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挿絵(By みてみん)


      24


「あーあ、行っちまったなぁ嬢ちゃん。どうすんだ?」


 カリーノのとてとて走りにすぐに追い付いたイノは、猛スピードで駆け抜けていく自分の主人を見送った。


「どうしようイノさぁん……」


 潤んだ瞳で自分を見上げてくる小さな女の子の瞳から、イノはすぐに視線を逸らした。

 俺がまっとうな人生を歩んでいれば、今頃、これぐらいのガキがいたんだろうか——


「……ったく、しゃあねぇなぁ」


 そのどこか鬱屈した気持ちを振り払うように、大袈裟にめんどくさそうなため息を吐く。

 そしてイノは、土の中から巨大なイノシシを出した。


「コイツで追いかけよう。走っていくよりマシだろ」

「ありがとうイノさぁん」


 涙声で言うカリーノに、これがメイド長とかこの国大丈夫なんだろうか、とイノは少し不安になったものの、


「任せろ。おら、情けねぇ顔してねぇでさっさとあのバカ追いかけるぞ!」


 すぐにカリーノを抱えてイノシシに乗せ、自分も飛び乗った。

 そして電信を取り、


「おう、パーチェ姫か。俺だ俺。今からリベロ王を追っかけるから、ちょっと待ってろ。またかけ直す」


 と乱暴に伝えると、『終了』のポップアップを押して通話を終了させた。


      ※


「姫、ずいぶん早かったですね……」


 電信を置いた俺を、エイリーが不思議そうな顔をして見つめている。

 だけど、俺も今、負けてないぐらい不思議そうな顔をしているだろう。


「『俺だ俺』って、お前誰だよ……」

「……はい?」


      ※


「イノさんファイトー! ファイッオーファイッオー!」


 あぜ道を暴走するイノシシの上で、カリーノは風を受けておでこを丸出しにしながら楽しげにはしゃいでいた。


「はあぁぁぁ……くっそ! 頑張ってるっつーの! 魔力切れでぶっ倒れそうなんだよこっちはよ!」


 一方、イノは対照的に額から汗をだらだらと流し、自分が全力疾走しているかのように肩で荒い呼吸をしていた。


「大丈夫ですよ! 魔力が切れても、リベロさんに追い付けば帰りは送ってくれるはず!」

「本当かよ! あの男、俺だけそこら辺に転がして帰りそうだぜ!」

「あはは、確かに」

「おい、嘘でもいいから『そんなことない』って言えや!」


 全力で追いかけているのに、背中すら見えてこない。

 どんだけ無茶苦茶なスピードで走ってやがんだあの野郎は……と内心悪態を吐く。


「ははは、あの野郎……また勝負だな! 飛ばすぞ嬢ちゃん!」


 負けず嫌いのイノが血管が切れそうなほどの魔力を注ぎ込むと、イノシシはさらに加速した。


「あはは、イノさんすごいすごい! ファイッオー!」


 その声も、一瞬で遠ざかっていく。


      ※


 到着したパオロの家で、リベロとプリートは出されたお茶も飲まず、電信を観ながら呆然としていた。


『——操獣機巧(ベースティア・フェローチェ)【破(インパクト)】』

『ヴヴァァァアアアァァ!』


 電信の中にいるのは、どう見ても自分の子どもと、メイドだった。

 二人とも、幼い頃から見ているのだ。見間違えるはずなどない。


「あらあら……」


 いつものように呟くプリートだったが、目に見えて驚いていた。


『いやぁ、セーレットの国王も可愛いですけど、この女の子二人も可愛いですねぇ』


 ニュース番組のスタジオのような場所で、数人のコメンテーターが会話をしている。


『この二人はどこの誰なんでしょう?』

『あ、それに関しても、ポセイドンタイムズでは情報を仕入れているんですよ』


 ポセイドンタイムズという番組のロゴが書かれたフリップを、女性キャスターが取り出した。


『この二人はコルトゥーラ人ではないかとの情報が入ってるんです。観光客の誰かが、彼女達がそう言っているのを聞いたとかで……』

『そういえば、ビーバッグの騒ぎの前にも暴漢が出たそうだけど、この二人が退治したんでしょ?』

『そうなんです! そして、気になるのがこの二人の能力ですよねー!』

『そう、それ! これ、歯車かな? ナインの能力ですよね?』

『えぇ、間違いないですね。歯車の能力……というのはかなり特殊なのでナインだと思うのですが、なぜ、稀少なナインの能力者が二人も揃った上に、歯車という能力まで同じだったのでしょう?』

