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結局眠れなくなった俺は、セーレットの城の中をぶらぶらと歩くことにした。
この城は高台にあるから景色がいい。
遠くに町の明かりが見えるし、町の明かり以上に眩しく見える満点の星空が、視界いっぱいに広がっている。
その分、城の古さに目がいってしまう。
彫刻の施された白い柱を基調とした城は、昔はさぞかしきれいだったんだろうなぁと思う。
つまり、今はあまりきれいじゃない。
純粋に古く、歴史的価値があるように感じられるけど、単純に手入れが行き届いていないんだろうなという場所がたくさんある
一応、俺とエイリーが通された部屋はきれいにしてあった。
でも、共用スペースというか、メイン通りから外れたところは汚れが目立つ。
国に、元気がない——
これもやっぱり、ビーバッグの影響なんだろうか。
外の池に出る。
エレナと最初に出会った広大な池には、大量の蓮が浮いている。
空気は乾燥しているものの、池の近くだから吹き抜けていく夜風は心地いい。
池に浮かぶ蓮は、どれも青々としていて、葉が分厚い。
確かオオオニバスといったか。
この広大な池に浮かぶ大量の蓮のすべてをエレナが出したというのは驚きだ。
だけど、これが何かの役に立つかと言われると……果たしてどうだろう?
確かに汎用性はあるけど、汎用性だけであのバケモノを倒せるわけがない。
とはいえエレナとキスする口実はほしいな……。
絶対キスしたいな……。
一応何かのタイミングでこの能力をもらっておいても、絶対に損はあるまい。
パワータイプに変換されたら、この蓮だってどうなるか分からないしな。
それに可愛いしなぁ、エレナ。
健康的な田舎娘って感じがする。
大好き。
絶対キスしよう。
絶対。
そうなると『ビーバッグを倒した報酬にキスしてもらう』というのが自然な流れになるか?
じゃあやっぱりアイツを倒す必要があるな——
「……おや、パーチェ姫殿下ですか?」
……ニヤニヤしながら池を見つめていたら、後ろから声をかけられた。
ニヤニヤを全力で沈静化しながら振り向くと、
「あ、イザドラさん……」
イザドラがこちらに向かって歩いてきていた。
俺の近くまで来ると、
「この度は、本当に申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。
「もし、パーチェ姫殿下とエイリー様にもしものことがあったら、私はコルトゥーラに顔向けができないところでした」
「いえ……あれは私が勝手なことを言ってしまっただけで、あれのせいで余計にややこしくしてしまったというか……」
『少女が好き』という心がオーバーフローした結果、色んな人に迷惑や心配をかけてしまっている。
これに関しては、本当に反省しなくちゃいけない。
まぁ、今後また似たような状態になっても、俺のロリ心は絶対に止められないと思うけども。
「本当に、お二人と、エレナ姫が無事でよかったです。今回は視察だけということで、そこまで気にしていなかった私が悪かったのです……」
年上の人間にこうも申し訳なさそうにされると、こっちまで申し訳なくなるな……。
「そこで、パーチェ姫殿下。一つご提案なのですが……」
「提案……?」
「えぇ。コルトゥーラのリベロ王は、優秀なウィンドのソルジャー、そしてランクも霊獣級と申し分ないと聞きます。セーレットから謝礼はお出しします。ですので、リベロ王のお力を借りることは——」
「——あーそれはちょっと難しいですねぇ、お父様もやはりご多忙ですし? その何というか『これぐらいの霊獣はお前とエイリーで片付けてこい』って絶対仰るんですよねぇお父様ってば、ふふふ厳しいんです、なので頼れないんですよね、えぇ、しかもそもそも私とエイリーがビーバッグ一匹に手こずっているのがバレるとあまりよろしくないのでどうぞこのことはお父様には内密に願いますね、はい、えぇ、大丈夫です、ビーバッグを倒す方法については明日以降エイリーとエレナと相談しますから」
ダメだ、何があっても、絶対にあの男にバレてはいけない。
あの男を怒らせてはいけない。
