2
2
「りっぞーとたーのしーむへーいわーなくーにも
しーごとーがなくっちゃやってーけない
いつかいつかーとゆーめみーるけーれどー
なーんとっかすーるのーでせーいいっぱーい」
無数の白い柱が、濃い青色をした空にまっすぐと延びている。
壮観ではあるものの、やっぱりどこか寂れている感は否めない。
その寂れた空間に、陽気な歌が響いている。
リゾート楽しむ平和な国も
仕事がなくっちゃやってけない
いつかいつかと夢見るけれど
何とかするので精一杯
気の抜けるような節を付けて歌われているものの、観光客の少なさや寂れた雰囲気を見ると、そんな陽気でいいのかと思ってしまう。
白い柱が囲む真ん中に、広大な広い池があった。
池には無数の巨大な蓮の葉が浮かんでいて、その内の一つに、
「なーんとっかすーるのーで——あ! すみませーん! もしかしてー! コルトゥーラの人ですかー?」
セーレットの国王——エレナ・コリアスが乗っていた。
サロペットパンツのような作業着に身を包んだ彼女に、エイリーは『はい』と同じように大声で返す。
すると、エレナの乗っていた蓮が急発進し、サーファーのような乗り方なのに、モーターボートのような勢いでこちら向かってくる。
あれも彼女の能力なんだろうか。
蓮自体はただの蓮なのに、すごいスピードだ。
すご——
「——危ない!」
思わず声が出た瞬間には、エレナは目の前にいた。
急激に方向転換をしつつ止まろうとするから水しぶきが——
「……えぇ、危ないですね」
目の前に巨大な歯車が展開する。
蓮ボートが盛大にかけてきた水しぶきを、エイリーが物理的に遮断した。
「う、うわわ、ごめんなさい! 濡れなかったですか?」
蓮からよたよたと降りてきたエレナは、謝りながらこちらに走りよってきた。
「大丈夫です。それよりエレナ様、お怪我はありませんか?」
「大丈夫です、ごめんなさい……ふいー、焦った焦った」
あはは、とのんきに笑う。
年齢的には八才ぐらいだろうか。
こんな小さな子が一国の主として国を治めてるなんて、本当に能力ありきの実力主義の世界なんだなぁと再認識する。
「とりあえず、えぇーっと……難しいお話、しにいきましょっか」
※
セーレット王国最高権力者、エレナ・コリアス。
華奢な体つきを、だぼだぼのサロペットパンツが強調する。
下に着ている白いTシャツも同じようにだぼだぼで、国王というより農家の娘のような雰囲気だった。
サロペットパンツの青とTシャツの白は、この国の建物と空、建物と海の、はっきりとしたコントラストに似ている。
エレナに歳を訊くと、やっぱり八歳らしい。
ロリコンになった俺の少女を見る目に狂いはない。
それにしても、八歳である。
こんな歳で一国を治めているのだから恐れ入る——
「えぇーっと……そ、それではですね、コルトゥーラとセーレットの、えっと……ちょ、ちょうてい——」
「協定です、エレナ様」
「あっ、すみません、えと……あの……きょ、きょーてい……会議? を、えー、始めます」
——と、思ったけど。
「それでは本日は、エレナ様に代わって、私がお話をさせていただきます」
豪華な装飾のされた、会議室……というより応接室のような狭い部屋。
その部屋にあまりに似つかわしくない農家の娘みたいなエレナの横には、背の高い、見るからに厳しそうな淑女が腰かけている。
背を伸ばし、ふちのない小さなメガネの向こうから、俺とエイリーを真っ直ぐ見据えている。
「私、イサドラ・オーティスと申します。パーチェ殿下、エイリー様、こうしてご尊顔を拝し承ることができ、光栄です」
すっと、一切無駄のない、体の芯のぶれない動作で立ち上がり、大袈裟なほど恭しく頭を下げる。
うわ、背高いなこの人。
生前(?)の俺は百七十センチぐらいあったけど、それよりでかいんじゃないか?
