ストレス発散は健康に良い
屋敷の外。テントの張られた簡易救護所から少し離れた場所で、ラインハルト殿下とその兵士達がロゼッタを待ち構えていた。
その数、ざっと三十くらいだろうか。見物客と化した傭兵達や自警団の人達は、何が始まるのかと興味津々だ。
「とりあえず、無傷か軽傷な奴を選んだ。少し多かったか?」
「いいえ、むしろ少なすぎてガッカリです」
ロゼッタがわざとらしくため息をつく。すると、ラインハルト殿下のこめかみがピクピク動いた。
「上等だ。そこに剣を置いておいた。使え」
「必要ありません」
「なに?」
「私は素手で十分です。それ以上はただの弱い者イジメになってしまいますから」
「貴様……っ」
うわ、殿下めっちゃ頭にきてる。人をおちょくることに関して、ロゼッタは天才的かもしれない。
「あと、まとめてかかってきてください。仕事は早く終わらせたいので」
「いいだろう。お前の好きにしろ」
ここまでコケにされて、さすがの兵士達も頭にきたのだろう。誰も彼もが剣を握りしめ、ロゼッタに敵意剥き出しになる。
そんな中でも平然と立っているロゼッタに、私はわざと大きな声をかけた。
「ロゼッタ、わかってると思うけど、殺しちゃダメだからね」
「言われなくても、心得ております」
「あと、お腹空いたからできるだけ早く終わらせて」
「もとよりそのつもりです」
「それと、殺さない範囲で思いっきりやっちゃっていいからね。ストレス発散は健康に良いのよ」
すると、あのロゼッタが妖艶に笑った。
「素敵なアドバイス、ありがとうございます。是非そうさせていただきますね」
兵士達がにわかにざわつく。それを吹き飛ばしたのは、ラインハルト殿下の怒号だった。
「怯むな! 相手は暗殺者だが一人だ。我々国王軍の敵ではない」
「それは違いますね。私の敵ではないのです」
「あいつを倒した者には、国王陛下に進言して褒美をやる。かかれ!」
『おー!』
兵士達のやる気に、ロゼッタも呼応する。
「では、みなさん。本気でかかってきてくださいね。でないと、うっかり死にますよ」
ロゼッタが殺気を放って、場の空気が一気に凍りつく。兵士達の生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
「どうしたのですか? かかってこないのなら、私の方からいきますよ」
瞬間、ロゼッタが風の速さで動いて、目の前の兵士の首に手刀を食らわす。そして、そいつが倒れる前に、隣にいた兵士の顔に回し蹴りを食らわせて吹き飛ばした。
「くそっ」
近くにいた兵士が剣を振り回すが、ロゼッタは舞うように避けていく。そして、隙をついて相手の手首を捻ると、落ちた剣を足で拾い、その柄の部分を握って鳩尾に叩き込んだ。それを見つつ、崩れ落ちる相手に剣を放り投げて返す。
ロゼッタが次の標的を探すように鋭い目線を向ける。すると、兵士達は一様にたじろいだ。
「すご……っ」
何がすごいかって、これをメイド服着たままやってるということ。よくあんな動きにくい服でここまでやれるな。
「ロゼッタ、あんまり派手に動くとパンツ見えちゃうからね」
「ご心配には及びません。アンジェリーク様ほど羞恥心は持ち合わせておりませんから」
「恥じらえよ、乙女っ」
殺気を放ちながらも、ロゼッタは軽口を叩く余裕があるようだ。さすが、師団単位で来ても超余裕とかますだけはある。
ラインハルト殿下を見ると、その顔は険しくなっていた。
「怯むな、行け!」
その声で、みな一斉にロゼッタに飛びかかる。だが、ここからはもうロゼッタの一人舞台だった。
一人の足を払い、倒れ込んだところで鳩尾を思いきり踏みつける。また一人の剣を避けつつ、背後からきたもう一人の剣を難なくかわす。そしてお互いよろけたところを、二人の頭を掴んで勢いよくぶつけた。
そして、横からきた剣士の剣を蹴りで弾くと、相手のアゴを爪先で蹴り上げながら、後方に一回転。崩れ落ちるのを確認することなく、屋敷の壁へと走り出す。そして駆け上がりながら身体を後方に捻ると、追ってきた一人の顔を両膝で挟み込み、倒れる勢いを利用してそのまま前方へ回転する。すると、相手の身体も回転して、後方にいたもう一人と激突した。
終始、こんな感じ。まるで映画のアクションシーンを生で観ているよう。
周りにいた観客達は、ロゼッタのあまりの強さに圧倒されて、声も出せず唖然としていた。
「さすが、ロゼッタ。力の差は歴然だな」
「クレマン様もそう思いますか。でも、彼女本気じゃないと思いますよ。クレマン様を襲った時と動きが全然違いますから」
「よく見ているな。たぶん、彼女にとってこれくらいはウォーミングアップなんだろう」
「なっ、彼女はクレマンを襲ったことがあるのか!」
レインハルト殿下とギャレットが驚きに目を見開く。クレマン様は笑っていた。
「いえ、鬼ごっこのようなものですよ。結局私も負けてしまいましたが」
「でも、ロゼッタ言ってましたよ。手加減するつもりが本気出してたって。さすがクレマン様だって褒めてました」
「おや、そうかい? それは嬉しいね」
「笑い事ではないぞ。クレマンでも勝てないなんて。それじゃあ、ラインハルトは……」
「うわっ」
兵士の短いうめき声が聞こえたので、視線をそちらに戻す。ちょうど、ロゼッタが最後の兵士を気絶させたところだった。
「もう終わりですか? これではストレス発散どころか、ウォーミングアップにすらならないのですが」
ウソではないらしく、あれだけ動いたのに、ロゼッタだけまったく息があがっていかなった。
倒された兵士は、うめき声をあげつつ誰も立ち上がれないでいる。
「あ、そうそう。魔物との戦闘後だから、という言い訳はよしてくださいね。実はそれに私も参加しておりましたから。そうですよね、クレマン様?」
ロゼッタがそう呼びかける。すると、全員の目がクレマン様に注がれた。
「ああ、本当だ。火の魔法を使うフードを被った自警団員、あれが彼女だ」
「あれが!?」
「クレマン様と並んでめちゃくちゃ強かった奴!」
「ウソだろ……」
「ウソではありません」
そう言うと、ロゼッタは右手を掲げて、自身の周りに無数の炎の矢を作り出した。そのあまりの多さに周りにいた兵士達が悲鳴をあげて慌てて逃げ出す。
「マジか……っ」
兵士や傭兵や自警団員達から、次々と驚きの声があがる。なるほど、かなり有名人だったようだ。その証拠に、二人の殿下やギャレットまで驚いている。
ロゼッタが指を鳴らしてすべての炎の矢を消す。それを見て、クレマン様は口の端を上げた。
「だが、あれでも本気ではなかったのだろう? 正体を隠すために派手に動けなかっただろうし、そばにアンジェリークがいたからな、護衛に徹していた分力を制御していたはすだ」
「その通りです。アンジェリーク様は弱いくせに無茶ばかりなさいますから。全然戦闘に集中できませんでした。不完全燃焼です。最悪です」
「なんでここで嫌味言うのよ。それでも十分強かったんだからいいでしょ」
「あれでまだ本気ではないのか……」
レインハルト殿下の呟きが地面に落ちる。誰も声を発せなくなり、その場がシンと静まり返った。
もう勝負あったな。誰もがそう思ったけれど。
ただ一人だけ、諦めの悪い男がいた。それは、ラインハルト殿下だった。




