14
14
「こうなってしまった以上、やるしかありません」
セーレットのお城のゲストルームに戻ってきた俺とエイリー、そして呼んだらきてくれたエレナ。
三人でペンを手に、紙を囲んで難しい顔をしていた。
「相手はあくまでも聖霊級の霊獣です。こちらには霊獣級の能力者が三人もいるのです。勝機は必ずあります」
聖霊級が百だとしたら、霊獣級は十。
こっちには三人いるから三十。
百と三十の戦いになるわけだ。
数字が違いすぎる。
それなのに『勝機は必ずある』というのは、さすがに強がりにしか見えない。
エイリーも、まだ怖いのだろう。
でもそれも無理はない。
俺達は一度、『アレ』の憎悪をもろに感じてしまっているのだ。
というかエイリー、ビーバッグを見に行ったあとに『戦いを挑んだ場合、生きて帰ってこれる可能性が三割』とか言ってたしな……。
正直、これが百と百の戦いであっても勝てる気がしない。
百と百五十ぐらいの戦いであっても、できることならやりあいたくない相手だ。
「それで、パーチェのお父さん……えっと、リベロさんから何か聞けたの? その、倒し方とか……」
「いや、まったく……」
「ふへぇ……」
もうすでに涙ぐんでいるエレナにかける言葉がない。
ごめんな、コルトゥーラの国王、アホなんだ……。
「いえ、まったくというわけではありません」
自国の国王にフォローを入れるように、エイリーが口を挟む。
リベロ王が話していた内容を、エレナに分かりやすく説明してくれる。
能力者本体を叩きにいくこと。
それが無理な場合は、普通の動物を倒すつもりで、全力で倒しにいくしかないこと。
……やっぱり参考にはならないんじゃなかろうか。
あのヘドロと悪意の塊を何の動物だと思って戦えというんだ。
あんな動物がいてたまるか。
「ところで、ビーバッグはあれ、何なの? 犬なの? 猫なの?」
エレナが首をかしげる。
「まぁ、どっちでもないだろうなぁ… …」
あんなおぞましい犬や猫がいてたまるか。
……ん?
いや、でもあれ、そういえば何なんだろう… …?
「ねぇエイリー、霊獣ってさ、現実にいる生き物がモチーフになるの?」
俺はこの世界で、エイリーのグルと、ロリコンオウムと、盗賊のシャチだのネズミだのウシだのを見た。
それらはみんな、極端にサイズが大きかったり機械仕掛けだったり土でできていたり顔がいやらしかったり、実物と異なる点はたくさんある。
だけどみんな、あくまでもモデルは実物だ。
と、なるとビーバッグはいったい……。
「問題はそこなのです」
エイリーが、真面目な顔をより一層難しくして続ける。
「姫の仰る通り、霊獣というのは現実にいる生き物がモチーフとなります。ですが、そこには例外もあります」
例外?
「いわゆる『高位種族』と呼ばれる霊獣達は、ランクの高さに関係なく存在します」
あ、これヤバい。
すごく嫌な予感がする——
「『高位種族』は、現実にはいない生き物がモチーフになっていることが多いです。当然『現実にいる生き物がモチーフの霊獣はすべて弱い』ということではないのですが、」
——その嫌な予感に、エイリーはダメ押しをした。
「『現実にいない生き物がモチーフになっている霊獣は、すべて強い』と言われています」
これが、『高位種族』です。
エイリーはそう言ったあと、表情を暗くした。
「なので、現実にいない生き物がモチーフになっているビーバッグは——」
聖霊級以上の強さを持っている。
エイリーが言わなくても、それは分かる。
「……」
「うえへぇ……」
完全に意気消沈したエイリーとエレナ。
あぁ、可愛い女の子がこんな顔をしているのを見るのは辛い。
俺が頑張らなきゃ。
「と、とりあえず、ビーバッグの情報をもう一回まとめよう! そしたら、ほら、あれ、何か、活路が見いだせる、かも……」
勢いで提案してみたものの、見いだせる気がしない。
「情報、ですか」
エイリーも見いだせるとは思ってないと思うけど、それでも律儀にペンを手に取る。
「まず、ビーバッグの特性として、何がある?」
「こ、こわい!」
エレナが勢いよく挙げた手は微かに震えていた。
「それは特性というか感想だね」
「だ、だってぇ」
「凄まじい憎悪のオーラを放っている、ということでよろしいでしょうか」
「そ、そう! それ!」
ずびし、と勢いよく指差すエレナが可愛い。
「それとビーバッグは、腕のようにヘドロを伸ばしていましたね」
「うへぇぁ……そうなの?」
あぁそうか……そういえばエレナはビーバッグを直接見てるわけじゃないもんな……。
「その腕? はさ、人間みたいに二本だけだったの? それともたくさん出てきたの?」
たくさん……?
