第二十四話 トラックボールが必須っスね!
「純正ハープーンであれば、射程距離は百二十キロ以上。軍都全域と都内ならどこでも届きます!」
天城大尉は戦術スクリーンに、伊豆大島の南端を中心とした図を描き出しました――。
「お願い……。ブラフだと言ってちょうだいっ! 戦術核なんてないって誰か言ってよ!」
ついに緊張の糸が切れてしまったのか、御笠司令は叫び声を上げてしまったです。
「そもそも……香港軍はハープーンを所持なんかしていませんでした。一か月前までの情報ですが――」
もう、瑞穂さんが単なるSPなんかじゃないって事は、わたしでもわかりました――。
「フィリピンだよ! あの国は日本のシーレーン防衛に手を貸すけれど、金さえ出せば、どこが相手でも取引をする死の商人だよ! 米軍基地から盗んだのなら核もあるかも!」
純一さんもこれまで見せなかった悲痛な表情を浮かべて、御笠司令に叫びました。
「護衛の各艦へ通達、対ミサイル戦闘用意! 射程ギリギリまで、引きつけて撃破セヨ!」
護衛艦隊は、天城大尉が指揮を執っているので、いち早く混乱から回復して指示を下しました。
「ローネ……一応聞くけど、多数の飛行する物体を阻止するような魔法はないわよね?」
御笠司令は、顔を真っ青にしながらも、震える声でわたしに問いかけて来ました。
「近くまで来た、直撃コースにあるような物を一個なら、何とかできますケド――」
「アコ! 地上の防空陣地に連絡! 軍都の対空防衛部隊にも移動を命令して! 早く」
「だ、だめっす! 修復したばかりの通信ケーブルの結節点から、ウイルスが浸食中!」
「なんですって? 代替の方法で、情報を伝達できないの? やれるなら早くしてよ!」
「やるにはやってるっすが。百里の中継機を勝手に使ってますが、経路が遠くなります」
「御笠司令、アコさん! シャイニングホークを飛ばしましょう! ワタシが何とかシマスから」
「そうね、けど、アコはここで、作業を続けないといけないわ! 誰か代わりの者を!」
「あのっ! なんだかよく分からないですけども、私にできる事はありませんかっ?」
「大原二曹! あんた、ビルといっしょに、崩壊したんじゃなかったんスか!?」
書類の束を持って作戦司令室に入って来た、大原二曹サンが、立候補してくれました。
「統合幕僚監部の緊急会議の手配で、外に用事に出されていたから無事だったんです!」
「そんなのはあとよ! 『スピーカー』はアコじゃなくても使えるんでしょう? なら」
「大原二曹さん! 飛行甲板まで行きます! 自信がないので連れてってクダサイッ!」
「護衛の各艦が、全自動迎撃モードに切り替えて、ハープーンへの射撃を開始しました」
天城大尉が何か言ってましたけど、わたしは大原二曹に手を引かれて出て行きました。
「エリックさん! おやっさんサン! シャイニングホークの、出撃命令が出まチタ!」
「いつでも行けるよう準備はしておいたが……。おやっさんでいいんだぞ! 嬢ちゃん」
「よっしゃあ! こいつで目に物見せてやるぜ……って、アコちゃんはいないのかよ!」
「あのっ! 私が代わりに管制や、装置の操作をするように、命令されましたからっ!」
「お、おう……そうか、なら乗ってくれや! あと銀髪のお嬢ちゃんはアレを頼むぜ!」
「ハイ! アレですね。わかってますから、出力は抑えめでお願いします、エリックさん」
わたしは、シャイニングホークに、垂直方向の重力を制御する術式を適応させました。
「おっ! ハープーンが二発は落ちたぞ……けど、六発ぐらい残っていやがるなぁ……」
ヘンリーのおやっさんは、南の空でぱっと開いた花火のような煙を指さしました。
「よっしゃエンジン始動! さっさと乗ってくれいっ! チェックリストは無視すっぞ」
