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挿絵(By みてみん)


      10


「大丈夫? エイリーと……お店の子」


 土嚢みたいに動かない大男を警戒しつつ、二人のもとに駆け寄る。

 俺が手を差し伸べる前に、エイリーは自分で立ち上がった。


「大丈夫、です……」


 大きく咳き込んでから、エイリーはメイド服に付いた砂を払った。


「申し訳ありません、姫……彼女を守るためとはいえ、不覚を取りました」


 エイリーは一度大男を一瞥してから、悔しそうにうつむく。

 そして、痛そうにお腹をさすっている。


「それは仕方がないよ。むしろよく守ってくれたね……」


 実際に、身を呈して誰かを守る、というのを見ると、くるものがある。

 相当な覚悟と瞬発力がなければできることじゃない。


「それでこの子……大丈夫かな」


 可愛い小さな女の子が、口から血を流している。

 頬を赤く腫らしながら、苦しそうに呼吸をしている。


 しかもエイリーにまで暴行してくれやがって……こんなことをしてくれやがった大男に、正直アルジェント・パーチェは怒り猛っている。

 だけど今は冷静にならないといけない。


 エイリーは女の子の脈を測ったり呼吸を確認したり、手際よく動く。

 こういうのもきっと、独学と経験の賜物なんだろう。

 その流れでエイリーがそっと頬に手を添えると、女の子はびくっと肩をすくめて、ぎゅっと顔をしかめた。

 無理はない。

 顔面にローキックを食らっているのだ。


 小さい女の子を傷付ける輩は、俺が国王になった暁には一部の例外もなく絶対即死刑に処そう。


「恐らく骨折などはしていません」


 女の子の小さな手や足を持ち上げながら、エイリーは続ける。


「口からの出血も、内蔵へのダメージに起因するものではなく、頬に衝撃を受けたことによる裂傷でしょう……そして私も肋骨が……折れてはいないにしても、ヒビぐらいは入っているかもしれません」


 ヒビ?


「……え? 大丈夫なの? それ」

「私は大丈夫ですが、動くとなると、少し……それより彼女です」


 エイリーは女の子を指差す。


「頭を強く打っているので、脳震盪を起こしているかもしれません」


 可哀想に……呼吸も苦しそうだし、せめて薬か何かあれば——


「——あ。あるじゃん」

「はい?」


 エイリーが顔を上げる。


「ほら、私持ってる持ってる。そういえば」

「何をです?」


 訝しげな顔をしているエイリーに、ドヤ顔で返す。


「ジーナの回復の能力」

「え? ……あ、あぁ!」


 ジーナからコピーしたホーリー回復魔法、『ちょっと(ピソリーノ・)お昼寝(テンポラーニア)【着(トッピング)】』——


 エイリーは顔をぱっと上げて、


「使ってみましょう」


 と表情を硬くして頷いた。


 ポーチからキャンディを取り出してくわえる。

 ぐっ、と、体の芯が熱くなるような感覚があった。

 だけど、『操獣機巧(ベースティア・フェローチェ)【着(トッピング)】』のキャンディを舐める時と比べると、沸き上がってくる力が少し弱い気がする。


『ちょっと(ピソリーノ・)お昼寝(テンポラーニア)【着(トッピング)】』は妖精級だから、きっとその辺りは能力のランクで違ってくるんだろう。


 ……よし。


 前にエイリーを治したのと同じ要領で——


 全神経を指先に集中させる。

 頬の出血ということは、毛細血管が破裂しているということ。

 破れた血管をすべてつなぎ、正常に血を流す。

 頬の骨にヒビが入っているのなら、それも跡形なく治す。


 城を出る前にカリーノの雑用で鍛え上げてもらった甲斐もあって、エイリーを治した時より細かい魔力の操作ができている気がする。

 こんな可愛い女の子の、顔に、傷一つ残させるな——!


