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「属国……ですか」
セーレットの城で朝食を摂りながら、昨日の夜にイザドラと話したことをエイリーに伝えた。
「うん、昨日の夜にイザドラさんが言ってた。属国って、国が国の奴隷になるってこと……だよね?」
勉強のできない高校生のイメージをぶつけてみる。
「その認識でおおよそ間違ってはいません。ですが表向きはそこまで酷くはなく、あくまでも『経済や政治において従属している』という状態……つまり、経済や政治において同じルールが適用されているという形になります」
「表向き、は?」
じゃあ裏があるのか?
「はい。この世界では、原則として一番能力のランクの高い人間が国王となります」
それは聞いた。
エレナがいい例だ。
「ですが国によっては、セーレットのように霊獣級の能力者ですら集めるのが困難な国も確かに存在しています。そういった国が、より強力な国王を有する国に守ってもらう代わりに属国になるというのは、事実上、国の消滅を意味します」
「国の……消滅……」
国が国に吸収されるということ——
これは、なかなか大事なのかもしれない。
※
朝食後、部屋に戻るとエイリーから「お願いがあります」と声をかけられた。
「今日一日、お休みをいただいてもよろしいでしょうか」
「休み?」
ん?
どっか行くのか?
「別にいいけど……というかエイリーはもっと好きにしてくれればいいんだけど——」
「——そういうわけにはいきません。姫をお守りするのが私の使命なのですから」
うーむ、ここら辺はまだ固いなぁ……。
「うん、いいよ。じゃあ今日は休みにして、明日からビーバッグの対策を考えようか」
「はい、ありがとうございます」
俺の言葉にエイリーは目をぱっと輝かせて、頭を下げた。
「でも、休みって何するの? 買い物とか? 観光とか?」
まぁ、エイリーはやたらとしっかりしてるから忘れがちだけど、まだまだ子どもだ。
だからこそこんなにも可愛いんだけど。
そんな彼女にとってこれは初めての外国なわけで、観光やショッピングをしたくなるのも当然だろう。
「いえ、そうではなく、」
あ、違うのか。
「今日は少し、グルのメンテナンスを——」
と言いかけて、
「エイリー……?」
エイリーは一瞬で赤面した。
耳まで真っ赤になっている。
「どうしたの?」
そして、そのまま動かなくなった。
「何? 何のメンテナンスって?」
何でいきなり赤面してるんだろうか。
「申し訳ありません、『操獣機巧』のメンテナンスをしたいんです……」
「あー、エイリーの霊獣、グルっていうんだね」
「あああぁぁぁぁぁ……」
消え入りそうな弱々しい悲鳴をあげながら、エイリーは頭を抱えてしゃがみこんだ。
「自分一人の時はいつもそう呼んでいるのですが、申し訳ありません、今、もう、完全に気を抜いておりました……」
いや、俺の前で完全に気を抜いてくれるようになったというのは最高に喜ばしいことなんだけど……。
「それって、そんな恥ずかしいことなの?」
「恥ずかしいですよ!」
いまいち気持ちが分からない俺に対して、エイリーは食い気味に答えた。
少し涙目になっている。
「自分の能力に、ペットのような名前を付けてるなんて……」
まぁ、あれだな。
中学二年生がやたらとかっこよくなりたがる、あの現象だな。
でも、それを言ったらみんな能力に名前を付けてるわけで……。
『霊獣に名前を付けた』というのが、恥ずかしいポイントなんだろうか。
「『グル』ってエイリーが名付けたの?」
「はい、そうです。そうですよ。まだそこを掘り下げますか?」
ちょっとヤケになりながら何度もうなずくエイリーが可愛い。
「掘り下げさせてよ。何でグルなの?」
はぁ……と深いため息を吐いてから、エイリーは教えてくれた。
「皇国ウルーの言語からいただきました」
ウルー……?
