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ビーバッグは山頂で穴に埋められたことで、地中のトラップに込められた魔力を食べ尽くしてしまった。
だから体が大きく、より強力になってしまったのだ。
それを細切れにして処理した俺達の目論見は、正しかった。
小さくしてしまえば、戦いやすくなるからだ。
ただ運悪く雨が降ってしまっただけで、作戦自体は正しかったのだ。
だけど、細切れになったビーバッグは雨水に乗って山を下り、到着した町で再び合体して巨大化した。
魔力をたくさん集めたビーバッグはさらに巨大化している。
そして『自立栄養捕食型』であるビーバッグは、更なる魔力を求めて人を襲い、魔力を得ようとしている。
そんなビーバッグを『お腹いっぱいにしてあげる』と言っているのだ。
エレナが驚くの無理はないし、エイリーが『リスクが大きすぎる』と言うのも無理はない。
でも、俺だって無鉄砲なことを言っているわけじゃない。
この世界で見てきたことを色々思い返してみた。
ビーバッグは『自立栄養捕食型』だ。
魔力のあるものを自ら食べにいくことで魔力を保っている。
だからこそ誰かを襲って、危険なわけだ。
どんどん魔力を食べていく。
でも、限界はあるはずだ。
魔力が血液のようなものならば、必ず限界はある。
人間、血液がなくなれば死んでしまうけど、体内の百倍の血液を一気に注がれたらそれでも死んでしまうだろう。
だからビーバッグも、魔力を注ぎ続けたら破裂するはずだ。
コイツ本能の赴くままに魔力を求めているだけで、満腹かどうかなんて多分理解できないのだ。
そうだ。
今覚えば、ビーバッグは満腹にはなっていたじゃないか。
トラップの魔力を地中から食べ尽くしたあと、エレナが乗っていた蓮を食べていた。
でもその時、食欲旺盛な感じで爆食いしてたか?
——違う。
朝食のパンをもそもそと食べるように、ゆっくり食べていたじゃないか。
しかもそのあと、コイツは大量のヘドロを撒き散らしていたじゃないか。
エレナはあれを威嚇だと言っていたけど、あれは食べすぎによる嘔吐だったのだ。
グルが、オイルの飲みすぎで腹を下していたように——
だからビーバッグは、このまま魔力を消費しないで蓄え続ければ、風船のように破裂するはずだ。
だけどもし、俺達の魔力では破裂させることができずに、ただお腹いっぱいにさせるだけで終わってしまったとしたら——
その時は、間違いなく死ぬだろう。
魔力に満ち溢れたビーバッグに、俺もエイリーもエレナも、なすすべなく殺されるだろう。
それだけじゃなく、セーレットの国民も、セーレットにきていた観光客も危ない。
さらに、コルトゥーラの評価も下がってしまう。
何としてでも、成功させるしかない。
「パ、パーチェ、ビーバッグは魔力を食べて元気になるんでしょ? それを満腹にしちゃったらまずくない……?」
「そうなんだけど……エレナはさ、パンを百個食べたらどうなる?」
「え? し、死ぬんじゃないかな……」
俺の質問に、エレナは真顔で返してくる。
「それを今から、ビーバッグにやろうと思ってるの」
エレナはぽかんとした顔をしてから、
「……あ! もしかしてこれあたし、役立つ?」
と目を輝かせた。
「間違いなく役立つし、この作戦の成功は、エレナにかかってるよ」
成功するかどうかはおいといて、間違いなく。
エレナの能力は、火力や回復能力がないだけで、ものすごくコストパフォーマンスがいい。
そのまま小麦をさらさら食べるよりも、パンに加工した方が腹持ちがよくなるような感覚に近い。
俺は改めて、自分の考えをエイリーエレナに共有した。
エイリーは感心した様子で『確かに……』と呟いているものの、表情はいつもに増して硬い。
「これ、もし失敗したらごめんね」
「姫だけの責任ではありません。その時は天国でもお遣いいたします」
「うへぇ……あたしまだ死にたくない……頑張る……」
——よし。
キスの代価、しっかり払わないとな。
俺は巨大なビーバッグを見上げる。
「なぁ、ビーバッグ、」
ビーバッグはへし折っていた電灯を放り投げて、ぐちょぐちょと音をたてながら振り返った。
「お前はさ、飼い主が死んじゃって、ずっと一人でのけ者にされて、辛かったな」
エイリーが不思議そうな顔をしている。
「そんな立場のお前を倒さなきゃいけないこと、すごく心苦しいんだけど、しょうがないって分かるよね?」
ビーバッグはこの町で、建物を破壊している。
もし中に人がいたら、間違いなく死んでいる。
だから仕方がないんだ——
そうやって、かつての俺に少しだけ境遇が似てるコイツに、間違っても同情心なんて持たないように、自分を納得させる。
「弱肉強食だよ。私達も負けたら死ぬ覚悟でここにきてるし——許してね」
ビーバッグの手を向けて、
「エイリー! エレナ! いくよ!」
「はい!」
「うん!」
二人が頷いたのをしっかりと見て、大きく息を吸って、吐く。
「——いっけぇええええええええ!」
一斉に蓮と歯車が発車される。
ビーバッグは自ら口を開けて、大量に打ち出されるそれらを次々と飲み込んでいく。
「大丈夫かな、大丈夫かなこれ!」
エレナの声が震えている。
無理もない。
打ち始めて数秒で、ビーバッグの姿がどんどん大きくなってきたのだ。
コイツの胃袋に、本当に限界なんてあるのか?
