6(【幕間1】それから ~コルトゥーラ~ 完)
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「おうイノ、結構イケるクチだな。おら、もう一杯付き合えよ」
「一杯とは言わず、いっぱい付き合うぜリベロ王。俺ァ昔から酒に強いんだ」
オレンジ色のライトに照らされる、とても城の中とは思えない質素な部屋の中。
そこに、二人の男がいた。
片方はこの国の国王。
もう片方はこの国を襲った盗賊のリーダーである。
今では主従関係が結ばれている二人だが、旧知の友人のように酒を交わしている。
「やっぱ男は酒を飲めねぇとなぁ! パーチェのやつ、俺が誘っても全然飲まねぇんだよ」
「はは! あの子は酒を味わうにはまだ小せぇだろ! それに女の子だろ?」
「いや、男だぞ? あいつ」
「は? いやいや。パーチェ姫だぞ?」
「おう、男だ。立派なモンが付いてんぞ」
「マジかよ……」
グラスに残ったお酒をヤケ飲みするように飲み干して、イノはため息を吐く。
「あれか? 女の子の方が強いから女の子として世間に公表する……っつーやつか?」
「おう、そうだ。国民もみんな、パーチェが男だとは思ってねーな」
「そんな機密事項をいきなり俺に喋っていいのかよ」
「そりゃお前、自分のとこで働く使用人には話してるからな」
「いや、そうじゃなくて……まぁいいや」
この男は、“こういう男”なのだ。
今さら驚くことでもない。
自分はもう、この男に『仲間』として認識されたのだ。
ならば、その忠義に答えなくてはならない。
重たい口を、開かなくてはならない——
「……よし。じゃあ酒も入ってきたところで、『LUCKY』の話でもするか?」
切り出したイノに、
「おー、そうだったそうだった。俺はお前と酒が飲みたくて誘ったんじゃねぇんだよ。それ聞かないとな」
リベロは軽く返事をして、再び自分とイノのグラスをお酒で満たした。
イノはそれを半分ほど飲んでから、口を開く。
「リベロ王、そもそも『LUCKY』が何か分かるか?」
「分からないが、薬みたいなものだと思っている」
一国の国王として、リベロも噂を聞いたことはあった。
『LUCKY』——能力増強剤。
文字通り、服用した者の能力を増強する薬だ。
具体的には自身の能力を一ランク程度増強させるものらしい。
それだけ強力な効果が一瞬ではなく一ヶ月ほど続き、しかも副作用もないという。
スペックだけ見れば夢のような薬だが、どうしたって『なぜそんなことが実現できるのか』と怪しむ声が世界中から多数上がっている。
本当に副作用はないのか、と——
「薬……まぁ、その認識でだいたい合ってるだろうな」
イノは続ける。
「『LUCKY』は小さな錠剤だ。お前も噂で聞いてるだろうが、その噂通り、今のところ何の副作用もない」
確かに——とリベロは考える。
盗賊の男達は、タツを除いて全員が朝から晩まで畑仕事や城の片付けなどの肉体労働に勤しんでいる。
そしてタツも、朝から晩まで頭脳労働に勤しんでいる。苦しんでいるといってもいい。
彼らが城にきて一週間ほど経つが、副作用や後遺症で苦しんでいる様子はまったくなかった。
そうなるとこの『LUCKY』の問題点は、一切ないということになる。
うまく扱えれば、世界に貢献できる薬である。
強いていうのであれば、盗賊達のように『強くなったから城を襲う』という暴挙に出る人間の存在ぐらいだろうか——
「俺達は『LUCKY』を服用して霊獣級相当の魔力を得た。元は全員が妖精級だった」
「確かに妖精級よりは強かったと思うが、霊獣級にしては少し弱い気がしたんだが……」
「それは『LUCKY』の効果が切れる直前で、この城を襲ったからだ」
だから今は全員、妖精級に逆戻りしてらぁとイノは手を広げた。
「『LUCKY』を飲んだ瞬間は、本当に霊獣級と互角の力があったんだ。あの瞬間ならお前にも勝ててたかもしれねぇな」
「それはないとして、」
強気に笑うイノを軽くあしらって、
「お前達が薬を飲んだのは、一ヶ月ぐらい前ってことか?」
と訊ねる。
「そうだな。まぁ正確には、一ヶ月と一週間ってところか。この城を襲った日が、ちょうど一ヶ月の節目だった」
ということは、やはり薬の効果は一ヶ月ほど続くらしい。
「俺達に『LUCKY』を渡してきたやつも、効果は一ヶ月ぐらい続くと言っていたな」
「……」
色々と聞きたいことが出てきて、リベロはしばらく考える。
「『渡してきた』? 『買った』じゃなく?」
「飯を食う金もねぇのにそんなもん買うかよ。もらいもんだよ」
「『LUCKY』を渡してきたやつは何者だ? どこでもらったんだ?」
「コルトゥーラとセーレットの間に不干渉地帯の草原地帯があるだろ。あそこにいた時に、いきなり男が現れて話しかけてきてな」
いきなり現れて……?
