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エイリーの能力『操獣機巧』——
鋼鉄のライオンを召喚して戦う能力だ。
戦うだけじゃなく移動する時の乗り物にも使えるし、異空間にものを入れておくこともできる。
パーティに一人サモンがいると便利と言われる理由もよく分かる。
そんな霊獣が凄まじいスピードで、凄まじくやかましい音をたてながら、険しい白い岩山を滑るように登っていく。
「すごい……同じランクの能力者とは思えない……」
機械仕掛けのライオンの背中には、俺とエイリーとエレナの三人が乗っていた。
小さな子どもとはいえ三人の人間が乗っているとは思えないような、軽やかな走りだ。
セーレットの神殿を出て、全速力で飛ばすこと四時間。
少し前まで見えていた植物も少なくなり、川沿いに少し生えているぐらいになってきた。
振り返ると遠くの方に小さく町が見える。相当高いところまで登ってきたようだ。
顔を掠める風も心地いい。
「この辺りは、『魚の雨』の影響で、大きく地形が変わったエリアなのだそうです」
がしゃがしゃとうるさい中、よく通る声でエイリーがそう教えてくれた。
「そう! 元々この辺りは川も植物もなかったんだって! それが『魚の雨』で海水がドカーン! ってきて、地形がすごい変わっちゃったんだって!」
魚の雨——
今から二百年ほど前に起こった大きな戦争が生んだ悲劇。
惨劇と言っていいだろう。
海神王級能力者が、海を操作して、世界中に降らせたという大惨事。
その結果、世界の人口がが一万分の一まで減った——
エレナは可愛い感じに教えてくれているけど、海水がドカーンで地形が変わるって、本当に凄まじい話だよなぁ……。
そんな凄まじい力を持ったバケモノ達と戦うハメにならなきゃいいけど……。
みんな仲良くしようぜ。
本当に。
※
その後も、前にエイリー、後ろにエレナ、と幸せ満開少女サラウンドで雑談を楽しんでいた。
何だか遠足みたいなテンションだけど、これは大事な、霊獣の下見ミッションなのだ——
「——!」
がちゃがちゃがちゃ、と。
ひときわ騒がしい音を立てて、機械仕掛けのライオンが疾走をやめた。
俺がエイリーの背中にぶつかり、エレナが俺の背中にぶつかる。
幸せ満開少女サンド。
……とかさすがに言ってられない。
三人が三人、同時に感じたのだ。
心臓をべろりと、巨大な舌で舐めあげられるような嫌悪を——
「い、今のが……?」
何だ今の——
今のは、能力なのか?
何か、されたのか?
ちょっと気を抜くだけで吐きそうだ。
嗚咽を我慢しながら訊ねると、
「えぇ……恐らく今のが、ビーバッグです」
エイリーも相当気持ち悪かったのか、胸の間を撫で下ろしながらそう答えた。
「そうなの? エレナ」
振り向くと、
「そ、そう……」
うつむきながら、小さく震えていた。
まぁ、そりゃ怖いよなぁ……。
今も、得体の知れない憎悪のような魔力をひしひしと感じる。
殺気といってもいい。
まだ姿も見えないのに、『それ』から感じられる気配は明確な殺意だった。
当然のように、こちらを補食する気でいる。
これだけ明確な思念のようなものが、まだ姿も見えない相手から感じ取れてしまうほど滲み出ているとは……。
実際対面したらどうなってしまうのだろうか。
そんなもの、中身は高校二年生の俺ですら怖いわけで、八歳の少女が怖くないわけがない。
エレナは国王という肩書きを付けられてしまっただけで、ただの少女なのだ。
「間違いなくここですね……」
もうできれば本当に帰りたい。
いくら俺がロリコンで、少女の涙に訴えられたからといって、さすがにこれは引き受けるべきではなかった。