もちろん、普通に考えれば『自分の立場を考えずに勝手に無茶な約束をしました。ごめんなさい助けてください』と言うのが筋なんだけども、それをやったら怒られる。
それが、怖い。
何だか不思議と、こういうところの感覚も子どもになってしまっているようだ。
イザドラはしばらくぽかんとしていたものの、
「……え、えぇ、分かりました。パーチェ姫殿下がそう仰るのであればそのように」
と、柔らかく微笑んだ。
「ですが、どうかお気を付けください。もしパーチェ姫殿下とエイリー様に何かあったら……」
この人最初は『気難しい大臣』みたいなベタなイメージがあったけど、もしかすると、ごくごく普通の優しいおばちゃんなのかもしれない。
「大丈夫です。ありがとうございます」
頭を下げる。
こういう人の優しさも、新鮮な気がした。
「……この池は、」
イザドラが口を開く。
「この池は、エレナ姫の唯一の楽しみなんです」
「え?」
俺が顔を上げると、イザドラはにこりと微笑んだ。
「エレナ姫は、もともと小さな宿屋の娘でした……姫から何か聞いていらっしゃいますか?」
「はい、国中で能力者探しが始まって、『一番ランクが高いだけ』のエレナが国王になったと……」
「そうなんです……」
しわの多い手を組んで、イザドラは目線を落とす。
「おかしいと思いますか、この制度」
そして、手を見つめたまま呟いた。
「子どもであろうと嫌であろうと、弱かろうと、能力のランクの高い人間が国王になる、というこの世界が」
まぁ、そりゃおかしいんだけど、どう答えたものか。
ビーバッグを倒すと言ってしまったことで痛感したけど、俺は一国の姫なのだ。迂闊なことは言えない。
言えないけど、少し考えてみる。
国王というのは現状では『この国にはランクの高い人間がいるんだぞ。手を出したら、こっちも手を出すぞ』という、核兵器みたいなものだ。
持っている間は襲われない。抑止力ってやつだ。
「この世界のしきたりとしては、ランクの高い人間が国王です。ですが、一概にそうではありません」
「どういうこと?」
え?
例外があるの?
「コルトゥーラを例に上げれば、初代の国王……つまりプリート王妃のご先祖様に当たるのですが……そのお方は、妖精級の能力者だったと文献が残っております」
「えぇ⁉︎ そうなの⁉︎」
妖精級って、だって一番下のランクじゃん。
俺より弱いってことでしょ?
でも、コルトゥーラはセーレットより大きな国らしいし、そんな国を国中探して全員が妖精級ってこともないだろうし何で——
「えぇ、クラスは不明ですが、タイプはグランドだったのではないかと言われています」
グランド……土か。
グランドって盗賊達のせいでいいイメージないなぁ……。
「コルトゥーラの王宮は、『魚の雨』の直後……つまり今から約二百年前に建てられました。ですがあの当時、復興に役立つグランドの能力者達は、ほとんどインバラにかき集められていたのです」
インバラ?
何か聞き慣れない単語が出たぞ。
建物か、組織か、国か……まぁどれかだろう。
俺の疑問に気付かずイザドラは続ける。
「集められたグランドの能力者達は、世界を直すための大規模な土木工事を行いました。それは結果としてみれば、世界の回復を早める素晴らしい行いでした。ですがそれは、例えるならば十人中、三人を確実に犠牲にする代わりに七人は助ける、といったようなものでして……」
子どもにこれを話して通じてるのか、と思ったのか、ふとイザドラの言葉がつまる。
だから、
「つまり、首都とかの主要部を直して、田舎は後回しだったってわけですか?」
一応理解していることを示した。
すると、イザドラは一瞬驚いたようで、だけど『これぐらいのことで誉めては逆に失礼かもしれない』と思ったのか、
「……その通りです」
とだけ頷いた。
「世界中が復興に盛り上がっている、という風潮だったそうですが、それは『世界中の都会が』ということに他なりませんでした。そんな中、今のコルトゥーラの辺りに住んでいらっしゃったアルジェント様が立ち上がったのです」
アルジェントって、俺の名字だよな。
アルジェント・パーチェ。
名字と、名前。
再確認。
あれ、そういえば今思ったけど、コルトゥーラは名字が先なんだな。
日本でもそうだったけど、たいていの国では『タロウ ヤマダ』みたいな感じで名前が先だったのに……。
ん?