「は、ハイっ! えぇと、ワタシは後ろのこの席だって、アコさんが……ヨイショッ!」
広いとは言えないシャイニングホークの機内ですが、何とか席に着く事ができました。
「えっと、大原二曹……聞こえるっすか? 任務は電波中継機と、地上の部隊に指向性の電波を当てて、指揮権や場合によっては火器管制をも奪うのが『スピーカー』っス! それじゃ、手順を説明するから、装置を順番に起動していくっすよ? いいっすか?」
「御笠司令! テンゲンはどうしますカ? 離陸してから、パッシブの予定ですケド!」
「ローネ? そうね……それでいいと思うけど、基本的にはあなたの判断に任せるわ!」
「さすがに、対空兵器まではないと思うっすけど、無理したらだめっすよ? ローネ!」
「よっしゃあ! では、垂直離着陸モードで出すぜぇっ! 何かにつかまってなよっ!」
エリックさんがグイっとペダルを踏み込むと、シャイニングホークは急上昇しました。
「マジか! 一瞬でこんなに高度が上がるとはな。ようし、陸の方に飛べばいいんだな」
「ハイ! これで、電波中継装置のインジケーターランプが緑に点灯しました!」
急上昇だったのに、アコさんからの指示を聞いていた大原二曹は、気づきませんでした。
「いよっと……。うっし、角度を調整したし、あとはヘリの要領で前方に進むぜぇっ!」
エリックさんは、ノリノリで、シャイニングホークを操っていました。ですけど――。
「うわっ! なんだこりゃあっ……雪でも降っているってのかっ。って、チャフだと?」
前方を見ると、目の前にはキラキラと光る、銀紙のような物が大量に舞っていました。
「電波中継機能……。これでは作動しません! 『スピーカー』の説明も途中でした!」
通信ができなくなっているのか、大原二曹は涙目で、わたしに話しかけてきました――。
「ハープーンの中に、電波をさえぎる物を散布する物質が、混じっていたんですね!?」
「五分や十分は、チャフの影響が収まらないと思いますけど、どうしますか? 大尉!」
「飛行は普通にできますよネ? では、軍都の対空防衛部隊のところまでお願いシマス」
この場にはわたししかいない。大原二曹もわたしを大尉だと扱ってくれていマスから。
わたしはテンゲンのパッシブ発動の時期を延ばす事にして、考えをまとめました――。
「なっ! なんだありゃあ! 敵襲か? いや、アメリカの兵器じゃないのかぁっ!?」
「ミナサンッ! コチラは、トーゴー任務部隊『サンダーホーク』の、電波中継機です! 現在、大島の南の敵艦隊がハープーンを発射しました! 至急、迎撃準備をしてクダサイ!」
わたしはエリックに頼んで、機体を降下させて、外部スピーカーで情報を伝えました。
「す、すごいですね……イアルローネ大尉……統合任務部隊の名前のおかげでしょうか、ちゃんと準備を開始しているみたいですよ。次はどこに行くつもりなんですか?」
「まだ、サンダーホークとは、連絡が取れない状態なんですか? 大原二曹さん」
「ええ……。もう少しの間は無理だと思います。ハープーンの残数は二発視認できます!」
どうやら半数以上が『チャフ』という物だったようですが、油断は禁物ですヨネ――。
「ソウですね。百里からの飛行隊が接近していると思うので、チャフの範囲圏外まで、その方向に進んでみてクダサイ! わたしが秘密の装置で、誘導をしますカラッ!」
わたしは、念のために用意してもらった、HMD付きの装置を回線につなぎました。
「うっしゃあ! そういう事なら、全速力で移動すっからよ、何かにつかまってなぁ!」
「よ、横の加速度には、弱いんですから、加減をしてくださいです! エリックさん!」
「おいおい! ありゃぁ、ハープーンじゃねえのか? 東京湾を目指してるじゃねえか」
「地形追従モードで飛んでるんでしょう。深刻な被害をもたらさなければいいんですが」
