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次の日。
俺とエイリーは昨日と同じように外にいた。
ちょっと雲が出ているものの、適度に乾いた風が心地いい。
「さて、姫の能力を細かくお調べする前に、まずはこの世界の能力について勉強をいたしましょう」
城の庭の、大きな木の木陰で、エイリーは俺に紙を渡してきた。
仰々しくシートを敷いて『おかけください』というので座ると、エイリーは何もない草の上、俺の正面に座った。
実践の前にまずは座学。
どの世界でもこれは変わらないんだなぁ。
まぁ、いっちょ頑張って勉強しよう。
そう意気込んで、紙を受け取る。
——その瞬間、俺の脳裏には“とある不安”がよぎった。
だけど紙を受け取った時点でもう遅い。
怪しまれないように、とりあえず渡された紙に視線を落として——
「ん……!?」
——固まった。
「ど、どうされました、姫」
「あー、いや、えっと……おぉ……?」
首をかしげる俺に、
「何が書いてあるのかご理解いただくのは、少し難しいと思います。ですが一緒に勉強して参りましょう」
と、優しく言ってくれているエイリーの言葉も入ってこない。
今、紙を渡される直前に、一つの不安が生まれた。
気付いた、といってもいい。
『この世界の字、読めるんだろうか』という不安だ。
いくら記憶をなくしているとはいえ。
能力のことを知らないとはいえ。
文字の読み書きができないのはさすがに怪しすぎるのでは……?
これぐらいの歳だったら、字の読み書きぐらい教わっているはずだ。
しかもやんちゃガール(※♂)だとしても一国のお姫様(※♂)なのだ。
文字が読めなかったらおかしいに決まってる。
だけど、その不安は一瞬で消え去った。
なぜなら読めるからだ。
読める、読めるぞ!
だけど何で読めるんだ?
——何で、日本語と英語が入り交じっているんだ?
目の前の紙には、どう考えても日本語と英語が並んでいる。
でも、広大な山々が遠くに連なっている大地は、間違いなく日本じゃない。
と、なると……。
「あー……」
これは、『俺は実は夢の世界にいる説』が濃厚になってきてしまった……。
夢っていうのは、記憶の整理だ。
要は、自分が知りうる情報しか出てこないのだ。
普通、剣と魔法の世界っていったら、意味の分からない言語がたくさん書かれていて、その文章が怪しく光輝いて能力が発動したりするじゃん。
だけどこれ、完全に日本語だもんな……『フレア』とか書いてあるもん……でも『Flare』自体は英語だしな……。
「えっとこれ……何語?」
思わず聞いてしまう。
怪しまれることを覚悟の上というか、怪しまれてもいいからこの言語の名前が知りたい。
「えっ……」
エイリーはなぜか傷付いた顔をして、
「申し訳ありません。私の字、そんなに汚いでしょうか……?」
と、紙を見つめる。
あ、そう受け取っちゃう!?
「い、いや、ちがっ、そうじゃなくて! あの、その……ク、クイズ! クイズ! これは何語でしょうか!? みたいな! いえーい!」
かなり苦しい返しになってしまったけど、もう仕方がない。どうにでもなれ。
「えぇ……?」
エイリーは、無表情に少しだけ『訝しげ』のエッセンスを混ぜたような、とにかく決して好意的ではない顔をして俺を見る。
でも幸いなことにものすごく真面目に、
「ウルー語とトライカ語、つまりコルトゥーラの公用語です」
と答えてくれた。
「せ、せいかーい……」
ぱちぱちぱち、と力なく拍手するも、訝しげな視線はあまり変わらない。
というか、ウルー語? トライカ語?
どっちが英語でどっちが日本語だ?
それともまったく別言語なのか?
そもそも今、普通に日本語だと思って喋ってる言語は、この世界では何語なんだ?
ウルー語か? トライカ語か?
