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「あたしね、本当は国王なんてやりたくないの」
天に向かってそびえ立つ何本もの柱の白色。
真夏のような、空の濃い青色。
水面に浮かぶたくさんの蓮の緑色。
白、青、緑。
それらが織り成すコントラストが美しい。
でも、そんなものなど比べ物にならないぐらい美しいものが、三十センチも離れていないところにある。
というかいる。
いらっしゃる。
巨大な蓮の葉の上で、俺とエレナはぷかぷかと漂っていた。
気持ちがいいなぁとぼんやりしていたら、突然、エレナが口を開いたのだ。
国王を、やりたくない?
それって結構爆弾発言なのでは——
「あたしね、グラスのウィザードで霊獣級なんだけど、この国で一番ランクが高いのがあたしなんだって。だから国王になっちゃった」
そうなのか……霊獣級が一番強いってことは、この国は本当に強い能力者がいないんだな……。
でも考えてみれば、コルトゥーラだって国王は霊獣級だしな。
「とはいえ、エレナは王様の子どもなんでしょ?」
「ううん、違うよ」
「え?」
「小さなお宿の子どもだったよ。でも、連れてこられたの」
一般人だったのかよ……。
そして『連れてこられた』?
何だかにわかには信じられない話だ。
エレナの話によると、先代の国王が亡くなった後、国をあげて高位能力者探しが始まったらしい。
元々この国には、国王に仕えるための一族がいる。
それが、イザドラ・オーティスの一族、オーティス家らしい。
オーティス家が国中の人間の能力を査定し、見極める作業を行った。
その結果国王に選ばれたのが、国の中で一番ランクの高いエレナだったわけだ。
能力者には五段階のランクがある。
妖精級、霊獣級、聖霊級、聖霊王級、属性神王級の五つだ。
霊獣級な時点で全世界の上位五パーセント入っているらしい。
だから俺もエイリーも、リベロ王もプリート王妃も、そしてエレナも、上位五%の能力者なのだ。
そういう世界だから、エレナが国王になるのは何もおかしくない。
ちなみにエイリー曰く『最強の能力者が必ず国王になる、というわけではない』らしい。
もちろん、人間性に問題があったりすれば国王にするわけにはいかないのだろうけど……。
この辺りはまだ詳しくは聞けていない。
とにかくエレナは、霊獣級だから国王になった。
一番強い人間が国王。
世界中が大洪水に見舞われたこの世界で、その法はあまりにも強力で——きっと、今の時代まで脈々と受け継がれてきたのだろう。
人望で国王になることもあれば、弱い国王を無理矢理打ち倒して国民を恐怖で支配して国王になることも、この世界の歴史の中で何度もあったに違いない。
その慣習に関して、つまらない世界からきた俺がおかしいだの何だの口を出す権利はない。
それにしても、エレナも霊獣級なのか……。
この狭い蓮の上で、ちょっとすねた感じで体操座りしている可愛いこの子は、俺やエイリー、リベロ王やプリート王妃と同じぐらい強いということになるのか。
考えてみれば、プリート王妃とはタイプ、クラス、ランクとまったく同じだしな。
「国王になりたくなかった、って言ってもさ、エレナは強いんでしょ?」
まったく同じ分類である王妃は、木の幹を急成長させるというすごいことをしていた。
ということは、エレナも似たようなことができるわけだ。
俺が羨望の眼差しでキラキラしてると、
「あのね、パーチェ、」
エレナは深くため息を吐いた。
これ説明するの何度目だよ、と言いたげな雰囲気だった。
「ランクの高さイコール強さでは、ないの」
「……どういうこと?」
魔力が多いということはすごい魔法が出せるということで、それは強さに直結するはずだ。
いったいどういうことなんだろうか。
「例えばすごい力で体を強化できるパワークラス、すごい火力の魔法を出せるウィザードクラス、すごい獰猛で強い霊獣を呼べるサモンクラス、すごい強い剣を出せるソルジャータイプ。みんな強いでしょ?」
まぁ、そりゃ強いだろうな。
うん、と頷く。
「じゃあ、火力はないけど、ものすごく足が速い早いだけのパワークラスは?」
「え?」
「すごい魔法を使えるけど、使った反動で自分もしばらく動けなくなっちゃうウィザードクラスは?」
「……」
「空でも海でもマグマでも行けちゃう霊獣を呼べるのに、まるで言うことを聞かせられないサモンクラスは? すごく強い剣を出せるのに運動神経皆無だから結局剣を扱えないソルジャークラスは? 強い?」
「……弱い」
「でしょ? でもね、この人達みんな霊獣級以上の能力者なの」
「なるほど……」
質よりも、量ってことか。
ランクの高さイコール強さではない。
じゃあエレナは——
「あたしの能力は、これ」
水面にぷかぷかと浮かぶ、俺達が今乗っている大きな蓮。
「これね、『オオオニバス』っていうものすごく大きな蓮の葉っぱなんだけどね、あたし、これいっぱい出せるの」
白い柱に囲まれた中央の池には、鮮やかな緑色をしたオオオニバスが浮かんでいる。
しかも、見渡す限りびっしりと浮かんでいる。
確かにすごい量だ。
プリート王妃の能力とはまた違う種類な気がする。
オオオニバスがいっぱい出せる。
それと、不器用ではあるけどそれをボートのように操縦できる。
なるほど。
「それで、他は?」
「あとは、ちょっとだけ蓮で飛べる」
「ほうほう、それで?」
「それだけ」
それだけ……?
