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「エレナー、エレナいるー?」
セーレットの城の中を、グルの背中に乗ってがしゃがしゃと歩く。
「エレナー?」
あれ、出かけてるのかな。
「はーい! あ、パーチェおかえりなさい! 出かけるならあたしも誘ってくれればよかったのに! 案内ぐらいするからさぁ!」
廊下の曲がり角から無邪気に出てきたエレナは、
「で、今日はどこ行っ——ほ、ほわぁぁあああ!」
グルの背中を見て、悲鳴をあげながら後ずさった。
正確には、
「この人、ちょっくらそこでオヤジ狩りしてきた」
俺とエイリーの後ろの、気絶したままの大男を見て。
※
「——ということがありまして……」
俺とエイリー、エレナとイザドラ、そして気絶したままの大男——
奇妙な五人が応接室にいる。
「エレナ様に相談することもなく勝手に事を進めてしまい、申し訳ありませんでした」
エイリーは頭を下げ、
「ですが、事態は緊急を要したため、こうする他なかったのです」
と付け加えた。
「あ、あの、私は別に、その、いいんだけど、その人って、あの——」
「——生きてるよ。気絶してるだけで、死んではいない」
「そ、そっかぁ。よかったぁ……」
エレナはほっとため息を吐いた。
その横で、イザドラは難しい顔をしている。
「今回はお二人がいてくださったから何とかなったわけでございまして、今後、町で霊獣級以上の能力者が暴れたとしたら、私達はどうすればよいのでしょう……」
俺もエイリーも、エレナも、何も言うことができなかった。
※
「ねぇエイリー。一回お父様に連絡してみない?」
セーレットの国立図書館は、お城と同じような白い柱の眩しい建物だった。
中も同じように白い柱が立ち並び、お城よりよっぽど豪華な作りをしている。
「えぇ⁉︎ ダ、ダメですよ! いけません!」
エイリーのよく通る声が、静かな図書館に響き渡った。
見るからに頭のよさそうな学生らしき人達や年寄りが、眉間にしわを寄せながら顔を上げる。
「……はっ⁉︎ あ、あの、その、申し訳ありません、でした……」
顔を真っ赤にしながら何度もぺこぺこと頭を下げて、
「何故いきなりそんなことを……⁉︎」
と、涙目になりながら、限りなく大きな囁き声で訊ねる。
「いや、だってさ、キリがないというか無理そうというか……」
俺達の前の机には、大量の書物があった。
『霊獣の扱い方基礎概論』
『八皇機関監修! サモン入門書』
『今日からあなたも立派なサモン! 0から始めるサモン入門頑張るもん』
『誰でも分かる! 霊獣の使役法』
『ファディア・ムフタールの、霊獣と心を通わすための七つの方法』
『主を失った霊獣』
『昼下がりの危ない獣達』
『能力で損害を与えてしまった! 過失時のお役立ちガイド』
これらの書物と睨みあって、どれぐらい経つだろうか。
大男を倒してセーレットのお城に戻ったのが昼前ぐらい。
事の顛末を話して、大男を牢屋に入れたのが昼過ぎぐらい。
その後お城で昼ご飯をいただいて、一息ついてからこの国立図書館にきた。
そして今、だいぶお腹が空いてきた。
ということは、もうかなり長い時間ここにいる気がする。
「私達の知識と経験じゃ、これ以上本を読んでも調べても、何も得られないと思うんだよね……」
「た、確かにそうですけど……!」
『そうですけど、本当のことを言ったらリベロ王に怒られますよ?』と、エイリーが言いたいのは分かる。
とはいえエイリーも、今はまだ言う決心が付いていないだけなのだろう。
事態がさらに深刻化したら、すぐにリベロ王へ本当のことを連絡するはずだ。
「そりゃあさ、本当のことを言ったら私達怒られるじゃん?」
「当然ですよ!」
「なら、本当のことを言わなきゃいいんじゃない?」
「嘘もダメです!」
「嘘は吐かない」
はぁ……? と、露骨に怪訝そうな顔をしているエイリーが可愛い。
「ちょっと話の内容を考えたいから、とりあえず、本を片付けといてもらっていいかな」
※
「リベロさん! リベロさぁん!」
コルトゥーラの城の中を、小さなメイドがぱたぱたと走る。