マジで吐きそう。
エレナも目に見えて脂汗をかいている。
エイリーが見上げた先に、不自然なほど植物が生い茂ったエリアがある。
植物の種類自体は今までと変わらないはずなのに、まったく別種に思えるほど禍々しく見える。
グラスのウィザードであるエレナが言うには、強力な魔力を持つ霊獣の影響で、植物が異常に急成長してしまっているらしい。
なるほど、それで種類は同じなのにやたら禍々しく見えたのか……。
「どうする……? 行く?」
どうするも何ももう行くしかないんだけど、尻込みしまくりの俺はあえてそう訊いた。
鬱蒼と生い茂る植物の向こう側にビーバッグがいるのは、嫌でも分かる。
目で見えているものよりも遥かに確信できる。
「このまま正面突破すると、偵察とはいえ少々危険です。ビーバッグに気付かれる可能性がありますし、仕掛けられたトラップに私達がかかってしまいます」
「じゃあ、回り道して後ろから見るとか?」
そうだ、それでいいじゃんか。
後ろからこっそり見て帰ろう。
真正面から直で見るより多少はマシだろ。
だけど、
「それも難しいと思うなぁ」
エレナがややこしいものを必死に考えるような顔をして続ける。
「ここ、木がドーナツみたいな形で生えてて、木のところにトラップがあって、真ん中にビーバッグがいるから……」
あぁ、そうか……。
そりゃそういう形じゃないと脱走し放題だもんな……。
そもそも今、どっちを向いてるのかすら分からないのか。
「なので、飛びましょう」
は?
「飛ぶ?」
エイリーが突拍子もないことを言った。
だけど本人はいたって真面目な顔をしている。
「姫の『困った探偵鳥【着】』で飛びましょう」
「あぁ……」
カリーノからコピーした、ロリコンオウムの……。
アイツ自身のインパクトと、透明になれるというインパクトが強すぎて、飛べることを忘れてた。
そりゃ鳥なんだから飛べるわな……。
「分かった。確かにあれなら透明にもなれるし飛べるしね」
「いえ、今回は透明にはなりません」
「え? どうして?」
せっかく透明になれるなら、透明になって近寄って、別の能力で思いっきり殴ればいいのに。
あれ? 何かそう考えると勝てる気がしてきたぞ。
「姫の魔力が足りていないため、透明化できる時間が短すぎます。今回の偵察には使えません」
あ、そうか。
初めて使ってみた時も、あっという間に能力解けちゃったもんな……。
じゃあ、今回は透明化しないで飛ぶことに専念すればいいんだな?
多分できる……と思う。
スマホでゲームしながら動画を観てたのを、ゲームだけに専念するぐらいの感覚でいけるはずだ。
「……よし、やってみるね」
キャンディを舐めると、ぎゅる、と体から音が聞こえた気がした。
エイリーのキャンディを舐めた時ほどじゃないにしても、体にぐんぐんと力が装填されていくのが分かる。
「……おー、くる」
緊張感なく呟いた瞬間、ぶわっと、俺の背中に鮮やかな緑色の翼が展開した。
エレナが緊張感なく『おぉー』と声をあげる。
「では姫、お願いします」
エイリーは恭しく頭を下げる。
え?
「え、ちょっ、ちょっと待ってよ。これ、私一人で見るの? 嘘でしょ?」
もうすでに吐きそうなのに、一人で見にいくなんてすげぇ嫌なんだけど……。
「申し訳ありませんが、飛べるのは姫だけですので……もし何かあれば、命に代えても助けに参ります」
「待て待て待て待て! そういうことじゃなくて!」
絶対に嫌だ!
あんなの一人で見たくない!
何とかみんなで行く方法は——
「——あ! エレナの蓮って空飛べるんだよね? みんなで行こうよ!」
「あたしの蓮は、飛ぼうとすると一人乗せるので精一杯なんだよね……」
くそっ……!