「姫……?」
紙一枚渡されただけでこんなに混乱するとは思わなんだ。
とりあえず、読み書きと会話には困らなさそうだし、言語のことはひとまず置いておこう。
これ以上下手に喋るとマジで重大なボロを出しかねない。
それに、今はどれだけ考えたって答えは出ないしな。
だけど『ウルー』という国と『トライカ』という国があるってことぐらいは、覚えておいた方がいいかもしれない。
さて。
改めて紙に視線を落とす。
渡された紙は、この世界でどうやって作られているか謎だけど、ごくごく普通の白い紙だ。
そこに、色々と図や文字が書かれている。
「姫、最初にお断りしておきますが、稽古はちゃんといたしますよ。こればかりは今までのように『飽きた』では許されませんからね。これからのこの国の威信に関わるのですからね」
と、少しだけ早口でそう捲し立てた。
もう辞める気でいるわりにはだいぶ国のことを考えてくれている。
そしてどうやらパーチェちゃんは『飽きた』とか連発しちゃうかなりのワガママガール(※♂)だったらしい。
「大丈夫だよ、ちゃんと稽古する!」
とりあえず可愛く答えてごまかしておく。
多分、ごまかせてない。
「……分かりました」
ごまかせてないけど、話は進みそうだった。
「姫がお着替えを済まされている間に書いたので、あまりできのいい資料ではありませんが……今日はこちらでご説明させていただきます」
エイリーは紙に書かれた図を指差した。
そこには九つの丸が書かれていて、中には様々な図形が書かれている。
「この世界には、グラス、フレア、アクア、シャドー、ホーリー、ウィンド、サンダー、グランド、と呼ばれる八つの『タイプ』が存在します」
おぉ……!
出ました、剣と魔法の世界の鉄板、属性!
やっぱ能力には属性が存在してるんだな!
やっぱこうでなくっちゃね!
「グラスは植物を操り、フレアは炎を操り、アクアは水を操り、シャドーは闇を操り、ホーリーは光を操り、ウィンドは風を操り、サンダーは雷を操り、グランドは大地を操ります」
よかった、そこら辺はだいたい分かる。
俺がどれだけ現実逃避のためにゲームをして育ってきたと思ってるんだ。
そしてイメージ通りで安心した。
これなら簡単に覚えられそうだ。
だけど、ゲームだと闇属性って影を操ったり紫色の恐ろしいビーム出したりしてて、光属性って味方を回復したり光の剣を出したり……っていうイメージぐらいしかないんだよな。
現実にこの属性がいるとなると、どんな感じになるんだろう。
「今のが『タイプ』でして、『クラス』というものも存在します」
これは、いわゆるジョブか?
「『クラス』は、パワー、ソルジャー、ウィザード、サモンの四つが存在します」
やっぱりジョブっぽいな。
ということは、パワーが肉体強化の肉弾戦士、ソルジャーが剣士、ウィザードが魔法使い、サモンが召喚術師ってことかな。
エイリーに確認すると、
「合っています……ご存知だったのですか?」
と、目を丸くして驚いている。
しまった。逆に変に詳しすぎても怪しいのか。
知ってるフリと知らないフリの加減が難しいな……。
「ま、まぁ本とかでね。ちょっとね」
苦し紛れにそう答えると、エイリーは納得してくれたようで話を続ける。
「それで、アクアなどの『タイプ』、パワーなどの『クラス』は、生まれもった性質で決まります」
「自分では選べないの?」
「はい。自分の生まれた日が変えられないのと同じで、どちらも変えることはできません」
なるほど。
ゲームみたいに簡単にジョブチェンジができるわけじゃないんだな……。
まぁ血液型みたいなもんか。
そう納得しかけた時、
「ですが、」
とエイリーは続ける。
「ですが、パワータイプが剣を使えばソルジャーより強くなるケースもありますし、ウィザードが自分に肉体強化の魔法をかけて、パワータイプのような攻撃をするケースもあります」
なるほど……。
ゲームとは違って、能力の使い方次第でかなり応用が効くんだな。
そりゃ生まれ持った力をそのまま使うより、自分が使いやすいようにアレンジした方がいいもんな。
「この、八つの『タイプ』と四つの『クラス』が合わさって、アクアのウィザードであったり、グラスのサモンであったり、様々な組み合わせが生まれます。能力者達は、自分が神から与えられた能力の組み合わせを駆使して戦っているのです」
ということは、あれか?
