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でかい。
とにかくでかい。
さっきまでは軽自動車ぐらいのサイズだったのに、今は大きめの一軒家ぐらいに成長してしまっている。
ビーバッグは特に動くこともなく、ヴァー……と耳が痒くなるような、気持ちの悪い声をあげながらぼんやりとしている。
逃げるなら今か。
もう、このままエレナの蓮に乗って逃げて、コルトゥーラに連絡して、リベロ王に倒してもらおう。
もうこれは無理だ!
死ぬぐらいなら、勝手に約束したことを怒られた方がマシだ!
決めた、逃げる!
「エレナ! 逃げ——」
俺が言い切るより早かった。
「——あっ、わわっ、」
気の抜けた悲鳴をあげながら、バランスを崩したエレナが落ちてきた。
「は⁉︎ おいおいおいおい!」
泥のアームを構えて、エレナを受け止める。
びちゃっという音と共に、エレナのサロペットパンツは泥だらけになった。
まぁ、地面に叩き付けられるよりマシだろう。
「ありがとう……助かりましたぁ……」
よたよたとアームから降りながら、エレナは震えていた。
「え、どうしたの? 今、ビーバッグに何かされたの?」
「いや、怖くて……」
聞くと、巨大化したビーバッグの刺激が強すぎて、蓮のコントロールができずにそのまま落ちてきたらしい。
能力の維持には、メンタルも重要なのか……。
小さなエレナがビーバッグの横に並ぶ。
改めて、でかい。
こんな巨大な、しかもヘドロの塊が、意識を持って生きているということが信じられない。
これが剣と魔法の世界の、闇の部分なのか。
横にいるエレナは、逃げたくても足がすくんで逃げられないようだ。
エレナからの魔力供給がなくなって、大きな蓮がふわ、ふわと落ちてきた。
そして、
「あ、あぁ……あたしの蓮ちゃん……」
ビーバッグを包み込む。
ビーバッグはそれを鬱陶しそうに払い除けると、朝食のパンをもそもそと食べるように、ゆっくり食べ始めた。
うわー……あの蓮、たくさん魔力詰まってそうだなぁ……。
いや、もういい。
食え食え。
好きなだけ食えもう。
どうせ、二階建ての一軒家が三階建てになるぐらいのもんだろこんなの。
「どういたしましょう……」
ビーバッグが積極的に襲ってくるわけではないと判断したのか、エイリーは難しい顔をしてゆっくりと考えている。
「えーっとぉ……もう一回穴に入れて戦う?」
「あのサイズのビーバッグが入る穴を開けようと思ったら、相当な力がいるよね」
「えぇ。それを攻撃と見なしたビーバッグが、今度こそ反撃をしてくるとも限りません。それに、グルの力でも、このサイズのビーバッグを穴に落とせるかどうか……」
俺達が考えている間も、ビーバッグは大きな蓮をもそもそと食べている。
俺達のことを、本当に敵として認識していないのか——
「——ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ!」
「うわっ!」
「えっ⁉︎」
「ほあああああ!」
俺とエイリーとエレナが同時に悲鳴をあげる。
ビーバッグの口から、びちゃびちゃびちゃびちゃと雪崩落ちてくる、おびただしい量のヘドロ——
生臭い臭いが周囲に充満する。
あまりの臭いに一瞬だけ意識が遠のいた。
「もうやだもうやだもうやだ! 何なの⁉︎ 汚いでしょ! ばかぁ!」
よっぽど気持ち悪かったのか、エレナは俺の肩にしがみつきながら、地団駄を踏んでいる。
俺だって今、あり得ないぐらい鳥肌が立ってるんだぞ。
少女の温もりを感じられているから、かろうじて正気を保ててるだけで。
「これは……何なのでしょう?」
嫌そうな顔をしながら、エイリーは流れ落ちたヘドロを見ている。
