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挿絵(By みてみん)


      21


 真っ暗な空の下。

 何も見えないはずなのに、そびえ立つ巨大なヘドロの塊は異常なほどはっきりと見える。


 足元には大量のヘドロが漂っていた。

 膝ぐらいまで埋まっていてうまく動けない。


「——ヴァ」


 ヘドロの塊が——ビーバッグが口を開く。

 ぽっかりと黒く空いた空洞から、大量のヘドロが流れ出す。


 逃げたいのに、ヘドロに捕らわれて逃げられない。

 顔に、肩に、腕に、胸に、お腹に、ヘドロが雨のように降りかかる。


 触れた瞬間、全身が鳥肌を立てる。

 ヘドロの生臭い臭いで吐きそうになる。


 吐けば少しは楽かもしれないのに、それすらできない。

 息が詰まって呼吸すらできない。


 気を失いかけた俺の前に、何かがべちゃり、と落ちた。


 ——パーチェのせいで。


 吐き捨てるような冷たい声と共に落ちてきた、何か。

 それは、エレナの腕だった。


 汚いヘドロの中で、その腕は冗談みたいに白くてきれいだった。

 子どもらしい、細くて白い、柔らかそうな手だった。

 その手が、動き出した。


 まるで、何かにしがみつくように、激痛に悶えるように。

 必死で何かにすがり付くように。

 乱暴に引きちぎられた切り口から、異常な量の血を撒き散らして。


「ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ!」


 ビーバッグが声を上げると同時に、大量のヘドロが押し寄せる。

 俺は足を取られて、ヘドロの海に顔面から倒れこんだ。

 生臭いヘドロを吐き出しながら、顔に付いたヘドロを

取り払う。


 目を開けて最初に見たのは、ヘドロに押し流されてくるエレナ腕だった。

 その腕は、華奢な少女のものとは思えない力で俺の首を掴む。


 すがり付くためじゃなくて、締めるために。

 締めるためじゃなくて、握り潰すために。


 殺すために。


 意識がどんどん遠くなっていく。

 声も出ない。


 薄れていく意識の中で、ビーバッグを見た。

 ビーバッグの口の中に、片腕のないエレナがぼんやりと座っていて、眼球のない黒い空洞をこちらに向けて血の涙を流していた。


 残った方の腕をこちらに向けて、エレナは言う。


 お前も、こっちへ——


「——うわぁっ!」


 伸びてきた腕を追い払うと、かけられていた白い布団が宙を舞った。

 布団の外の涼しい空気が体を撫でて、少し遅れて気だるさに襲われる。


「ここは……セーレットの城?」


      ※


 ビーバッグとの戦いのあと、俺とエイリーは気を失ったらしい。

 そして、セーレットの城に運ばれてきたようだ。


 同じ部屋の中に、エレナの姿はなかった。


「あれから……どうなったの?」


 俺よりも先に目を覚ましていたエイリーに聞くと、


「エレナ姫は、命は助かったようですが……腕が……」


 と言いかけて、泣き出した。

 それを見て、俺も泣けてきてしまった。


「ごめんねエイリー。私が、助けるなんて、言わなければ……」

「いえ、私があんな作戦を立てなければ、町に降りてビーバッグと戦うことにもなりませんでした」


 ごめんなさい、ごめんなさい、とエイリーは何度も何度も、繰り返した。


      ※


 しばらくして、セーレットのお城のメイドさんが部屋にやってきた。

 そして、事の顛末を教えてくれた。


 まず、ビーバッグについて。

 ビーバッグは、俺とエイリーの攻撃によって完全に消滅したらしい。


 それを聞いて、二人で胸を撫で下ろした。

 あれだけの犠牲と火力を注ぎ込まないと倒せない相手——

 改めて、階級が違う能力の恐ろしさを思い知った。


 そして、エレナについて。

 エレナはあの後、病院に運ばれた。

 国外から有力なホーリーの能力者を呼んでこれば、腕を治せる——そう提案されたエレナは、