ホーリーの高位能力者か……?
「それはどんなやつだったんだ?」
「若い男だった。俺達はウルー語しか分からねーが、そいつはトライカ語訛りのウルー語で話しかけてきたから……まぁたぶんトライカとかその辺りの国のやつだろ」
トライカルウィーヴォか……。
ウルーと並ぶ列強中の列強、大国中の大国である。
そんな大国が主導で薬の売買をやっている可能性があるのか。
その可能性を少しだけ考えて、リベロは苦い顔をした。
「その男は他に何も言ってなかったのか?」
「いや、その薬を飲んだら強くなれマースとか、効果は一ヶ月デースとか、そんなことしか聞いてねぇな……あ、いや、」
イノは何かを思い出したように手を打つ。
「そういえばあいつ、意味分かんねぇけどこう言ってたぞ。
我々は、意思を統べる者なり。
って。何のこっちゃ分からんが」
「ふうん……」
何かの新興宗教か、どこかの国の反政府組織か……?
「他は? 他には何もねぇのかよ」
いまいち掴みどころのない情報ばかりでスッキリしないリベロは、イノをさらに追求する。
しかしイノとしては思い付いたことはすべて喋っているので、『他つってもお前……』と難しい顔をしながら、主の言い付けを律儀に遂行しようとしている。
「他……あぁ、そうだ。錠剤みたいな見た目のわりに、『LUCKY』は結構甘くてうまかったぞ」
ラムネ菓子みたいだったな、と笑いながらイノはグラスに入った酒を飲み干した。
「……」
コイツ、結構バカかもしれない……。
恐らくこれ以上聞いても何も出てこないだろう。
リベロも同じように酒を飲み干してから、頭の中に散らばった情報を整理する。
その『LUCKY』の売人(売ってないから厳密には売人ではないが)は、なぜこいつらに薬を渡したのか。
まだ試薬段階なのか。
薬を服用することによるデメリットは本当にないのか。
普通、麻薬みたいなものには副作用が付き物なのだが……もし副作用がないのなら、飲むだけで強くなれる夢の薬だ。
しかし軍事利用されたら非常に危ない薬でもある。
それに、本当にトライカが作ってるのか?
トライカは大国だし、超軍国主義だからおかしなマネをするやつが出てきてもおかしくはない。
とはいえ、そのトライカ人はただの使いっ走りじゃないのか?
もしくはどこかの組織の人間なのか?
そもそも何のために薬を渡している?
話を聞く限りタダでもらったらしいから、麻薬みたいな金儲けの話では、今のところなさそうだ。
と、なると——実験か?
妖精級の弱い能力者だから渡したのか? それとも他に目的があるのか?
