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「オラァ! もっと腰入れろ腰を! コルトゥーラのそこら辺のじいさんの方が、お前らりよっぽど働くぞ!」
決闘からしばらくして。
男達は約束通り、コルトゥーラの城で働くことになった。
この城を乗っ取ろうとしていた集団である。
それを雇うなど、『甘すぎるんじゃないか』と否定的な意見があがってもおかしくない話だ。
それでも、リベロは自分を信じている。
こいつらがいくら離反しようと、全員倒せる、と信じている。
何より男達は、離反しようとなどとまったく思っていなかった。
それはもちろん、リベロへの忠誠心もある。
しかしそれ以上に『勝てるわけがない』と確信しているのである。
あれほどまでに圧倒的な能力と体術、そしてバトルセンス見せ付けられた後では、離反などする気も起きない。
あんなの戦ったら間違いなく死ぬという確信がある。
そして何より、彼らは生まれて初めて、誰かに必要とされた。
ようやく手に入れた『家』をなくしたくない、と全員が思っている。
使い捨ての駒扱いからの脱却を目指して、一か八かでコルトゥーラの城を襲った彼ら。
結果として当初の目論見は失敗に終わったものの、想定以上の成果を挙げられたといってもいい。
使用人として、これからこの城で生活をしていく——それが、彼らが勝ち得た……いや、“負け得た”未来だ。
しかし——
「オラァ! あんまり麦を乱暴に扱うな! 優しく……そう! そうやって優しく!」
農業の鬼と化したリベロに、また別の意味で恐れおののいていた。
「これが終わったら飯だから! ほら、頑張れ頑張れ!」
そういう生活も、悪くないか。
男達は笑って、おとなしく麦を収穫していく。
※
そしてその頃、資料室では、
「あらあら、たっちゃんは物知りさんなのねぇ」
「いえ、そんな、恐縮です……」
プリートと片腕のない男が、お茶を飲みながら資料に目を通していた。
パーチェに腕を吹っ飛ばされた彼は、土の龍を操る能力者だ。
そこから転じて今では『タツ』と呼ばれている。
元盗賊の男達は彼を含め、全員が何らかの動物を土で作り上げて攻撃する。
名前のない彼らに『じゃあ私が名前を付けてあげますね』と提案したのはプリートであった。
ネズ、ウシ、トラ、ウサ、タツ、ミー、ウマ、ヒツ、サル、トリ、イヌ、イノ。
名前というより、ほぼそのまま使用している動物の名前だ。
しかし『名前で呼ばれる』というのは彼らにとっては新鮮で、何より嬉しい体験であった。
片腕をなくした彼は龍使いのたっちゃんことタツで、リーダーは猪使いのイノである。
「たっちゃんは、お勉強がしたかったの?」
「はい。でも全然勉強とかそんな、全然できる環境じゃなくって、リーダー……えっと、イノさんに付いてってその日の飯を食うのにも精一杯で……」
必死に喋りながらも、タツは先程からプリート顔をまともに見れていない。
おい、子持ちの人妻ってこんなに可愛いのかよ……!
