78. 宿探し
ドラスの里の中を言い表すなら、『粗削りで、スケールが大きな地』であった。
あちこちに岩を削った建物が並んでいて、道は石畳というよりも、地面や岩を大きな力で踏み均したような造りだった。時々頭上を大きな影が横切る。ゴオォっという風を切る音がして、やがてまた静かになる。その繰り返しだった。
行き交う竜たちが、物珍しそうに私たちを見る。目が合い、すぐに視線を逸らされる。
特に声を掛けられるわけでも、インネンを付けられるわけでもない。
ただ、彼らに『歓迎されていない』という雰囲気だけは、どういうわけかひしひしと伝わって来た。
(これが、竜の里……)
私は、まるで文明から取り残されたかのようなドラスの建物の間を、ナイトホーンの後に続いて歩いていた。
◆ ◆ ◆
先に、宿を探すことにした。
今は十七時。やがて日も暮れる。ちゃんとした捜査は明日からにしようとしていた。
クラウディアさんの記憶では、近くに宿があるらしく、彼女が先導するように先に立って歩いていく。数分歩いた後、石造りの建物の前で足を止める。
看板は無い。だが扉の脇に、読めない文字で紋様が彫ってあった。
『ここです。ボク、昔一回だけ泊まったことがあって』
彼女はそう言って、扉を開けて中に入る。
ゴゴッ……
カウンターに、赤茶色の竜が座っていた。ドラゴン系の、落ち着いた年齢に見える個体だった。彼は最初にクラウディアさんを見る。次にナイトホーンを見た。
……そして次に、私を見る。
目が合った。
〈……人間か〉
竜語だった。クラウディアさんが小さく頷く。
〈うちは魔物の宿なのだがな〉
声は低く、平坦なトーンだった。怒っているのではなく、さも当たり前の事実を述べているだけの言い方だった。クラウディアさんが突っかかるように竜語で何かを返す。宿の竜はもう一度私を見てから、やがて首を振った。
〈人間は客じゃない〉
クラウディアさんが何か言おうと口を開き掛ける。
それを、ナイトホーンが翼で遮り、静かに制した。
『もういいよ、行こう』
そう言って、彼は先に扉の方へ身体を向けた。振り返りもせず、ずんずんと宿を出て行く。私は宿の竜を一度だけ見た。彼はもう、私を見てすらいなかった。
外に出る。後を続いて出てきたカノンちゃんが、隣に並んだ。
私達は竜語が分からない。でも……なんとなく、今の状況は察した。
だからこそ、私は飛竜のふたりに……何も言えなかった。
◆ ◆ ◆
『あの! ボク、もう一軒知ってますよ』
気まずい雰囲気を脱しようとしたのか、歩きながら、クラウディアさんがナイトホーンに言う。
『ん、マジ?』
『はい! ボクの記憶が正しければ、この道を左に行ったらすぐにあった筈です』
しばらく歩いた。『すぐ』と言っていたものの、飛竜種のスケールだ。人間の私からすると、それなりに長い距離に感じられた。
やがて道が少し細くなってくる。上り勾配も増え、岩壁が近くなってきた。
そんな中心部から外れた場所に、ぽつんと一軒、建物があった。
相変わらずの読めない文字。さっきの建物よりも、石材は新しい。
だが、その佇まいは、明らかに先ほどの宿よりも小さかった。
『……なんこれ、超ちっちゃいじゃん』
ナイトホーンが、その建物を見る。
『へへ、僕が最近、隠れ家的なところを探して泊まったんですよ』
『んまあ、綺麗そうだしな。入ってみっか』
それだけ言って、ナイトホーンは翼爪で扉を押し開けた。
〈……いらっしゃい〉
中は薄暗かった。石の壁に、油の灯りが下がっている。
すぐにカウンターの奥から、小柄なワイバーンが顔を出した。年配の、白っぽい鱗の個体だった。
〈……ん〉
その目がナイトホーンを見た。しばらく、動かなかった。
〈……セフィリアか〉
竜語だった。でも、『セフィリア』という単語だけは聞き取れた。
さっきの宿とは全然違う、穏やかな声だった。
〈……おっちゃん〉