全速力で急行していると、二本の飛行機雲と、飛行しているハープーンが見えました。
「この機体には、機銃は積んでないんですか? エリックさんっ」
「悪いが、ねえんだよ……。なにせ、実験機だから余分なものはようっ」
「大原二曹さん、エリックさん……。禁止されていましたが、極秘の兵器を使用シマス! 大変危険な上、失明をする可能性があるので、手で目を覆ってください。ハヤク!?」
「そんなの初耳だが、わかったぜぇっ、嬢ちゃん」
「わ、わかりましたぁっ……中継装置も切ります」
「間に合え……間に合ってくださいです!」
二人が目をとじたのを確認して、わたしはハープーンの鼻先に、小規模なEMPを発生させました。
電子機器の塊だけにひとたまりもなく、ハープーンは少し迷走して海面に落ちました。
「成功です! もう目を開けてもいいですよ。ただし一度発射したら、当分無理です!」
「お、おう……すげえな、こいつは……。いろいろと、ビックリさせられたぜぇっ――」
どうやらエリックさんは、これがわたしの仕業だと、気づいてくれたようでした。
「まだ間に合いますよね? ヒャクリの飛行隊と通信できるところまでお願いシマス!」
「まっかせとけぃ! ただし、これまでで最大の速度になるから、気ぃつけてなぁっ!」
「どうですか? ヒャクリの飛行隊と中継機で連絡は取れますか? 大原二曹さん!」
「はい! インジケーターは使用が可能な状態を示してますから。あと、呼び捨てで!」
「ワカリました……。では、装置を接続します!」
わたしはパッシブでテンゲンを発動させました。
敵の艦隊の司令官は、ヒャクリへの対応を考えないワケはない。そう思うんです――。
「やっぱり予想通りです! ヒャクリのパスファインダーに通信をつないでクダサイ!」
テンゲンのパッシブモードで様子をうかがうと、大島の東岸に対空ミサイルを背負った兵士や、上陸させた対空兵器が、突入して来るのを、待ち構えているのが見えました。
「こちら、統合任務ブタイ、『サンダーホーク』の中継機です! そのコースは危険です! 今すぐ散開して、低空飛行に移ってクダサイ! 敵に対空ミサイルの用意がアリマス! わたしは衛星とのリンクの装置と技能を持つ、分析部のイアルローネ特務大尉です!」
ヒャクリの先導機は少しためらっていましたが、散開してくれました。
「フウ……これで、一安心です。ここはもう危険なので、遠回りして、サンダーホークとの中継が可能になる場所まで、戻ってクダサイです!」
「お疲れさまです……。お茶、飲みますか? 用意しておいたんですよ……」
「ワァ、気が利くんですねぇ……。ありがとうゴザイマスです。大原二曹」
「アァッ! あの鳥はなんですか? 知っていますか? 大原二曹サン」
「え? あぁ、こんなところにも飛んでいるんですね……あれは、タカですよ」
大原二曹は、わたしが指さした窓の向こうを見つめていました。
「ビエックショ……アァっ……。スミマセン。お茶をこぼしちゃいました」
「あぁ、いいんですよ、大尉。まだおかわりはありますから」
「半分以上飲んでましたから、少しだけで……飛行機にはおトイレないですから……」
「あぁ……そうでしたね……。自分もうっかりしていました」
「大尉、サンダーホークとの通信が、限定的ですが回復したようです……」
「アコさん! 聞こえますですか? こちら、シャイニングホークです!」
「ローネ! 無事だったんスね? 見えなかったですが、いったい何をしてたんスか?」
「対空防衛部隊に、指示をしました。例の装置でヒャクリの航空隊を待ち構えていた、敵の対空ミサイルや兵器を大島の東岸に見つけたので、連絡をしたので大丈夫でス!」
「それだけじゃなく、シャイニングホークの秘密兵器でハープーンを二発落としたぜぃ」
