6話『神託を書き換えた者』
私とエネラルの前にダズエル神官長が姿を現した。
騎士は連れていない様子で、武器も持っていなかった。
エネラルが剣を向ける。
「……古文書を奪ったのは、あなたですか?」
ダズエルは何も言わずに頷いた。
「――では、神託のページを切ったのも、あなたですか?」
しかし、今度は否定も肯定もしなかった。
その時――
祭壇が光り出し、初代聖女の魂が再び現れた。
彼女は神官長のダズエルを見て言った。
「あなたは初代神官長のタレスと似ていますね……」
確かに、映像で見た初代神官長と雰囲気が似ている。
初代聖女が語り始めた。
「神託の記述を破ったのは、初代神官長のタレスです。この神官長ではありません。そこには、『愛を捨てた聖女は奇跡を失う』と書いてありました」
二代目聖女が書いた内容と一致している。
「彼は私に好意を抱いていた……しかし、私は王を愛していた……」
「――だから、初代神官長は聖女に恋を禁じさせて、歴代の神官長との関係が一番となるように仕向けたと……」
初代聖女が言いにくそうにしている続きをダズエルが答えた。
「……その通りです」
「初代聖女アルテナ様、恐縮ながら一つだけ教えてほしいことがあります。それは、私が聖女に恋をしたのは、初代神官長の呪いからだったのでしょうか?」
ダズエルは顔を歪めながら、アルテナに聞いた。
「いいえ、あなたの聖女への想いは、間違いなくあなた自身の想いでした」
「そうですか……私は、その答えがずっと知りたかった……」
それを聞いたダズエルは安堵の表情を浮かべていた。
そして、ようやく、私は全てを理解した。
神託の意味を変えたのは初代神官長のタレスだった。
タレスは、自分が叶えられなかった想いを、歴代の聖女と神官長に繰り返させていたのだ。
その時――
エネラルの黒い紋章がこれまで以上に強く輝き出した。
閉じていた傷口が再び開く。
「ぐっ……」
あまりの激痛にエネラルは膝をついた。
「エネラル!!」
私は叫んだ。
衣類にまで血が滲み、滴り落ちている。
「もう猶予はありません!」
初代聖女が声を上げた。
黒紋は首筋にまで達していた。
あと数時間で心臓を侵食する。
「黒紋は私が抑えます。ですが、一刻も早く、王家に呪いをかけたタレスに会わなければなりません!」
エネラルの命が尽きる前に――
◇
礼拝堂の最上階。
私達は神官長から託された鍵で重い扉を開けた。
そこには『始まりの祭壇』があった。
初代聖女の紋章が刻まれている。
祭壇の中央には、透明な水晶が置いてあった。
そこに向かってアルテナが祈る。
すると、祭壇が輝き始め――
初代神官長タレスの魂が現れた。
「久しぶりですね。タレス……」
「そうですね。アルテナ――」
「どうして、王家を呪ってしまったの……」
アルテナはタレスに聞いた。
「――呪い? それは勘違いですよ、アルテナ。僕は歪な恋を正しただけですから」
「……歪な恋?」
今度は私が疑問をぶつけた。
「だって、そうでしょ。王族は国を守る。聖女は民を守る。本来、交わってはいけない存在なのです。だから、聖女の恋そのものを否定した。それの何が悪いのですか?」
「あなたの言うことには一理あります……確かに聖女は国民を救うために、人生を捧げてきました――」
「そう、この娘の言う通り。僕は彼女達のその努力が、王族に便利な道具として利用されることが耐えられなかった。だから、聖女を守るため、王族と決して結ばれないように、自らの命と引き替えにしてまで王族に黒紋を刻んだのです」
「なんてことを……」
アルテナが嘆き悲しむ。
「あなたに僕を裁く資格はありませんよ。僕の忠告を無視し、王を救えなかったのですから。そして――君自身までも命を失った……」
そうか――
この人は、きっとダズエル神官長と同じなのだ。
アルテナを救えなかったことを後悔している。
友であった王を救えず、最愛の人まで失ってしまったことを。
だったら、私がすることは――
「私で最後にしてください。これ以上、誰も恋を諦めなくていいように……私は奇跡の力をなくしても構いませんから――」
「何を言ってるんだ、リシェル。君は聖女になるため、途轍もない苦労をしてきたんだろ」
エネラルは私の努力と苦労を誰よりも知っている。
たとえ、誰にも労わってもらえなかったとしても、エネラルが知っていてくれれば、それでいい。
私は本気でそう思っていた。
「はい、ですが、誰かがこの負の連鎖を終わらせないと」
「足りない」
「え?」
「何百年もの想いを、その程度の覚悟で終わらせられると思うのですか? ……まあ、でも、仮に君が王太子への気持ちを諦めるのなら考えてもいいですが――」
「……わかりました。もし私が恋を捨てることで、この呪いが終わるのなら――私は喜んで受け入れます」
「リシェル!!」
「エネラル……ごめんなさい。私は、あなたのことが、ずっとずっと大好きでした」
「俺もリシェルのことが――」
私は手でエネラルの言葉を制止した。
「でも、これ以上、あなたとは一緒にいられません」
「リシェル……」
「良い覚悟です。それでは――」
「させませんよ」
そこに現れたのは神官長のダズエルだった。
「邪魔をするな!! ダズエル!!」
「騙されてはいけません。歴代聖女と神官長は、その良心を利用され、自ら望んで悲劇を繰り返させられてきたのです」
「アルテナ様!! あなたにしか、この怪物を止めることはできません。どうか、お力を!!」
「わかりました。おそらく、この時のために、私の魂は現世と繋がっていたのでしょう」
「ふざけるな。どうして消えないといけないんだ。今まで聖女を導いてきたのは、この僕だぞ!!」
「……そこまで、心が蝕まれてしまったのですね。初代神官長タレスの責任は、私が持ちます」
「やめろ、やめろ、やめろ……」
タレスは光の塊となったアルテナの魂に包まれて、徐々に消えいった。
力が抜けたようにダズエルが膝をつく。
「これで、私が守ろうとしていたものは……すべて壊れてしまいましたね……」
私は静かに首を振った。
「違います――あなたの愛は聖女様に確かに届いていました」
「ふ、そうだといいな」
天を仰いだダズエルの目からは一筋の涙が零れ落ちた。
その時だった。
エネラルに刻まれていた黒紋が再び脈動し始めた。
「まさか……」
タレスは消えたはずなのに。
黒紋は、まだ残っていた。




