2話『恋を諦めれば救えるはずでした』
私は神官長ダズエルの忠告を無視し、禁書庫へと忍び込んだ。
重い扉。
埃だらけの本棚。
聖女しか入れない最奥にある古い祭壇。
そこには、一冊だけ金色の鍵で封印された本があった。
表紙には、『初代聖女の神託』と書かれている。
私は思わず息を呑んだ。
恐る恐る本を開く。
最初のページに記されていた神託は――
『聖女が真に愛した者には、治癒の奇跡は届かない』
「……うそ」
私は震えた。
「だから……私にはエネラルを治せなかったの?」
頭に浮かぶ。
幼い日の記憶。
庭園で泣いていた自分へ。
花冠を乗せて笑った少年――エネラル。
(私は……ずっとあなたを……)
ようやく理解する。
治癒魔法が発動しなかった理由。
それは、自分が彼を愛してしまったからだった。
「私の恋が、あなたを苦しめていたなんて。好きになって、ごめんなさい……」
彼を救うには。
恋を終わらせるしかなかった。
あなたを救うためなら――
嫌われてもいい。
もう一度、神託を読む。
「あれ……?」
何故か最後のページが、切り取られていた。
――どういうこと?
「誰かが……神託の記述を意図的に隠した?」
◇
神官長のダズエルは誰もいない廊下で、小さくため息をついた。
「神託を読んでしまわれたのですね……」
悲しそうに目を閉じる。
「どうか、同じ運命だけは繰り返さないように――」
◇
私は病室へと向かった。
エネラルは眠っている。
静かに微笑み、彼の髪へ触れそうになる。
しかし――
途中で手を止める。
あなたを救えるなら。
私が嫌われてもいい。
もう二度と笑い合えなくてもいい。
あなたが生きていてくれるなら、それだけでいい。
私だけが苦しめば、それでいい。
「もう、お会いすることはありません……」
そう言って私は病室から去った。
病室の扉を閉めた瞬間――
私の涙は止まらなかった。
◇
私は昨夜のことが頭から離れなかった。
神託の切り取られた最後のページ。
そして――
エネラルとの別れ……
「本当に――これでよかったの……?」
私は胸が張り裂けそうだった。
そんなことを考えていると――
「迷っておられるのですね」
「え?」
禁書庫の前司書だった老神官から声をかけられた。
「はい……神託を見てしまってから心が揺らいでいます……」
「そうですか……」
私は老神官から一枚の羊皮紙を渡された。
「私も長年、その神託には疑問を抱いていました。本当は誰にも話してはいけないのですが……初代聖女の記録は禁書庫にある物だけではありません」
紙には地下書庫の隠し部屋が記されていた。
忘れられた古文書庫。
――行ってみると禁書庫以上に埃だらけの部屋だった。
そこには初代聖女ではなく、二代目聖女の研究記録があった。
その中に、神託の引用があった。
『愛を捨てた聖女は奇跡を失う』
「……え? これは――」
禁書庫で見た神託とは、まったく逆だった。
もしこれが本当なら……
自ら奇跡を壊すことになる。
私は混乱した。
「――どういうことなの?」
その瞬間。
窓が開いた。
風が吹き込み、灯りが消える。
暗闇の中。
黒いローブの裾だけが見えた。
「待ってください!」
追いかけた時には誰もいない。
振り返ると、さっきまであった古文書だけが消えていた。
◇
王太子の部屋。
エネラルの胸元には、黒い紋章が再び浮かび上がっていた。
「また黒紋が……残された時間は、もう——」
エネラルは言葉を飲み込み、苦く笑った。
呪いの力で傷だけは塞がった。
だが、広がった黒紋がエネラルの身体を蝕んでいっていた。
「リシェルには知られたくはないな……」
黒紋が疼く。
「どうやら……また、地下神殿へ行かなければならないようだ――」