考えただけでゾッとする。
あの時は二本しか出てなかった。
でも形状的にたくさん出たとしてもおかしくない。
ウニみたいに。
クリみたいに。
だとしたら相当おぞましい物体になるな……あまり考えたくない。
「それは分かりませんね……ですがそれより気になるのは、あの触手のパワーです」
「どういうこと?」
「腕力とでも表現すればいいのでしょうか……もしあの触手が岩をも砕く力を持っていたとしたら——」
「さ、最悪すぎる」
何だこれ。
話せば話すほど不安になってくるぞおい。
「しかもさ、全身からたくさん触手が出せたとして、その腕一本一本が強かったらどうするの………?」
「おおう……」
俺の不安に、今度はエレナが追撃してきた。
「その時は……その……」
言葉に困ったエイリーが押し黙る。
「まぁ、いい。もういい。もういい。とりあえず全部出しきろう。あと何だ? あれか。全身ヘドロだから打撃は効かなさそうだね。はっはっは、何だこれ、無敵じゃんこれ」
ヤケクソになってきた。
いやもう、これ本当に無理でしょ。
エレナは助けたいけども。
リベロ王でも無理なんじゃないか?
もう笑うしかない俺の横で、エイリーは何かを考え詰めていた。
そして、
「ビーバッグは、全身がヘドロなのでしょうか?」
「え?」
いきなり、よく分からない問題提起をしてきた。
「どういうこと?」
「もし全身がヘドロなのだとしたら、もう、ヘドロを処理するつもりで戦えばよいのではないでしょうか?」
ヘドロを処理って、側溝の掃除みたいな?
ドブさらいみたいな?
「固めてどこかに移動させるってこと?」
それができれば一番よさそうだけど……。
もしやるとしたら、俺の能力で動かすか……?
「あ、そういえばエレナに、私の能力って話したっけ?」
「ううん、聞いてない。でも、空飛んでたよね? あれでしょ?」
うん、まぁあれ『も』だな。
とりあえずエレナに『少女夢想』の詳細を話した。
自分の能力について話すっていうのは自殺行為なんだけど、エレナは敵になるようなこともないだろうし、多分大丈夫だろう。
その代わり、口止めだけはしっかりとしておいた。
「へぇ……! そんな能力があるんだねぇ……!」
キラキラとした視線を向けてくるエレナが可愛い。
子どものこういう表情、本当に大好き。
「パーチェさ、そんな能力があるなら勝てるんじゃない? しかも泥を操れるんでしょ? それ、ビーバッグにも効くんじゃない? しかもしかも、エイリーさんだって強いわけだしさ」
さっきまで絶望的な顔をしていたのに、今は何だか希望に満ち溢れた顔をしている。
そんなエレナの前では言えないけど、『勝てるんじゃない?』と言われても、果たして本当にそうなんだろうかと思ってしまう。
相手は聖霊級の霊獣。
しかも『高位種族』だからそれ以上の強さ。
伸びる触手のパワーは不明。
