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挿絵(By みてみん)


      6


 ジーナと別れて食堂に入ると、


「おう、起きたか!」


 リベロ王が、飲み屋で友人を見付けたかのように手を挙げた。


「昨日は本当によくやった」


 国王夫妻と俺の三人で、食卓を囲む。

 大きなパンを手に取りながら、リベロ王は嬉しそうだった。


 机の上には、パン以外にもありとあらゆる食べ物が並んでいる。

 とても三人で食べる量には見えないけど、王様相手だし多めに作っているのかもしれない。


「あんな状況じゃなければもっと喜べたんだがな……まぁ、あんな状況だから能力が発現したのかもしれないが……」


 もしかしてこの世界は、能力という概念がある世界なのだろうか。

 俺が変身できるのが特別なんじゃなくて、みんなああいうことができるのかもしれない。


 そう考えると、あの電気ビリビリ男はスタンガンじゃなくて『そういう能力』を使っていたのか?

 エイリーやこの二人にも能力があるのか?


 さっきジーナが言っていた『ちょっと(ピソリーノ・)お昼寝(テンポラーニア)』も能力のことなのか?


「それで、エイリーちゃんのことなんだけどね、」


 プリート王妃がパンにバターを塗りながら続ける。


「もうしばらく、ここにいてもらえることになったから」


 もうしばらく?

 何か終わりがありそうな言い方だな……。


 俺の表情に気付いたリベロ王が、


「それがな……」


 と、苦い顔をしながら事情を説明してくれた。


      ※


 俺(姫)を守れなかった責任を取って辞めるというエイリー。

 職場に不満があるわけじゃなく、本当に責任を取って辞めるだけだという。


 しかし国王夫妻はエイリーをボディーガードのためだけに雇っていたわけではなく、メイド長としてありとあらゆる仕事を任せている。

 そういう意味でも辞めてほしくはないし、そもそも責める気もまったくない——


 ということらしい。


「お前は、自分を守ってくれなかったエイリーを恨んでるか?」

「まさか! エイリーは私に覆い被さって守ろうとしてくれていました! 恨むだなんてとんでもない!」


 それを聞いてリベロ王は『だよなぁ』と苦笑いした。


「国王である俺が許すっつって、王妃であるプリートが許すっつって、当事者であるお前が許すっつってんだろ? じゃあ誰があいつを責めてるんだよ。あいつ自身だけじゃねーか」