『CM明けは、その謎に迫ります!』


 短いBGMが流れて、CMに入る。

 静かに画面を見つめている一同の前で、場違いなほど明るくCMが始まった。

 しばらくの沈黙の後、


「リベロっちゃん、今、電信に出てたのって、パーチェ姫だよなぁ……?」


 呆然とする国王夫妻に、パオロが恐る恐る声をかける。


「は、はは……」

「お、おい、リベロっちゃん……?」


 コイツいよいよ気が触れたかと、パオロがリベロの肩を掴もうとした瞬間、


「ははは……——はっはっはっは!」


 リベロは、大笑いしながら床に大の字で仰向けになった。


 そして一言、満面の笑顔で言う。


「やりやがったな! 馬鹿息子ども!」


      ※


「おい、嬢ちゃん、その、パオロ、とかいう、じいさんの、家は、どこなんだ!」


 汗に脂汗が混じってきた頃、カリーノとイノはコルトゥーラの農村部に着いていた。


「ままぁ、おっきいいのしし!」

「ねぇ。おっきいねぇ」


 すれ違う親子に気持ち程度に手を挙げて挨拶しながら、イノはカリーノに訊ねる。


「私もおつかいで一回きたことがあるぐらいなんですよね……どこだったかなぁ」

「おい、マジかよ、覚えて、ねーのかよ」

「ごめんなさい、だってぇ……」


 振り返りながらまた涙目になっているカリーノを、


「じゃあ、ここらで俺が一発暴れてやろうか? そしたらアイツも出てくんだろ」


 と少しからかってみる。


「それはだめぇ!」


 本気で叫ぶカリーノがおかしくて、イノは『わりぃわりぃ、冗談だよ』と笑った。


「あれ? おーい、あなた、コルトゥーラ王宮のメイドさんじゃない?」


 二人が声の方を振り向くと、村の女性が近付いてきている。


「はい! そうです!」


 カリーノは元気よく答えるとイノシシから降りようとして、お尻をずらして、足をぐっと下へ伸ばすものの届かず、今度は反対側から降りようとしたが、やはり足が届かず——


「……はいはい」


 イノがため息を吐いた瞬間、イノシシが消える。


「ほわっ」


 気の抜けた悲鳴をあげるカリーノをイノは抱きかかえ、地面に下ろした。


「こんにちは。王宮の方がこんなところに来るなんて珍しいわね」

「はい、実は今、国王がここにきてるんです」

「あら! リベロさんが? やだぁーそうなの? どこに? ちょっと見てこうかな」


 このババァ色気付きやがって、とイノは内心悪態を吐く。


「今、パオロさんのところにいると思うんですけど」

「あぁ、パオロさんのところかね。じゃあほら、あそこの大きな木の右側に、オレンジ色の屋根の家、見える? あそこよ。一緒にいきましょう」

「ありがとうございます!」


 このババァ、リベロが見てぇだけじゃねぇか、とイノは内心悪態を吐く。


 とりあえずこれで一段落だな、とぼんやりと思いながら、イノは大きなあくびをした。


 そして、手をつないで楽しそうに歩いている二人の後ろを、のしのしと黙って付いていく。


      ※


「以上、ポセイドンタイムズでした! 来週もこのお時間にお会いしましょう。それでは失礼します!」


 番組が終わると、再びCMが始まった。


 リベロは、今ニュースで観たことと自分の知識を合わせて、何が起きたのかを推測する。


 セーレットに霊獣が住み着いている、というのは、正直知らなかった。

 知らなかった理由はいくつか考えられる。


 甚大な被害が出ているわけではないから、外部に知らせるまでもなかった説。

 観光国家として『国にバケモノがいる』と思われるとよくないから黙っていた説。

 コルトゥーラが観光などの娯楽に疎い国だからという説。

 自分の勉強不足説。


 まぁ、最後の理由が一番なのは仕方がないとして……きっと、セーレットがイメージダウンを防ぐために黙ってたんだろうな、とリベロは結論を出した。


 そういえば一度、パーチェとエイリーが、セーレットの国立図書館から電信をかけてきたことがあった。

 あの時、やたらと霊獣の倒し方について聞いてくるから、さっそく何か厄介事に巻き込まれたかな、とリベロは思った。

 それぐらいだと思っていた。


 それがまさか、こんな大事になっていたとは……。


 恐らくこんな流れだろう、とリベロは推測する。


 観光客の少ないセーレットを見て、パーチェかエイリーのどちら……恐らくパーチェが『霊獣を倒す』と啖呵を切ってしまった。

 王宮の人間が一国の国王に誓ってしまった以上、どうしたってやるしかない……と言ったのはエイリーだろから、やっぱり啖呵を切ったのはパーチェで間違いないだろう。

 で、町中で被害出しながらも何とか倒した、と……。