「……」
うーん、ダメだ。
頭が回らない。
明日、タツ辺りに改めて聞いてみよう。
リベロはそう決めると、
「よし!」
と膝を叩く。
「じゃあ、今からさくっと飲み直すか!」
「いや、俺もういいわ……」
「何だと? 俺の酒が飲めねぇっつーのか?」
「だってお前、さすがに量が——」
「つべこべ言わず飲めや! 男だろうが!」
はははは、と豪快に笑う新たな主人に、イノは静かにため息を吐いた。
※
エイリーの作ってくれたスープとパンとサラダで昼食を摂る。
草原の真っ只中にシートを敷いて、気分はまるでピクニックだった。
シートにクッション、シートが飛ばないようにする重し、大量の食材、スープを温めるための器材、お皿やグラスなどの食器類……。
これだけのものが、霊獣のいる空間から取り出せるらしい。
エイリー曰く『これはサモンの特権です』とのことだけど、聞いても理屈はよく分からなかった。
とりあえず道中で必要な物資は全部ここに入れて置けるらしい。
「長旅をする時は、パーティに一人サモンがいると便利なんですよ」
俺にサラダを取り分けながら、エイリーは続ける。
「神の住まう領域を少しだけお借りして、こうやって荷物を入れておけるのです。たまにどこかにいってしまうこともあるので、本当に大切なものはあまり入れない方がいいのですが……」
じゃあ『人が中に入って移動する』みたいな使い方は、やめた方がよさそうだ。
人が『どこかにいってしまうこと』があったら、さすがに致命傷すぎる。
とはいえ四次元のポケットみたいなことができるというのは、とんでもなく便利そうだ。
「これから行くセーレットって国、どんなところなの? 観光国家なんでしょ?」
温かいコンソメスープと青い空、温かい日差しと少し冷たい乾いた風。
そして目の前には美少女。
すべてが完璧だ。
「セーレットは、海と空のきれいなリゾート地です。ずっと前から行ってみたかったんです」
エイリーは、珍しくにこりとしながら俺に答える。
やっぱり自分が行きたかっただけじゃねーか……。
そう思いつつ、わくわくしているエイリーに水を指すのもよくないので、黙っておくことにした。
にしても、いつたどり着くんだろうか。
だいぶセーレットに近付いているらしいけど、もうしばらくエイリー以外の人間を見ていない。
まぁ、美少女だけ見えればそれでいいんだけども。
それ以外は見渡す限り草原だ。
とにかく草原地帯が広い。
ここは不干渉地帯というものらしい。
『魚の雨』の影響で人類が激減した結果、全世界の局所的にしか人間の居住区域がない。
その結果こういう、どこの国の管理下にもない広大な土地が、世界中に点在しているのだという。
「さぁ、一休みしたら参りましょう。明日の昼にはセーレットの都市部へ着けるはずです」
そう言いながらエイリーは、調理器具や皿、余った食材などを、無数の歯車が囲む異空間へと投げ入れていく。
替えの服や寝具、大量の水などもあそこに入っているらしい。
エイリーは毎回、ほしいものを迷うことなくぱっと取り出している。
これは、サモンがパーティにいたら便利だというのも頷ける。
可愛くて料理もできて優しくて強くて頭もよくてお金も持ってて可愛くてサモンで……。
完璧美少女かよ……。
「どうかされましたか?」
「……いや、何でもないです」
「?」
こうして、俺達はセーレットに向けて走り出した。
※
沼地の奥に、蔦に覆われた不気味な家が建っている。
滅多に人が立ち寄る場所ではないのだが、たまに通りすがった人達からは『魔女の高笑いを聞いた』『巨大なカエルを見た』『毒々しい煙が立ち上っていくのを見た』などという噂が絶えない。
当の本人、ドルヴィ・エルズバーグはそれらの噂を知ってか知らないでか、今日もひっひっひと笑いながら、水でできた水晶玉に七色の砂を入れている。
「やっぱり、出るねぇ……何度やっても、こうなるねぇ……」
ドルヴィは窓の外を見た。
「頑張りな、パーチェ坊や。あんたを待ち受ける未来は、キャンディみたいに甘くはないからねぇ……」
誰に言うわけでもなく、ドルヴィは呟く。
彼女の手元の水晶玉には『LUCKY』の文字が浮かんでいた。
【幕間1】それから END




