表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/95

83. 贈賄


 帰り道、私達は行きの道でも寄ったトーラに再び立ち寄っていた。

 理由は、何気ない私の一言。


『ユキちゃんに、お土産買ってもいい?』


 本当は昨日、ドラスの市場でお土産を買おうとしていた。でも、クラウディアさんに『ドラスは肉しかないよ』とあっさり言われてしまい、断念した経緯がある。


 川沿いの露店を覗きながら、クラウディアさんは私に尋ねた。


魔王(ミゼル)様って、何食べるんだろ。そもそも麒麟って草食なのかな』

『うん。ユキちゃんは果物とか木の実が好きだって言ってたよ』


 私の言葉に、ほえ~っと声を挙げるクラウディアさん。

 『なら』と言って、彼女は翼の先で市場の一角を指し示す。


『あっちに木の実のお菓子屋さんがあるよ』


 やがてやって来たのは、落ち着いた雰囲気の外装の菓子店。扉を入ると、女性の魔物客が数名、買い物をしている所だった。


『これが一番人気だよ』


 店のおばさん魔物が愛想よく勧めてくれた品を見ると、それは片手を拡げたほどの大きさの底の浅い瓶に詰められた、黄金色の蜜の中に沈む濃い色の木の実だった。『木の実のはちみつ漬け』という商品名の左上に、『人気No.1!』というポップが貼られている。


『なにこれ。うま……!』


 試食を一つ貰った。ねっとりとした触感の木の実に歯を差し込むと、鼻から抜けるはちみつの甘い香りの中に、酸味がアクセントとして現れる。口の中が幸せな時間に包まれて、カノンちゃんも私の隣で、顔をほころばせていた。


『これ、ください。……ふたつ』


 一つはユキちゃんへのお土産用だ。

 そしてもう一つは……言うまでもなく、自分用だった。



  ◆  ◆  ◆


 王都ヴァーレイン市が見えてきたのは、昼をだいぶ過ぎた頃だった。


 セフィリアさんの手の中から、街の全景が見える。石造りの建物が連なって、その間を大小さまざまな魔物たちが行き交っていた。


 王都の喧騒だ。

 あちこちからガヤガヤと声がする。荷車の音、上空を飛ぶ魔物の羽音、そしてどこからか呼応するアオーンという狼族の魔物の遠吠え。


 ドラスとは全然違っていた。

 私はドラスで二日過ごしただけなのに、この賑やかさがどこか懐かしく思える。


 隣でカノンちゃんが、静かに街を見下ろしていた。何を思っているのか、私には分からない。でも今は、同じものを見ている気がした。


 セフィリアさんが二頭のワイバーンを引き連れて、高度を下げていく。街の中心部、魔王城が近づいてきた。



 魔王城に入ると、城の廊下はいつも通りだった。

 平日の日中。辺りには、公務にいそしむ様々な魔物達が行き交っている。

 石の床に、高い天井。魔物の規格で作られた広い通路を、私たちは並んで歩く。ナイトホーンとクラウディアさんが前を行き、私とカノンちゃんが後ろに続いて歩いた。セフィリアさんは透明になって、私たちの後ろを付いてきている。……筈だ。


 玉座の間に向かう途中、廊下の角を曲がったところで、声が飛んでくる。


『あっ』


 曲がった先にいたのは、桃色の翼。

 ハルピュイアの魔物が、こちらを振り向いた。


『ノン!』


 アリア・ノアーノさんだった。カノンちゃんと同じ色の羽毛、同じ緑色の瞳。カノンちゃんより少しだけ背が高い。彼女は私たちの姿を見た瞬間、書類を片手に持ったまま、小走りで近づいてきた。


『ドラス、大丈夫だった? 電話しようか迷ったよ』


 アリアさんはカノンちゃんの前で立ち止まると、その顔をまじまじと見た。カノンちゃんは少しだけ目を丸くして、それから小さく笑った。


『うん。大丈夫だったよ。ただいま、お姉ちゃん』


 アリアさんは、ほっとしたように息を吐いた。それからぎゅっと妹の翼を掴んで、ぐいと引っ張った。


『ねえねえ、今からちょっと話せる? 少しだけでいいから』


 カノンちゃんがこちらを見た。ナイトホーンは小さく頷く。私も頷いた。


『行ってきていいよ。報告は私たちでするから』


『うん。ごめんね』


 カノンちゃんはそう言って、アリアさんと並んで廊下の奥へ歩いていく。ふたりの桃色の背中が、角の向こうへ消えた。



  ◆  ◆  ◆


 ギィ……


 玉座の間の扉を開けると、前に立つナイトホーンの大きな身体の隙間から、ユキちゃんとフィーネさんがこちらを向いたのが見えた。白い鱗に、淡い紫の鬣。魔王の瞳が入口に立つ私たちを捉えた瞬間、わずかに見開かれて、そして穏やかに細められた。