〈でかくなったな、セフィリア〉
ナイトホーンは黄金色の目を見開いて、短く何か答えた。
白い鱗のワイバーンは、それを聞いて小さく鼻を鳴らした。
やがて、彼の赤色の瞳が、私達の方をゆっくりと見回した。
〈……連れが多いな。人間もいるのか〉
ナイトホーンが頷く。
そして、竜語で何かを伝えた。
〈構わんよ。部屋は空いてる〉
店主の竜語は分からなかったが、クラウディアさんが私の後ろで、小さく息を吐くのが聞こえた。
◆ ◆ ◆
部屋に荷物を置き、一息ついた私は、手洗いへと向かった。
竜種のスケールの手洗い。今の文明の時代に、水洗式ですらない。
苦労して用を済ませた私が部屋に戻って来ると、ナイトホーンがいなくなっていることに気がづいた。
『あれ、ナイトホーンは?』
『さっき出てったよ。「少し用がある」って』
クラウディアさんが翼で外を指す。そして、私とカノンちゃんに顔を戻した。
『ねえねえ、やらなきゃなんないことが二つあるんだ』
彼女の空色の瞳が私達を交互に捉える。
『一つ目は、買い出し』
彼女は翼爪をピンと立てる。
そして身体の何処からか、財布のような容れ物を取り出した。
『この宿、ごはん出ないんだよ。市場で買ってこなきゃ』
『そうなんですね』
『じゃあ、もう一つは?』
私の声に、クラウディアさんは窓の外をチラリと目を遣る。
『セフィリア様』
『え?』
『セフィリア様。ボクらだけ宿を借りてぬくぬくしてるのにさ、初代様だけ里の外へ置き去りなの、どうなんって』
確かに。『村のことは自分たちでやれ』という言葉のニュアンスにもよるのだが、流石に自分達だけ宿に泊まるのは、初代魔王様ともあろう方に失礼すぎると思った。
そこで、その後の話し合いで、私達は役割を分担した。
まずは、セフィリア様。これは、カノンちゃんが担当することにした。
理由は、単純な里の入り口までの距離だ。人間の足では、流石に骨が折れすぎる。
そして、買い出し。これはクラウディアさんと私が担当することになった。
理由は、市場の売り子が竜種であることだ。クラウディアさんがいなければ、相手にして貰えるかどうかも分からなかった。
◆ ◆ ◆
『じゃあ、カノンちゃん。宜しくね~』
『はい。クラウディアさんと、メイも、お気を付けて』
そう言って、わたしはクラウディアさんと、その脚に捕まるメイが、バサァと飛び立っていくのを見送った。
『セフィリア様、まだ同じ場所にいるのかな……』
里の入り口の方面に目を遣る。
ハルピュイアは目がいい。でも、透明になっているセフィリア様を、流石に目視はできない。
『とりあえず、行ってみようかな』
わたしがそう呟くや否や、フッと音もなく、上空に大きな影が現れた。
『よお』
それは、ダークワイバーンのナイトホーンさんだった。
彼は『用事』とやらを済ませて、タッチの差で帰って来たのだ。
『お帰りなさいです、ナイトフォールさん』
『んん。ゴメンな、地元の知り合いに会って来てたんだ』
彼は音もなく地面に降り立つと、翼を小さく折り畳む。
『知り合い……ですか?』
『カノン……だっけ? お前、人魔戦争は知ってるよね?』
『はい、分かります』
『あん時に親を亡くした子竜がいてな、我が助けたんだ。クレイグ達とおんなじ。……っつってもお前は知らんか』
彼はぐるりと、長い首を曲げて後ろを振り返る。
『我は前代魔王様の直属の部下だったからさ。面倒見れなくて、この里のばあちゃんに預けてたんだよ。……だから元気にしてるか、見てきたんだ』
『そうなんですね』
わたしが言うと、彼は黄金色の瞳をフッと優しく細めて、先を続けた。
『でかくなってたよ。……我の顔、忘れてたけどさ』
少しだけ、口元が緩んでいた。
……彼とは、この旅であまり話したことがなかった。
でも、この言葉だけで……わたしは、彼の『ひととなり』が、よく分かった。