「この腕は、セーレットに対するあたしの『大好き』の証だから、このままでいいかな」


 と強く否定し、しかも、


「それに、あんまりすごい人を呼んじゃうと、税金の無駄遣いになっちゃうしね」


 と言ったらしい。


「はは、何だそれ……」


 笑ってしまうのに、涙が出てくる。

 こんなにも国のことを大切に思える人間が、王様に向いてないわけがないじゃないか。


「それで、イザドラなのですが……」

「イザドラさん?」


 あぁ、そういえばあの人どこ行ったんだろう… …。

 こういう場にも、真っ先にあの人が出てくると思ったんだけど……。


「何かあったのですか?」


 エイリーが訊くと、


「えぇ……お二人は今、歩けますか?」


 俺もエイリーもケガをしたわけじゃないから、問題なく歩ける。

 二人して頷くと、こちらへ、と窓際に呼ばれた。

 メイドさんがこっそり少しだけカーテンを開けると——


「——な、何これ!」


 城の下に、人だかりができていた。

 どうやら報道陣らしい。

 前の世界で見慣れた、マイクやカメラがたくさん見える。


 少しだけ窓を開けると、記者達が質問を次々と投げかけている状態だった。

 そして、投げかけられているのがイザドラさんだった。


「あれはいったい、何なんですか?」


 エイリーが、窓の外とメイドさんの顔を交互に見ている。


「今、やってるかな……」


 メイドさんが窓を閉めて、テレビを点けた。

 そこには——


『——操獣機巧(ベースティア・フェローチェ)【破(インパクト)】』

『ヴヴァァァアアアァァ!』


「こっ、これは……」


 俺とエイリーが見事に固まる。

 テレビに、ビーバッグにとどめを刺している俺とエイリーが映っていた。


「え、な、何で? え?」

「科学先進国では最近、電信端末で映像記録ができるらしいんです。恐らく観光客の誰かが、撮った映像をポセイドンネットワークに売ったのでしょう」


 えぇー……?

 スマホでムービー撮れるよみたいな……?

『ポセイドンネットワーク』はテレビ局みたいなものか……?


『先程からお伝えしておりますが、セーレットに数年前から生息していた精霊級の霊獣、ビーバッグを、セーレットのエレナ・コリアス国王と、謎の少女二人が倒したということです』


 キャスターが原稿を読み上げている画面に『美少女三人! 観光大国を守る!』という見出しまで出ている。


『今回の事件で、エレナ・コリアス国王は腕を失う重症を負いましたが、命に別状はない模様です。また、今回の件を受け、スターダムオリオン社のCEO、エディ・ラドフォード氏は、次のように述べています』


 画面が切り替わると、メガネをかけた背の高い男性がステージの上に立っていた。

 何だか、意外なほど近代的なステージだ。


『今回の彼女の勇気ある行動に、世界は感動させられました。そして、私達スターダムオリオン社は、彼女のために何かできないかと考えました。その結果、』


 エディの後ろの巨大なモニターに、義手らしきものが映る。


『我が社の粋を集めた義手を、彼女に贈ることにしました!』


 わぁ、と会場から歓声があがる。

 それが少し弱まったところで、エディが『もちろん、彼女が気に入ってくれればですが』と少しおどけて言うと、記者から笑いが起きた。


「すごい……あの、スターダムオリオンが……」


 エイリーのリアクションを見たところ、かなりすごいことらしい。


「今、セーレットは本当に大変なことになっているんです」


 メイドさんはテレビを消して、近くのイスに腰かけた。


「エレナ姫の勇気と、お二人のご協力のおかげです。これから本当に、毎日楽しくなりそうです」


 ありがとうございます、とメイドさんは楽しそうに微笑んだ。

 俺とエイリーはどんな顔をしていいか分からず、とりあえず頭を下げた。


続く

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