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「助けてくれ!」
「何でコイツがここにいるんだよ!」
「ビーバッグって山頂に封印されてるんじゃないの⁉︎」
「逃げろ、逃げろ逃げろ! やべぇぞ!」
「うわ、こ、こっち来るぞー! 子どもを連れて逃げろ!」
「カメラ回せカメラ! ポセイドンネットワークに動画売り付けて——」
「——いいから、逃げろ!」
「何、なの、これ……」
血が流れ落ちるように、エレナが涙を流した。
町に戻って俺達が見たものは、地獄だった。
「お母さん! お母さん!」
ビーバッグに殴られて動かなくなった女性に、男の子が必死に縋り付いている。
滅茶苦茶に破壊された建物が、あちらこちらで燃えていた。
「何で、どうして……どうしてビーバッグがここにいるの⁉︎ どうして!」
エレナが癇癪を起こしたように叫ぶ。
ビーバッグがなぜか、町にいる。
しかも、さらに大きくなって。
あれだけ小さくしたのに——
「誰か国王呼んでこいよ! 助けてくれよ!」
「無駄に決まってんだろ! ここの国王、確か霊獣級だぞ!」
「しかも、すごく弱いって聞いたわ!」
「じゃあどうしろってんだよ!」
逃げ惑う観光客や地元の人達を見て、ビーバッグは嘲笑うようにヘドロを吐いた。
悲鳴が炸裂する。
「ごめん……なさい……あたしが弱いから……」
雨が上がったばかりの濡れた地面に、エレナがぺたりと座り込んだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい——もう許して!」
頭を抱え込むようにしてうずくまる。
「エレナは……悪くないよ」
暴れるビーバッグを前にして恐怖で失神しそうな俺は、かろうじてそれだけを言うことができた。
その横で、
「あぁ、私はとんでもない間違いを……」
エイリーの顔を見ると、真っ青だった。
「エイリー、何か分かったの? あのビーバッグは何者なの? さっきのとは別の個体なの?」
「いえ、恐らく同じ個体です」
エイリーは、震えながら続ける。
「私達はトラップを解除してしまいました。それからビーバッグを、逃げやすいサイズに分断してしまったのです」
「あっ——」
まさか——
「そして、そこに運悪く雨が降ってしまいました」
「あ、あぁ……」
何てことだ。
思わず目を閉じる。
俺達がよかれと思って細かくしたビーバッグは、トラップがなくなったのをいいことに、脱走した。
餌のなくなった山頂を抜け出して、運悪く降ってきた雨に流される形で、一気に町まで流れ落ちていったわけだ。
そして、流れ着いた先で再び合体して——
「もういや……国王なんて辞める……国王なんて辞める!」
泣きじゃくるエレナに、今度こそかける言葉がない。
ビーバッグの触手が、店先に並んでいた野菜のカゴをなぎ倒す。
山の上にいた時は魔力が足りていたのだろうか。
あんまり狂暴な感じがしなかったのに、今はものすごく狂暴になっている。
俺達が細かく分断したせいで魔力が少なくなって、死に物狂いなのだろう。
「姫、諦めましょう。もう、リベロ様に連絡して助けていただくしか道はありません」
「そうしたいけど、もう手遅れじゃないかな……被害が大きくなった以上、ここで私達が解決しないと」
できれば助けを呼びたいけど、間に合う確証はない。
リベロ王がくるまで何日かかるか分からないけど、この状況で何日ももつとは思えない。
だから俺達が、今、何とかするしかない。
「ですね、分かりました……」
エイリーは頷いてからしばらく考えて、
「エレナ姫は、周りにいる方々を遠くへ誘導してください。ここは、パーチェ姫と私で食い止めます」
と、俺に振り向く。
「それでよろしいですか、姫」
「オッケー、それでいこう」
俺がうなずくと、エレナも涙を拳でごしごしと拭きながらうなずいた。
「あたし、この国好きだもん……だから守るもん……」
よし。
こんなに小さな女の子が立ち上がったんだ。
俺が頑張らないわけにはいかない。
「——さぁ、もう一回細切れにしてやろうか!」
震える脚に、大声で気合を入れる。
泥のアームでビーバッグに殴りかかる。
相手はヘドロだから打撃は効かないけど——
「ヴァ」
——気付いた!