生前(?)の熟女好きな俺が見たら大興奮間違いなしの人である。
きれいで艶のある白髪はびっしりとまとめられ、鋭い眼光と共に隙のない印象を強めている。
にしても『エレナ様に代わって』か……。
まぁそりゃ、普通に考えれば国王が子どもである以上、近くには実質の権力を握ってる大人がいるよな。
たかだか八歳の女の子に政治の話なんてできるわけがないしな……。
この世界における国王——つまりほとんどの国においてそれは『子ども』を指すわけだけど——は言わば『うちの国はこれだけの兵器を所有してるんだから、攻めこんでくんなよ』という威嚇のための象徴に過ぎないようだ。
だから当然、政治は子どもじゃなくてその近くの大人がやるわけだ。
そう考えると、コルトゥーラは大人が国王で大人が政治をしてるはずなのに、子どもであるエイリーにだいぶ頼っていたようだった。
だからリベロ王は、本当に農作業をほぼ本業としているらしい。
それでも国民からはそれなりに愛されているようなので、よく分からない。
まぁ、農業国家としてそういう象徴もアリなのかもしれない。
「遠路遥々お越しいただき、ありがとうございます。本当はこちらからお伺いをさせていただくべきだったのですが……」
「いえ、とんでもございません。それに今回は、私共が様々な国にご挨拶にお伺いさせていただくということが本旨でございまして……」
何かエイリー、俺より大人だな……。
自然な敬語、自然な仕草、自然な笑顔——
あの城のどこにこんな大人な姿を勉強する場所があったのだろうか。
リベロ王からもプリート王妃からも、とても学べる気がしない。
誰から見ても百点満点の立ち振る舞いだけど、何かものすごく緊張してる気がする。
きっと、エイリーと一週間旅する前だったら気付いてなかったと思う。
それぐらい些細な違和感なんだけど、エイリーは確かに緊張していた。
まぁ無理もないか。
今から、国を動かす大きな話し合いをするのだ。
それも、こんな小さな子が。
この小さな体と小さな心にのしかかるプレッシャーは計り知れない。
何か、俺の思い付きでエイリーを引っ張り出してきたのが、今更ながら少し申し訳なく思ってきたな……。
「まぁまぁ、そう固くなさらずに」
イザドラは、ぱん、と手を合わせて微笑む。
「ただでさえ私も緊張しているというのに、お二人がそんな顔をされていては、もっと緊張してしまいますわ。どうせこれから固いお話をさせていただくのですから、まずはお茶でもいかがでしょう?」
にこりと微笑んで、イザドラは立ち上がった。
「ありがとうございます。でもどうか、お気遣いなく」
同じように微笑んで返すエイリー。
断り方まで大人だ。
「いえ、そんなわけにはいきませんわ。一国の殿下とその従者の方をお招きして、お茶も出さないとなれば我が国の威信に関わります。どうか、飲んでいただけますか?」
イザドラが少しおどけて言うと、
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
エイリーはようやく頷いた。
それを見てイザドラは、部屋の隅に置かれていた小さなテーブルから、透明な茶器を持ってきた。
中には淡い桃色をした花が浮いている。
「緊張をほぐすには、お茶が一番ですからね」
そう言いながら慣れた手付きでティーカップを並べると、中に花を入れていく。
そしてそこに、少し緑色に染まったお茶を注いでいく。
「お口に合うか分かりませんが……」
促されて、高そうなティーカップを手に取る。
うわぁ、俺こういう高級なお茶とか飲むの初めてだよ……。
花浮かべて飲むとか贅沢すぎんだろ……。
この花食うわけじゃないんでしょ……?
