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挿絵(By みてみん)


      4


 今の自分の感情を、どう言い表せばいいのかが分からない。

 安心とがっかりが入り乱れた、非常に難しい感情だ。

 ただ、人として守らなきゃいけない一線は守れた気がする。


 慣れた手付きでトイレを終えて、ベッドに腰かけた。


「何だってんだよ……」


 叩きのめされたボクサーのようのうなだれる。


 世の中には『男の娘』というジャンルがある。

 おとこのこ、と読み、可愛い女の子にリトルサンが付いていることを楽しむという、大変風流な文化形態の一つである。


 だけど俺は熟女好きであって、目の前に美しい人がいたら、それはやっぱり女性であってほしいし、リトルサンにはお帰り願いたい。


 そしてどうやら年相応にロリコンになってしまった今だって、当然女性であってほしい。

 女の子であってほしい。


「男じゃねーか……」


 呟く声はどう考えても女の子なのに、リトルサンが鎮座している。

 そう考えると何で俺、『姫』って呼ばれてたんだ?

 もしかしてあのメイドさん、俺が実は男だということを知らないのか?


 あれこれと考えていたら、


「し、失礼しまーす……」


 ノックと共に控えめな声が聞こえた。

 開けられたドアの方を見ると、小さなメイドさんがいた。


「え……? 起きてる……」


 俺を庇ってくれたあのメイドさんじゃない。

 もっと幼い感じだ。

 起きている俺を見て、静かに混乱している。


「すみません、あの——」


 声をかけた瞬間、


「——リベロさぁーん! パーチェ様が起きましたぁ!」


 と大声で叫びながら廊下をぱたぱたと走り去っていった。

 再び部屋が静かになる。


「いったい何なんだ……」


 可愛い声で呟いたのと同時ぐらいに、


「——パーチェ!」


 ばん、と乱暴にドアが開け放たれた。

 ノックもなく、二人の男女が駆け込んでくる。


「よかった、無事で……!」


 男の方が雑に俺を抱きしめる。

 女の方は俺の頭を優しく撫でながら、静かに涙を拭っている。


「どうだ? 痛いところはあるか?」

 

 男は俺の肩を掴んで、やっぱり雑に、忙しなく全身をチェックしている。

 乱暴ともいえる扱いだったけど、心配しているのが伝わってくる。


 さて、考えろ。


 恐らくだが、この男女二人は俺……つまりこの体の持ち主の美少女(男)の両親と見て間違いないだろう。

 さっきのメイドさんが『リベロさん』と呼びにいってこの二人がきたということは、どちらかが『リベロさん』なはずだ。

 そして、俺が『姫』と呼ばれているということは、両親と思われるこの二人は、恐らく国王と王妃——


 今推測できるのはこれぐらいか。

 そうなると、馬鹿正直に過ごしてたらいつかボロが出て『中身が別人になっている』ということがバレてしまう。

 ならば——


「痛いところはないんですが……」


 俺は、トイレ中に思い付いた嘘を吐くことにした。

 大袈裟に頭を抑えながら、苦しそうな顔をしながら。


「襲われたことによるショックか、ケガのショックか、記憶がハッキリしないんです……」


 まぁ、嘘とはいえそこまで深刻な嘘でもあるまい。

 事実、川で溺れた結果こうなっているんだから、むしろ正直すぎるといってもいい。


「そんな……!」


 女性の方が、口に手を当てて息を飲んだ。

 だけど、漏れそうになった嗚咽をぐっと飲み込んで、


「大丈夫、大丈夫よ」


 と俺を抱きしめた。


「何があっても、私達が守るからね。一個ずつ、思い出していきましょうね」


 とん、とん、と背中を撫でてくれる手が優しい。

 こんなことしてもらう資格なんて、俺にはないのに。

 俺は、あなたの子どもではないのに——


      ※


 それから二人は、俺に色々話してくれた。

 この国のこと、王族であること、自分達の名前のこと——


 教えてくれた情報を、頭の中で繰り返して定着させていく。

 俺の名前はアルジェント・パーチェ。

 アルジェント家のパーチェちゃん(男)ということらしい。

 