彼はどこかのロリコンとは違い、成人した大人が好きな、健全な十六歳である。
プリートの抜群のプロポーションや、美人なのに優しく柔らかい顔に、どきどきしっぱなしであった。
ましてや二人っきりである。
「そうなのね。それは大変だったわねぇ」
プリートは眉をひそめながら、タツの頭を撫でた。
そして、
「あら……あら?」
急いで手をどける。
「……えっ? あっ、あの、ごめんなさい、嫌だった?」
ぼろぼろと泣き出したタツを見て驚いた。
「あぁ、どうしましょう。そうよね、もう子どもでもないし、頭なんて撫でても——」
「——どうして、」
狼狽えるプリートの言葉を、タツは遮る。
「どうしてあなた達は、僕達なんかにそんなに優しくできるんですか」
その目からは、ボロボロと涙がこぼれ落ちた。
「だっておかしいでしょ! 僕達、あなた達を殺そうとしてたんですよ? なのに何でそんなに優しいんですか? 何で罰してもらえないんですか!」
「えっと……」
タツは俯いて、残された手で拳を固く握っている。
プリートはその様子を見てしばらく考えてから、
「たっちゃんは、罰がほしいの?」
と訊ねる。
「私ね、たっちゃんがほしいのは、きっとそんなものじゃないと思うの」
プリートはイスから立ち上がり、タツの横に並ぶ。
そして、
「よしよし」
再び、優しく頭を撫でた。
「たっちゃん。今までたくさん、頑張ってきたわね」
そして、撫でながら続ける。
「これからたっちゃんには、頑張れる場所と、頑張れるものと、それから甘えられる場所が必要だわ」
そう言って、プリートは座ったままのタツを抱き締めた。
「ママがいないなら、私がママになってうんと甘えさせてあげる。だから、今はいっぱい泣いていいのよ?」
——あぁ。ダメになる。
タツはこの時、確信を持った。
この人の優しさに浸かったら、今まで保ってきた自分の『軸』が折れてしまう。
すべてが崩れ落ちてしまう。
でも、もう我慢はできなかった。
今までの境遇に対する不満、これからの生活に対する不安——そういったものが、優しさに触れたことで一気に決壊した。
生まれて初めての経験に、タツは息ができなくなるほど泣いた。
誰かに受け入れてもらえる幸せや温かさ——
それを、今ようやく知ることができた。
「今は泣いて、それから色んなこと、一緒に頑張ってみましょう?」
「はい……!」
プリートにしがみ付いて、今まで泣けなかった分まで思いっきり泣いた。
「あらあら。大きな赤ちゃんみたい」
パーチェとエイリーちゃんがいなくなっても、寂しくならなさそう——
優しく頭を撫でながら、プリートはそんなことを考えた。
※
「本っ当に、申し訳ありませんでした」
プリートの足元できれいな土下座をしながら、タツは顔を真っ赤にしていた。
いい歳して女の人に抱き付いて頭を撫でられながら大泣きするなんて、子どもみたいじゃないか——
しかも上品な服が自分の涙や鼻水やよだれでべとべとになって、着替えさせることになってしまった。
「いいのよたっちゃん、気にしないで。その、えっと……私が抱き締めたのがいけなかったかしら……」
「いえ! 嬉しかったです!」
困惑するプリートを余計に困惑させつつ、タツはいつまでも頭を下げ続けた。
さらにそれから数分後。
落ち着いたタツに、プリートは『そうだ』と手を打った。
「たっちゃん、さっき頑張るって言ってくれたわよね」
「え……? あっ、あぁ、は、はい! 言いました!」
言ったというか返事しただけなんだけど、と思いつつ、まぁこの人のためなら何でも頑張れるか、と安請け合いする。
「じゃあね、」
プリートはタツの前に、両手で抱えこめるだけ持ってきたファイルを、どさどさどさ、と落とした。
それを実に三回分。
机の上はあっという間にファイルだらけになった。
「プリートさん、これは……?」
「これは、住民の住所と名前と家族構成のファイル」
「はい?」
「これがこの国の税金についてまとめたファイル」
「え? あの、えっと……」
「これは各国へ農作物を輸出する時にかける税金の一覧で、これは……何だったかしら、」
ぱらぱらと数ページめくり、
「あー、そうそう。シードアソシエイツへの納品書の控えね。それからそれから……」
という説明を五分ほどかけて一通り終えた後、
「これね、エイリーちゃんが一人で全部処理してたのよ?」
と微笑んだ。
「は!? これを!?」
山のようなファイルの群れを見上げて、タツは驚く。
「そうなの。たっちゃん、勉強したいって言ってたし、頑張るって言ってくれたし……これ、勉強のしがいがあるんじゃないかしら?」
ばさばさと崩れ落ちるファイルの横で、プリートは穏やかに続ける。
「エイリーちゃんの代わりに私がやろうと思ったんだけど、どれも難しくて……たっちゃん、一緒にお願いできる?」
にこりと微笑むプリートを見て、それからそびえ立つファイルの山を見て、タツは一瞬白目を剥きかけたが、
「こ、こんぐらい、はは、ら、楽勝っすよ! プリートさんの出る幕もないぐらい、完璧にやってみせますよ!」
と、精一杯の決め顔で力強く言った。
「あらあら、頼もしいわ」
こうして、一人の男が一人の女の術中に溺れた。
プリートにその気はまるでないのが、恐ろしいところである。
どこかのロリコンとタツは、好きな女性の年齢が離れているだけで、どちらも似ているのかもしれない。
続く




