8
8
今日も国王夫妻と三人で朝食を摂る。
だけど今日は、エイリーがそばに控えていた。
話を聞く限り、いつもはこうやってそばに立っているらしい。
昨日いなかったということは、やっぱり相当落ち込んでいたんだろう。
テーブルの上には、昨日と同じように大量の食べ物が並んでいる。
この料理は、すべてエイリーが作っているらしい。
俺は料理のことなんて少しも分からないけど、そんな俺でも分かるぐらい、一品一品に手間暇がかかっているのが感じられた。
そしてとにかくめちゃくちゃうまい。
可愛くて優しくて料理もできるとか完璧すぎるだろ……。
しかも昨日のドヤ顔も可愛かったし……。
何とか引き止められないかな……。
この世界にきて三日目。
いまだに分からないことだらけだけど、何とかボロを出さずに済んでいる。
「プリート、午後は東の畑一帯を片付けるぞ! シードアソシエイツの注文分は明日の朝一でやろう!」
「えぇ、分かりました」
にこやかに答えて、王妃はパンに赤いジャムを塗って食べ始める。
仲は良さそうだけど、極端に対照的な二人に見える。
リベロ王はとにかく声が出て大きく、リアクションも大きい。
めちゃくちゃ食うしめちゃくちゃ笑う。
一方、プリート王妃はお淑やかでお上品だ。
だけどいやらしい貴族という感じはなく、どこまでも自然な人だった。
「そういえばよ、パーチェ、」
食べる手は止めず、リベロ王は俺に訊ねた。
「お前最近、めちゃくちゃ食うよな」
「えっ、」
——しまった!
高校生男子の感覚で何も考えずにバクバク食べてたけど、こんな華奢な子がこんなに食べるはずない。
昨日も今日も三食とも満腹になるまで食べてたけど、これ、まずいか……?
「いつもは、パン半分とスープを二、三口飲んだら部屋に帰っちゃってただろ」
何それ⁉︎
パーチェちゃん、それだけしか食ってなかったのかよ!
もったいなさすぎるだろ!
「最近というか、記憶をなくした後からよね」
プリート王妃が続ける。
「いっぱい栄養を付けないとね」
そう言って、目を細めて優しく笑った。
何かこの世界の人、みんな俺に優しいな……。
「パーチェ! エイリーの作った飯はうまいだろ!」
「はい、とってもおいしいです」
エイリーを褒める気ではなく、普通に感想を伝えた。
すると、
「えっ⁉︎」
そばに控えていたエイリーが声をあげた。
目を見開いて驚いている。
「おぉ、エイリー! よかったな! パーチェがうまいってよ!」
もしかしてパーチェちゃんは、こんなにもおいしいご飯に対して一度も『おいしい』と伝えてなかったのか?
パーチェちゃんの味覚が俺と違いすぎたのか、性格が相当アレだったのか、いったいどっちだったんだろうか。
「光栄です……」
エイリーは俯いて、それだけ答えた。
まぁ、辞める直前で初めて褒められても複雑なのかもしれない。
リベロ王はため息を吐いてから、ビールジョッキみたいなサイズの水を一息で飲み干した。
「いやぁ、やっぱりこの国にきて正解だったなぁ! 飯はうまいし水もうまいし嫁はきれいだし! エイリーおかわり!」
ん?
この国にきて正解だった?
国王ってことは、ずっとここで暮らしてきたんじゃないのか?
「お父様は、元々この国の方ではないのですか?」
「お? 気になるか? いいだろういいだろう!」
軽い気持ちで聞いたつもりが、この男、ノリノリで立ち上がり始めた。
「しかと聞けよ? お前の父親の武勇伝を!」
と、長いパンを剣のように振りかざして食べては振りかざしてという非常にマナーの悪いことをし始めた。
というかこの男、腕ぐらいの長さと太さがあるフランスパンっぽいパンを、もう六本ぐらい食べている。
「あらあらパーチェ、毎日聞いてて嫌そうな顔してたのに、今日は聞きたい気分なのかしら?」
と王妃がにこにこと言った。
しまった。
この話は、パーチェちゃんは知っていて当然の話だったのだ。
記憶がなくなっているとはいえ不自然だったか?
