とても残念です
「では、俺が本気を出させてやる」
殿下は剣を抜き、ロゼッタに向かって正眼に構える。ロゼッタはというと、それを見ても相変わらずの無表情だった。
「はあぁぁ!」
ラインハルト殿下が、ロゼッタに向かって剣を振り下ろす。が、当然ロゼッタは余裕でかわした。
次の攻撃も、そのまた次の攻撃も。ラインハルト殿下から繰り出される剣撃を、ロゼッタはつまらなさそうにいとも簡単に避けていく。もしかしたら、鼻で笑ってるかもしれない。
「どうした、攻撃してこないのか? 防戦一方では勝てないぞ」
「単調な太刀筋に、捻りのない攻撃。正直、これくらいなら剣を習いたてのジルでもかわせます」
「なんで私じゃなくて、年下のジルなのよ」
「アンジェリーク様は、今のところ直感で動いている部分が大きいですから。ちょっと意味合いが違うんですよね」
「ごちゃごちゃ喋ってないで、集中したらどうだ。でないと死ぬぞ」
「それはこちらのセリフです」
ついにロゼッタから仕掛けた。振り下ろし終わったラインハルト殿下の剣を踏みつけ、地面に固定する。それは一瞬で、彼女は殿下の顔めがけて寸止めのパンチをした。そして、反射的に目を閉じた一瞬の隙に殿下の懐に入り込み、剣を握る手に絡みつく。どうやったのかはここからではよく見えなかったけど、気付けば殿下の剣をロゼッタが握っていた。
「なっ……」
「形勢逆転です」
「おぉ! ロゼッタやるじゃん」
「くそっ」
「予測可能な単調な太刀筋に、隙だらけの防御。あなた様はクレマン様の元で何を教わってきたのですか?」
「なに?」
「正直、今のあなた様なら十秒かからず殺せます。でもそれをしなかったのは、王子という面目を守ってあげただけに過ぎない」
「情けをかけていたと言いたいのか」
「そうです。とても残念です。少なくとも、あなた様が師と仰いでいらっしゃるクレマン様は、私の本気の攻撃を五分以上防いでいらっしゃいました。そんなクレマン様の弟子があなた様だなんて、クレマン様の名に傷が付きます。恥を知りなさい」
「っ…………」
ロゼッタが、冷めた声で殿下の心をバッサリと切り落とす。さすが鬼教官。相変わらず容赦がない。
「くそおぉ!」
ラインハルト殿下が、やけっぱちになってロゼッタへと突進する。しかし、渾身の右ストレートはあっさりとかわされた。そのまま、ロゼッタは殿下の右腕に絡みついて地面へと投げ飛ばす。その後で、素早く殿下の元へ駆け寄ると、彼の首を慣れた手つきで絞め始めた。
「がっ……ぐっ……」
「殿下!」
「ラインハルト!」
「動くな」
今にもラインハルト殿下に駆けつけようとする兵士達を、ロゼッタの凍てつくような声が止めた。
「一歩でも動いたら、殿下の首をへし折る」
「な……っ」
ロゼッタは暗殺者モード全開で、身も凍るほどの殺気を漂わせ始める。これは本気で殺すつもりだ。
きっと、ここにいる誰もがそう思ったに違いない。それほどまでに今の彼女はヤバかった。
「アンジェリーク、ロゼッタを止めなくてもいいのかね?」
「いや、彼女今めちゃくちゃイライラしてるみたいですから、ここで止めたらシワ寄せが私にきそうで嫌なんですよね。そういうクレマン様こそ、殿下の一大事なのですから、助けに行かれなくてよろしいのですか?」
「動いたら殺すと脅されてしまったからね。助けに行こうにも動けないのではどうしようもない。しかし、殿下をみすみす見殺しにしたと陛下が知ってしまったら、私はただでは済まないだろうな」
「そうなんですか。クレマン様も大変ですね」
「いやいや、あんな恐ろしい暗殺者を雇っている君の気苦労の方が大変だろう」
「ご理解いただけて嬉しいです。では、お互い傍観するということで」
そんな私達二人の会話を知ってか知らずか、ギャレットがロゼッタに気付かれないよう、剣の柄に手をかけ、そうっと一歩を踏み出そうとする。しかし。
「ギャレット、今動きましたね。では、さようなら」
ロゼッタがラインハルト殿下の首を絞める。殿下はより一層苦しそうにもがき始めた。それを見てギャレットが叫ぶ。
「やめてくれ! 俺が殿下の身代わりになる。だから、殺すなら俺を殺せ」
「嫌です。あなたではなんの意味もない」
「頼むからやめてくれ! 殿下は……ラインハルト殿下は、唯一俺を認めてくれた大切な人なんだ。階級や外聞を気にせず、実力だけで俺を近衛騎士として選んでくれた。だから、殿下を殺したら、俺は地獄の果てまでもお前を追いかけて殺してやるからな!」
「そうだ、そうだ!」
「殿下から手を離せ!」
「俺を身代わりにしろ!」
「み、んな……」
ギャレットだけでなく、兵士達までラインハルト殿下の味方を始める。一番驚いていたのは、たぶん今首を絞められているラインハルト殿下だろう。
ロゼッタがため息を吐く。そして、首を絞めている力を少し緩めた。




