5話『恋は奇跡を壊さなかった』
「子供の頃、この神殿で黒い紋章が発動しました。しかし、誰にも話せませんでした」
「どうして……」
「紋章について調べた結果――聖女と相対するものだと分かったから。俺はリシェルが聖女候補だということを知っていたんです」
つまり、エネラルも私との関係を守りたかった。
「俺は……ただ、リシェルの傍に居たかったんだ」
「殿下――ありがとうございます」
「え?」
「私と一緒に居たいと思ってくれて」
「当たり前だろ、俺はずっと君のことを――」
そこまで言って、エネラルは口をつぐんだ。
「……殿下?」
「何でもない。それよりも、聖女の箱が開かなかったのは、おそらくこの黒紋が原因だ。だから、俺がリシェルから離れれば開けると思う」
「……そんなものが身体に現れてしまって、殿下のお身体は大丈夫なのですか?」
「何も影響がないとは言えない――だからこそ、君と共に、真実を一緒に見つけたい」
「ふふ、それを聞いて、なおさら、真実にたどり着きたいと思いました」
聖女の箱を開けるため、エネラルとの距離を作る。
私は封印箱の前で祈った。
しばらくすると、黄金の光が箱を包み込み。
箱全体が脈を打つように震えた。
封印が少しずつ解けていく。
最後の封印が解け、箱は音を立てて開いた。
中には水晶板が一枚。
そこへ初代聖女の記憶が映し出された。
映像の中――
初代聖女は愛する王を抱きしめて泣いていた。
何度祈っても、何度治癒魔法を使っても、奇跡は起きなかった。
彼女は泣きながら叫んだ
「私が王を愛してしまったから!! だから、これは私への罰なのよ」
その時、隣にいた初代神官長が言った。
「違います……」
「何が違うの!! いい加減なこと言わないで!!」
「あなたは王を愛したことではなく、愛を認めることから逃げたのです。自らの愛を否定し続けていました――」
「ど、どうして、あなたにそんなことが分かるのよ」
「分かります。僕も同じだから……今の今まで君に愛を伝えられなかった……」
初代聖女は愕然とする。
彼女は王に告白することが怖かった。
断られた先を考えたくなかった。
だから。
「愛してはいけない」
その言葉で、自ら心を閉ざした瞬間から。
治癒魔法は、その力を失っていった――
私は息を呑んだ。
今まで信じていたことが崩れる。
奇跡を壊したのは恋ではなかった。
「愛してはいけない」と、自分の心を偽ったこと。
治癒魔法は、人を想う心から生まれる力だった。
だから、愛を否定した時。
奇跡は不完全なものになってしまう。
「私は――自ら奇跡を壊そうとしていた……」
自分も同じことをしようとしていたことを悟った。
映像は消えた。
そして。
封印箱の底から、一枚の古い羊皮紙が現れた。
『真実を知った者は、王家を滅ぼす運命を負う』
◇
その頃――
礼拝堂の最上階。
ダズエル神官長は静かに目を閉じながら言った。
「……もう、止められないのですね」
彼は鍵を取り出し扉を開く。
その奥には、歴代神官長だけが守り続けてきた秘密が眠っていた。
数十年前。
まだ若き神官だった頃。
ダズエルは一人の聖女を愛した。
しかし聖女は、「聖女として一人の男性だけを好きになるわけにはいきません」と言って恋を諦めた。
その頃からだった。
彼女は奇跡を失い始め、多くの命を救えなくなってしまった。
彼女は最後に微笑みながら、「あなたは……最後まで正しかったわ」と言い残し、命を落とした。
ダズエルは絶望した。
何故、彼女は奇跡を失い死ななければならなかったのか。
ダズエルはどうしても、その理由が知りたかった。
だから、神官長となった。
そして――知ってしまった。
神官長が聖女に恋を禁じ続けた教育は、神託ではなく初代神官長が始めたものだった。
神殿の権威を保つため、歴代の神官長はその事実を隠し続けてきた。
「彼女は何のために犠牲に……」
あの日と同じ絶望が、再びダズエルを飲み込んだ。




