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セーレットでビーバッグを相手にした時も、コルトゥーラで盗賊達を相手にした時も、私はいつも姫の戦闘に驚かされる。
うまく表現できないけど、姫の戦い方は、何というか、センスがいい。
もちろん私ごときが姫を上から目線で評価すること自体おかしいのだけど、センスがいいとしか言いようがない。
本当に美しい戦い方をする。
やっぱり、あのお方の血を引いているだけある。
パーチェ姫の父上、アルジェント・リベロ様は、かつて皇国ウルーが誇る大剣豪、縹疾風丸に師事していたらしい。
縹さんがどういう方なのか私は知らないけど、リベロ様が影響を受けたというのだから、きっとすごいお方なのだろう。
リベロ様は風のようにふわりふわりと相手の力を受け流し、その力を利用して鋭くカウンターを入れるような戦い方をされる。
柔よく剛を制す、という言葉がよく似合う戦い方だ。
戦うその姿は、まるで踊っているかのように軽やかだ。
息を飲むような、吸い込まれてしまいそうな美しさがある。
指先から手の甲から、足首から目線から、すべての行動が由緒正しい正式な意味を持っていることに気付かされる。
それを自然にやるには、気が遠くなりそうなほどの数の規律や型を徹底的に体に叩き込まなければならない。
そして、完璧に体得したそれらをすべて叩き壊して文字通り『型破り』をしたのがリベロ様だと私は思っている。
そして、そんなリベロ様の娘……息子である姫もまた、美しい戦い方をされる。
もちろん姫は、リベロ様とは違って規律や型なんていうものはいっさい学んでいない。
リベロ様が能力を使っているところだって、ほとんど見たことがないだろう。
なのになぜ、ああも美しく戦えるのだろう。
リベロ様が荒々しい所作の中に細かな規律や型のある戦い方をするのに対して、姫は、規律や型……とまではいかないものの、いわゆる『テンプレート』にはまった戦い方をする中で、たまに突拍子もない行動をする。
それはまるで火花がぼんと爆ぜたような、目の眩みそうな美しさがある。
「エイリー! グルであの鹿の動き止めて! 進路塞いで!」
全力で走りながらも、まるで息は切れていない。少し前までお城でだらだら過ごしていた姫君とはとても思えない。
「分かりました! それとあれは鹿ではなくガゼルです!」
姫の後を走って追いかける。
小さな山の岩肌を駆け登りながら、私は姫の能力の使い方に釘付けになっていた。
この山は岩肌がむき出しで、足場が悪い。
だけどガゼルはすいすいと進んでいくから距離は離されるばかり——かと思っていた。
ところが姫は全力疾走をする中で、特に足場が悪そうなところには事前に蓮を浮かせていた。
あの蓮が空中でどれほどの反発力を持っているかは分からないけど、うまく蓮を足場にしているお陰で姫はまるで失速していない。
むしろ、ガゼルとの距離を縮めていく。
能力について何も知らない姫だからこそできる、無茶苦茶な使用法だと思う。
結果としてそれがいい方へと作用しているのだから本当に見事だ。
姫が小さな山の頂上に着いてから少し遅れて、私とグルも到着した。
山頂は平らで広場のようになっている。
グルは急速に加速して姫を追い抜き、アクアガゼルも追い抜いて、広場の反対側へ躍り出た。
向こう側をグル、こちら側を姫と私に挟まれたアクアガゼルは、うろたえながら動きを止める。
「へっへっへ、さぁ鹿ちゃんよぉ、私のポーチを返してもらおうかぁ!」
じりじりとふざけた口調で歩み寄っていく姫は、まるで疲れた様子がない。
私は恥ずかしいことに目の前が白く霞む程度には酸素が足りていない。
姫は霊獣を警戒しつつ、ゆっくりと距離を縮めていく。
「ん……?」
何だ?
この光景に、違和感がある。
何がおかしい?