じゃあどうしたら——
「——あ、そうじゃん」
一石三鳥ぐらいの名案を思い付いた。
「私がエイリーを抱えていくよ」
「はい⁉︎」
「二人で見れば心強いし、私だけだと見落としちゃう情報をエイリーが見てくれるし……」
どさくさに紛れてエイリーの体を触れるしね!
一石三鳥!
「た、確かに、そうですが……その……」
エイリーは何かを言いたげにしている。
「え? エイリーはこんな恐ろしいものを私一人に見ろっていうの? 寂しいなぁ」
ちょっと意地悪をしてみる。
「いえ、代われるものなら私が代わりにいきたいのですが……」
「ですが?」
「その、あの……姫に、その、抱っこしていただくなんて、あまりにも、恐れ多いというか……」
「……!」
——可愛いやつめ!
「ならいいよ、全然気にしない、大丈夫、姫許す、許す許す、よっしゃ——行こう!」
「——ひゃっ!」
左手をやわやわと産毛の生えるうなじへ、右手をひざ裏へ。
そのまますくいあげるように持ち上げて、一気に急上昇した。
ほんのりと香る少女の汗。
湿った体温。
耳まで真っ赤にするエイリー。
それらをそよそよと冷ましてくれる、大自然の風が心地いい——
「——ヴァ」
べちゃりと、何かをなすり付けられた。
はっとして体を見る。
何も付いてない。
地面を見下ろす。
悪いエネルギーで急成長した不気味な植物達。
その中央にある、汚らしい池みたいなもの。
苔や腐った倒木が散乱している。
その中央に、いた。
何かが、いる。
どろりとした、ヘドロの塊のような、何かが——
——目が合った。
目なんてどこにもないのに。
確かにこっちを『見て』いる。
確実にこっちに気付いている。
でも、ここまでこないよな?
追いかけてこないよな?
ぶよぶよとした大きなヘドロの塊。
そこにぽっかりと空いた、口らしき穴。
中は真っ暗だ。
死ぬ。
死んでしまう。
どろどろのヘドロの塊がこっちを見てる。
気付いてる。
気付いてる!
「——ヴァ」
ビーバッグはもう一度、声をあげた。
決して大きな声じゃない。
ないはずなのに、耳にべちゃりと残る。
心臓にどろりとヘドロをかけられたような、嫌悪。
突然、ぐちゃぐちゃぐちゃ、と、吐瀉物が落下するような音がした。
見ると、ビーバッグの口の横辺りから、突起らしきものがぐじゅぐじゅと伸びてきた。
視線が釘付けされる。
金縛りに遭ったように体が動かない。
その突起がまっすぐこちらを向いた。
腕みたいだ。
あれがこっちに伸びてきたら、俺は死ぬ。
その確信がある。
でも、体が動かない。
降りることも、目を背けることもできない。
その腕はまっすぐ、俺とエイリーを指す。
指すだけだった。
なのに、
お前を食う——
そう、はっきりと伝わった。
心臓が溶ける。
もう嫌だ。
逃げたい。
もう戻ろう。
逃げよう。
大人に頼ろう。
あんなやつリベロ王の風の剣で一発で——
「ヴァヴァヴァ」
ぐちゃぐちゃぐちゃ、と音がした。
口を開いている。
真っ暗な空間が、どんどん広がっていく。
どんどん、どんどん。
そしてついに、体の三倍ぐらい、縦に大きく広げて——
「——ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ!」
大量のヘドロが吐き出される。
どぼどぼと、ビーバッグの足元にヘドロが溜まっていく。
鳥肌が全身を覆う。
行動の意味が分からない。
でもそれが、害意で敵意で殺意であることは、五感が全部なくなっても六感でありありと感じられて——
ふっと、目の前が白くなった。
風を切って、真っ直ぐと地面に向かって落ちていく。
「ひ、ひあー!」
エレナの気の抜けた悲鳴を聞いて、そして——
続く




