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挿絵(By みてみん)


      11


 ぎゅっと目を閉じる。

 体に衝撃がこない。


「え……?」


 恐る恐る目を開ける。


「姫、早く、逃げてください……!」


 俺が見たのは、今にも崩れ落ちそうなエイリーの背中だった。


 巨大な歯車を盾のように展開して、大男の突進と拮抗している。

 肋骨にヒビの入ったエイリーが——


「てめぇ! 邪魔すんじゃねぇ! 今度こそ腹に風穴ブチ開けんぞ!」


 巨大な拳が歯車の盾を破壊して、そのままエイリーのお腹に重たい一撃を入れた。

 エイリーは、高い悲鳴を喉の奥で押し殺す。

 俺とエイリーは二人揃って拳に弾き飛ばされて、受け身も取れずに地面に叩き付けられる。


 それと同時に、


「え、嘘……」


 グルが消えた。

 エイリーはもう、魔力供給ができる状態じゃないのか……?


 早くキャンディを舐めなきゃ。

 早く。

 早く拾いにいって、ポーチから取り出して、舐めるだけ。

 簡単なはずだ。


 でも、弾き飛ばされたことで、ポーチから余計に遠ざかってしまった。


 本当に簡単なのか?

 もし失敗したら、痛い目に遭う。

 殴られてしまう。

 怒鳴られてしまう。

 それは怖い。

 手が震えている。

 足なんて絶対動かない。

 動かさないと。

 動かさないと。

 早く早く早く舐めないと——


 地面に叩き付けられたエイリーが、か細い悲鳴をあげながら脇腹を押さえている。


「コルトゥーラ王宮の姫とメイド……人質にはもってこいだな。まさに飛んで火に入る夏の虫ってやつだ! ははは、あのふざけた男を絶望させてやる……まずはお前からだ!」


 青い空。

 白い雲。

 すべてを覆い隠すように視界を遮る、逆光を浴びた真っ黒な大男。

 俺の顔より大きな手が、真っ直ぐ顔面へ伸びてきて——


「……おい、まだ邪魔すんのかよ」


 ——目の前で、手の動きが止まった。


「……しますよ。私の命が尽きるまで……いえ、尽きても!」


 大男の手が俺の顔を掴む瞬間、エイリーが、大きな腕に体ごと抱き付いた。

 でもその力は弱々しく、虫を払うぐらいの動作で簡単に吹っ飛ばされそうだ。


「エイリー、ダメ!」

「姫、早く逃げてください!」

「逃げられないよ!」


 足がすくんでるし、何より——


「エイリーを置いて逃げられない!」

「私のことはどうだっていいんです! だから早く——」

「——どうでもいいわけあるか!」


「ごちゃごちゃうるせぇ!」


 大男が腕を乱暴に振り上げると、エイリーがふわっと宙を舞う。

 浮いた体が地面に着く前に、大きな手がエイリーのか細い首を容赦なく鷲掴みした。


 苦しそうにもがきながら大男の手を剥がそうとするも、エイリーの小さな両手では人差し指すら動かせない。


 あぁ。


 何で俺は、大事な人が苦しんでいるのを見て、動けないんだろうか。

 俺は、ようやく主人公になったんじゃないのかよ。

 ここで動けなくて何が姫だよ。

 大事な女の子一人守れなくて何が主人公だよ。


 国王の言葉が頭をよぎる。


『何があったって、最後に女を守るのは男なんだよ。これは絶対だ。だから、』


 回想の中のリベロ王が、にっと笑う。


『ここぞという時は、男になれ。いいな?』


 そうだ。

 男に。

 誰かを守れる男にならなきゃ——


「俺よぉ、握力に自信あんだよなぁ」


 大男が、手に力を込める。


「うぐぅ……!」


 エイリーが喉の奥から高い悲鳴をあげる。

 顔が赤紫色になっていく。


 俺が動かないと。動かないと。

 エイリーが死んじゃう。

 でも、足が。動かない。


「こんな細い首ぐらい、このまま握り潰せんじゃねぇかなぁ俺」


 やめろ……。


「さすがに、素手で首潰すのって初めてだな」


 やめてくれ……!


「おい、コルトゥーラのお姫様よ! お前のクソ親父にコイツの首持ってってやれよ!」

「——やめろぉおおおおお!」


「はいはい、げろかすきもおたが、げんきいっぱいさけんだところで、やってまいりました」

「やめろぉおおお——お、ぉお!?」


 叫んでる途中で。


 一瞬にして、俺は不思議な空間にいた。

 薄いピンク色の空がどこまでも広がっている。


 まるで、編集ミスをした動画を観ているかのようだった。

 本当に一瞬だった。

 ここは森の中じゃないし、女の子もいない。


 足元には、薄いピンク色の雲がどこまでもふわふわと続いている。

 同じくピンク色の空には、キャンディとサクランボのオブジェが音もなく漂っている。


「……」

「おい、げろかすきもおたろりこん、りあくしょん、うすいぞ」


 男の子か女の子か分からない、けどまぁ何となく可愛い感じの子どもだ。

 相変わらず凄惨な口の悪さだ。

 ゲロカスキモオタロリコンってお前……。


「えっと……君はあれか? ピンチのたびに俺をここに呼び出す感じなのか?」


 前は、電気ビリビリ男に襲われて死にかけていた時に、ここに呼び出された。

 そしてこの子は、キャンディが能力の原動力であるということを教えてくれた。


「えっと……今回もこのピンチから助けてくれる感じなのかな……?」

「え?」


 子どもは首を傾げて、


「んなわけないじゃん」


 断言した。


「あまえんなよかす、だいべん」

「だっ、大便……⁉︎」


 今まで俺の凄惨な顔面は妖怪に例えられてきたけど、まさか排泄物呼ばわりされるとは思わなかった。


「そもそも、君が俺をここに呼んでるの?」

「そう」

「じゃあ、何で呼んだの? また何か能力でもくれるの?」


 これあれか?