さてどうごまかしたものか——
「嫌そうな顔なんてしてないよなぁ? 記憶なくしてるなら仕方がないし、それに武勇伝っていうのは何度聞いても痺れるもんだ! な、そうだろう?」
力強いポジティブのおかげで救われた。
何て答えていいのか分からなかったけど、とりあえず『うん』と答えて、おいた。
リベロ王の話は、どこまでが本当でどこまでが嘘なのかよく分からない。
だけど、要約するとこういうことらしい。
元々どこか遠くの国で大工をやっていた国王は、ある時自分の人生を見つめ直す旅に出ることに決め、世界中を旅していたらしい。
道中、いいやつらも悪いやつらもいっぱいいて、悪いやつらは自分なりに成敗してきたらしい。
そんな中、この国の景色と風土、国民の人柄と、何より食べ物が気に入ったリベロ王(当時はやたら行動力があるだけでただのさすらいのフリーター)は、この国に永住することを決める。
その頃国ではお姫様……今の王妃の結婚相手を国をあげて探していた。
「ところがだな、この国にはろくな能力者がいなかったんだ。王宮の連中も、王妃より弱い男を国王にするわけにはいかなかったわけだ」
一呼吸置くたびに、フランスパンっぽいパンが半分ぐらい食われていく。
化け物かこの男は。
もう十本は食ってるぞ。
というか、この穏やかな王妃が、畑仕事とかしてるであろう国民の男達より強いって、そんなまさか。
どういうことだそれは。
この人の能力はいったい何なんだろうかな
「そこで注目されたのがこの俺ってわけだ。まぁ、霊獣級の能力者で成人してたのが俺しかいなかったから当然だな」
エイリーは手際よく、巨大な容器に大量のスープを注いでいく。
「で、俺達は熱い愛によって結ばれて、お前が生まれたってわけだ」
おいおい、まだ子どもも小さいのに際どい話すんじゃねーよ……。
エイリーもスープを注ぎながら気まずそうにしてるし……。
「と、いうわけで俺は元々この国の人間ではないわけだ。どうだ! 父の武勇伝は!」
「とてもおもしろかったです」
「おぉ! だろ、そうだろ!」
すっごい分かりやすいリアクションで喜ぶ国王と、にこにこしながらこっそり驚いている王妃と、真顔のまま驚いているエイリーの対比がおもしろい。
「お前ももうそろそろ能力に興味を持ってくれる歳だと思ってたぜ! 見るか? この国の王の能力を!」
俺の返事も聞かずに、フランスパンっぽいパンを天高く振りかざす。
「よーっし! よく見ておけよ! この国の国王の力を! そしてお前の父親の力を!」
国王は立ち上がって、やはりパンを振りかざしたまま、目を閉じる。
偉大なる風の神よ
我に集いて一塵の風となり
汝の敵を刻め
『一刃の風』!
突然、ぶわっと空気が動き──
「う、うわっ」
背後から、風が吹いてきた。
崖の上に立っているかのような、鋭く強い風だ。
もちろんここは部屋の中だし、窓も開いていない。
テーブルにかけられた白いクロスやカーテンが風ではためく。
机の上のナイフやフォークがカタカタと音をたてる。
そして、振りかざされたパンに風が集中して──
「……はっ!」
リベロ王の声。
『びっ』という鋭い音。
振りかざされていたパンが、ばらばらになって落下していく。
一枚一枚が同じ厚さで食べやすくスライスされている。
そのすべてが、音もなくお皿に落ちた。
そして、お皿の上で花のような形を作っている。
「どうだ、俺のこの、力強くて繊細な能力は! まだまだ子どもには負けないぞ!」
うわはははと笑いながら、繊細に並べた花のパンをがさっと掴んで、一瞬で食べ尽くしてしまった。
「……」
能力。
俺にもこんなことができるのか——
「というわけでエイリー! 飯を食い終わったら、またパーチェの稽古を付けてやってくれ!」
リベロ王は、嬉しそうにそわそわしている。
食べる手が止まっているから、相当嬉しいんだろう。
まるで、クリスマスプレゼントを待つ子どもみたいだ。
エイリーがこういう状況でなければ、自分で稽古を付けたかったのかもしれない。
そして、そわそわしながら語り出した。
「いいか、パーチェ。さっきも言ったけどな、この世界にはいいやつがいっぱいいる。だけどな、悪いやつもいっぱいいるんだ」
そう言いながら、再びパンをもぐもぐし始める。
何本目だそれ。
「本当に心の底から、まるで分かり合えない、前世で何か因縁があったのかと思うほど、いがみ合うことしかできないやつがいる」
まぁ、たいていそういうやつは悪いことしてるんだけどな、と付け加えた。
「お前がどんな能力だとしても、誰かを助けるためにその力を使えるんなら、それはすごく幸せなことだぜ」
誰かを助けるために、自分の力を使う——
確かにそれは、とても幸せなことだろう。
今の俺には想像もつかない。
「パーチェ、旅ってのはいいもんだぞ」
国王はスープをがぶがぶ飲みだした。
どんぶり一杯分のスープをワンブレスで飲み干して、『ンプハァーッ!』と風呂上がりにビールを飲んだような声を出す。
下品だけど見ていて気持ちがよかった。
「色んなところ見て回って、きれいなもん見て、色んなやつと出会って、何よりうまいもん食って。幸せだろ」
ごちそーさん! と手を高らかに鳴らして合わせ、勢いよく立ち上がった。
「俺な、昔、世界征服でもしようと思ってたんだよ」
「え?」
思わぬ発言にあっけに取られる俺に、リベロ王はいたずらっ子みたいに笑った。
「けどな。この国があんまり平和で幸せだったんで、やめちまったよ」
続く