「食べた魔力、全部吐き出せ!」
大きく開いた口の中に、アームを突っ込む。
ものすごい力で口を閉じようとしてくるけど、これぐらいの力なら何とか拮抗できそうだ。
「エイリー!」
「はい! ——グル、お願い!」
アームの横を軽やかにすり抜けて、グルがビーバッグの口の中に入っていく。
そして——口を貫通して、背中から出てきた。
強烈な一撃に、ビーバッグが目に見えて小さくなる。
だけど、一瞬だけ見えた向こう側は、すぐにヘドロで見えなくなった。
よし、効いてる!
「——おらァ!」
そこに、すかさず追撃を入れる。
泥のアームで思いっきり殴り付けても、ぐちゃ、と嫌な音が響いただけで、まるで効いている感じがしない——
「姫! 来ます!」
エイリーの言葉が聞こえた瞬間、全力で後ろに跳び跳ねる。
一瞬前まで俺のいた場所を、巨大な触手が殴り付けた。
「私の顔、やっと覚えてくれたかな……?」
ようやく敵として認識されたのか、それとも——
どっちかは分からないけど、とりあえず周りの人達は標的から外れた。
今のターゲットは、俺だ。
エレナは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながらも、近くにいた人達を次々に蓮に乗せて逃がしている。
そのおかげで、もう、ここには俺達三人とビーバッグしかいない。
遠くの建物から、何人かが不安そうにこちらを見ていた。
「……」
子どもを、泣かせやがって。
この俺の前で女の子に辛い思いをさせて、穏やかに散っていけると思うなよ。
思いっきり、暴れてやる。
キャンディもまだ充分にある。
さて、どう戦うか。
もう、やるしかない。
逃げるという選択肢がなくなって、逆に頭がスッキリした。
考えろ、考えろ。
強い相手と戦うには、頭を使うしかない。
俺がこの世界にきてから見たこと、知ったこと、俺の持っているもの。
それに、前の世界で俺が見てきたこと。
それを全部総動員して考えるんだ。
ビーバッグを細かくする狙い自体は、よかったはずだ。
再生能力があろうとも、再生する前に小さくなった破片達を潰してやればいい。
でも、それをやるには、きっとまだ早すぎたんだ。
あいつは、どんどん回復してしまう。
だから、もっと魔力を削ってからバラバラにしなきゃいけなかったんだ。
考えろ。
俺達の戦力は何だ?
俺は、歯車での加速と打撃、泥のアームでの打撃、姿を消して飛んで、回復もできる。
エイリーは、グルを召喚できる。
グルは打撃力があって、俺とエイリーとエレナを乗せて走ることができる。
エレナは、蓮を大量に出すことができる。
その蓮を操作できる。
乗ることのできるサイズの蓮も出せるし、空を飛ぶこともできる。
ただし火力はないから戦力にはならない。
考えろ、考えろ。
俺はこの世界で他に何を見てきた?
ビーバッグは霊獣だ。
霊獣は、グル以外で考えると、いやらしい顔をしたオウムとビーバッグぐらいしか見てない。
じゃあ、ビーバッグと同じ霊獣であるグルの特徴は何だ?
機械仕掛けのライオンで、全身が歯車でできている。
だからメンテナンスでオイルを使っている。
じゃあ、ビーバッグと同じ霊獣であるグルの弱点は何だ?
エイリーがいなくなったら動けなくなるぐらいか?