「えぇっ? どうしても二発だけ行方がつかめなかったんスよ! 助かったっスよぉ!」
「百里の航空隊が、急に低空飛行に移り、大島の東岸を避けたのもそのせいだったのね」
御笠司令の、心から喜んでいるだろう声が、聞こえて来たので、胸が熱くなりました」
「エト、アコさん……。例の装置なんですケド、妙なエラーメッセージが出てマス。一応動作はしますが、解析してみてクダサイ。メッセージは『32ビットレイヤー』です」
「え? そんなメッセージがっすか? うーんと……意味が分からないんっすけどねぇ」
アコさんは、とても困惑した声で、悩んでいました。いつ気づいてくれマスかね――。
「接触が悪いのかもシレマセン。衛星とのリンクの分解能が上がりにくいんですケド!」
「あぁー……はいはい……そういう事っすね。調べてみるっすから、待機してください」
「あの……。大丈夫なんですか? イアルローネ大尉。もしかして、さっきの秘密兵器でですか?」
「可能性はありますね……まぁたいした事はないと思うんですけど、アコさんなら」
「あーっ! はいはい! 分かりましたよ。配線つなぎ直すんで、至急降りてきてください」
「ハイ! じゃあ、エリックさん……。空母サンダーホークに着艦してくださいです!」
「おうよ……なんだ? Fー16で失敗したからって、おびえてんのか? 大丈夫だって」
どうにか、アコさんに意図は伝わったようなので、わたしは内心安堵していました。
「装置に衝撃を与えたらいけないので、ゆっくり降りて来てくださいっすよ……ちょっ」
「ローネ!? 初島という島があるんだけど、そこに子どもが一人取り残されているの! エンジンの出力的に大丈夫なら、至急ピックアップをお願いできるかしら? 場所は大原二曹に――」
アコさんの声にノイズが走り、次の瞬間、御笠司令の声がスピーカーから響きました。
「おかしいですね……。電波中継機のインジケーターが消えました……けど、司令の命令ですから、初島に行きましょう! ここから北西ですぐに着きますから案内します!」
「んぁ? 初島かい? あそこは、オレも米海軍時代に、何度か行った事があるぜぇ!」
エリックはわたしの不安をよそに、機体を急加速し、初島へと向かってしまいました。
「よっしゃ……初島が見えて来たぜぇ。人命救助なんざ、久しぶりだから興奮するぜぇ」
シャイニングホークは、するすると滑るようにして、初島に降下して行きました。
「うっし……。ここなら標高が一番高いから、子どもでもいりゃ、手を振って来るだろう」
「すみません! 子どもを発見したいので、ホバリングした状態で、固定できませんか?」
「お? いいぜ! 固定するから、オレも捜索を手伝ってやるぜ。オレは北の港を――って……おいおい。嬢ちゃん……そりゃ、何のまねだ。けがするから引っ込めろよ!」
「あぁ……やっぱりそうだったんですね……大原二曹。信じたくはなかったですけど!」
わたしとエリックは、拳銃をかまえた大原二曹に、鋭い殺意を向けられていました――。
◇
「もうっ! なんて事をするんすか、司令! ローネが……ローネが危なかったんスよ!」
「はぁっ? 何を言っているの? 別にエラーメッセージが出たところで――エラー?」
「何にもつなげてないんスから、エラーメッセージなんて出るワケがないんっスよ!」
「あんたは、国防大学で英語も習わなかったんスか! ビトレイヤー(裏切り者)すよ」
◇
御笠・早坂の、ワンポイント・無理のある暗号講座!
御笠:「ねえ。さすがにこれは無理があるんじゃないかしらねぇ」
早坂:「ビットとレイヤー。どっちもPC用語ぽかったんでww」
物語はとうとうクライマックスを迎えます。
12月24日に、次話を公開します!