「こんな鹿ちゃん一匹に手こずらされるとは、私達もまだまだってことだね、エイリー」
「そうです——」
——ね、と言いかけて。
「一匹……? 姫、アクアガゼルの子どもは……?」
「え? ……あれ、そういえば最初は親子でいたよね。子どもはどっか逃げたのか——」
言葉の途中で姫は目を見開く。
「——エイリー! 避けて!」
粘り気のある水が、ゴポゴポと音を鳴らす。
生臭い鉄の臭いが鼻をつく。
とっさに音のした方を見ると、赤黒いゼリーのような塊があった。
それはバネのように弾みをつけて、私に突進してきて——
「——あっ」
びちゃり、と。
衝撃自体は、大したことがなかった。
走ってきたカリーノがぶつかってきた程度の衝撃だった。
ただ、私の体は硬直した。
体が、水に濡れてしまった——
今度は歯車でガードができなかった。
言いようのない嫌悪感が身体中を駆け巡る。
虫に這われた方が数倍ましだ。
身体中が血生臭い。
それ以上に、水を被ってしまった。
水を。
水を。
水を。
皮膚に水が染み込んでいく。
全身が溺れていく。
呼吸ができない。
頭がずん、と重たくなって、足に力が入らない。
勝手にふらりふらりと歩き出す。
少し歩いてから、ふらりと倒れる。
あぁ、これ、地面に手が付けないな。
痛いだろうな。
ところが、いつまでたっても体に衝撃がこない。
「え——」
私は、切り立った崖の上から落ちていた。
別にこれぐらい、大したことではない。
グルを呼べばそれで済む話だ。
しかしそれができなかった。
能力を使うには、それなりの集中力がいる。
ずぶ濡れになってしまった今の私に、そんな余裕はない——
「エイリー!」
姫の叫び声が上から聞こえる。
体も頭も動かない。
真下に池が広がっている——
「——え?」
いきなり体に衝撃が走り、ふわっと浮いた。
浮いた私は、そのまま頂上に戻された。
「え……?」
何が起きたか分からない。
混乱している私の耳に、大きな水しぶきの音が入り込んだ。
下を見ると、池に姫が落ちていた。
何が起きたか分からず呆然とする。
何が起きた?
今私はふらついて崖から落ちそうになったんじゃないか?
「まさか……」
まさか姫は、空中で私をキャッチして、崖の上に投げてくださったのか?
その代わりにご自身が池に?
——水の霊獣が荒ぶっている池に?
霊獣達が獰猛に走り寄る。
自分達のフィールドに落ちた、無防備な姫を目がけて。
「ぐあっ……!」
霊獣の突進で吹き飛ばされた姫は、再び水しぶきをあげて沈んでいく。
「このっ……!」
蓮の能力から歯車の能力に切り替えて、姫は水面を駆け抜ける。
アクアガゼルとの距離を一瞬で詰めて、そのまま渾身の力で殴り抜いた。
しかし、アクアガゼルは水しぶきをあげて飛び散っただけだ。
ただの水を殴っただけのように——
「え? ——うわっ」
姫は大きく態勢を崩す。
そこに、アクアガゼルの追撃——
「——姫!」
水面から飛び出したアクアガゼルが、姫の背中に重たい不意討ちを入れる。
その反動を使って池から脱出しようとする姫の右足に、アクアガゼルが容赦なく噛み付いた。
所詮相手は妖精級の霊獣。
だからといって、侮ってはいけなかった。
アクアガゼルは生きるか死ぬかの瀬戸際で、本気で、そして獰猛になっている。
しかも水辺という、彼らにとって最高のフィールドで——
これは、まずい。
助けにいかないと。
私が姫を助けにいかないと。
姫を守るために私がここにいるというのに、これでは意味がない。
だけど、怖い。
グルで攻めていけば、もう少しで倒せる相手だろう。
それでも、もし何かの間違いで、私ごとあの池に落ちてしまったら——
その時の私の精神状態では、きっとグルを召喚することはできないだろう。
そのまま溺れて死んでしまったらどうしよう。
それに、もし姫がこのまま死んでしまったら——
「私が、恐怖症なんて持ってなければ……!」
崖の下からは、姫の悲鳴と水しぶきの音が絶え間なく聞こえ続けている。
続く