おまけに出せる触手の数も不明。
能力者が死んでるから、そっちを叩いて消滅させることも不可能。
ヘドロだから打撃も効かない。
生き物を補食しにくる。
能力者が死んだ後も、自ら補食を続けて、魔力を溜め込んで生きている。
さらにまだ、隠し玉を持っている可能性あり——
「ね? パーチェ! きっと勝てるよね!」
俺の手を取りながら、エレナは小さな顔を傾げて、お日様みたいな笑顔を見せた。
「……そうだね。きっと勝てるよ」
その顔を見ていたら、本当に何とかなる気がしてきた。
いや、何とかならなくても、何とかするしかない。
※
エレナの笑顔に希望をもらって、作戦を練り直した。
作戦はこうだ。
まずは俺がいく。
上空から泥のアームを降り下ろして、ビーバッグの目の前に巨大な穴を作る。
次にエイリーが、グルの力でビーバッグを穴に叩き落とす。
ビーバッグが穴に落ちて動けなくなったところを、三人でぶん殴り続ける。
もし倒せなさそうなら、俺の泥のアームでそのまま生き埋めにする——
「か、完璧だ……」
ペンを置いて、呟く。
完璧だ。
ビーバッグの特徴を踏まえた見事な作戦だ。
穴に落としたところで這い出てくるかもしれないと思ったけど、そんな機動力があるヤツなら、逃げる俺達を追いかけてきたはずだ。
だから機動力はないはず……という希望的観測も含めた作戦ではあるものの、荒唐無稽というほどでもない。
そして、ダメなら、逃げればいいのだ。
挑んだら三割の確率で死ぬとはいえ、三人の力を合わせれば逃げることぐらいはできるだろう。
「では明日、この作戦で挑むということでよろしいでしょうか」
エイリーの言葉に、
「うん!」
「はい!」
俺とエレナが元気に答えた。
※
何度も言うけど俺はロリコンだ。
この世界にきてパーチェちゃんの体の中に入ったことで、ロリコンになってしまったといった方が適切かもしれない。
前世(?)の高校生の俺は、逆に熟女好きで、子どもが嫌いなぐらいだった。
エレナよりイザドラさんに欲情していたのである。
そんな俺が、今ではロリコンだ。
まぁ俺自身が子どもだから、人並みに同世代の女の子を可愛いと思っているだけで、何もおかしなことはないだろう。
今では、熟女の何が好きだったのかを感情で思い出せない。
それどころか、プリート王妃みたいに若くて綺麗な人だったとしても、まったくときめかない。
明確に子どもが恋愛対象になっている。
巨乳とか、何がいいか分からない。
あんな脂肪の塊にすぎないのバインバインを見ても、俺のリトルサンはぴくともしないだろう。
逆に、子どものきめ細かい肌、細い太ももや華奢な体躯、成長途中の胸、つるっつるで黒ずみを知らない脇、小振りなのにぷりっぷりと柔らかそうなお尻——
そういったものに、今の俺は興奮する。
だって、新鮮な果実と古い果実、どっちがおいしい?
新鮮な果実が食べたいでしょ?