 そしてここはコルトゥーラという国で、この二人はやっぱり国王と王妃だった。


 男の方がアルジェント・リベロ。

 三十手前ぐらいの、がっしりとした体付きの男だ。

 リアクションと声がいちいちデカい。


 女の方がアルジェント・プリート。

 こちらも三十手前ぐらいの、綺麗な女の人だ。

 生前(?)の俺なら『四十年後には最高の状態に仕上がってるだろうな』と胸をときめかせていたに違いない。

 人を惹きつける不思議な魅力がある。


 話を聞くに、このコルトゥーラという国は、恐らく俺の知っている場所ではない。

 異世界にきてしまったとみて間違いないようだ。


 俺が美少女(男)になってしまう上に、キャンディーを舐めたら変身する世界なのだ。

『ここは異世界です』と言われた方が、むしろ納得できるというものだ。


 そして異世界にいるということは、前世の俺はあのまま溺れ死んだのだろう。

 元の世界に対する執着は、これっぽっちもない。

 どうせ戻ったってイジめられるだけだ。


 今まで俺は、酷い扱いを受けていたのだ。

 どうせならこの可愛い顔で、人生を満喫させてもらおう。


 それと、俺を助けてくれていたメイドさんは、エイリーというらしい。

 ケガの影響なのか精神的なショックの影響なのか、まだ目を覚さないという。 


「少しずつ思い出してきました……」


 頭を押さえながら小芝居を打つ。

 とりあえずこれだけの情報を頭に入れておけば、致命的なボロを出すことはないだろう。

 仮にボロを出してしまったとしても『記憶が……』でゴリ押せる。

 ゴリ押すしかない。


 今度は、俺の身に起きたことを伝えた。

 この身に起きたことをできる限り細かく説明しようと思ったけど、エイリーにキスしたことは気まずいから伏せておいた。


 それと、謎のピンク色の空間で謎の子どもに会ったことも伏せておいた。

 あの空間と、あの、人のことを舐め腐った子どもからは、まるで境内のようにぴんと張り詰めた静謐な空気を感じたからだ。

 みだりに人に話してはいけない気がした。


 その結果、腕が千切れたことも、それを治してもらったことも秘密にする形になった。

 だけど、俺が殴られた話をするたびに苦しそうな顔をする王妃を、これ以上傷付けずに済んでよかったのかもしれない。


 そして、能力の話。

 キャンディーを舐めてパワードスーツ姿に変身した話をした途端、


「そうか、お前にもついに能力が……!」


 リベロ王は場違いなほど嬉しそうな顔をした。


「どんな能力なんだ? パワータイプか? 聞いた感じエイリーの能力に似てるな。ナインか? ランク的には霊獣級か? サモンだったとしたら——」

「——リベロさん、」


 王妃がくすくすと笑う。


「嬉しい気持ちは分かりますけど、パーチェも疲れてしまいますよ」


 そういって、俺の頭を優しく撫でた。


「今は、ゆっくり休ませてあげましょう。お話は、明日でも明後日でも、きっと遅くないですよ」

「お、おう、そうだな」


 リベロ王は俺を抱きかかえると、ぼふっとベッドに放り投げた。

 そして雑に掛け布団をかける。

 ぼふっと風が吹いて前髪が浮いた。

 雑な扱いだったけど、大切にされてるような、愛されてるような感覚があった。


「今回のことは、本当に災難だったな。だが、よくやった」


 ぐしゃぐしゃと頭を撫でて続ける。


「よく生き延びて、エイリーを守ってくれた。この国の王として、そして父親として、俺は鼻が高い」


 おやすみ。

 もっと色々言いたそうだったけど、それだけ残して、二人は部屋から出ていった。


      ※


 おやすみ、とはいえ……。


 まだ夕方なのに『おやすみ』と言われてもなぁ……。

 とはいってもこのお城の中を歩き回るのも怖いし、今は言われた通り眠っておこう。


 激闘で疲れていたのか、子どもだから眠くなりやすいのかは分からないけど、何だかんだでぐっすり眠れた。

 寝ようと思った瞬間に体がぽかぽかしてきて、気付いたら眠っていた。


 健康そうな両親から生まれて、お姫様として健康的に育ってきたんだなぁという感じがする。

 こんな健全で美しい体に、俺のような汚れた魂が入ってしまって本当に申し訳ない。


 でも仕方がないよな。

 わざとじゃないし。

 不可抗力だし。


「ふわぁ……」


 あくびの声すら可愛らしい。

 我ながら、初見で男だと見破るのは無理なんじゃないかと思う。


 さて、さすがにやることがないな……。


 ベッドから起き上がる。

 いつの間にか、すっかり夜になったらしい。


 俺がこの世界で目を覚ましたのが今日の昼前ぐらい。

 国王と王妃と話したのが夕方ぐらい。

 そして今が夜か……あっという間の一日だったな……。


 天蓋からぶら下がっているレースのカーテンを開けて、


「——うぉっ⁉︎」


 驚きのあまり野太い悲鳴をあげてしまった。

 ベッドに尻餅をついてその勢いのまま後ろに一回転した。


「何⁉︎」


 部屋の暗がりの中に、ぼんやりと人影が見える。


「な、何ですか⁉︎」


 俺の問いかけに、その人影はゆっくりと立ち上がった。

 そして、


「……お目覚めですか、姫」


 と、感情のない、低い声で言う。


 は?

 だ、誰?

 怖すぎるんだけど……。

 いつの間に……?

 いつから……?


 心臓が脈打つのを感じながら、声の主を凝視する。

 よく見れば、小さな女の子だった。


 ボロボロの布切れのような服を身に付けている。

 だいぶ目のやり場に困る姿だけど、今はちょっとそれどころじゃない。


 ほ、本当に誰……?


 パーチェちゃんよりちょっと歳上ぐらいの女の子だ。

 窓から差し込む月明かりが、潤いのある黒髪のショートカットに反射している。

 かなり可愛い顔をしているのに、表情も感情も完全に死んでいるせいでかなり怖い。


 いったい誰がこんな時間に——


「——あ、」


 もしかして——


「え、『エイリー』……?」


 さっき国王が言ってた、俺が守ったメイドさんだ。

 そして、俺のことを守ってくれたメイドさんだ。


 昼の時は死にかけてたし必死だったから、顔をしっかり見てなかった。

 だけど間違いない。

 今目の前にいるのは、昼に見たあの子だ。


「……はい。この格好では分からなかったかもしれませんね」


 自重気味に手を広げて、ボロボロの服を見せてくる。

 ちょっと本当に危ういから下手に動かないでほしい。


「それで、えっと……な、何かな……?」


 パーチェちゃんが、日頃エイリーにどういう口調で喋ってるのか分からない。

 だけど『姫とメイド』という関係からして俺は敬語ではないだろうし、とりあえず無難な口調で返しておく。


 エイリーは、やっぱり顔色一つ変えない。

 そして、暗い声で答えた。


「お別れのご挨拶に参りました」


続く

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