彼女の後ろからは、だらしない顔をした——しかし霊獣級の実力を持ったオウムが、だらしない顔をしながらのんびりと追いかけてきている。
「ん? カリーノか。どうした?」
コルトゥーラの国王、アルジェント・リベロは新聞から顔を上げた。
小さなメイド——メイド長のカリーノは、肩で大きな呼吸をしながら、
「はぁ、はぁ、はひ、これ、電信が……」
と、電信端末を差し出す。
「あらあら、リベロさん。電信なんて珍しいですね。いつ以来でしょう?」
リベロの横にいた王妃、プリートは、わくわくしながら電信の画面を覗きこんだ。
コルトゥーラは、国王であるリベロの方針で、電信端末を積極的に導入していない。
とはいえ、一国としての体裁を保つためにはある程度必要になる。
だから仕方がなく、必要最低限は揃えているというスタンスだ。
そして今回、あまり鳴ることのない電信端末が鳴ったため、
「電信? 俺に?」
リベロはそれなりに驚いていた。
「はひ……リベロさん宛です……」
肩で呼吸をするメイドから端末を受け取りながら、リベロは怪訝な顔をする。
「俺にかけてくるなんて、誰だ……? 電信って俺、どうも好きになれないんだよなぁ……」
困ったように頬を掻いているリベロだったが、
「パーチェ様からの電信です」
と聞いた瞬間、
「パーチェからか!
と目を光らせて、端末に浮かぶ『承認』のポップアップを迷わず押した——
※
さて、あの男からうまく情報を引き出しつつ、こっちの窮地は知られてはいけない。
どれだけ本で調べても今一つ分からない霊獣の攻略方法を、戦闘経験豊富らしいあの男から聞き出さなければいけない。
俺とエイリーの未来、そしてセーレットの未来は、わりとマジでこの電話一本に託されて——
『おぉ! パーチェかぁ! どうしたぁ!』
「うぎぃ……!」
——ぎぃん、と。
質の悪い電話がハウリングを起こして鳴る。
声がデカすぎる。
確実に鼓膜がイカれた——
『あ⁉︎ パーチェ⁉︎ パーチェ⁉︎ どうしたァ‼︎』
「お、おと、お父様——」
『どうしたァッ!』
「もう少し、声を、小さく……!」
『ん⁉︎ そうなのか! そうなのか……』
あー、あー、と国王の声は小さくなっていく。
『あー、あーあー……おう、聞こえるか?』
「まだ大きいぐらいです」
何という肺活量の暴力。
どうやらこの男は、こういう機械全般、本当に使い慣れてないらしい。
『で、急に電信なんてどうした? 何かあったのか?』
そのわりには、いきなり本題に切り込んできたな……。
まぁいい。
作戦通りにいってみよう。
「今、セーレットにいます」
『おぉ、そうみたいだな。セーレットの国立図書館からかけてきてんのか? どうだ、そこ綺麗だろ? セーレットの城より豪華だよな』
何か失礼なことを言ってるけど、俺もちょっと思ったしとりあえずスルーする。
「えぇ、そうですね。それで、セーレットの国王、エレナ・コリアスさんと仲良くなりました」
『おー、そうかそうか! 俺まだ会ったことないんだよなぁ』
「で、ですね。この国、国王であるエレナが最高位の能力者なんですけど、ランクが私達と同じ霊獣級なんです」
『じゃあまぁ、必要最低限の強さはあるって感じだな』
「いえ、どうもそうは思えないのです」
え? と電信端末の向こうから、怪訝そうな声がする。
「エレナはグラスのウィザードなんですが、蓮を出すだけの能力者なんです。戦闘能力はほぼありません」
俺がこう言うと、国王は沈黙した。
そしてしばらくしてから声のトーンを落として、
『……で、何が言いたい?』
と、一言。
「つまりこの国は、何者かに襲われたら危ないです」
『まぁ、確かになぁ……でもよ、そんなんどこの国でも一緒だぜ?』
確かにそれはその通りなんだけど……。
でもまだ想定の範囲内だ。
俺はここでエイリーとバトンタッチする。
「代わりました。エイリーです」
『おぉ! エイリーか! 元気にしてるか!』
上半身を反らすことで肺活量の暴力を回避し、表情を変えることなく、
「えぇ、おかげさまで元気にしております」
とエイリーは涼しい顔で答える。