『……ご苦労様です』


 静かな、でも確かに弾んだ声だった。


『ただいま、ユキちゃん、フィーネさん』


 私は、いつも通りに返した。


『カノンさんはどうされました』

『ああ……お姉ちゃんと外でお話してるよ』


 そう言うと、玉座の間の扉がバタンと閉じられる。

 そして、私の背後で大きな黒い龍が姿を現した。ユキちゃんの目線が上に向く。


『お世話になりました、初代様』

『ああ』


 ユキちゃんは小さく頭を下げる。セフィリアさんは短く返した。

 でも、ユキちゃんを見る彼女の目は、どこかほっとしたような色を帯びていた。


『ご無事でしたか』

『何もなかった。私の守護魔術は、結果として不要だったな』


 セフィリアさんはそれだけ言うと、ゆっくりと部屋の中へ視線を向けた。

 守護魔術。あの玄武の亀、ローミアさんの……?

 セフィリアさんも使えるのだろうか。そして、それを今回の旅で、掛けてくれていたのだろうか……?

 そのことが気になったが、私が声を挙げる前に、ユキちゃんが口を開いた。



『では、お話しいただけますか。旅の間のことを』

『私からの報告は一つだ』


 私の後ろで、セフィリアさんが食い気味に話した。

 ユキちゃんが、気圧されたように『はい』と頷く。


『「配信」をやった』


 玉座の間が、しんと静まった。


『……はい?』


 ユキちゃんは瞬きを一つした。

 クラウディアさんが、少し気まずそうに目線を逸らす。


『「カメラ」を借りた。顔の見えぬ「クラ民」と言葉を交わした。……なかなか、悪くはなかったぞ』


 ユキちゃんは、遂に何も言わなくなった。

 視線だけが私やクラウディアさんに向いて、また戻った。


『そう、でございますか』


 それ以上は聞かなかった。いや、彼女でも聞けなかったのかもしれない。


 セフィリアさんは、もう用は済んだとでも言うように、静かに身を翻した。

 彼女のながい身体が、部屋の隅へと向かう。



『……改めて。お帰りなさいませ。皆さん』


 ユキちゃんは、仕切り直しと言わんばかりに、私たちに向き直った。

 その声は穏やかで、でも少し疲れが感じられた。きっと公務の続く中で、私たちの無事を祈って、帰りを待ち続けてくれていたのだと、なんとなく分かった。


『ただいま、ユキちゃん』


 私がもう一度同じ挨拶をすると、ユキちゃんは小さく目を細めた。


『あの、これ』


 私はポーチから、浅い瓶を取り出した。帰り道のトーラで買っておいた『お土産』だ。


『木の実のはちみつ漬け。トーラの名産らしくて。ユキちゃん、甘いもの好きだったし』


 彼女は、一瞬だけ目を丸くした。瓶の中の黄金色に輝く果実をしばらく見て、それから口元がわずかに緩んだ。


『ありがとう、メイ』


 その声は、魔王のものじゃなくて、昔のユキちゃんのものだった。


『メアリーさん。それは、献上品として処理しても宜しいでしょうか?』


 するとフィーネさんが、すっと前に出た。


『ん、どういうことですか?』

『一応、国務に携わる者への贈り物は、収賄防止の法で周囲の目が厳しいもので……』

『しゅうわい……? って、なんですか……?』

『魔王陛下への贈答品は、原則として日時と品名を目録への記載が必要でございまして』

『え、普通にこれ、ユキちゃんへのお土産なんですけど……』


 フィーネさんは瓶を丁寧に受け取ると、小さく一礼する。そして横の書き物机に、そそくさと持って行ってしまった。

 それを見送るユキちゃんの目が、少し残念そうに細められた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