あぁ、この世界で初めて字を見た時、そういえばウルーとかトライカルウィーヴォとかそういう国があるって話を聞いたな……。
それで、ウルーの言葉から『グル』って名前を付けたのか。
異国の言語を使って能力とかの名前を考えるのって楽し
いもんなぁ。分かる分かる。
「で、今日はそのグルのメンテナンスをするの?」
「そうです、『操獣機巧』の、メンテナンスです」
頑なに『操獣機巧』を強調してくる。
「いいじゃん、グルって呼んであげなよ。自分の能力に愛着ある感じが伝わってきて、私それすごい好きだよ?」
「……本当ですか?」
「本当本当。私も自分がサモンだったら絶対霊獣に名前付けるもん」
むしろ名前を付けない場合、何て呼ぶんだろうか。
だって自分のペットの犬を『犬! おいで!』とは言わないし、霊獣に『名前を付ける』というのがそんなにおかしいことだとは思わない。
「本当に……おかしくないですか……?」
「本当だって! 名前で呼んであげなよ!」
「で、では、仕方がないので、姫がそう仰るのであれば、えぇ、今後は便宜上、あくまで便宜上ですが、グルという名称で、統一していきましょう」
「……はぁい」
「何ですか、その目は」
「……私、どういう目してる?」
「『便宜上というより自分が呼びたいだけではないか。素直じゃないなぁ』という目をしております」
「そうかなぁ」
「そうですよ! あくまでも便宜上、ですからね! 人前で話しても、その……そう! 能力の内容が悟られづらいので! 機密性の保持です!」
「はいはい」
「はいは一回です!」
※
身支度を整えて、俺とエイリーは黄金のライオンことグルの背中に乗った。
エイリーにグルのメンテナンスとやらを見てみたいと頼んだところ、
「えぇ、もちろん大歓迎です。一緒にお越しいただけますか?」
と快諾してくれた。
「それに、一緒にいていただけた方が、何かあった時にお守りできますからね」
とのことだった。
何とも頼れるメイドさんである。
もしかしたらエイリーは、せっかくの休日を一人で過ごしたかったのかもしれない。
だけど『大歓迎』とまで言ってくれているのだから、今日はそのご厚意に甘えさせてもらおうと思う。
そして今、俺達が目指しているのはビーバッグのいる山だ。
とはいえ今日は休むと決めたから、ビーバッグに会いにいくわけではない。
「ねぇエイリー、何でわざわざ山に行くの?」
がしゃがしゃという音と、勢いよく流れていく風がやかましいから自然と大声になる。
「グルのメンテナンスにはオイルを使うんです。お城でやると汚してしまいますからね」
なるほど。
だから山か。
まぁ山もオイルで汚しちゃダメだと思うけど、城をオイルでびしゃびしゃにするよりかはマシか。
……ん?
「そもそも、霊獣のメンテナンスって何?」
そうだ。
『霊獣のメンテナンス』って何なんだ?
しかもオイルを使うって、バイクとか車のメンテナンスみたいだし……。
能力って、天界の神様の力を借りて、その力で発動してるわけだろ?
で、霊獣は多分、出番が終わったら天界に一度帰るわけで——
「メンテナンスって、意味ないんじゃ……?」
出した結論をそのままぶつけてみると、
「えぇ、意味はないですね」
「意味ないの⁉︎」
思わぬ返答が返ってきた。
周りが岩だらけのところでグルは走行を止め、緩やかに停止する。
「ここなら、多少汚れても大丈夫でしょうか」
軽やかにグルから降りたエイリーは、俺に手を貸してくれる。
その手を取って、俺も軽やかに降りた。
「まぁ、完全に意味がないとまでは言いませんが……このメンテナンスの一番の理由は、単に愛着です」
ふふ、とエイリーは笑う。
「メンテナンスをした後のグルは、何だかいつもより機嫌がよく見えるんです」
そう言いながらグルの顎下を、猫にやるみたいにぐるぐるとあやす。
その手付きが何だかやたらといやらしく見えてドキドキする。
俺もグルになりたい。あやされたい。
「で、メンテナンスって具体的に何するの?」
「オイルを塗ったりします」
あ、やっぱり塗るんだ……。
というか、考えてみればエイリーの能力は歯車なわけで、この世界のどこかには歯車式の機械があるということだ。
この世界、剣と魔法の世界かと思えばテレビがあったり、番組を撮影するためのカメラがあるみたいだし、科学的な文明はどれぐらい進んでるんだろう。
探せばスマホみたいなものがあるのか、それともただの電気通信止まりなのか……。
「さぁ、グル。メンテナンスしましょうね」
いつも通り敬語なんだけど、どこかくだけた話し方をしていて興奮する。
俺は子どもに子ども扱いされるのにも興奮できるらしい。
また一つ、発見だった。
エイリーは慣れた手付きでオイルを塗っていく。
グルはがしゃがしゃと音を立てながら小さく位置を変え、まぁ言われてみれば確かに気持ちによさそうにしている。
オイルは赤褐色で、ぬるぬるしている。
それをエイリーの細くて小さな手が、ぬるぬると塗り込んでいく。
もうどうしようもないぐらい、いやらしい。