「何って、こんなの嫌がらせだよ! 『お前達もこうしてやるヴァ!』って言ってるんだよ!」
やるヴァ、って……。
まぁ、嫌がらせというか、威嚇行為なのかなと思う。
前にきた時も、大量にヘドロを吐いてたし。
「もう、そんなにそっちがやる気なら、こっちだってやってやるんだからね! 細切れにしちゃうんだから!」
「意外と暴力的だな……」
涙目で吠えるエレナに、女の強さを見た気がした。
「……それ、いいかもしれません」
ところが、エイリーが冷静に口を開く。
「ビーバッグの体を、細かく分断してみましょう」
「え? あたしそれ、そんなにしっかり考えて言ったんじゃないんだけど……」
ぽかんとしているエレナに、
「大きな氷をイメージしてください」
と前置きをしてエイリーは続ける。
「大きな氷は、炎天下に置いていてもなかなか溶けません。ですが、それを細かく砕いたらすぐに溶けます」
「なるほど……」
ビーバッグは今、大きな塊だから魔力を消費しづらいだけで、細かくしちゃえば——
「そっか、溶けやすくしちゃえばいいんだ!」
えぇ、とエイリーは頷いて、
「試してみる価値はあるでしょう」
と微笑んだ。
——誰が悪いわけでもない。
発案したエレナが悪いわけではないし、
具体的な作戦として背中を押したエイリーが悪いわけではないし、
もろ手を挙げて賛成した俺が悪いわけでもない。
言ってしまえば、全員がこの時、最悪の判断を下した——
山の天気は変わりやすい。
俺達の頭上を、今にもこぼれ落ちそうな分厚い雲が覆っていた。
※
しばらくして。
「『それいけ友達大行進』! あたし強いかも!」
能力名をノリノリで叫びながら、エレナは楽しそうにビーバッグを切り刻んでいる。
「だいぶ削れてきたね!」
大きな声で俺が言うと、
「パーチェ! 何か言ったー!? まったく、聞こえなーい!」
向こうからエレナの大声が返ってくる。
よく聞こえない。
ビーバッグをブチブチブチブチと細かく分断し始めた頃から、雨が振りだした。
大量の泥水が、山の頂上からドロドロと流れ落ちていく。
ビーバッグはというと、地道な攻撃を繰り返した結果、かなり小さな塊になってきた。
一番大きいものでも、抱えられるサイズのダンボールぐらいだろうか。
あとはこの小さい塊達を一つずつ潰していけば、勝てるんじゃないか?
めちゃくちゃ気持ち悪いし吐きそうであることに変わりはないけど、勝てるか勝てないかでいえば、勝てる。
「パーチェー!」
ばちゃばちゃばちゃ、とわざと足元のヘドロを騒がしく踏みながら、エレナが楽しそうに駆け寄ってくる。
さっき俺が泥のアームでキャッチした時に服が汚れてしまっているから、もうどうでもよくなっているらしい。
「これ、勝てそうじゃない?」
「うん、何かそんな気するよね」
「トラップ食べて大きくなっちゃった時はどうしようと思ったけど、全然楽勝だったね!」
うん、事実楽勝だったんだけど……。
何で、ビーバッグは反撃をしてこないんだろう。
そう、細かくされている間もビーバッグはまるで反撃をしてこなかったのだ。
コイツはもともと人を攻撃してくるような種族じゃないのか?
いや、それはない。
エイリーが言うには、ビーバッグ種っていうのは獰猛なはずだ。
俺達の想像では、ビーバッグを細かくするたびに反撃を食らうはずだった。
だからそれをエイリーが防ぐ……という作戦だったのだ。
ところがなぜかまるで反撃されず、一気に細かくすることができた。
「恐らく、これほどまでに細かくすれば、あとはこちらから手を下さずとも自然消滅していくと思いますが……」
「なぁんだ、楽勝だったじゃん! 帰ろ帰ろ!」
やったやったぁ! とはしゃぐエレナが可愛すぎて、俺は冷静な思考を失っていた。
そして、町に戻った俺達は、地獄を見る。
続く