俺が絶句していると、
「——だからあたし弱いんだってばぁー……」
蓮をぷかぷかさせるだけで国王って何なんだよもー……と、エレナは力なくうなだれる。
蓮を大量に出せて、かつ蓮の簡単な操縦ができて、少しだけ空を飛べる——
——確かにそれは、戦闘向きの能力ではないのかもしれない。
妖精級の能力者であっても攻撃的な能力であれば充分エレナを倒せそうだし、俺の元いた世界でも、プロボクサーとかであればエレナを倒せるだろう。
いや、ちょっとケンカの強い中学生とかでも全然戦えそうだ。
蓮をぷかぷかさせるだけで国王。
この世界にもきっと、しきたりだの何だの、面倒な決まり事がたくさんあるのだろう。
こんな小さい内から色々背負わされて可哀想に……。
そう思うと元の世界の俺は幸せだったのかもしれない。
……いや、そんなことはないか。
俺は俺で間違いなく不幸だった。
エレナとは別の不幸を歩んでいたのだ——
「だからさぁ、あたしに精霊級の霊獣を倒すなんて無理なんだよ……」
「……ん?」
妖精級を一としたら、霊獣級は十、聖霊級が百——
「どういうこと?」
「棲みついてるの」
エレナは不安げな、つつけば溢れてしまいそうな涙目で俺を見る。
「——この国に、精霊級の霊獣が棲みついちゃったの!」
「は……?」
やっぱり、俺はちょっとだけ幸せだったのかもしれない。
※
——精霊級の霊獣が棲みついた?
「ど、どうして——」
——どうしてそんな最悪の事態に陥ってしまったのですか?
エイリーはイザドラにそう訊こうとしたが、呆然のあまり口が固まってしまった。
しかし、それでよかったのかもしれない。
『最悪の事態』という表現は、当事者からしたらあまりにも失礼だからだ。
例えそれが、本当のことであっても。
「誰も悪くない、不幸な事故だったんです」
イザドラは、手元のティーカップを見つめながら語り始めた。
事件の経緯は実に単純だった。
今から三年前、つまりたったの五歳だったエレナは国王になった。
国のしきたりというより、世界のしきたりによって。
その一年後、つまり今から二年前に、セーレットに精霊級の能力者が旅行にきた。
そして不幸なことに、セーレットで病死したのだ。
主を失った霊獣は、通常であればそのまま消滅する。
しかし、強大な魔力を主から注ぎ込まれた霊獣は消滅することなく、そのまま国中を暴れまわった。
その悪評が口コミで広がり——
「——それで、観光客がこんなにも少ないのですね」
「恥ずかしながら……」
イザドラは顔を上げて続ける。
「ですので、コルトゥーラから同盟のお誘いをいただき本当に光栄なのですが、果たして本当に、今のセーレットと同盟を組んでいただけるのですか? そのメリットが、コルトゥーラにありますか?」
先程エイリーとイザドラが話していたのは、『お互いの国が有利になる同盟を結びましょう』ということであった。
一つ目が、お互いの輸入出にかける関税を減らすこと。
こうすることで、両国間での貿易、交流が盛んになる。
二つ目が、お互いの国へ旅行に行きやすくするというもの。
あまり娯楽のないコルトゥーラの人間にとって、リゾート国家であるセーレットに行きやすくなるというのは、大きなメリットである。
そして三つ目が、有事の際の、戦力相互貸与。
強力な能力者のいない国にとって、他国からの侵略ほど恐ろしいものはない。
昨日の国王が、今日の奴隷……なんてことは、充分にあり得る。
なのでそういった侵略や自然災の際は、お互いに戦力を貸し合いましょうね、という取り決めだ。
関税を減らす。
旅行に行きやすくする。
戦力の相互貸与。
メリット、か……。
エイリーは考える。
関税を減らす。
確かに農業大国であるコルトゥーラから安く農作物を仕入れることができれば、セーレットにもたらされる恩恵は莫大だ。
しかし、観光国家であるセーレットの関税が安くなったとして、果たしてそこまで大きな恩恵はあるのだろうか。
お互いの国へ行きやすくする。
観光客の少なくなった、治安の悪いセーレットに行くことが、果たしてメリットになりうるのか。
そして有事の際の、戦力の相互貸与。
国の最高能力者が、霊獣級能力者。
少し心許ないが、それはまだいい。
妖精級であっても、能力を巧みに扱う強い王をエイリーは知っている。
しかし、エレナの場合はどうだろう。
有事の際に、蓮を大量に出せるだけの能力者が助けにきたところで——
でも実際、霊獣が棲みついてしまったとはいえ、腐ってもリゾート大国だ。
そこへ行きやすくなるというのは大きなメリットだし……。
とはいえ聖霊級の霊獣なんて手に負えないし、ここは一度リベロ様に相談して——
「——簡単なことだよ!」
ばん、と勢いよく開け放たれたドアの向こうに、パーチェがいた。
ギラギラと熱意に燃える目をしている。
「姫… …?」
額から嫌な冷や汗がにじみ出るのを、エイリーは確かに感じた。
これは、まずい。
これはまずい。
嫌な予感がする。
いや、もう予感ですらない。
確信だ。
嫌な、確信がする。
「ひ、姫——」
エイリーの言葉を遮って、一国の姫殿下、アルジェント・パーチェは、目をギラギラと輝かせながら声高らかに言い放つ。
「——倒せばいいんだよ! その、ビーバッグとかいう霊獣を!」
力強い、一国の姫君の言葉に、
「何とまぁ……!」
イザドラは口をおさえて感嘆し、
「何とまぁ……」
エイリーは眉間をおさえて落胆した。
続く




