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「姫……姫、起きてください。始まりますよ」
エイリーの凛とした、それでいて甘い声で目を覚ます。
なんて幸せな朝だろうか。
結局あの後、興奮しすぎてろくに眠れなかった。
日が昇り始めてからようやく、気絶するように眠った気がする。
とはいえ全然睡眠時間は足りていない。
そして『始まる』って何が……?
「これに間に合わせるために、急いでセーレットまできたんですから。ほら」
目を擦りながら体を起こすと、
「ん……?」
見慣れた、だけど意外なものが目に入った。
『この後は【絶対セレブ・ゴーゴーマグナム!】 チャンネルはそのまま!』
「テレビ……?」
テレビだ。
これ、どう考えてもテレビだ。
え、何で?
何でテレビがあるの?
ここって剣と魔法のファンタジーな世界なんじゃないの?
あれ? 世界観大丈夫?
昨日は疲れてすぐ寝てしまったから気付かなかった。
だけど起きて改めて部屋の中を見たら、箱形の、ちょっと古いタイプの黒いテレビが置かれていた。
そして、普通にCMが流れている。
「え? 何……?」
「何って、もうすぐゴーマグの時間ですよ。セーレットでもちゃんと放送されているようです」
「あ、あー、そ、そっかぁ」
いや、そうじゃなくて。
ゴーマグって何?
いや、そうじゃなくて……。
この世界にはテレビがあるのか?
ということはどこかに放送局があるってことだし、映像を撮るためのビデオカメラも存在しているってことだよな?
えっと、これは何……?
「あ、始まりましたね」
画面を見ると、どうやら子ども向けの特撮のようだった。
主人公の女の子が、尋常じゃないぐらい可愛い。
ちょっとツンデレテイストでキリッとしていて、非常に可愛い。
よし、いったん考えるのはやめて、純粋にテレビを観よう。
この世界にこういう娯楽があるというのは、個人的には嬉しいニュースだった。
画面の中では赤いドレスを着た女の子が、カンフーばりの激しいアクションで敵を蹴散らしていく。
今まで観てきたアニメや特撮の知識を元に考えるに、映像技術的には相当古そうだ。
元の世界でいうと二十年前の技術と同じぐらい……という感じがする。
でも能力がCGじゃなくて本物だから、迫力がものすごい。
そしてヒロインの女の子がとにかく可愛い。
いつかこの子ともキスできないかなぁ……キンモクセイの花が咲き乱れるなこれは。
「先週はついにビンボーンのアジトを探し当てたんですよね。いきなり現れた謎の遣い魔を、落とし穴に埋めたことでその場は凌いだようですが……どうなるんでしょう。楽しみですね」
エイリーがそわそわしている。
どうやらエイリーはゴーマグとやらのファンらしい。
ここら辺、何だか等身大の子どもという感じがして、可愛い。
しっかりしてても、やっぱり子どもは子どもなんだなぁと穏やかな気持ちになる。
画面の中では、主人公も敵も能力を盛大に使っていた。
そう、ここは(なぜかテレビはあるけど)剣と魔法の世界なのだ。
今、テレビを観ながら『あっ』とか『危ないっ』とかはしゃいでいる彼女——エイリーは、ナインのサモンで、ランクは霊獣級だ。
リベロ王はウインドのソルジャーとして風の剣使うし、プリート王妃はグラスのウィザードとして植物を急成長させたりできる。
そして俺は、キスした相手の能力をキャンディにしてコピーする。
それを舐めている間だけ、コピーした能力をパワータイプに変換して使用できる。
分類的にはナインのパワータイプで、霊獣級らしい。
この能力のおかげで俺は、世界中にいる少女達とキスをする口実が生まれたのだ。
しかもこの世界では、大人より子どもの方が能力者として格上で、男の子より女の子の方が格上らしい。
だから、堂々と女の子にキスをしに行けるのだ。
まぁ、時にはアクアとグランドのデュアルスキルを持つ、ドルヴィ・エルズバーグお姉様みたいな怪獣系女子ともキスしなければならないという、死に至る危険も伴う。
だけど、俺はロリコンだ。
それぐらいのことで怯えてはいられないのだ。
まぁ、アレとキスした(された)おかげで強力な泥のアームを手に入れられたわけなので、必要な犠牲だったと割り切るしかない。
それにしても、あの魔女はいったい何者なんだろうか。
何で俺が異世界からきたことを知っていたんだろうか。
今のところ、ヤツだけが俺の正体に気付いている——いや、違うか。
不思議な空間にいた謎の子ども——あの子も、なぜか俺の正体を知っていたのだ。
電気ビリビリ男に殺されかけたあの瞬間、俺は不思議な空間に飛ばされた。
