を呼ばれて、1人物思いに耽っていた自分に気づく。小さい頃の記憶を思い出していただけと説明すると、彼は安堵した様子で高台からの景色に背を向ける。
「どうせなら、今日の景色も記録に残そうか」
思い出していた記憶が決して悪いばかりの記憶ではなかったと表情から察したのか、彼は湊を現在の世界線に引き戻しつつ、自撮りという手段を以って上書きではなく別名保存してくれるのだった。
お立ち台から降りて先ほど上から傍観していた景色の方へ歩いていくと、1つの花畑と認識していたものも徐々に1輪1輪へと認識が細分化されていく。
その彩度の高い黄色に視覚も刺激されるが、甘く上品に漂う華々しい香りに嗅覚も喜んでいた。意識的に大きく息を吸う。全身にその自然の香水が染み渡る感覚だ。
「湊、そのままそこに立ってて」
ふと海都が湊の両肩へ触れ、湊をその場に静止させて自身は後方へと駆けていく。スマホを構えて湊をその画角に収めると、また彼は駆け足で湊のもとへと帰ってくるのだった。その表情は菜の花に負けないくらい生き生きと輝いていた。
「めっちゃいい!CDのジャケット写真みたい」
サブスクの登場により若者の間では衰退しつつあるCDの文化も、アイドルを推してきた海都にとっては身近なものであるらしく、スマホのカメラで切り取られたその1枚を彼はそう表現した。満開の菜の花を背景に、前をまっすぐ見据える湊の姿が映し出されていた。
お返しに、湊も海都と立ち位置を交代しシャッターを切った。成果を見せると、海都は最速の再放送の如く先ほどと同様の輝かしい表情を咲かせる。
「すごい!こっちもジャケ写みたい!湊、写真上手だね」
己の手柄にもできるだろうに、海都は湊の腕前を褒めてくれた。
「被写体が良いからだよ」
意図的に手柄を持ち主に返すと、海都は照れくさそうに笑う。
その後も、画角や背景の花々を変えてお互い写真を撮り合い"アーティストごっこ"をした。ビジュアルを売りにしていない類いのアーティストである湊も、写真を撮られることに関しては素人に等しい。新鮮な気持ちで被写体という役割を全うするのだった。
そのうちの1枚を目にした時、ふと頭に旋律が浮かんだ。既存のものではない、今まさに湊の頭の中で生み出された新譜だ。
通常は楽曲制作がまず第一の根底にある工程であり、その後に付随する形でジャケットといったビジュアル面のデザイン制作が行われる。少なくとも湊はその順でしか作品を生み出したことはなかったが、まさかこの休暇のつもりで巡っていた旅先で初めてこの制作工程を踏むとは思わなかった。
ゆっくり羽を伸ばして、と言われたところで事あるごとに仕事のことを考えてしまうのはやめられそうにない。
視界一面、何処までも続いている菜の花畑のように、湊の飽くなき制作意欲は湊の胸の中に咲き続けるのだった。
淡路島編、1箇所目の目的地は「あわじ花さじき」でした。作者も湊たちと似た時期に花さじきへ行ったことがあり、ポピーや菜の花畑に感銘を受けたのを覚えています。本当にジャケ写のような写真が撮れそうなシチュエーションでした。
次回も湊と海都は淡路島を巡る予定です。お楽しみに!




