最終話『本当の奇跡』
「ようやく君と二人きりになれたね――」
タレスがアルテナに言った。
「どうして、私が王を選んだのか、まだ分かっていないのですね……」
「……どういう意味だ?」
「あなたは知らなかったでしょうけれど……私の初恋は、あなたでした。しかし、あなたは私を束縛することを選んだ――その時から崩壊が始まったのです。そして、あなたは千年経っても変わらなかった」
「何が言いたい――」
タレスが怒りをぶつける。
「つまり、これで本当のお別れということです」
「アルテナ?!」
「さようなら、私の初恋だった人」
◇
「エネラルの黒紋が消えない……どうなってるの?」
私は焦りを隠せなかった。
「おそらく、遅すぎたのでしょう。呪いが身体中に行き渡ってしまっているのです……」
「そ、そんな……」
言葉を失う。
「リシェル……」
「はい、ここにいます」
「俺には一つだけ後悔があるんだ」
「――それは何ですか? 私に何でも言ってください」
「もっと早く、君を好きだと言えばよかった」
「エネラル……」
私は涙を必死に堪え、エネラルの手を強く握った。
「私もずっと好きでした。今度は……もう嘘はつきません。私は、あなたを心から愛しています」
「俺も愛してた……ずっと、君だけを……」
エネラルの呼吸が静かになっていく。
ダズエルが首を振る。
「もう……時間がありません」
私は涙を拭った。
そして、静かに微笑む。
「今度こそ、本当の私で、あなたを救います」
私は治癒魔法を唱えた。
しかし今回は違う。
一人では祈らない。
エネラルも、残された僅かな力で、私の手を握り返した。
かすれた声で言う。
「最後まで君を信じる」
「お願い……今度こそ届いて。あなたを失いたくない」
二人の祈りが重なる。
光がエネラルの全身を巡った。
裂けていた傷が静かに閉じ、黒く染まっていた皮膚が元の色へ戻っていく。
祭壇の紋章が光り――
アルテナが静かに微笑む。
「これが、本当の奇跡です」
エネラルの全身を覆っていた黒い紋章が消えていく。
ゆっくりと目を開いたエネラルに、私は涙をこぼしながら言った。
「おかえりなさい」
「ただいま」
優しく微笑みながら、エネラルは答えた。
その時――
祭壇に文字が浮かび上がった。
それは新たな神託だった。
『愛は奇跡を失わせない』
さらに続く。
『真に愛し合う二人が、互いを信じて祈る時、あらゆる呪いは消える』
アルテナが私に語りかける。
「神託は人を縛るためのものではありません。未来へ希望を託すためのものなのです」
その言葉と共に、初代聖女アルテナの魂も、穏やかな笑みを残して消えていった。
◇
一年後――
戴冠式でエネラルは国王となった。
その隣には私がいる。
神殿も変わった。
古い神託をすべて公開し、聖女が恋を禁じられることもなくなった。
ダズエル神官長は自ら職を辞し、各地で孤児や病人を救う巡礼者となっている。
式典は無事に終わり――
全員が解散する。
最後に、その場に残ったのは私達二人だけだった。
エネラルが今までのことを思い出したかのように笑う。
「もう、リシェルへの隠し事はありませんよ」
「ふふ、そうですね。私もエネラルへの隠し事はありません」
そう言って、私も釣られて笑った。
彼が手を差し出す。
私はその手を握り返した。
その瞬間――
二人の手を包むように、白銀の紋章が優しく宿った。
それは呪いではなく。
『未来は愛する者たち自身が選び取る』
という新しい時代の証だった。
私は穏やかに微笑む。
「あなたとなら、どんな未来も怖くありません」
エネラルは優しく応えた。
「たとえ、奇跡がなくなったとしても、リシェルが隣にいれば、それでいい。何があっても、俺は君を愛し続けます」
あの日――
奇跡を起こしたのは聖女ではなく。
互いを信じ続けた二人の想いだった。
その二人は。
手を繋いだまま。
朝日に照らされる新しい王国へ。
ゆっくりと歩き始めた。