「すごい……!」


 エイリーが呟く。


「完璧に止血されてますし、傷も跡形もありません。腫れも引きつつありますし……姫はホーリーに適正があるのかもしれませんね」


 尊敬の眼差しを向けてもらってるところ申し訳ないんだけど、俺、ただロリコンなだけなんだけどね?

 ヤローを同じ精度で治せと言われても多分無理よ?


 とりあえず、『ちょっと(ピソリーノ・)お昼寝(テンポラーニア)【着(トッピング)】』に関しては、だいぶ扱えそうだ。

 便利そうな回復魔法が無難に使えそうで少し安心した。


 でも、エネルギーの注ぎすぎでキャンディはもうなくなってしまいそうだ。

 これ以上は使えそうにない。

 エイリーも今すぐ治してあげたかったけど、残念ながらそれは無理そうだ。


「ごめん、エイリーの分まで魔力が回らなさそうで……」

「そんなことはいいのです!」


 しょぼくれる俺に、エイリーは続ける。


「むしろ、私なんかを助けるためにこの子の治療を中途半端に投げ出していたら、私は姫に失望していました。何よりも第三者を優先してこその姫ですし、だからこそ尊敬し、敬愛しております」


 一切の曇りなき瞳で、エイリーはそう言い切った。

 霊獣に名前を付けていることよりよっぽど恥ずかしいことを言ってるんじゃないかと思うけど、本人的にはそんなことはないらしい。


「と、とりあえずこの子はここに寝かせておくから……エイリーはこの子をよろしく」

「承知いたしました……いっ……!」


 エイリーが顔をしかめながらお腹をさする。

 これは、さっさと決着を付けないとまずいかもしれない。


 何がまずいって、少女を傷付ける悪への怒りが爆発しそうで非常にまずい。

 大男の近くまで歩み寄って、脇腹に思いっきり蹴りを入れてみる。


「おい、今泣いて詫びるなら逃がしてやるぞ」


 女児を二人も暴行したと思うと、何となく所作も荒くなる。

 俺の言葉に目を覚ました大男は、ぶわっと風を操って俺と距離を取った。


「おいおいおいおい、嘘だろ、ふざけんなよ。何でセーレットにまともな能力者が二人もいるんだよ。何でどっちも、よりによってコルトゥーラ王宮の人間なんだよ。何でどっちもナインなんだよ。しかも何でどっちも同じ歯車の能力なんだよ! 答えろ!」

「——答えるか馬鹿がよ」


 どどん、と二発。

 再び俺のパンチを腹に食らった大男は、地面と水平に飛んでいく。

 だけど今度は無様に倒れることもなく足元で風を巧みに操って、フラつきながら体勢を整える。

 そして、また真っ直ぐ向かってきた。


 俺と大男、お互いの息遣いが聞こえそうな距離まで顔が近付いた次の瞬間——


「——『絶望の終末《パンターノ・シン・ファンド》【着(トッピング)】』!」


 大男は巨大な泥の手に飲み込まれていく。


「な、何だ⁉︎ 泥⁉︎ う、ぐぶ、どっから泥が——っぐ、お前、歯車の、能力者じゃねーのか、よ……はぁ⁉︎ ぶはっ!」


 おーおー、混乱してるなぁ。

 俺がドルヴィお姉様との絶望の修行(キス)の末に手に入れた能力だ。

 存分に絶望していってくれや。


 どろどろとした、泥々とした手が、大男を完全に握っている。

 必死にもがけばもがくほど沈んでいっているけど、死に物狂いの本人にそれは分からないだろう。


 さぁ、絶望の修行(キス)の成果をエイリーに見せようじゃないか。

 俺は、青い空に向かって固く拳を握って突き上げる。


「ぐっ⁉︎」


 同じように固く拳を握った泥のアームが、大男に絶望を見舞う。


「そのまま地面に叩き潰せ!」


 固く握られた拳が、地面に向かって降り下ろされる。


「させるかっ——よぉぉぉおおおっ!」


 血管がはち切れんばかりに大男が叫ぶと同時に、泥のアームから地面に向かって暴風が吹き始めた。

 細かな泥の粒が、びしゃびしゃと音をたてて地面に叩き付けられる。


 何だか腕相撲みたいな状態になっている。

 上等だ、このまま叩き潰してやる!