闇の魔法使いとか、光の召喚術師とかいるってことか?
炎の剣士でファイヤーソード! とか、
光の剣でエクスカリバー! とか、
風の剣でウィンドブレード! とかできるってことか!
テンション上がるな!
風の剣とかかっこよ過ぎだろ!
「ちなみにリベロ様はウィンドのソルジャー……つまり風の剣士ですね」
「あー……」
テンション下がった。
何だよ……あのおっさん、風の剣士なのかよ……。
「さらにこの世界には、例外もいます」
「例外?」
「はい。先ほど、タイプにはグラス、フレア、アクア、シャドー、ホーリー、ウィンド、サンダー、グランドの八つがあると申し上げましたが、それはあくまでも『この世界の大半を占める能力』という意味で、能力は他にもたくさんあります」
「へぇ!」
やっぱそうこなくっちゃね!
『な、何だアイツの能力は……!』みたいなね! やりたいしね!
「その、基本的な八つに含まれない、突然変異とも言える能力のことを、九つ目の能力ということで『ナイン』と呼びます」
やけに分かりやすい名前だな……。
「そのナインは世界にどれぐらいいるの?」
「そうですね……正確な数は分かりませんが、この世界の能力者の1%にも満たないと言われています」
百人に一人——
「じゃあナインはレアなんだね」
「はい。非常にレアですし、場合によっては非常に強力です。そして、」
エイリーは、心なしか深く息を吸い込んでから、
「恐らく姫はこの"ナイン"だと思われます」
と言った。
俺が、レア能力者……?
ちょっとときめく話だけど、『キスしなきゃ使えない能力』なんてそりゃレアに決まってるか。
みんながみんなこんな能力だったら、もっと気色悪い世界になっているはずだ。
「じゃあ私の能力も強力ってことなの?」
「それはまだ分かりません」
エイリーは首を振る。
姫とはいえ下手に全肯定をしないあたり、本当に真面目だなぁと感心する。
「場合によっては強力といっても、ナインの能力自体はピンキリです。国家を脅かすものもあれば、何に使えるか分からないようなものまで……ですが、ナインの強さはそこにはありません」
「どういうこと?」
「どんな能力か分からない相手と戦うというのは、恐ろしいことなんです」
……確かにそれはありそうだ。
例えば水系統の能力者なら、パワーとかウィザードとかクラスが四つあるとはいえ、何をしてくるかはだいたい予測が付くしな。
水を大砲みたいに打ち出してくるとか、カッターみたいにしてくるとか……。
だけどナイン相手だと『こういうことをしてくるだろう』と読むことすらできないわけだ。
そう考えると確かに厄介なのだろう。
「では姫、簡単なテストをしましょう。例えばフレアの能力者が出てきたとして、姫でしたらどう対抗しますか?」
「えぇっと……」
フレアは炎の能力者なんだろ?
だから……。
今まで頭の中で繰り広げてきた恥ずかしい妄想や、やってきた数多くのゲームのことを思い出しながら答える。
そんなに難しいことじゃなかった。
「水とか砂をかけます。もしくは自分が水を被ったり、水分を多く含む木の陰に隠れます」
あとはあとは……と妄想を続けていると、
「……あまりに模範解答過ぎて驚いています」
「ふふん」
あっけにとられているエイリーに、ない胸を張る。
当然だ。
友達がいない俺がどれだけゲーム世界と妄想世界を駆け巡ったことか。
「その通りです。フレア系の能力者が相手なら、今姫が仰ったような対処法が理想的です」
ということはあれか、物理法則とか自然現象とかは俺の元いた世界と同じなんだな。
「まぁ、そういった戦術も、こちらが妖精級で相手が聖霊王級だったら通用しませんが……」
「妖精級? 聖霊王級?」
何かまた知らない単語が飛び出したな。
「また長くなってしまいましたね。今日はここまでにしましょう」
そう言って、エイリーは手際よく片付けを始めた。
「姫が楽しそうに聞いてくださるので、こちらもつい長話をしてしまいますね」
「そう? そんなに楽しそう?」
確かに実際楽しいけど、そんなに楽しそうだったのか?