他に何かなかったか? 何か、弱点が——
「——そうか……!」
「姫、何か思い付いたのですか?」
うん、と頷くけど、安易に口には出せない。
可能性はゼロじゃない。
むしろ、かなり成功率は高いはずだ。
でも、もし失敗してしまったら、俺達はここで死ぬだろう。
しかも俺の作戦によって、ビーバッグはより強大な力を持つことになる。
そう、思い付いた作戦を遂行するには、一度コイツを強化する必要がある。
矛盾しているように思えるけど、これしか思い付かないから仕方がない。
ビーバッグを強化させた『だけ』で終わってしまったら、セーレットの誰にも止められずに、セーレットの国民や観光客も死ぬだろう。
いけるのか?
やっていいのか?
言っていいのか?
でも、思い付いたのはこれだけだ。
時間はない。
このままコイツに、別のエリアに移動されたら負けだ。
なら、やるしかない——
「エレナ!」
「何?」
泣き止んだエレナは、俺のもとに駆け寄ってくる。
俺は、エレナの小さい肩をしっかりと持って、言った。
「——絶対に勝つから、キスしていい?」
「……えへぇ⁉︎」
「ひ、姫⁉︎」
エレナとエイリーが、同時に声をあげる。
当然のリアクションだ。
いくら俺がロリコンだとしても、この状況ではさすがに”そっち”(※)のこと(※エッチなこと)はあまり考えていない。
どうやら俺は、性欲より生存欲の方が高いらしい。
「し、しかし姫、なぜですか? 何か思い付い——」
「——エイリー、」
「はっ、はい!」
珍しく言葉を遮る俺に、エイリーは背筋を伸ばして返事をした。
「エイリー、『一番多く出せる技』って何?」
「はい? 多く、というのは… …?」
「じゃあ、えっと……前に私に見せてくれた、小さい歯車あるじゃん? 特訓でいっぱい投げてくれたやつ。あれって大量に出せたりしない?」
エイリーは不思議そうな顔をして、
「これ……でしょうか」
と、手元に小さな歯車を出した。
コインほどの白と金の歯車がエイリーの手の中で回っている。
「それって、飛ばせる?」
「え? えぇ……火力は一切ありませんが、それなりの距離は——まさか、」
エイリーは途中で気付いた。
「姫、分かりました、仰っている意味がようやく理解できましたが……あまりにもリスクが大きすぎます!」
それは分かってる。
失敗したら、俺達は今度こそ死ぬだろう。
でも、ここで何とかしなければ、どのみちリベロ王がセーレットにたどり着くまでの間にたくさんの人が死ぬ。
そのリベロ王だって、聖霊級の霊獣であるビーバッグに勝てる保証なんてどこにもない——
俺がそう言うと、エイリーは押し黙った。
決断をしかねている。
「エレナ。今から私がやろうとしてることは、エレナの力に一番頼ることになりそうなんだ」
「へ? わ、私?」
「そう。でも、絶対勝つ。絶対に勝って、セーレットに平和を取り戻すって約束するから、キスしてくれる?」
エレナは、顔を押さえてうつむいている。
『うー』と『ふー』の間ぐらいの呻き声が聞こえる。
「約束!」
だけどいきなり顔をあげて、涙目で、顔を真っ赤にして、俺を指差した。
「絶対に、勝って! アイツを倒して!」
「約束するよ」
「じゃあ……はい!」
目をぎゅっと閉じて、エレナは俺にちゅっと、軽く口付けをした。
ヤバい、唇柔らかい、何だ今の。
本当に唇か? 柔らかすぎるだろおい。
あぁ、恥ずかしがりながらも、ちゅっとしてくれたのが本当に愛しい。
こんな場面なのに、心臓が全世界に聞こえるぐらいの音で脈を打っている。
その脈を感じていたら、ポーチの中から気配を感じた。
ポーチを開けると、淡い緑色をしたキャンディの包みが見えた。
すぐに手に取って口に入れると——
「——お、きたきた」
