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『シーッショッショッショッショッショ! この店はこの私、『試食男爵』の無料レストランにさせていただく!』
カートを押しながら逃げ惑う利用客の中、ビンボーンのネオ四天王の一人、試食男爵が声高らかに笑う。
「いや……もう店に誰もいないんだし、試食じゃなくて普通に商品食べればいいじゃんねこの人」
足元に落ちていたお菓子の袋を律儀に棚に戻す試食男爵を見ながら、パーチェ姫が指摘を入れた。
「そういうわけにはいかないんです! 試食は食べても大丈夫ですが、商品をお金を払わず食べてしまったら犯罪です!」
「いや、そうなんだけど、これだけ騒がせといて今さら犯罪も何もなくない? あと試食だからってこの人食べ過ぎじゃない? 充分アウトでしょこれ」
「そ、そうなのですが……!」
そうだけど、そうじゃない。
私は姫のように頭が回らないからうまく伝えられないけど、そうじゃない。
ビンボーンはビンボーンなりの正義を貫いて生活しているんだ。
だから彼らは、どんなに貧窮していても、万引きだけは絶対にしない。
やっていることは悪いことではあるけど……。
『シーッショッショッショッショッショ! あぁ! この小さな銀のトレイ! 一口分だけ入ったヨーグルト! 小さなプラスチックのスプーン! たまりませんな!』
「何言ってんだこいつは」
姫が真顔で呟いた。
もしかすると、試食男爵のことがあまり好きじゃないのかもしれない。
『本当に味見程度の量! 果肉入りのヨーグルトの場合は果肉が入っていないこともしばしばですな! 楽しめるのは風味だけですぞ!』
『そこまでよ! ビンボーン!』
「きた!」
「キタァ!」
私より一段階大きな声で叫びながら拳を握る姫の視線の先には——
『たとえ金持ちだろうとも、
たとえ貧乏だろうとも、
この心だけは絶対セレブ!
ゴー! ゴーゴーマグナム!』
ゴーマグの主演女優、ヤン・マオが胸を張って登場した。
私と歳があまり変わらない彼女は、赤いドレスに身を包んでいる。
ドレスの横の切れ目から覗く足は、驚くほど長い。
同性である私から見ても、美しいと思う。
「よっしゃあ! いったれヤンヤンちゃん!」
セーレットの城を出る少し前辺りから、姫はゴーマグを観てる時に急に興奮するようになった気がする。
マオが出てくると露骨に興奮するので、もしかするとご自分にも正義の心が芽生えたのかもしれない。
だとしたらそれは、本当に素晴らしいことだ。
『シーッショッショッショッショッショ! 来ましたねぇゴーゴーマグナム! 今日こそあなたを、試食品配りのお姉さんにしてあげましょう!』
『そんなこと、させるもんですか! てやぁあああ!』
マオは軽やかに飛び上がって、試食男爵の顔目がけて飛び蹴りを入れる。
『シショショ、遅い、遅いですなぁ——鉄壁鉄板!』
いきなり試食男爵の前にホットプレートが現れて、マオの飛び蹴りを防いだ。
『熱っ……!』
高い音と共にマオは弾かれるが、よろけることなく地面に軽やかに着地した。
しかし、苦々しい顔をしている。
『熱い? シーショショショショ! 当然ですな! 常にホットプレートを熱しておかなければ、試食のウインナーがすぐに出せませんからなぁ!』
「ガードを攻撃に転用……こいつやるな……」
男爵の攻防を見ながら姫が呟く。
「姫にもできるのでは?」
「そうだね、いつかできるように考えよう」
本当にご立派になられたものだ。
きっと、リベロ様とプリート様の暖かいお気持ちが届いたのだ。
そこにほんの一つでも私の功績があったのなら、そんなに嬉しいことはない。
『なかなかやるわね男爵……でも、炎ならこっちの方が熱いわよ!』
お得意の得意気な顔をしながら、マオは高く脚を振り上げる。
それと同時に足をマッチのように地面に擦ると、
「おぉぉ……かっこいい……!」
片足が炎に包まれた。
姫の目が一層キラキラと輝く。
私はサモンだからこういう戦い方ではできないけど、様々な能力を切り替えて戦う姫には、様々な戦い方を覚えていただきたい。
『その貧しい心、豪華な業火で燃やし尽くしてあげる!』
マオが姿勢を低くした途端、体全体が炎に包まれた。
そして、
『——てやあぁぁあ!』
『ぐおぉぉぉぉおお!』
どぼん、と映像が揺れるほどの衝撃が、電信越しに伝わってくる。
男爵のお腹にきれいに入った凄まじい威力の掌底が、豪快に爆炎を撒き散らした。
「ほぉおおおお……!」
姫の目がキラキラしている。
どう見ても女の子にしか見えないけど、こういうのが好きなのも、男性ならではの感性なのかもしれない。
試食男爵はうなり声をあげながら近くの棚に激突する。
大量のコーンフレークが頭上から降り注いだ。
「これは倒したでしょ……」
しかし姫の期待とは裏腹に男爵は立ち上がる。
「いや、嘘でしょこの人……どんだけ頑丈なんだよ」
「いえ、何かが——」
何かが、おかしい。
まさか——
『シ、シショショショショ……これのおかげで、ゲホッ……助かりましたなぁ……』
そう言いながら、試食男爵は懐を探る。
そして、
『あ、あなた……それは……!』
マオが目を見開いた。その視線の先に、
『懐に隠していたこれがなかったら、少々危険でしたなぁ……』
ボロボロになったレトルトカレーの箱が現れた。
『まさかあなた、万引きをしていたというの……⁉︎』
『シショショショショ! その通り! まぁ、見ての通り駄目になってしまいましたがなぁ……』
挑発的な視線をマオに向けながら、男爵は破れたレトルトの袋から漏れ出すカレーを舐める。
『う、嘘でしょ……あなた達、万引きだけは絶対にしないって——』
『——もう、その時代は終わったんですな』
レトルトカレーの箱を投げ捨てると、試食男爵はマオを睨み付けた。
『あなたに倒された旧四天王は、その甘さ故に敗れたんですな。我らネオ四天王は、生き残るためならもう、手段を選びませんぞ!』
そして、独特な高笑いを残して試食男爵は消える。
マオだけが残された店内に、陽気な音楽が鳴り響く。
近くの商品が、音を立てて崩れ落ちた。
『そ、そんな……』
そして、マオも膝から崩れ落ちて——
『悪いやつらだけど、万引きだけは……それだけは絶対にしないって言ってたのに……!』
マオの大きな瞳から、大粒の涙が溢れる。
続く