 確かにビーバッグだが、グラン・ビーバッグではない。

 精霊級の霊獣だし高位種族ではあるが、所詮、能力者を失った霊獣だ。

 全力を発揮できる状況ではなかっただろう。


 だからパーチェとエイリーが倒せたのも、そこまでおかしなことではない。

 でも、なぜわざわざ、山頂にいたはずのビーバッグを町まで引きずり出してきたのだろうか。


 電信ではキャスターが『ビーバッグは山の上で、百年分の魔法トラップに囲まれて封印されていた』と言っていた。

 何でわざわざそこから引きずり出す必要があったのか……。


「ん……? あぁー……」


 リベロは気が付いて苦笑いをする。

 映像の様子から、あの日、セーレットでは雨が降っていたらしい。


 きっと、魔法トラップを何かの拍子に解除してしまって、倒したと思い込んだところに雨が降ってきて、町まで流れてしまったのだろう。


 それで結局ピンチになり、魔力の量が多いというエレナ姫が自らビーバッグに特攻して、内部で能力を炸裂させて、その結果腕が……ということだろう。


「……まだまだツメが甘いな」

「え?」


 首をかしげるプリートを無視して、リベロは起き上がってそのまま無駄のない動きで立ち上がる。


「ありがとよ、パオロさん。帰るわ」

「え? いや、お前、帰るったってリベロっちゃん、これどうすんだ?」


 もうすでにCMが流れている電信を指差して、パオロは訊ねる。


「とりあえず、セーレットには何らかの形で俺が挨拶にいかねぇといけないだろうなぁ……あいつ、人の腕を何だと思ってんだ、大根じゃねぇんだぞ」


 しかも二本もぶっ飛ばしやがって……。

 わざとじゃないとはいえ……。


「よし、帰るぞプリート」

「はい」


 静かに立ち上がって、プリートはパオロの部屋に集まった農民達に、


「お茶、ごちそうさまでした」


 と頭を下げた。


「また、何かお土産をお持ちしますね」


 それでは、と再び頭を下げると、もうすでに家の外に出ていきつつある自分の旦那を追った。


      ※


「ほら、ここがパオロさんの家よ」


 村の女性が、カリーノとつないでない方の手で一軒の家を指差す。


「ありがとうございます!」

「いえいえ、リベロさんによろしくね」


 このババァリベロに媚売りたいだけじゃねーか、と何度目か分からないため息をイノが吐いた瞬間、


「……お? おぉ、カリーノ! イノもお前、何してんだ?」


 中から、リベロが出てきた。


「あ、リベロさんだぁ! ようやく見付けた!」


 カリーノはつないでいた手を離すと、とてとてとリベロに駆け寄っていく。

 そのリベロの後ろからプリートも出てきて『あら?』と首をかしげた。


「お前ら、こんなとこまで何しにきたんだ?」

「えっと、電信が鳴って、それで、間に合わなくて、それで——」

「——パーチェ姫がセーレットから電信をかけてきて、それを取った嬢ちゃんがあんたに代わろうとしたら、ちょうどあんたが猛スピードでどっか行っちまったから、猛スピードで追いかけてきたんだよ」


 今一うまく説明のできないカリーノの代わりに、イノが説明する。


「そういうことか。それはご苦労ご苦労」


 と汗だくのイノの肩をばしばしと叩き、


「で、パーチェからの電信なんだな?」


 突然、口調を変えて少し静かにカリーノに訊ねた。


「はい! リベロさんに用があると!」


 その変化に気が付かなかったカリーノは無邪気に答えたが、イノはリベロの雰囲気が何かおかしいということに気が付いた。

 しかしカリーノと農民達の手前、聞きたかったことを静かに飲み込む。


「じゃあ、今からパーチェ姫とつなげますね!」


 と、難しい顔をしながら電信を操作し始めたカリーノから、


「いいよ。俺からかけ直す。ありがとな」


 電信を取り上げて、それから頭を撫でる。


「パーチェと話したいことがある。お前らは先に帰っててくれ」


      ※


「うへぇあきたァ!」

「きましたね……!」


 さっきはカリーノに代わって謎の男が出てきて、しかもいきなりガチャ切りされて、何が何だか分からなかった。

 その電話の前でしばらく呆然としていたら、ついにかかってきてしまった。


「これ、お父様だよね……?」

「ほぼ、恐らく、間違いなく……」


 いや、でももう仕方ない。

 こうなることは分かっていた。

 その時が今、きたのだ。


 電信に浮かぶ『承認』のポップアップを押して、耳に押し当てる。


続く

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