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5時46分ー僕が僕として歌う理由を探して  作者: はお
第2章 過去と今

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11/23

ep.2-6【過去と今】湊とアトム

だいぶ日が空いてしまいました…。次回の大事なシーンを書くのに頭を悩ませていました。完全なる言い訳です、すみません。


今回も、ちょこちょこ新たな事実が発覚します。

お楽しみに!


マネさん:この1週間のレコーディングはリスケしました。必要であればあと数日程度なら順延も可能です。仕事のことは気にせず羽根を伸ばしてきてくださいね。無理だけはしないように


風呂上がりにスマホを見ると、家族と海都以外で唯一信頼している存在、湊の専属マネージャーからそのような連絡が入っていた。芽亜莉の言う通り、マネージャー同士でやり取りをしてくれたらしい。有難い限りである。

湊が完璧主義でど真面目な人間であるだけに、うちのマネージャーは基本的に湊に甘々である。とはいえこれだけの期間仕事に穴を空けることなど本来のマネさんなら許してくれるはずもなく、まして「仕事のことは気にせず」なんて気遣い絶対できるわけもない根っからの仕事人間がこう言ってくれているということは、おそらく芽亜莉のライブ会場で湊が巻き込まれた件についてマネさんにも伝わっているのだろう。

「お待たせ」

湊より何セットか多くサウナを楽しんでいた海都も、ロビーに戻ってきた。

昨夜と同様、夜風を浴びながら帰路に着く。白のパーカーを貸してもらったから、乾きたてのつむじにそのひんやり冷たい空気が触れることはないが、季節外れのかまくらに視界が包まれ絶妙な安心感が生まれている。

ふと、鼻歌が鼻筋の真ん中あたりまで降りてきた。

ひとたび歌声を披露すれば自分が芽亜莉の弟だということ以上のパーソナル情報がこの地にばら撒かれることとなる。さすがに海都相手でもそれだけは社会人の責任感にかけて死守しなければならない機密情報であり、咄嗟に出かけた音符を息ごと吸い込んで我慢したが、身体が歌うことを欲しているのだろう。もはや職業病だ。

今夜も夕飯は例の焼きそば屋で調達し、湊たちは海都の部屋に戻ってきた。今日は何をお供に夕飯を食べようか、と海都が家宝であろうDVD、Blu-rayを吟味している。厳正なオーディションの結果、今宵の後夜祭は彼女のグループ卒業公演に決まったらしい。

「海都はこの公演も実際に観に行ってたの?」

本編が再生されると、興味本位で湊は海都に訊いてみた。

今日の公演のアンコール前、彼が差し出してくれたタオルは彼女の卒業公演が組み込まれていたライブツアーの際に販売されていたグッズだった。てっきり湊の問いに海都は頷くものだと思っていたが、想定外の答えが返ってきた。


「実は観に行けてないんだよね。メアリーを好きになる前のことだったから」


意外にも彼がメアリーを好きになったのは、彼女がグループを卒業しソロデビューを果たしてからのことなのだという。

彼女がグループに所属していたのは20歳の時まで、ソロデビューしたのはその翌年だった。現在大学2年生である海都はその当時まだ高校生だったはずだ。たしかにその年頃からアイドルオタクに目覚めたとしてもおかしくはないだろう。

「あ、あのタオルね。あれは、とあるメアリーの大ファンの人から譲り受けて」

その方は海都よりずっと前からメアリーのファンで、彼女がグループに加入しデビューした頃から毎年のようにライブへ足を運んでいたのだという。例に漏れずメアリー卒業公演にもその人は参戦しておりタオルも所持していて、海都が羨ましがっていたら気前よく譲ってくれたらしい。

「継承、みたいな感じ?」

卒業公演のグッズとなればファンにとって特別思い入れのあるアイテムになりそうなものだが、羨ましがられただけで譲ってくれたとなればその人もメアリーとともにアイドルオタクを卒業したとかそういうことだと湊は勝手に想像していた。

「継承って!またおもしろい表現をするもんだな。そういうことでもなかったとは思うけど。昔からそうなんだよね、俺が欲しがるとすぐ譲ってくれちゃう」

そう言う海都は、表情からしてどうやらメアリーのことも好きだがそのタオルを譲ってくれたその人のことも同様に好きみたいだ。

「お姉ちゃん、タオル譲ってくれたの」

海都も湊たちと同じく父母姉弟の家族構成らしく、その姉が可愛い弟に快くその貴重なグッズを譲ってくれたのだという。

「そうなんだ。そしたらメアリーを好きになったのも、お姉さんの影響?」

自然なのはその流れだろうと思ったのだが、そうではないらしい。


「きっかけは、『MY WAY』だったんだ。今日の公演で本編最後に歌ってた、あの曲」


運命というのは、本当にあるものなのかもしれない。

彼とメアリーが出会うまでの道標に、まさかあの曲がなっていたなんて。

MY WAYー湊が作詞作曲したあの曲は、今まさに目の前の画面上に映し出されているこの公演で初めて披露された楽曲だった。大所帯であるこのグループの公演で特定のメンバーがソロ曲を披露するのは異例中の異例であり、その当時ファンの間では相当話題にはなったらしい。とはいえ事前に彼女の卒業は発表されていたため、長年グループを牽引してきたメンバーの門出としてそんな公演があっても素敵じゃないかというのが最終的な結論となっていた。