 よくあるパワーアップイベントか?


「ううん、」


 子どもは首を振って、清々しいほど真顔ではっきりと言い切った。


「まぁ、あれよ。いうならば——ひやかし?」

「——張っ倒すぞテメェ!」


 くそ、このガキ舐め腐りやがって……。


「だいたいここはどこなんだよ……君が何者かもいまだに分からないし……」

「まぁあれよ。いうならば……かみ?」

「神だぁ? ふざけんな」


 ダメだ。この野郎、非暴力派の俺が手をあげそうになるレベルでふざけていやがる。

 今回は何のパワーアップも期待できなさそうだし、とっとと帰るのが吉だろう。


 あぁ、でもよかった。

 何かあまりにもくだらなすぎて冷静になってきた。


「だいたい、くそかすげろきもおただいべんかすには、ぱわーあっぷなんていらないよ」


 凄惨な二人称は置いておくとして、謎の子どもは俺の心を読んだように『パワーアップ』という言葉を使って続ける。


「いま、たりないのは、ゆうき」


「勇気……?」

「そう。それと、きっかけ。それさえあれば、ぱわーあっぷなんてしなくても、だいべんでもきっと、あいつに、かてる」


 足りないのは、勇気ときっかけ——

 それがあれば、勝てるのか……?


「だからきょうは、なんもなし。さっさとかえって、たたかってこい」


 桃色の世界が薄く白くなっていく。


「ろりこんなんだろ? 『さいごにおんなをまもるのは、おとこ』って、えらいひとが、いってた!」

「はは、」


 薄れゆく景色の中で、俺は笑う。


「別にその人、そんな偉い人じゃないから」


 ——青い空。


 白い雲。

 泥の臭い。

 首を絞められているエイリーの嗚咽。

 海風。

 潮の匂い。


 ——戻ってきた!


 目に映るすべてがスローモーションに見える。

 思考が加速していく。


 今の俺にやれることはなんだ?

 手は動く。

 足も動く。

 頭も動いてる。

 冷静だ。

 今、一番優先しなきゃならないのは——


「——っらぁぁあぁあああああっ!」


 大男の顔面に、泥を投げ付ける。


「おわっ⁉︎」


 視界を遮った瞬間に、渾身の力で全身でタックルをかました。

 まるで木にぶつかったように、大した衝撃にならなかった。

 だけどそれは——


「——はぁっ!」


 エイリーに、一瞬の隙を作り出す。

 首を掴まれたままのエイリーは、両足を揃えて大きく上げて、大男の顔面目がけて、容赦なく足の裏を叩き込んだ。


 大男は今度こそたまらず倒れこむ。

 その反動でエイリーは解放されて、地面に転がった。

 げほげほ、と、首を押さえながら呼吸を整えている。


「エイリー、ごめ——」


 んね、と自分の不甲斐なさを謝る前に、


「ありがとうございます」


 先にお礼を言われた。


「姫の勇気に、救われました」


 頼もしく、凛々しい笑顔だった。


 必要なのは、勇気ときっかけ——確かに、そうだったな。


 少しおかしくなって、何だか笑えてきた。

 落ち込むのも反省するのも、とりあえず後だ。


 キャンディのポーチまで歩いていく。

 土汚れを軽く払って、中を確認して——


 ——ぼーなすだぞ、きもおた!


「……はは、」


 どこかから聞こえてきた声に、今度こそ笑い声が出た。


「ど、どうしたんです? 姫」


 俺は、ポーチの——なぜか完全回復したキャンディが入っているポーチの中を見て、エイリーに言葉を返す。


「とりあえず、エイリーの回復をしようか」

「え? ですが『ちょっと(ピソリーノ・)お昼寝(テンポラーニア)【着(トッピング)】』はもう——」

「大丈夫」


 エイリーの前でキャンディの包装紙を取って、口に入れる。

 痛々しい青いアザの付いた首。

 落ちた時に擦りむいた膝。

 そして、目には見えないけど一番痛そうにしている脇腹。

 そのすべてにゆっくり手をかざしていく。


 あとは、治したいという気持ちを込めるだけ。

 俺に、できないわけが、ない。


「すごい……」


 エイリーは目を見開いている。

 見てるそばから、傷やアザが消えていく。


「もう動けそう?」


 俺の差し伸べた手を、


「えぇ、」


 エイリーは力強く握って、


「いつもより元気なぐらいです」


 凛々しく頷きながら笑った。


「さぁ、いこうか」

「えぇ、どこまでもお供致します」


 握られた手は、温かい。

 もう、怖くなんか、ない。


続く

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