脚と脚の付け根に住まう大蛇が鎌首をもたげる。
「はい、どうぞ。いっぱい飲みましょうね」
そう言ってエイリーは、グルの体に塗っていたオイルをグルに飲ませた。
「え? オイルって飲んでいいの?」
驚いて訊ねると、えぇ、と笑う。
「私も最初はダメだと思ったのですが、この子が欲しがるので少しあげてみたんです。そしたらおいしそうに飲むので……」
おいしそう……かどうかは分からないけど、まぁ確かにオイルの缶からぐびぐびと勢いよく飲んでいく。
「でも、安いオイルは飲まないし、飲みすぎるとお腹をくだしたり吐いてしまったりして、戦えなくなるんですよ」
霊獣って腹くだすのかよ……。
しかも食い過ぎで吐くのかよ……。
何かそれ、すごい残念だな……。
でも『そういうところも可愛い』というやつなのか、ぬるぬるの手でグルにオイルを飲ませながら撫で、エイリーは優しく目を細めながら呟いた。
「本当に、可愛くて頼れるんですけどワガママで……まるで姫みたい」
「……」
その瞬間、エイリーが本当にただ一人の、ごくごく普通の女の子に見えて、思わず息を飲んだ。
何とまぁ、子どもというものは、美しいのだろう。
俺が見惚れていると、
「……!」
エイリーは、はっとして手を止めた。
「も、申し訳ありません! 今、私、とんでもないご無礼を……!」
硬直したエイリーの手から、オイルの缶が滑り落ちる。
どぼどぼと溢れだすオイルを、グルは静かに舐めている。
「申し訳ありません! あぁ、私は何てことを……」
何だかここまで気が動転してるのを見るのは、初めてな気がする。
「いや、いいよ、気にしてないよ」
むしろうっかり『グル』って言っちゃったのもそうだけど、俺の前でそうやって露骨に気を抜いてくれているのが、俺は嬉しくて仕方がない。
「あぁ、もう、何で私は……」
エイリーは、赤面してるのか青ざめているのか、もはやよく分からない。
「エイリー、私、本当に怒ってないよ? むしろそういう冗談を言い合える関係になりたいって思ってるから、嬉しいよ」
「本当ですか……?」
「でも罰を下すよ?」
「えっ」
ぎょっとした顔をしたエイリーに、罰を下した。
「今日のエイリーのお休みはこれでおしまい。この後は、私と一緒にセーレットを観光してくれない?」
エイリーは驚いた顔をしてから、
「……ふふ、」
と、何だかゆるく笑う。
「姫がそう仰るのであれば、その罰、謹んでお受け致します」
そして仰々しく、頭を下げた。
あぁ、やっぱり子どもは可愛いな。
いや、エイリーが可愛いんだな。
パーチェちゃんの小さな心臓が、とくとくと鼓動を早める。
その横で、地面にこぼれたオイルを舐めるグルが、小さくため息を吐いた気がした。
※
メンテナンスが終わり、再びグルに乗って山を降りて、今度は町を観光することにした。
ノリで『お休みはこれでおしまい』とか言ってしまったけど、エイリーはグルのメンテナンスを終えたら、どのみちお城に帰って仕事をするつもりだったらしい。
休みの日まで働こうとする真面目すぎるメイドさんを止めるには、この『罰』はちょうどよかったのかもしれない。
※
観光大国、セーレット。
コルトゥーラより東方に位置し、乾燥地帯ではあるものの、海に面しているためそこまで乾燥は気にならない。
むしろ心地いい風となって、穏やかに吹き抜けていく。
見渡す限り広がる、濃い青色をした海と、それより少し淡い青色をした空。
その海を見下げるように、もしくは空を見上げるように、眩しく輝く白い建物がところ狭しと乱立している。
海沿いの急斜面に立ち並ぶ白い建物群は、姿は息を飲むほど 美しい。
まぁ、どれほど美しい景色を見たとしても、一人で見てたんじゃきっと楽しくなかっただろう。
今、こうして可愛い女の子と並んで見ていることに意味がある。
エイリーの黒い、潤いを持った髪が、海沿いの少し強い風にもてあそばれてさらさらと揺れる。
あぁ、本当に子どもは可愛いなぁ。
ちょっと前まで熟女好きだったなんて信じられないなぁ。
エイリーのぱっちりと開いた目は、見ているだけで幸せな気持ちにさせる。
この子は、生まれる世界が違っていたらどうなっていただろう。
モデルにでもなっていたかもしれない。
いや、性格的にないな。
政治家とかかな。
美しすぎる政治家、とかいって。
こう見ると、俺の通っていた高校の女子とかもう、肌のキメとかないし髪も染めててごわごわだし、似合わない化粧をベタベタして、見れたもんじゃなかった。
それに比べてエイリーは何とまぁ——
「——きれいですね」
「いや、可愛いだよ⁉︎ きれいでもあるけども! ……あ、景色の話? う、うん、きれいきれい!」
いきなり話を振られて焦り散らかした。
「……姫?」
不思議そうな視線を、ぱっちりと開かれた目がまっすぐ送ってくる。
ヤバい、不審がられてる。
「その、えっと——」
俺が言葉に貧窮していると、
「——テメェ! ブッ殺してやる!」
幸か不幸か、俺の窮地をかき消すように、後ろから怒声が聞こえた。
続く