『で、さっきパーチェの言ってたことなんだが……』
声がでかすぎて、会話が全部ダダ漏れだ。
「えぇ、その件なのですが、セーレットとの同盟を組んではいかがでしょうか?」
『おぉ、さっそくか! まぁ昔は盛んに国交のあった国だから、別に問題はないと思うが……』
思うが『そんな弱い国王の国と同盟を組んでメリットがあるのか?』とリベロ王は言いたかったのだろう。
エイリーはそれを汲み取って、初日の長い会議で決まった内容を説明した。
あの『コルトゥーラの農作物を安く輸出し、セーレットへ観光しやすくする』というやつだ。
ちなみに困った時はお互いに能力者を貸し出しましょうという、いわゆる『戦力の相互賃予』についてはここでは語らなかった。
エイリーの話を聞いて、
『なるほどなぁ。コルトゥーラは娯楽が少ないし、セーレットに行きたいと思ってる国民は結構いるかもなぁ』
と、少し考えている様子だ。
「ちょっといい?」
エイリーに声をかけて電信端末を再度もらう。
「ただ一つ、問題がありまして」
『おぉ、パーチェか。問題って何だ?』
「それは、セーレットが観光国家として機能しなくなった時、コルトゥーラ側のメリットがなくなるということです」
『そんなことあるかぁ? セーレットだぞ?』
「例えば、強い能力者に襲われたら、セーレットにはそれを防ぐすべはありません」
『まぁ、エレナ姫の能力的にそうかもな』
「それに——」
ここで、思いきってぶっこんでみる。
「——それに、もしセーレットが、強い霊獣に襲われでもしたら……」
俺の言葉にエイリーがびくっとして、ちらりと俺の顔を見た。
『そうだなぁ……仮にセーレットと同盟を組んだとしたら、何かあった時は俺が助けにいかなきゃいけないわけだ。でも、逆にコルトゥーラがピンチになっても、エレナ姫じゃあ助けにならない』
「じゃあ、例えばセーレットが霊獣に襲われたとしたら、お父様ならどう解決しますか?」
エイリーが息を飲んで耳を澄ます。
『霊獣? あー、まぁそうだなぁ……能力者本体を叩きにいくしかねぇよな』
はいそれは無理です。
能力者自体はもう死んじゃってるからね……。
「本体が叩けない場合は?」
『叩けないっていうのは、他のやつらから守られてるとか隠れてるとか、そういう場合か?』
そうそう、それそれ!
まぁ厳密にはそうじゃなくて、草葉の陰に隠れちゃってるんだけど、まぁいいやこの際誤差誤差!
頼むから何か有益なヒントをくれ!
頼む!
『んー……そういう場合はもう、普通の動物を倒すつもりで、全力で倒しにいくしかないよなぁ』
参考にならなかった。
あのヘドロと悪意の塊を何の動物だと思って戦えというんだ。
あんな動物がいてたまるか。
「そ、そうですよねぇ」
でも正直に言うわけにもいかず、弱々しく返事する。
『おう。まぁ、同盟を組むかどうかは一度エイリーとしっかり話して決めたいところだが、もし同盟を組むことになったら、相手が何であっても俺がバッチリ倒すから心配すんな!』
あっはっは! と頼もしく大きな声で笑っているものの、まったく頼りにならない。
というか『同盟を組むかどうかはまだ未定』という段階だったのに俺は『あの化け物を倒す』とエレナに——一国の国王に、誓ってしまったのだ。
頼りたいけど、絶対に頼れない。
もう、何がなんでも絶対にバレない内に倒すしかない。
『まぁ、死なない程度に楽しんでやってこい! 飯はちゃんと食えよ! じゃあなー!』
肺活量の暴力は、ピッ、というあっけない電子音と共に一方的に切られた
「切れちゃった……」
呆然とする俺に、
「何か、有益な情報は……」
エイリーがすがるような目を向けてくる。
「電話の内容、全部聞こえてたでしょ……?」
「ですよねぇ……」
あああああぁ……と力なく頭を抱える少女二人(※片方は♂)を見て、図書館の利用客が不思議そうな顔をした。
※
「じゃあなー!」
端末に浮かぶ『終了』のポップアップを押してから、
「あいつら、絶対セーレットで何かやらかしてるな」
と、リベロは楽しそうに笑い、
「あらあら、どうしましょう」
プリートも楽しそうに笑った。
続く