もしかしてどこかに魔力を貯める貯蔵庫みたいなものがあって、無限に貯められるんじゃないのか?
でも遅い。
もう遅い。
何としてでもやりきるしかない。
「大丈夫、大丈夫だよエレナ!」
ビーバッグは攻撃してこない。
それはきっと、この蓮と歯車を攻撃だと思っていないからだ。
ただのエサだとしか思っていないからだ。
だから、ただぼんやりと口を開けている。
どんどん、どんどん大きくなっていく。
限界を知らない水風船みたいだ。
あっという間に、今まで見たことのないサイズになった。
見上げると、空が見えない。
こんな巨大な生き物に意思があって、自ら動けるだなんて信じられない。
横目でエイリーを見る。
歯車を打ち出す手が小さく震えているものの、顔はしっかりとビーバッグを見据えていた。
俺の勝手な安請け合いのせいで、エイリーにもエレナにも怖い思いをさせてしまっている。
こんな小さな、女の子に。
お前それ、ロリコンとしてどうなんだ?
ロリコンたるもの、子どもは何があっても守らなきゃいけない。
笑顔でいてもらわなくちゃいけない。
俺は、小さな女の子とキスがしたくて、小さな女の子の笑顔が見たくて、主人公になりたくて、旅に出たんだろうが。
なら、ここで負けるようじゃ、未来なんてない。
「姫——申し訳ありません」
ビーバッグに向かって飛んでいた、金と白を基調にした歯車が消える。
エイリーは膝から崩れ落ちると、その場に倒れた。
「申し訳ありません……もう出し尽くしました……」
青白い顔をして、肩で息をしている。
「大丈夫、ありがとう、あとは何とかする!」
そう言ったものの、俺も魔力が底を尽きそうだ。
キャンディはなくなるのが分かりやすいけど、自分の魔力はいつ尽きるのかが、いまだにちょっと分かりづらい。
それでも、限界が近いことが体感で分かる——
「エレナ! まだいける?」
「あたしはまだ大丈夫!」
そう言いながらも、エレナは震えている。
それも無理はない。
ビーバッグはさらに大きくなっていくいて、文字通り山みたいになって——
——あ、ヤバい。
「ごめん……私もここまでだ……」
一瞬、立ちくらみのような感覚があって、視界が白くぼやけた。
そして、エイリーと同じように地面に倒れこんだ。
サロペットパンツが、いつものパーチェちゃんの軍服姿に戻る。
ふと視界に入った自分の手が、いつもに増して真っ白だった。
「パ、パーチェ!」
エレナはビーバッグに手を向けたま、俺の方を見る。
「ごめん、後はよろしく……」
ふらふらする。
眼球がぐるんぐるんと回っている。
喋ってるだけで吐きそうだ。
「大丈夫! あたし、大丈夫だもん!」
エレナの顔を見ると、ぽろぽろと泣いていた。
でも——笑顔だった。
「あたし、国王なんてやりたくなかったけど、やっぱり国王になれてよかった!」
エレナの手から出る蓮の勢いが、この期に及んでどんどん増していく。
エレナから、同じランクとは思えないほど凄まじい魔力を感じる。
「あたしはこの国が好き! 大好き! きれいなところは多いし、のんびりできるし、観光客の人も優しいし、みんなみんな大好きだから!」
エレナの涙が、乾き始めた地面にどんどん吸い込まれていく。
「あたしはこの国からたくさんの『大好き』をもらってるのに、あたしはこの国に、今まで一つも『大好き』をあげられなかった!」
エレナは、蓮を打つ手を下ろした。
そして、巨大なビーバッグを見上げる。
その手はもう、震えていなかった。
「でもね、パーチェのおかげで、『大好き』のあげ方が分かったの」
俺に向けられたその笑顔に——息を飲んだ。
傷付いて絶望して泣き叫んで、そのすべてを認めて受け入れて抱きしめて——だからこそできる、笑顔。
まるで、子どもを抱く母親のような、慈しみの笑顔。
雨上がりの空のような、晴々とすべてを諦めたような——
「パーチェ! 関係ない国のために命を賭けてくれてありがとう! だからあたしも——賭けてみるね!」
大きな蓮が展開して、そして——
「——あたし、魔力たくさんあるんだよ! どうぞ召し上がれ!」
エレナはその蓮に乗って、ビーバッグの口の中へ入っていった。
続く




