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「エイリー……ねぇ、エイリーってば」
「はい、ただいま参ります……」
「いや、無理しなくていいんだけどさ……」
隣の部屋からパーチェ姫の呼ぶ声が聞こえる。
早くご用を聞きにいかなければならないというのに、ベッドから起き上がることができない。
なぜなら、
「試食男爵が悪者だったってことに、どれだけへこんでるの?」
……こういうわけだった。
ビンボーンの旧四天王はみんな辛い過去があって、何らかの悪事に身を染めていた。
もちろん悪事は悪事だ。
それを許容するつもりはない。
でも、彼らは悪事を行う中でも『これだけは絶対しない』という彼らなりの正義を持っていた。
だからこそ彼らは敵として魅力的だったし、正義と、また別の正義がぶつかり合うような、考えさせる話にもなっていたのだ。
だというのに、試食男爵は万引きをしていた。
旧四天王は、それだけは絶対にしないと言っていたのに——
「だからさぁ、旧四天王は人情味溢れるタイプで、ネオ四天王は冷酷非道で勝つためなら何でもするタイプだったんだって。よくある話だよ?」
どこの世界でよくある話かは分からないが、パーチェ姫は少し呆れた風にため息を吐いた。
自分が情けない。
たかだか、物語の中の話だ。
その話一つで、ここまで心を揺さぶられている自分が情けない。
そして、同じくらい驚いていた。
自分がここまで、ゴーマグに心を重ねていたことに。
マオはあの時、涙を流していた。
私は泣きこそしなかったが、容赦なく殴られたかのような衝撃に、むしろ呆然としていた。
うまく表現できないけど、大切にしていたものが壊れてしまったような、心にぽっかりと穴が空いてしまったような、とにかくものすごく寂しい感覚だ。
「じゃあエイリー、今日はこのままこの宿で休んで、明日からまたアスクワーディを目指そうか」
少しドアを開けた姫が、心配そうに私を見ている。
「申し訳ありません……明日には、必ず……」
頷くと、姫はドアを閉めてリビングスペースへと戻っていった。
「はぁ……」
情けない。
本当に、自分でも信じられないほどしょうもないことだというのは、自分が一番よく分かっている。
それでも、今は何もする気も起きない。
何で試食男爵は万引きに手を染めたんだろうか。
生きていくためにやったとはいえ、盗みは犯罪だ。
試食を何度も食べにいくのとはわけが違う。
万引きをしていたのにも、何か理由があったんじゃないか。
例えば操られていたとか、実は万引きじゃなくてすでに買った商品だったとか——
——いや、違う。
どれだけ考えてもそうとは思えない。
姫の仰る通り、ネオ四天王は勝つためには手段を選ばない集団なんだ。
前までのゴーマグは、マオ率いるゴーマグチームとビンボーン軍団の戦いを描いていた。
もちろん悪いことをしているのはビンボーン軍団の方なのだけど、彼らには彼らなりの正義があった。
でも、もうそれもなくなってしまったんだろうか。
考えただけで、頭が痛い。
とても悲しい気持ちになってくる。
私は本当に情けなく、恥ずかしいことに、泣きながら眠ってしまっていたようだった。
目を覚ますと、閉めたカーテンの隙間から夕日が漏れていた。
どうやら、朝にゴーマグを観てふて寝をしてしまってから、こんな時間まで眠ってしまっていたらしい。
「しまった……!」
はっとして起き上がると、
「……」
起き上がったままの姿勢で、私はしばらく固まった。
いつの間にか、隣のベッドで姫が眠っていた。
「……」
その姿に、思わず息を飲む。
まぁ何と、可愛らしいのだろう。
何と美しいのだろう。
男性だというのに、一応女として性を受けた私なんかより、姫はるかに女の子らしい。
華奢な体付きと、白い肌。
ほんのりと紅く柔らかそうな頬。
冗談のように長いまつ毛。
ビーバッグを倒した時に、ポセイドンネットに姫と共に『美少女二人』などと報じられてしまったが、正直勘弁してほしかった。
私はあくまで姫の剣であり盾である。
女性としての評判なんて気にしたことはない。
でもそれにしたって、あんな晒し上げをされてはたまったものじゃない。
私は決して、姫と肩を並べて『美少女』などと言える見た目ではないのに。
もっとも、姫と肩を並べられるレベルの『美少女』となると、相当限られてくる気もするけど……。
リベロ様が身近な国民にしかパーチェ様を公表せず、世間には『姫がいる』とだけ伝えてきたのも分かる。
姫は、あまりにも可愛過ぎた。
もちろん世界の通説で考えれば、姫の姿は公表すべきだ。
強力な兵器を有している、と他国に威嚇ができるからだ。
それでもリベロ様がしなかった理由は、パーチェ姫の身を案じてのことだった。
可愛い子どもは、狙われる。
国王夫妻が親馬鹿なわけでも、私が姫馬鹿なわけでも、お仕えしている姫だから過剰に誉めているわけでも、断じてない。
姫は、兵器以前に、その見た目だけで充分に狙う価値があったはずだ。
ましてや姫は能力が不明で、下手をすれば丸腰の無能力者だったのだ。
姫の存在を隠し続けたリベロ様のご判断は、やはり正しかった——
「——そんなに一度にきても……全員相手してあげられないよぉ……」
「はい?」
姫の声に顔を上げると、
「寝言……?」
姫はすやすやと眠ったままだった。
能力者と戦う夢でも見ていらっしゃるのだろうか。
やっぱり、こういうところは男の子らしい。
姫は眠っている間もこうして己の戦闘を見つめ返していらっしゃるのだろう。
本当にご立派だ。
それに比べて私は何をしているのだろう。
たかだか電信の中の物語ぐらいで、何をここまで落ち込んでいるのだろう。
「体でも拭いてこよう……」
安定して水を使うことのできる宿に泊まっている間に、体はしっかりと拭いておきたい。
何だか、ふて寝している間に嫌な汗をかいた気がする。
私も、普通にシャワーを浴びれたらよかったのになぁ。
「……苦手なことだらけですね、私は」
そう考えると何だか気楽になって、足取りも少しだけ軽くなった。
※
次の日の朝。
「昨晩、『一度にきても全員相手してあげられない』という旨の寝言を仰っておられたのですが、どんな夢をご覧になっていたのですか?」
宿の朝食を摂りながら訊ねると、姫は明らかにぎょっとした顔をした。
「え? あー、いや、別に、そんな大した夢は見てないよ? えぇ、うん、あは、はい」
スープを飲もうとしてフォークですくってみたり、パンをジュースに浸そうとしたり、何だか珍しいぐらい動揺している。
悪いことを訊いただろうか……。
それもそうか。
姫の、男の子としての秘密の冒険活劇に、私は無断で上がり込もうとしてしまったのだ。
ううむ。
男の子というものは、どうにも難しい。
続く




