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  #01 富之

 今日は一日、孝治と話していて時間が無くなってしまった。だが収穫はそれだけではない。どうやら作り手たちは富之を除け者にして、独自に話をしているようだ。富之は『庭園の眼』によって、あらましを聞いていた。

 孝治以外の作り手の面子の他、彼らの伴侶や、武史や淳子、久仁子といった、作り手とは直接の関係の無い者も、話に加わっている。

 内容は、心底くだらないものだった。富之の死後、斉明の後見人を誰にするかである。

 富之が死んだ後であれば、どうにでも出来ると考えているのだろう。後見人につけば、上宮家の財産を、実質独り占めにできる。富之の死後、それをどうするかという話だろう。まったくもって嘆かわしい。作り手が真に次ぐべきは、財産ではなく素質と、歴代の作り手たちの遺志だろうに。

 これも当然かもしれないと、富之は諦めていた。真の作り手にふさわしくないからこそ、彼らは、そんなどうでもいい物を求めるのだ。斉明ならば、たとえ成人しても、そんなものに興味は示さないだろう。

 だが、作り手としてやっていくのに、財産は必要なものだ。後見人には雅を付けても良いが、流石に若い。栄太郎は至極真面目な性格なので、他の者と結託して、娘の雅を言いくるめようなどとは考えないだろうが、不安は残る。

 富之もそろそろ、その事について本格的に考えないといけないなと思った。

 犯人を特定するための建前とはいえ、話の内容そのものは嘘ではない。斉明を学校に通わす必要もある。富之が面倒を見るとしたら、この屋敷を出ていかなければならない。そうすると、ここを管理する者がいなくなる。それに……自分も、かなり歳である。

 ――今のうちに、連絡を取っておくかの。

 まず犯人ではない者。それは裁定委員会だ。彼は解創の維持と発展のために尽力している。自分たちに都合の良いように斉明を貶めようとする息子や孫より、貸しにはなっても、筋を通す彼らに任せた方が特策だろう。

 さてと。富之は杖を手に、腰を上げる。そろそろ夕ご飯の時間だ。朝食と昼食は、各々勝手に摂っているのだが、夕食だけは、昼の緊張した探りあいを忘れ、みな家族として、大広間の卓で夕食を取る。静かな中で、味を噛み締めて食べる夕食も落ち着ついて良いものだが、四十人近い人間が集まると、そうはいかない。曾孫世代は元気で、どんちゃん騒ぎのようになるが、賑やかなのは、それはそれで結構なことだった。たまには、こういうのも悪くない。


 大広間に着くと、既に全員が集まっていた。卓には富之に合わせて、肉じゃがや焼き魚など、和風の味付けの料理が並んでいる。曾孫たちには受けが悪そうだが、鶏の唐揚げなどもあるので、おそらく、そっちは若い世代で争奪戦になるだろう。

 ちなみに、食事は各自で切り上げるので、「ごちそうさまでした」の唱和はない。皆が島に来てから、ずっとその調子だった。

「待たせたの……じゃあ、頂きます」

 頂きます、と皆の声が唱和して、箸を取る音がそこかしこで響く。

 息子や孫、曾孫と、他愛無い会話をしながら、好みの味付けの料理を口に運ぶ。味と会話を堪能して、腹八分目になったので「ごちそうさまでした」と言って食事を終える。

「米や。酒を出してくれんか」

 食事が終わると、富之は決まって晩酌に日本酒を飲む。もう半世紀近く、ずっと続いている習慣だ。

「はいはい。分かりました」

 歳の割には、はっきりとした発音で米は応じた。

「ああ、大婆様。それなら俺が行きますよ」

 米に一声掛けて、亮平が立ち上がった。

「どこにあります?」

「台所の棚の下に、白い一升瓶がありますけえ」

 亮平が台所から、一升瓶を取ってきた。ついでに御猪口に注いでくれる。ぐっっと飲むと、熱い感覚が喉に流れ込んできた。

「その歳で毎日飲まれてるんです?」

 孫の眞一が訊いてきた。富之は笑顔で応じる。早くも酔いが回り始めていた。

「おうよ」

「流石、元気ですなぁ」

 しみじみと言った風に孝治が言った。

「酒飲まんで長生きなんかできるか」

下戸(げこ)は早死にするみたいな言い方、止めてくださいや。ワシ、親より早く死にとうないですよ」

 卓造が上ずった声で言うと、周りで笑いが起こった。

 曾孫たちの夕食も終わり、女たちは後片付けをし始め、大人たちは晩酌タイムとなる。大広間に斉明の姿は見当たらない。部屋に戻っているようだ。

「あら、雅ちゃんどうしたの?」

「ああ、いえ。お手伝いしようと思って……」

「いいの? 斉明くんのお世話係は?」

「四六時中ついてなくちゃいけないワケじゃないので……」

 台所でのやり取りが耳に届くが、富之は、聞こえてないフリをした。

「私もビールでも飲もうかな。卓造は?」

「意地悪いですなぁ。この歳で吐きとうないですよ」

 また笑いが起こった。卓造の容貌は確かに不気味だが、こういう場では、おちゃらけた発言も相まって、道化のような、面白おかしい雰囲気になる――それすらも、心理的な壁を取り払う計算だとしたら、天晴れの一言に尽きるが。

「私が行きますよ。ビールで良いですか?」

「ああ。済まないね、洋一郎くん」

「いえいえ」

「そういえば、眞一くんも飲めないんだっけ?」

「ええ。父譲りですよ」

 さてと……そろそろ頃合だろうか。

 廊下に出ると、富之は老眼鏡を掛けた。

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