何でロリコンって、そんなに異常者扱いされるんだろうか。
だって、見とれるに決まってるだろ。
こんな、美しいもの——
月明かりに照らされたエレナの横顔。
色のせいなのか、少し寂しそうに見える。
セーレットの城の池。
夜の池に浮かぶ無数の蓮。
夜の黒色の中に、月の白色がぽつりと浮かび、近くの蓮をほんのりと月の色に染める。
水に濡れた蓮達は、月の光を浴びてきらきらと輝いている。
リゾート楽しむ平和な国も
仕事がなくっちゃやってけない
いつかいつかと夢見るけれど
何とかするので精一杯
喉が少し掠れるぐらいの、小さな歌声。
気の抜けるような節を付けて歌っているのに、その姿でさえも、息を飲むほど美しい。
細くて小さな指で、たまに池の水をちゃぷちゃぷともてあそんでいる。
月明かりを浴びた水は、未知の物質みたいにてろてろと輝いて、小さな指に絡み付いているように見える。
その指の動きが目が覚めるほど妖艶に見えて、見とれてしまう——
「あたしね、友達がいないの」
突然の言葉に、思わずはっとする。
風で池がざざ、と音を立てる。
それが止んでから、エレナは静かに続ける。
「あたしさ、お宿の子どもだったから、物心付いた時から親の手伝いや、兄弟達のお世話をしてたんだ」
これでも長女なんだよ、あたし、と、水をちゃぷちゃぷしながら笑う。
笑っているはずなのに、月明かりに白く照らされたその顔は、やっぱり寂しそうに見えた。
「だから学校にも行ってなくて、友達もいないし、勉強もぜんぜんできないの」
でも話を聞くと、宿に泊まりにきたお客さんに勉強を教わっていたようだ。
まぁ、こんな可愛い子が人懐っこく寄ってきたら、勉強ぐらい教えたくなるよな……。
「そんなあたしが、何で国王なんてやってるんだろう」
「それは……」
それは——何でだろう。
『子どもであっても一番強い能力者が国王』というルールを敷くこの世界が悪い……なんていう正論をエレナにぶつけるのも間違ってる気がして、何も言えなかった。
「もしあたしがリベロさんみたいに強い国王だったら、ビーバッグなんてぱぱっと倒して、国のみんなを安心させられるのに。あたしは大好きなこの国に恩返しがしたいのに」
エレナは水面から白い手を引き出す。
滴が月の光を浴びて、きらきらと光りながら落ちていく。
「あたしがやらなきゃいけないのに、でもあたしは弱くて、あたしは何にもできなくて……どうすればいいの?」
大きな瞳に、涙が揺れていた。
月の光を浴びて、宝石みたいにキラキラしている。
しばらくの沈黙のあと、エレナは震えた声で言った。
「……助けて、パーチェ」
あぁ、これだ。
目を閉じる。
俺は、このために旅を始めたんだ。
『誰かに必要とされる』という喜びを知るために。
困っている子どもを助けるために。
可愛い子どもの力になるために。
主人公らしく世界を冒険するために。
剣と魔法の世界を満喫するために。
怪我をするかもしれない。
死んでしまうかもしれない。
それでも、やっぱり困っている人がいたら何とかしたい。
今までの人生で、俺には何もできなかったから。
いや、何もやる気になれなかったから。
でも今の俺なら、それができる。
人に、頼られるということ。
それがどれだけ幸せなことか——俺にはよく分かる。
「約束」
俺は小指を差し出す。
「約束するよ。ビーバッグを絶対倒す。だからエレナも協力してね」
エレナの瞳から涙が溢れる。
月の光を浴びて、宝石みたいにきらきらと輝きながら落ちていく。
「うん、約束……約束!」
何度も頷きながら、細くて白い小指を、俺の小指に絡めてくる。
「大丈夫、私達ならきっと倒せるよ」
「うん、うん……!」
「そしたらセーレットもまた観光客がたくさんくるね」
「うん、うん!」
「ビーバッグを倒せたらキスしてね」
「うん、う——ん⁉︎」
絡まる小指に力が入る。
「え? どうした?」
おどけて聞くと、
「い、いや、キ、キ……え⁉︎」
エレナの顔がどんどん赤くなっていく。
「命かけて戦うわけだしさ、キスぐらい……ねぇ?」
にこりと笑ってみる。
多分今の俺、すごい可愛い。
「え、そ、そんな、キスなんてあたし、したことなし——じゃなくて! ダメだよ! あたし達、だってほら、その… …そう! まだ子どもだよ! しかも女の子同士だよ!」
「え? じゃあ男とだったらいいの?」
なら、さっきから股間でうずうずしてる陰嚢の印籠を見せれば早い話なんだけど……。
「そ、そういうことでもないの!」
顔が真っ赤っかになってる。
あぁ、絶対に勝たなきゃな。
俺はこの子を笑顔にしたい。
子どもを——女の子を守るためなら、俺はきっとうまくやれるはずだ。
そういえば、前世(?)の俺は自分を信じたことがなかった。
でも今は、こうも自分を信じている。
それはきっと、とても幸せなことだ。
俺達は明日、ビーバッグにリベンジを申し込む。
続く