でもエレナはエレナ・コリアスだから、名前が先なのか。
何か国ごとの決まりでもあるんだろうか。
まぁ、それはさておき。
「アルジェント様は、インバラが大量のお金を投じて世界中からグランドの能力者を雇う中、人望のみでグランドの能力者をかき集め、コルトゥーラやセーレットを始めとした、小さな辺境の国を救ってくださったのです」
なるほど……。
その人望が信仰に変わって、そして王になったのが、俺の……というかパーチェちゃんのご先祖様なわけだ。
ちゃんとそういう経緯で王様を生み出すこともできた世界なのに、何で今は『一番ランクが高い能力者が王様』なんてことになっているんだろう。
思ったことをそのまま訊いてみると、
「やはり抑止力、ですね」
イザドラはため息混じりに短く答えた。
「最初は、どの国も人望が高まって国王が生まれていました。ですが次第に能力による恐怖支配が世界中に蔓延し、結果としてコルトゥーラのように人望で王になっていた者は、抑止力のための王……つまりはランクが高い王に淘汰されていったのです」
でもアルジェント家は今でもずっと続いている。
ということは、コルトゥーラの国の中に、常に強い能力者がいたってことなのか?
浮かんだ疑問をぶつけると、
「いえ、王位継承者が弱かった場合は、国外から優秀な能力者を招き、王としていたそうですね」
とのことだった。
なるほど……王妃はコルトゥーラの人間だけど、国王の方は別の国の人間って言ってたもんな……。
でも、王妃も霊獣級って言ってたから、国王と同じランクのはずなんだけど……ママンはあんまり強くないんかな……。
というか、よそから強い人間を招いてまでアルジェント家が王族を続けられているのは、きっと、人望があるからなのだろう。
俺のイメージの中の王様というと、面倒事の最後に出てきて、首を縦に振る以外の仕事はない。
それ以外は贅沢の限りを尽くしている……という感じだ。
でも、あの国王と王妃は違う。
城の中は質素だった。
贅沢品は応接間とか、国外の人間が見るところにしかなかった(パーチェちゃんの部屋は贅沢三昧だったけど、まぁ、きっとワガママだったのだろう)。
しかもあの夫婦は、自らが実に楽しそうに畑仕事をしていた。
だからこその人望なのだろうか。
王様の形にも、色々あるのかもしれない。
「……あれ、これ何の話でしたっけ?」
何かきっかけはもう少し違う話だった気がする。
「あら、話が逸れてしまいましたね」
イザドラは笑う。
「この池の話でしたね。この池は姫のお気に入りなんです」
「ここの蓮は、すべてエレナが?」
「えぇ。元々エレナ姫が暮らしていた小さな宿にも小さな池がありまして。そこでも同じように蓮を浮かべて遊ばれていたそうです」
月明かりに照らされる無数の蓮は、絵画のような淡い幻想的な光景を作り出していた。
「『この池を自由にしていいから』とお願いしたら、ようやく、渋々国王の仕事を引き受けてくださったんですよ」
あんな小さな子が家を離れて、いきなり国王にされて、楽しめる場所はこの池だけで……それはいったい、どれほど寂しいことだったのだろう。
「ちなみに、エレナの家族は今……?」
家族ごと王族になってるのか? だとしたら人生大勝利だけども……。
「まだお宿をされておりますよ。姫の実家ということで、それなりに繁盛しているようです」
「え? 一緒に王宮にはこなかったの?」
「えぇ。もちろんお誘いしたのですが、『王様してるよりも宿で働いてる方が性に合ってるから』と断られてしまいまして……」
エレナの親御さん、薄情かよ……。
俺の表情を読み取ったのか、
「あ、ですがちゃんと定期的にご実家にお連れしていますよ。まだ子どもですから。ご両親と離ればなれというのも可哀想ですからね」
イザドラは少し慌てて付け足した。
「姫は宿に戻った瞬間、ベッドメイクやお掃除や、備品の補充や、てきぱきと働き出すんですよ。ご両親ともすごく楽しそうに話されて……そういった姿を見ると、心が——」
——痛みます。
その言葉は、夜風に紛れて消えていった。
※
「さて、パーチェ姫殿下。もうそろそろお部屋に戻りましょう。風邪を引いてしまいますわ。お送りいたします」
「ありがとうございます。でも、一人で帰れます」
「そういうわけにはいきませんわ。さぁ、参りましょう」
そして、特に会話をすることもなく部屋の前までやってきた。
「じゃあ、おやすみなさい」
部屋に入ろうとした俺を、
「姫殿下、」
イザドラが呼び止めた。
振り返って見たその顔は、苦笑いにも似た悲しい笑顔だった。
「ビーバッグの件、どうかご無理をなさらないでください」
そして、その悲痛な顔を、無理矢理笑顔にしようとして、もっと痛々しい笑顔で、言った。
「セーレットはいっそこのまま、どこかの属国になってしまえばいいのです」
続く