 リベロ王は続ける。


 だけどエイリーの辞めるという意思は固い。

 とはいえ辞められても困る。

 だから、俺に発現した能力の解明をするように、ひとまず指示を出したのだという。

 その期限は一週間——


 一旦は辞める辞めないの結論を先延ばしさせて、その間に何とか残るように説得する作戦らしい。


 なるほど……。


 そこまでして残したいということは、エイリーはどうやら相当優秀な人材らしい。

 そしてジーナの言葉も考えると『能力者としても強い』らしいし、俺を守ろうとしてくれたし、水恐怖症であること以外特に欠点がないように思える。


「そういうわけだ。だから今日の昼過ぎから、エイリーから色々教わりつつ、お前の能力がどんなものなのか解明しろ」


 大きなジョッキで水を一気飲みして、


「そしてできたら、ここに残るようにあいつを説得してくれ」


 と、もう一回、ため息を吐いた。


 こうして、俺とエイリーの最後の一週間が始まった。


      ※


「改めまして、本当に申し訳ありませんでした」


 朝食を終えて少ししてから、俺はお城の横にある広場にきていた。

 この広場からお城を挟んで反対側に、昨日死にかけた森があるらしい。


「いや、本当に気にしてないというか……エイリーが守ろうとしてくれてたことが嬉しかったし……」


 そう、俺は嬉しかったのだ。

 誰からも必要とされず、愛されもしなかった俺が、あんな風に誰かに必死に守ってもらえたことが。

 結果がどうであれ、そして理由がどうであれ、俺が嬉しかったという事実は変わらない。


「ありがとうございます。ですが、姫がそう仰ってくださっても、私は私が許せないのです」


 エイリーは地面を見た。

 昨日、こんなところに二人して転がっていただなんて信じられない。


『そんなに自分を責めなくていいんじゃない?』とか言いたいけど、何も知らない俺が無責任なことを言うのも違う気がした。

 だから、


「もうケガは大丈夫なの?」


 と無難なことを訊く。

 エイリーはなぜか目を見開いて驚いた後、


「……えぇ、ジーナ達のおかげでまったく問題ございません」

「そうか、よかった」

「そもそも私は、姫に比べて大ケガを負ったわけでもなかったので……」


 そうか、水が苦手って言ってたな。

 不意打ちで水をかけられたから負けたとか何とか……。

 何でそれだけで負けたのかも意味が分からないけど、まぁその内分かるだろう。


 爽やかな乾いた風が吹いて、エイリーのメイド服のスカートを揺らす。

 まるで絵画みたいだ。


 昨日はエイリーもボロボロだったし、かと思えば昨晩はボロボロの布切れを着ていたしで、姿をちゃんと見るのはこれが初めてだった。

 そして気付いた。


 この子、めちゃくちゃ可愛いな……。


 顔が小さい。本当に小さい。

 目は垂れ気味で、白い肌に健康的に紅い唇が調和している。お人形さんのようだ。


 メイド服も、メイドカフェとかで見るような破廉恥なミニスカートじゃなくて、上品で由緒正しいメイド服だった。

 全体から上品さの感じられるそれは黒を基調として、所々に上品な白いレースがひらひらとしている。


 黒い髪を頭の後ろでお団子に結っていて、首元に、やわやわとした産毛が見える。

 スカートからのぞく、黒いタイツに覆われて余計にシルエットが目立つ二本のすらりとした脚も、はかなげで触ったら壊れてしまいそうなのに、確かな柔らかさが感じられる。


 一方俺は、動きやすい服に着替えていた。

 もう少しフリフリの可愛い服を着ると思っていたら、渡されたのは意外にも軍服というか、ぴしっと決まった印象の服だった。


 紺を基調としてところどころ金のラインが入っていてかっこいい。

 そして、肩の飾り……こういうの、フリンジっていうんだろうか……まである。

 下は白の長ズボンと黒っぽいブーツ。

 ブーツなんて履くのは初めてだったけど、動きづらくはない。


 それにしても何だか、服装に関してはあまり時代を感じない。

 こういう服とかって、俺はまったく知らないけど機械とかで一気に大量に作ってるんじゃないだろうか。


 でもこの世界、機械とかあるんだろうか。

 少なくとも、この世界で目を覚ましてから数時間経つけど、それらしきものは見ていない。

 と、なると全部手作りしてるんだろうか……?

 まぁ能力とかある世界だし、どんな作り方をしててもおかしくはないか。


「さて、姫。この一週間で、姫の能力を解明いたします。それと同時に、能力について勉強をしていただきます」


 そう言いながら、エイリーはどこか楽しそうだ。

 もうすぐ辞める人間とはやっぱり思えない。

 むしろもうすぐ辞めるからこそ、朗らかになっているのかもしれない。


 辞めなきゃいいのになぁ……。


「それではさっそくですが姫、能力を出してみてください」


 エイリーが俺を手で促す。

 どうぞ、と言われても——


「出すって、えっと……どうやって?」


 俺の言葉に、


「え?」


 エイリーの表情が固まる。


「ど、どうやってって……こう……ばっと……えっと、ひねり……出す感じで……?」


 意外と多彩な手振りで一生懸命伝えてくれようとしているものの、よく分からない。


「えっと……」


 可愛い顔でしばらく難しい顔をしてから、


「言葉で説明するのは難しいんです。そもそも姫、あの男相手にはあんなにも見事に能力を出していたではありませんか」


 とエイリーは言う。


「あの時は必死だったから——あ、」


 そうじゃん、キャンディじゃん。

 キャンディーを舐めて能力が発動したんじゃん。


「キャンディーを舐めないといけないのかな」

「あぁ、そうでしたね」


 エイリーはやっぱり難しい顔をしながら考え込む。

 そして一つの仮説を立てた。


「あの時姫は、私に、その……キ、キスをしたいと仰いましたね」

「言ったね」


 その節は本当に申し訳なかったと思ってる。

 そして『キス』が恥ずかしい微妙なお年頃で可愛い。


「恐らくあれが、姫の能力のトリガーなのだと思われます」

「キスが?」

「えぇ。ジーナとも同じように……その、キ、キスをしたことでキャンディが出現して、そしてそれを舐めたことで黒翼の医師団の姿に変化したということは、その仮説に間違いはないと思われます」


 確かにあの謎の空間にいた謎の子どもも、キスがトリガーだと言っていた。

 というか、あの空間のことってエイリーに言った方がいいのかな?


「……姫?」

「あぁごめん、考え込んでた」


 いや、国王夫妻にも言ってないし、やっぱりやめておこう。

 ふざけた野郎だったけど、みだりに口に出してはいけないような、神聖な感じがする。


「恐らくキ……スをすることによって能力をコピーするような仕組みなのでしょう。そして、コピーによって発生したキャンディーを舐めることで能力が発動するという……」

「この世界はそんなふざけた能力だらけなの?」

「いえ、聞いたことがありません」


『ふざけた能力』というのは否定せず、エイリーは続ける。


「何にせよ、まずは検証ですね。私の能力をコピーしたキャンディーを舐めてみてください」


 言われた通り舐めてみると、やっぱり一瞬でパワードスーツ姿になった。

 体が芯から温かくなって、力が湧き出してくるような感覚がある。


 それをそのままエイリーに伝えると、


「なるほど……」


 少し考えてから、


「身体能力が上がったという感覚はありますか?」


 と訊ねた。


「多分上がってると思う。あの電気ビリビリ男と戦えたし」


 こんな華奢で小さな子どもが、大の大人と殴り合うどころか殴り飛ばしたのだ。

 間違いなく身体能力は上がっている。


「分かりました。それでは、垂直跳びをしていただけますか? ジャンプのことです」


 言われた通り、軽くぴょんと飛んだ。


「うわっ、」


 思わず声が出る。

 本当に軽く飛んだつもりだったのに、自分のお腹ぐらいの高さまで余裕で飛んでしまった。

 着地と同時にがしゃん、とやかましい音が鳴る。


「やはり、身体能力が向上していますね」


 エイリーは特に驚いた様子もなく、しれっとそう言いながらノートにペンを走らせている。

 我ながら結構とんでもないことをしたと思うんだけど、この世界では普通なのか?


 そう考えるとこの世界めっちゃ怖いな……。


 それからもエイリーに言われるがままに、高く飛んだり、速く走ったり、大きな岩を持ち上げたりした。

 どれも変身前では到底できないような芸当だ。


「ありがとうございました」


 一通り見終えてから、エイリーはノートをぱたんと閉じる。


「まだ断言できませんが、姫のクラスは『パワー』と見て間違いないでしょう」

「クラス? パワー? 何それ?」

「それは……」


 エイリーは言いかけて、


「今日は長くなってしまったので、ここまでにしましょう」


 と方向転換をした。


「それに私は、このお城を去る身支度をしなくてはなりませんので」


 まだ言ってんのか……。

 周りが許すって言ってても本人がこれじゃあなぁ……。


 リベロ王には『何とか引き止めろ』と言われてるけど、これはかなり難しいかもしれない。


続く

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