花弁の枚数が少し少なくて、真ん中の雌しべが緑色でぷっくりとしているのが特徴の花だ。
これも決して『そこら辺に咲いてる花』とかじゃあないんだろうな。
この花使い回しとかするんかなぁ……。
するわけないわな……。
こういう時、エイリーは俺より後に飲むと思っていたけど、意外にも俺より先に一口だけ飲んでいた。
小さく頷いた後、呆けたように、ほー… …とため息を吐いた。
おいしいらしい。
まぁ、別に先とか後とか全然気にしないからいいんだけど……。
「いただきます」
俺も一口いただいてみると——
ふわ、と。
「ほ……」
肩の力が抜けていくような、不思議な風味だった。
まるで、温泉に肩まで浸かった時のような充足感が身体中を駆け巡る。
それでも眠くなるわけではなく、むしろ意識が冴え渡っていくような、世界の色が濃くなるような、不思議な感覚だ。
ふふ、とイザドラが微笑む。
「さて。リラックスできたところで、固いお話を始めましょう」
※
エイリーとイサドラが、羊皮紙に万年筆で書かれた難しい文字列を指差して、難しい顔であれやこれやと話している。
あの、頭の中が小春日和の国王夫妻が育てたとは思えないほど、エイリーは立派に勤めを果たしていた。
コルトゥーラの未来は明るい。
その明るいコルトゥーラの希望の隣で、難しい話がよく分からない俺とエレナは、暗い顔をしていた。
自分達の不甲斐なさにうなだれていたともいう。
そして俺達は、気まずくて時折目線だけ上げた時にぱっと目が合って、やっぱり気まずくて反らすという、何とも生産性のない動作を繰り返していた。
「それでは、今回の議事はこのままリベロ王へ渡します」
「えぇ、お願い致しますね」
一時間ほどの長い話を終えて、エイリーも少しほっとしている気がする。
「それにしても、エイリー様はまだだいぶお若くいらっしゃるのに、とてもご聡明でいらっしゃるのですね」
今のイザドラの笑顔はさっきまでのものと違って、一国の大臣というより、優しいおばちゃんのようなものだった。
「いえ、とんでもございません」
エイリーは謙遜じゃない感じで手を振って、
「こういった外交は初めてでして、まだまだ外聞を広げなければならないと日々痛感しております」
と、至極真面目なことを言う。
「あら、初めてでこんなにご立派なんですね。これは、コルトゥーラの未来は明るいですわね」
長話が始まる前の俺の考えみたいなことを言って、イザドラは笑った。
「すごいなぁ、コルトゥーラは……」
ずっと黙っていたエレナが、ずぺーっと机にうなだれた。
「私も頑張んなきゃなぁ……」
その口調からして、頑張る気はあまりなさそうだ。
「そうですよ、エレナ様。エイリー様やパーチェ様のようにしっかりとお勉強をしていただいて、立派な国王になっていただかなければ」
いや、パーチェは全然勉強してないけど……。
というか、エレナよりよっぽどこの世界のことを理解してないけど……。
「いえ、姫も私も、まだまだ勉強が必要です」
と、エイリーはふんわりと笑う。
可愛い。
はぁいパーチェも勉強頑張りまぁす。
「ところで……お二人はこの後、セーレットでどのように過ごされるご予定ですか?」
再び出されたお茶を優雅にすすっていると、イザドラが雑談を切り出した……の、だけど。
エレナが一瞬だけぴくっ、と肩を小さく震わせたのを、俺は偶然見ることになった。
「この後は、セーレットを少し観光させていただきます。私も姫も初めての国外ですので、楽しみにしております」
あら、とイザドラは手を合わせ、
「それはいいですわね。小さな国ではございますが、どうぞ心行くまでご堪能ください」
と微笑んだ。
「何を仰いますか。世界有数の観光国家ではありませんか」
それに対して、エイリーがお世辞を言う。まぁ、お世辞というか、本当のことなのだろう。
セーレットに行く、とエイリーが言った時のリベロ王のリアクションを思うと、セーレットが高級リゾート地なことに間違いはない。
はずなんだけど——
なぜかエレナとイザドラは、それに対して何とも言えない表情を浮かべるだけで、何も返してこない。
エレナが気まずそうにイザドラの横顔を見上げると、
「——エレナ様、」
「ういっ……ぇうい!」
イザドラの呼びかけに、エレナが奇妙に噛み散らかした。
「私はエイリー様と引き続きお話をします。エレナ様はパーチェ殿下に、セーレットの城をご案内して差し上げてください」
は、はい……とエレナが小さくうめく。
「これは大切な外交です。一国の国王と、一国の国王の跡継ぎ様のご交遊になるのです。一国の未来を担う重大な公務だと心して、ご案内してください」
イザドラは俺とエイリーに再びお茶を注ぎ、
「よろしいですね? エレナ様」
と、念押しした。
ういぃ……という弱々しい返事が、豪華な応接間にむなしく響く。
続く