そこにいた男か女かよく分からない子どもに『すげぇきもい』と何度も言われた。
その子にキャンディを舐めるように促されて、能力を発動させたのだった。
あの子はいったい何者なんだろうか。
気になるけど、それを調べる方法は今のところ何もない。
失礼な子どもだったけど、あの子のおかげで盗賊達に襲われても助かったのだ。
感謝はしなければならない。
盗賊といえば、彼らはあの後どうなったんだろうか。
コルトゥーラの城の地下に幽閉されている、ということだけは聞いたけど、その後のことは知らない。
まぁ、さすがに処刑されている頃だろう——
『【絶対セレブ・ゴーゴーマグナム】は、未来に花咲く明るい明日、シード・アソシエイツと、ご覧のスポンサーの提供でお送りしました。来週もまた観てね!』
「あっ」
考え事に没頭していたら、いつの間にか終わってた……。
「まさかボンビーンの幹部達も、親の借金の肩代わりに働かされていたとは……ゴーマグサイドとしてもボンビーン達が倒しづらくなってしまって……今後の展開が読めなくなりましたね……」
やべぇ、全然観てなかった……。
というか何だその子ども向けじゃない感じは……。
エイリーもパーチェちゃんも、これにハマってたのか。
これ最初から追っかけてたら面白いのかな……。
あーあ、こういう時に気軽に動画サイトとかまとめサイトでストーリーを追えたのは、元の世界の数少ない利点の一つだったよなぁ。
「さて、朝食をいただきにレストランへ参りましょう」
でも俺は、手の届かない二次元の少女よりも、手の届く三次元の少女の方がいい。
「うん、食べよ!」
※
コルトゥーラから機械仕掛けのライオンに乗って一週間。
たどり着いたセーレットは、エイリーや国王夫妻の言葉、それに道中で見てきた様々なことを総合的に判断するに、世界有数のリゾート地らしい。
……の、だけど。
「……思ったより人が少ないですね」
「あ、やっぱりそうなんだよね? これ」
ホテル内のレストラン。
窓の外に広がる雲一つない青い空と、目が眩むような青い海、そして白い建物のコントラストが美しい。
ホテルの内装も豪華だし、接客も丁寧だし、ご飯もおいしいしで非の打ち所が何一つとしてない。
なのに、人が少ない。
まぁ、俺が元いた世界を基準にして考えただけだから、この世界的にはこれぐらい標準なのかと思ってたのだけど、
「やっぱ人……少ないんだよね? これ」
料理を持ってきてくれたウェイターも、ものすごく物腰が低くていい対応をしてくれるけど、心なしか元気がない気がする。
「何かあったんでしょうか………」
「不人気なホテルなんじゃないの? ここ」
「まさか。こちらはコルトゥーラにいる時から憧れていた五ツ星ホテルですよ」
やっぱりリゾートに行きたかったんだなぁ……。
「それに、『魚の雨』以降、世界的に経済は右肩上がりのはずなんですが……」
魚の雨——
それは決して比喩ではない。
神のごとき力を持った能力者、属性神王級能力者が、世界中の海をひっくり返した——
その信じがたい壊滅的な状況から現在にかけて実に二百年、この世界はだいぶ復興してきたらしい。
だけど、二百年経ってもまだ完全ではないという。
「せっかくですし、今日はその点についても訊いてみましょう」
「誰に?」
「エレナ姫にですよ」
「えっと、どなた?」
俺が訪ねると、
「……」
エイリーは絶句した。
そして、少し考えてから口を開く。
「その……姫、大変失礼を申し上げますが……姫はもう少し、勉強をなさってください」
お、おおう。
まさかそんなことを言われるとは思わなんだ。
「ご、ごめんなさい……」
「いえ、その、私こそとんでもないご無礼を……ですがその……」
どうやら、よっぽど知っていなきゃ恥ずかしいお方のようだ。
「ですが、やはり将来的にコルトゥーラを背負っていくのは姫なのですから、近隣の国の国王のお名前ぐらいは……」
「あー……」
確かにそれは知っておかないと怪しい情報だろう。
記憶喪失という便利な設定のもとで動いているとはいえ、本当に俺、どこでボロがでるか分からんな——
——ん?
「え⁉︎ 今日いきなり国王に会えるの!?」
「そのための旅ですからね。どんどん参りますよ」
『訊いてみる』ってそういうことなのか。
いつの間にアポ取ったんだよ、優秀過ぎるだろエイリーさん… …。
それにしてもいきなり一国のトップとご対面か……緊張するな……。
可愛い子だといいな……。
ドルヴィお姉様みたいなのじゃないといいな……。
「姫の外交の第一歩ですよ。張り切って参りましょう!」
あぁ、張り切るエイリー、可愛いな。
これだけのことで、何でもできそうな気がしてくる。
続く