 さらに魔力を注ぎ込む。

 ぐぐ、とアーム全体に力を込める。

 大男も負けじと風の威力を強め——


 ——ここで俺は一つの失敗をする。


「このまま叩き潰して……あっ、あれ——」

「うおおおおおっ! このっ……うわっ、お? おお?」


 突然、ただの泥と化したアームが、地面にべちゃりと無様に広がる。

 それと同時に自分を押さえるものがなくなった大男は、自分の暴風で一瞬バランスを崩したものの、すぐに立て直して俺と間合いを取った。


「はぁっ……はぁっ……!」


 肩で荒い呼吸をしながら、呆然としている俺を睨む大男。

 そして、


「はぁっ……はは、ははは! はははは! 分かったぞ!」


 ふらつきながら、だけど確実にどっしりと立ち、大男は笑う。


「お前は、歯車の能力者じゃなくて、歯車の能力者『でもある』んだな」


 俺は何も言わない。

 ……言えない。


「お前は何らかの方法で、他の能力者の能力をコピーする能力者なんだろ? で、」


 と、俺を、俺の顔を——俺の口を、指差す。


「そのお口の中のキャンディが能力発動の原動力なら、もう全部舐めちまったってところか? そのポーチの中には、まだ他のキャンディが入ってんだな?」


 震える俺の口から、キャンディが小さくなった、白い棒が落ちる。

 キャンディはなくなったわけじゃないけど、これ以上舐めたらなくなるという本能的な恐怖を覚えた。


 キャンディって、舐めきったらどうなるんだ……?


 いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。

 読まれた。

 バレた。


 盗賊の時だって今回の大男の時だって、俺は不意打ちをすることで辛うじて一発を入れることができたのだ。

 でも今、俺は手の内が完全に読まれて、バレてしまっている。

 おまけに魔力もかなり消費してしまっている。


 能力がバレた今、アイツはキャンディを舐める俺を全力で阻止してくるだろう。

 それがアイツにとっての、一番簡単な勝利条件だから当然だ。

 キャンディを舐められない俺は、ただの丸腰の子どもだ。


 ポーチを手に取って握りしめる。

 これが俺の、文字通りの命綱。

 文字通りの生命線。


 とりあえず次のキャンディを口に入れて——


「——だったらよぉ、」


 びゅっ、と鋭い風が俺の手を打つ。


「いたっ!」


 あまりの痛さに涙目になる。

 折れたかと思って手を見て——


「だったら、こうしちまえばいいんだろ?」


 ——折れたのは俺の心だった。

 手に持っていたポーチが、遠くに吹き飛ばされていた。


「これでお前は、ただの無能力者ってわけだ。違うか?」


 違わない。

 その通りだ。


 まずい、どうする。

 今から俺がやらなきゃいけないことは、何だ?


 ポーチをダッシュで拾いにいく。

 ポーチのを開ける。

 中からエイリーの『操獣機巧(ベースティア・フェローチェ)【着(トッピング)】』のキャンディを取り出す。

 包装紙を取る。

 それを口に入れる。


 これで何秒かかる?


 仮に五秒でできたとしても、大男はその間に俺を五十回は殺せるだろう。

 まずい、どうする、どうする?


「俺にケンカ売ったこと、甘ったれの貴族に後悔させてやる——歯ァ食い縛れガキィ!」


 風が吹く。

 俺ののさらさらの髪を乱していく。

 大男が地面を蹴る。

 怒声をあげながら迫ってくる。

 拳を固く握っている。

 巨大な拳が目の前にある。

 そして——


続く

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