ただこの楽曲がこのグループのファンの輪を越え世間的に有名になったのは、この公演が行われた時期でもこのBlu-rayが発売された時期でもない。


「俺、元々はiM-Atom(あいむあとむ)のファンで」


iM-Atom、湊がシンガーソングライターとして活動する際のアーティスト名だ。

湊のローマ字表記を並び替え、nをひとつ前のmに変えるとその名前は浮かび上がってくる。数学の授業で幾度と目にしてきた「n回目」のnーその何者かわからない不確かな存在から1歩先に進んだ、誰かの確かな存在でありたいという強い意志を込めている。そしてI'm atom=私は原子ーあらゆる音楽を生み出す原子的な存在であるという意味も秘めている。中学1年生でオーディションを受けたあの日から、湊とともに生きてきたもう1人の自分だ。

そのiM-Atomこそ、海都と春日メアリーを橋渡しする存在だった。海都はiM-Atomが生み出す曲が好きで、その彼が提供した曲と知り「MY WAY / 春日メアリー」を聴き、メアリーの魅力を知った。それをきっかけにグループ時代の楽曲やライブ円盤、出演作品を猛勉強し、気づけばすっかり大ファンになっていたのだという。


「MY WAYって、発売当初はアトムが作詞作曲したってことが伏せられてたんだよね?楽曲を提供する側も提供してもらう側も、お互いのことを信頼してないとできないことだと思うんだよな…いいよね、あの2人の関係性って。俺もアトムが生み出したんだと知らずにこの曲に出会って聴いてみたかったって気持ちもあるけど、逆にその事実を知らされなかったら俺らアトムのファンはMY WAYを知らずに生きてたかもしれなくて、俺に至ってはメアリーにも出会えてなかったわけで。今じゃメアリーなしの生活なんて考えられないからさ、メアリーに出会わせてくれたアトムには感謝してもしきれないよ」


iM-Atomが作詞作曲したと公表されたのは、彼女がグループを卒業しソロアーティストとしてのデビューシングルを発売した頃だった。カップリング曲としてMY WAYを収録したため、そのプロモーションの一環で情報解禁したのだ。この空白の期間がなければきっと、海都はその分だけ早くメアリーと出会うことができただろう。そう思うとその選択を大人たちにさせてしまったことへ少しだけ申し訳なさを感じたが、その空白にさえ海都はロマンを感じてくれていて、そういうファンが1人でもいてくれたなら、決して間違いではなかったんだと数年越しに安堵した自分がいた。


「今思うと、メアリーに対して最初から好印象だったのって、iM-Atomが好きっていう共通点があったからなのかもしれないな。風見鶏の館で湊の生き生きとした姿を見つけた時と同じ現象、同じものを好きだと思えるってやっぱり心の距離をぐっと縮めるよね」


湊と海都のことは、春日メアリーとこの街が繋げてくれた。それと同じように海都とメアリーのこともiM-Atomが、湊が繋いだというわけだ。不思議な縁である。


「湊はiM-Atomの曲聴いたことある?MY WAY以外で」


その2人がまさか同一人物だとは知るはずもないため、海都はその問いを湊へ投げかけてくる。


「聴いたことあるよ」


そうとしか、答えることができなかった。

海都のことは、信頼している。この自分史上最も大きな秘密を明かすことだって、今なら社会人としての責任感も投げ出してできてしまう気がする。それでも当たり障りのないことしか言えなかったのはー


「本当にすごいよね、アトムって。歌詞もメロディも全てが唯一無二で、それでいて妙に共感できるというか。自分の心の奥底を代弁してくれたり、自分の中にはなかった新しい価値観を提示してくれたり、あの作品はどうやって生み出されてるんだろうね。覗けるものなら一度頭の中を覗かせてほしいくらい!天才だよ、彼は」


海都の夢を、壊したくなかったのだと思う。

彼の中にあるiM-Atom像は、あまりに湊本人とはかけ離れていた。アーティストとしての彼は確かに湊の一部分であるはずなのに、その声が、詞が、音符の羅列が作品となって誰かの手に渡った途端、それはある意味神格化され現実味を失う。

その作品を生み出してきた張本人がこんな根暗で世間知らずな青年だったなんて知ったら、さすがの海都も幻滅してしまうのではないか。

手の届かない存在ほど、人はそれを天才と錯覚する。アーティストというのはそういう先入観にある意味守られており、言ってしまえば高級ブランドが世界的に売れるのと同じ仕組みだ。商品の素材や出来にもだが、そのブランド名、有名ロゴ自体に価値がある。

自分で言うのはどうかと思うが、たしかにiM-Atomは天才なのかもしれない。だけど湊はそうじゃない。この2人に単純な等式は通用しないのだ。

知らぬが仏、この状況を前にしてそんな誰でも知ってる諺しか頭に浮かんでこない湊はやっぱり、凡人中の凡人であった。

一頻り彼の天才ぶりを語って満足したのか、海都は再び画面に映る公演に意識を向けて「この曲も最高だよね!歌詞が好きだな」と注目ポイントを教えてくれた。話題が逸れてくれて内心安堵している自分がいた。


ひとまず今はアーティストとしての人格を忘れて凡人の自分を楽しもうと、開き直ることにした。海都の解説を副音声に、暫し湊は小さな画面上で繰り広げられる輝かしいステージへ没頭するのだった。


箸休め的な2日目夜にするつもりだったのですが、書いていくうちに何気に色々新情報が飛び交ったりして、結果けっこう大事な回となってしまいました。


次回も、大事な回です。この物語にとって核にもなり得る、大事な回。お楽しみに。

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