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セーレットとアスクワーディの間に広がる、広大な不干渉地帯。
基本的には何もない荒涼とした荒れ地が続いていて、治安も悪く、ビーバッグのように主を亡くした霊獣がさ迷っていることも稀にある。
コルトゥーラを出てから今までも、何度か見かけてきた。
それでも不干渉地帯には国と国を結ぶ一本道が敷かれていて、そこから外れなければ基本的にはそれなりの安全が保証される。
もっとも道が敷かれているとはいえ、それは先人達が歩いた跡の獣道にすぎない。
それでも初めて国を出て世界を旅する私達にとって、充分ありがたい指標になる。
この道沿いにはたまに、簡単な飲食物を扱っている店や宿屋などが建っている。
姫と私が先程まで泊まっていた宿もその『不干渉地帯宿』の一つで、昨日の夕食と、今朝の朝食をごちそうになった。
「エイリー、今日は宿に泊まれそう? それとも野宿?」
がしゃがしゃと音を立てて走るグルの走行音は少しうるさいが、背中からの姫の声はいつもよく聞こえる。
「申し訳ありません。今日は野宿になりそうです」
宿でもらった地図によれば、次の宿までだいぶ距離がある。
恐らくグルでも今日中には付けないだろう。
「あー、いやいや、私は野宿で全然構わないんだけど……野宿だとエイリー、ほとんど眠れないじゃん」
背中から、少し拗ねたような口調で姫は呟く。
あぁ、私の身を案じてくれてくださっているのか。
基本的に野宿をする時は、私は眠らない。
姫をお守りしなければならないからだ。
なので正直なところ、野宿はしんどい。
「私は大丈夫です。ありがとうございます」
しかし『しんどい』と言うわけにもいかず、返事になっているかは分からないが、そう答えておいた。
私がこういう性格なのも姫はよく分かっていらっしゃるので、もうそれ以上何も言ってはこなかった。
見渡す限りどこまでも荒涼とした草原が続き、太陽ぐらいしか変化のあるものがない。
そんな光景が続いていたにだけど、ようやく変化が訪れた。
広い高原の真ん中にドームのような大きな岩……というより、小さな山が現れたのだ。
太陽も真上に上ってきた頃、その山の麓の、洞窟のような穴に入って昼食を摂ることにした。
今日のお昼は、宿で分けていただいた材料で簡単に作ったサンドイッチだ。
本当は姫にはもう少しちゃんとしたものを召し上がっていただきたいが、不干渉地帯ではそれは難しい。
「おいしいよ」
にこにことサンドイッチを頬張る姫を見ていると、何だかこちらまで緊張がほぐれてしまう。
「……ありがとうございます」
本当に変わったなぁ……。
お城を出る少し前まで、暴力、暴言、不機嫌、残忍という言葉がいくらでも出てくるお方だったというのに。
……いや、私は自分の主に対して何を思っているんだ。
しかし、それぐらい『それほどのお方だと思われても仕方がないこと』を姫は幾度となく繰り返していらっしゃったのだ。
リベロ様の話によれば私は、コルトゥーラの川で溺れていたところを救われたらしい。
川で溺れていたのが原因で水が苦手なのかもしれない、とみんなは思っているが、私の水嫌いにはもう一つ原因があるように思える。
昔、姫がやっていた『行動』が、私にとってトラウマなのだ。
虫や、鳥や、哺乳類を、掴んでは水へ、掴んでは水へ——
水に入れられる前の、おとなしい生き物達。
入れた瞬間に、四肢を大きく動かして抵抗する姿。
水しぶき。
出てこようとする力に、膝立ちになって、怒り肩になって無理矢理抵抗する姫。
その、表情——
怒ってるような泣いているような、歯を食い縛りながら、獰猛に笑っているような目をして。
そして、息絶えた生き物達を見た時の冷めた目。
ゴミでも捨てるかのように、完全に興味をなくしてぼちゃん、と池に投げ込む姿。
さっきまで、水に入れられただけであんなに抵抗していた生き物達が、ただの『肉の塊』になって、固くなって無抵抗で沈んでいく静けさ——
それを生み出したのが、すべて、水なのだ。
だから私は、水が怖い。
パーチェ姫に能力が発現するまで、私は怖くて仕方がなかった。
姫は実はもう、能力を発現しているんじゃないか。
実は水の能力者で、いきなり襲われるんじゃないか。
いや、もしかすると私の気付かない内に何かをされているんじゃないか——
考えれば考えるほど、水と、そして何より姫に対する恐怖が心から溢れだしそうになった。
しかし、姫の能力はアクアではなかった。
いや、アクアの能力者から能力をコピーしたらアクアになるのか……。
それに、仮に姫がアクアの能力者になったとしても、私はもう姫に怯えることはいだろう。
誰かのために本気で泣き、怒り、笑う姫を見ていたら、疑うことが馬鹿らしくなってきてしまう。
どういう心変わりがあったのかは分からないが、ようやくリベロ様とプリート様の愛が届いたのだと思いたい。
「エイリー? どうしたの? 疲れたの?」
はっとして顔をあげると、姫が心配そうに私の顔を覗いていた。
「申し訳ありません。考え事を……」
「休憩中ぐらい考え事やめなよ。休まらないでしょ」
あはは、と陽気に笑いながら、姫はサンドイッチを頬張る。
「……」
まるで、前までの姫とは別人のようだ。
「ほら、エイリーも食べなよ。おいしいよ」
そう言って私にサンドイッチを手渡してくださる。
「では、いただきます」
スクランブルエッグとレタスとトマト、そして、塩味が強めのハム。
パンは耳を切り落とし、ふわふわの部分だけを使用している。
シンプルだが、これが一番美味しいと思う。
「ね? おいしいでしょ?」
何だか、私の作ったものをそこまで褒められると恥ずかしくなってくるけど、悪い気はしない。
……いや、正直かなり嬉しい。
しかし、少しボリュームが足りなかっただろうか。
もう少し具を入れるべきだったか。
男の子は、これだと物足りないかもしれない。
“ご飯はお腹一杯食べること。”
リベロ様の言い付けは、コルトゥーラを出た今もしっかりと守っている。
守っている、つもりだ。
……守れているだろうか。
「姫、」
「ふぉうふぃふぁ?」
「……」
恐らく今のは『どうした?』だろう。
冬眠前の小動物のように頬を膨らませながら首をかしげている。
「お腹は膨れそうですか? 足りますか?」
「うん、ふぁいふぇふふぉ——フォファ!?」
恐らく『足りてるよ』の後の『フォファ』が翻訳できなかった。
「姫、申し訳ありません。後半部分が聞き取れませんでした」
私の問いかけに反応せず、口の中のサンドイッチを咀嚼もせず、姫は固まっている。
「姫……?」
喉に詰まらせたか、と手を伸ばそうとした瞬間、姫が私を指差した。
「はい?」
いや、私を、ではなかった。
私の後ろを指差している。
指された指の先を追って振り返り、
「あらあら… …」
思わずプリート様のように呟いてしまったが、私の受けた衝撃たるや凄まじかった。
「ふぉふぇふぁあ……」
姫はふわふわと何かを言いかけてから無理矢理サンドイッチを飲み込み、
「これさぁ……ヤバい?」
キャンディの入ったポーチに手をかけている。
「どうでしょう……ですが少なくとも、あちらには仲良くしたいという意思はないようですね」
視線の先には、二体の霊獣。
体のすべてが水でできた彼らは、私達と距離を取りながら、こちらを警戒していた。
続く