だいぶ慣れてきたけど、この、体が芯からじんじんと熱く、力がぎゅんぎゅんとみなぎっていく感覚は、毎度新鮮だ。
「これが……パーチェの……!」
一歩後ろに下がったエレナが、息を飲む。
これが、新しい俺の力——
エイリーの時はグルの擬人化のようなパワードスーツ。
ジーナの時は黒いナース服。
カリーノの時は民族衣装。
そしてエレナは——
「|『それいけ友達大行進【着】《(オルディートンロトゥ・トッピング)》』……なるほど、こうなるわけね」
まるでエレナとお揃いのような、サロペットパンツ姿だった。
だけど、エイリーの能力ほどではないけど部分的にメカニックになっている。
頭には、蓮の葉っぱをモチーフにした、メカニカルな飾りが付いている。
ヘッドホンのような形をしているものの、耳は塞いでいない。
そして頭には大きな蓮の花も飾り付けられていて、とても可愛らしい。
腰回りには複数のベルトや、蓮の葉型のオーナメントが付いている。
金属製らしく、風が吹くと微かに音が鳴る。
そのオーナメントの中でも特に大きいものは、太ももを両サイドから守るように、体の左右にぶら下がっている。
それと一緒に体の左右から、細長い布が垂れ下がっている。
エレナと同じく眩しいほどに露出している腕は、黒いアームガードに守られていて、手首から先にはメカニカルなフィンガーレスグローブが付いている。
一方、エレナと同じく眩しいほどに露出している太ももには、黒い革製のレッグハーネスが付いているだけだった。
このレッグハーネスからも、小さな蓮のオーナメントが垂れ下がっている。
白い靴には、蓮の花びらを羽のような形であしらったピンク色の装飾が付いている。
「いったいこちらは、どのような能力なのでしょうか……」
エイリーが、俺の頭からつま先までを忙しなく眺めながら続ける。
「……いえ、それより姫。先程仰っていた作戦は、その能力でできそうなのですか?」
「試してみる」
そう、“作戦”——
俺の予想通りであれば、この作戦にはエレナの能力が必要になる。
今必要なもの。
それは——
「——よっ!」
小さな蓮の葉を手に出して、それを勢いよくビーバッグに投げつける。
やっぱりできた——
エイリーの能力で歯車を投げられるように、エレナの能力では蓮の葉を投げられるらしい。
「——ヴァ?」
巨大なビーバッグのぶよぶよの背中に、蓮の葉がぶにゃりと突き刺さる。
ビーバッグはヘドロの手を伸ばし、蓮の葉をガサツに掴むと口に入れた。
エレナ自身の能力からも予想が付いた通り、案の定あんまりダメージはない。
だけど、それでいい。
「その蓮、私の能力をコピーした状態と似ていますね」
「そうだね。でも、歯車を投げる時よりもっと魔力の消費は少ないかな」
そう。
今俺は、魔力をあまり消費してない——これが何よりも大きなポイントだ。
エイリーの能力をコピーすると、歯車を投げることができる。
あれは多少魔力を消費してしまうものの、人の顔面に当てられれば致命傷を負わせられるぐらいの火力もあった。
対してこの蓮は、エレナが打ち出すよりかは多少火力があるだろうけど、人の顔面に当てたとしても、絶対に決定打にならないだろう。
でも、今はそれでいい。
火力はいらない。
数があれば、それで——
「ねぇ、今から何するの? そしてあたしは何すればいいの?」
霊獣の、弱点。
あるじゃないか。
エイリーが話してたじゃないか。
“でも、安いオイルは飲まないし、飲みすぎるとお腹をくだしたり吐いてしまったりして、戦えなくなるんですよ”——
「エレナ、今からね——」
不安そうな顔をしているエレナに、俺はパーチェちゃんの全力の笑顔で、言った。
「——ビーバッグを、お腹いっぱいにしてあげるんだよ」
エレナはしばらく固まって、
「……へ?」
間の抜けた声を出した。
続く