パーチェちゃんの顔が可愛いから、真面目に話を聞いてるだけで楽しそうに見るのかもしれない。
顔面の強さって本当に大事だな……。
だけどエイリーは、思っていたのと少し違うことを言った。
「えぇ、能力の話なんて絶対にタブーだった姫が、ここまで能力の話をしてくださるのが、私は嬉しいんです」
柔らかい顔立ちで、真面目な顔をして、でもちょっとだけ綻んだ。
能力の話がタブー——
ジーナもそんなことを言っていた。
そして、うっかりパーチェちゃんの前で能力を使ってしまったジーナは、手の甲に傷が残り続けてしまっているのだ。
どうやら能力があることが普通の世界において、『能力の話をしない』というのは異常なことだったのだろう。
もしかしてパーチェちゃんは、自分に能力がないことがコンプレックスだったのではないだろうか。
そりゃ『キスが発動条件』なんて気付けるわけがないし、それまでは自分のことを無能力者だと思っていてもおかしくない。
こんなに可愛くて、しかもお姫様なパーチェちゃん。
彼女(※♂)にも人知れないコンプレックスがあったと思うと、勝手に親近感が湧いてしまう。
まぁ、パーチェちゃんからしたらいい迷惑だろうけど。
片付けを終えて、エイリーは立ち上がる。
「では、お部屋までお送りします」
「わざわざいいよそんな。部屋の場所は分かるし」
「いえ、そういうわけにはいきません」
これ以上いらんところでゴネても迷惑なだけかと納得して、部屋まで一緒に歩いていくことにした。
「エイリーはこの後何するの?」
「え?」
軽い雑談の気持ちで話を振ったのに、エイリーは立ち止まって驚いている。
「え、何? どうした?」
「いえ、申し訳ありません」
再び歩きながらエイリーは答える。
「姫からそんな質問をいただいたのは初めてだったので、驚いてしまって……」
パーチェちゃんとエイリーの間には、こんな些細な雑談すらなかったのか?
どんだけ仲悪かったんだよ……。
「私はこの後、厨房にいきます」
「ご飯を作るの?」
「いえ、そちらは他のメイド達に任せているので、私は別件を」
エイリーは何かを考えていたのだろうか、少し間を置いて、
「カリーノやジーナ達に、レシピを伝えなければならないので」
と言った。
あぁ、自分が今まで作ってきた料理のレシピを、ここに残るメイドさん達に伝えるのか。
本当に、このお城を出ていく準備が進んでるんだな……。
「では、私はこちらで失礼いたします。よくお休みくださいませ」
俺の部屋の前で、エイリーは恭しく頭を下げる。
そしてそのまま歩き去っていった。
あ、そうだ。
訊こうと思っていたことを忘れていた。
「あのさ、」
きびきびと歩いていく背中に声をかける。
「はい、何でしょう」
「そういえば、エイリーのタイプとクラスって何なの?」
これを訊こうと思って忘れていた。
俺はエイリーの能力をコピーして、パワードスーツのような姿になっているのだ。
そう考えると、エイリーの元の能力が気になる。
「私は、」
エイリーは、息を深く吸い込んだ。
無表情といっても差し支えないほど硬い表情をしたエイリーが、少しほころんだ気がした。
むしろ、ドヤ顔といっても過言ではなかった。
「私は——ナインのサモンです」
続く




