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「おーい、リベロっちゃーん!」
どこまでも広がるコルトゥーラの麦畑。
そのあぜ道を、一人の老人が霊獣に乗って駆け抜ける。
彼の操る霊獣は土でできたロバのような姿をしているが、数日前にこの国を襲った盗賊集団の動物達と比べると少し小さい上に、遅い。
しかし老人は、農作業を現役で行っているとはいえ速く走れるほど健脚でもない。
そのため、ロバがのんびりと走る方がよっぽど早く移動できるらしい。
「ん? おー! パオロさん!」
老人の姿を見付けたこの国の国王——アルジェント・リベロは、農作業の手を止めて大きく手を振った。
その横で同じように農作業をしていたこの国の王妃——アルジェント・プリートもふと顔を上げて笑顔を見せた。
「こんにちは、パオロさん」
「おうプリートさん! 今日もお綺麗ですな! ……いや、今それどころじゃねぇんだ」
「何かあったのか?」
「何かってリベロっちゃんお前、ニュース観てねーのかよ!」
ニュース? とリベロは首をかしげる。
「俺、新聞読まねぇし電信の映像端末も観ないんだよなぁ」
エイリーが城にいた頃は、彼女が世界情勢を分かりやすく説明してくれていたが、旅に出ていってしまってからはとんと疎くなっていた。
今はエイリーに代わって、最近雇った男が世界情勢を勉強してくれている。
最近コルトゥーラでは、男を十二人雇った。
その中で一番若い片腕の少年が、現在あらゆることを勉強中である。
しかし、エイリーほどの知識はまだない。
ちなみに、エイリーの代わりにメイド長となったカリーノも勉強中なものの、こちらはあらゆることに対する理解がもっと追い付いていないようだ。
「んだよリベロっちゃん、国王らしい仕事してねーな!」
「何でだよ、これ以上農業国家の国王らしい国王もそうそういねーだろ!」
これ以上、と泥まみれの自分の姿を見せるが、パオロはただ笑うだけだった。
「で、だな。今その電信のニュースに、パーチェ姫が出てらっしゃったんだよ」
「は⁉︎ パーチェが⁉︎」
リベロは麦畑から風の力でふわっと浮き上がり、パオロの目の前に降り立った。
「おう、そうなんだよ。ニュースでは『謎の美少女』とか言っとったが、ありゃあ間違いない。パーチェ姫だよ。何かすげー大事になってて、うちのカミさんもビックリたまげとったぞ!」
「今もそのニュースやってんのか?」
「あー、何か特集組んでやってたから、多分まだやってるぞ。今からコイツで俺んちに行けば二十分ぐらいで家に着くから、最後の五分ぐらいは観えるだろ」
コイツ、と指差した先には小さな土のロバがいる。
「そうか。じゃあ俺なら二分で着くな」
「は? ——おわっ!」
老人の体がふわっと浮く。
「プリート! お前もいくぞ!」
「あらあら」
プリートの体も浮き上がり、ロバも浮いた瞬間、三人と一匹は空中を弾かれたように進みだした。
「手荒な送迎でごめんなさいね」
プリートはパオロににこりと微笑むと、自分達の下に一瞬で木のイスを作り出す。
「でも、この人のこういう強引なところが、私、実は結構好きなんです」
「はぁ⁉︎ プリートさん! こんなん、いいもんかよ! 気のせいだ、気のせい!」
絶っ対俺の方がいい男、と言うパオロの言葉は、一瞬で遠ざかっていく。
その背中を見て、
「あぁぁ……もしもし、すみませんパーチェ様……リベロさん、行っちゃいましたぁ……」
コルトゥーラの新たなメイド長、カリーノは情けない声で電信にそう伝えた。
※
今から五分ほど前——
「おーい、嬢ちゃん! カリーノ嬢ちゃん! 電信が鳴ってんぞ!」
自分の部下として入ってきた大量の男達に、カリーノはありとあらゆる仕事をさせていた。
具体的には、ずっと手を付けていなかった大掃除や模様替えなどである。
意外と人使いの荒いことが発覚した彼女だったが、男達はカリーノのことを慕っていた。
「嬢ちゃん! おーい! ったくよぉ……どこ行ったんだよ」
はぁ、と仰々しくため息を吐いたイノの背後から、
「どうしたんすか、イノさん」
一人の男が声をかける。
「おうウサ、カリーノの嬢ちゃん見なかったか?」
ウサが『あー、あっちにいましたよ』と指差すと、
「おう、そうか。あんがとよ」
イノは鳴り続けている電信を握ったまま、ずんずんと歩き去っていった。
その背中にウサから『あの人、何か楽しそうだな……』という言葉が投げかけられたことにも気付いていない。
「ふーんふーふふーん。今日のおっひるーは芋と芋ー。それからお芋と芋と芋ー」
楽しそうな、しかし意味の分からない歌が聞こえて、イノは階段を降りる。
「おぉ、いたいた嬢ちゃん!」
「あ、イノさんだぁ。どうしました?」
階段の掃き掃除をしていた彼女は、人懐っこい笑顔で階段をとてとてと駆け上ってくる。
「どうしましたじゃねーよ、コイツがずっと鳴ってんだよ」
イノの大きな手の中に電信が握られていて、それが鳴っていることに彼女はようやく気が付いた。
「俺が勝手に出るのもよくないだろ」
「あー、ありがとうございます!」
そう言ってイノから電信を預かって、発信元の指名を見て、
「へ⁉︎」
驚きで声をあげた。
発信元は国民の誰かか、コルトゥーラが植物を輸出しているシードアソシエイツか、そのどちらからかであることが多い。
しかし今回は、
「おい、どうした? どっからの電信なんだよ」
端末を除きこんだイノが、
「……これ、早く出た方がいいんじゃねーのか?」
『発信元:セーレット城』 となってるのを見て真顔になった。
「う、うん。出てみますね」
恐る恐る出ると、
『もしもし、パーチェですが』
この国のお姫様からの電話だった。
「パ、パ、パーチェ様⁉︎ お、おひさすぶるでし!」
久しぶりのパーチェとの会話に緊張して噛み散らかしたカリーノを無視して、パーチェは続ける。
『今、国王はいらっしゃいますか?』
何だか、心なしか声に元気がない気がする。
「はい、今は外で農作業してると思いますけど……」
ですよね? イノさん、とカリーノが小さく訊ねると、多分そうだと思うぞ、とイノは頷いた。
『じゃあ、面倒かけて悪いけど、代わってもらえないかな』
「分かりました!」
見えもしないのに敬礼をして、カリーノはとてとてと走り出して、外に出て、そして、
「あぁぁ……もしもし、すみませんパーチェ様……リベロさん、行っちゃいましたぁ……」
となったのである。
続く




