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コルトゥーラの城には、地下牢がある。
滅多に使われることがないためだいぶ荒れてしまっていたが、ここ最近は、少しずつ掃除が進んでいる。
数日前にこの城から旅立っていったお姫様(※♂)が、暇潰しを兼ねて荷物の整理を手伝ってくれたおかげである。
しかし掃除が進んでいるとはいえ地下牢なので、そこへと続く石造りの廊下も、暗くて湿っぽく、不気味ですらある。
壁にぽつぽつと松明が炊かれているだけだが、少し前まではこれさえなかったのだ。
「ふんふふーんふーん、今日ももーりもーりあっさごっはんー」
そんな廊下を、一人の少女が楽しげに歌を歌いながら歩いている。
彼女の名前はカリーノ。
この国の城に勤めるメイドの一人だ。
少し前まではただのメイドだったのだが、一週間ほど前にメイド長に就任した。
自分の先輩であるエイリーが、お姫様の護衛のために旅立ってしまったため、その代わりを勤めている。
パーチェ姫とエイリーがいなくなるのは正直寂しかった。
パーチェ姫はめちゃくちゃ怖いし能力を使うと怒るし理不尽だし暴力的だから嫌いだったけど、お城の外で襲撃されてからはやたらいい人になったなぁ。
……というのが、カリーノの視点から見た率直な感想である。
その『いい人』の気配を敏感に嗅ぎ取って、パーチェに城中の大掃除を手伝わせた張本人でもある。
あまりに『いい人』になったものだからウキウキで肩車までしてもらって遊びつつサボっていたら、エイリーに見付かってこっぴどく叱られることになった。
そんなエイリーは、カリーノから見ると『ちょっと怖いけど、仕事がものすごくできる優しい人』という印象である。
エイリーの怖さは、仕事に対する真面目さからきている——それは、幼いカリーノも理解している。
ようやく仲良くなれたパーチェ姫と、お世話になっていた先輩エイリー。
いなくなるのは寂しかったけど、それに見合うメリットもあった。
メイド長になることで、国王夫妻と話す機会が多くなったのだ。
優しい(というより緩くて適当な)国王夫妻が大好きなカリーノにとって、いいことだらけなのである。
だから地下牢に続く不気味な廊下であっても、ピクニック気分でるんるんと歩いているのだ。
そんな足取りの軽い彼女の後ろからは、だらしない顔をしたオウムが付いてきていた。
オウムのお腹には紐が結ばれていて、その先に付いているカゴには十二人分の朝食が入っている。
かなりの重量であるものの、オウムはまるで疲れた素振りは見せない。
このオウムはとても神聖な生き物には思えない、だらしない顔をしている。
しかし歴とした霊獣であり、しかもランクで言えば霊獣級の霊獣である。
この霊獣の使い手の少女、カリーノは妖精級の能力者だ。
しかしどういうわけか霊獣級であるこのオウムに気に入られ、力を貸してもらっているという状況だ。
ちなみに異世界からきたとあるロリコンは『きっとカリーノが可愛いから、このロリコンオウムは彼女の言うことを聞いているのだろう』と解釈したが、それが正解であるということは誰も知りようがない。
「おはようございます。みなさん、朝ごはんですよぉ」
カリーノが声をかけると、牢屋の中にまとめて入れられていた十二人が、もぞもぞと起きはじめる。
牢屋も石造りなのだが、そこは異様な光景になっていた。
十二人の男達の体に、太い木の根がまとわり付いているのだ。
とはいってもそれは体を完全に拘束しているわけではなく、胴回りを押さえているだけに過ぎない。
巨大な木の根は牢屋の隅から生え、十二股に分かれて男達を捕まえている。
これはこの国の王妃、アルジェント・プリートの能力、『豊穣の果実』によるものだ。
この木の根で彼らを拘束しつつ、同時に魔力を吸い続けている。
さらには少しでも不穏な動きを見せようものなら、彼女にすぐ伝わる仕組みになっている。
すごい能力だなぁ、とカリーノは改めて感心した。
最初は 、木の根を操作するだけの能力だったらしい。
それが、木の根を急成長させられるようになり、木の根が触れている相手の状況を探ったりできるようになったという。
カリーノの能力『困った探偵鳥』も、空を飛んだり姿を消したりすることができる。
応用はいくらでも利きそうな能力なのだが、能力自体の発展方法は、まったく思い付いていないようだ。
私も頑張らないとなぁ、と意気込んで、カリーノは拳を握る。
そして彼女なりに精一杯きりっとした顔をした。
しかし、本人のどこまでも攻撃性のない穏やかな顔つきのせいで、はた目から見ると何をしているのかよく分からない感じになってしまっている。
「はい、リーダーさん。朝ごはんですよぉ」
彼女の先輩、エイリーは今頃、セーレットというリゾート国家にいるだろう。
様々な国と条約を結んで、パーチェ姫が世界を見て回って経験を積むというのが目的……だと聞いている。
正直なところ、カリーノは少し前までのパーチェ姫が苦手であった。
嫌いと言ってもいい。
ワガママだし気難しいし、うっかり能力の話もできないし、使おうものなら大変なことになるし。
生き物を水に沈めて殺していたらしいし。
要は、ものすごく怖かったのである。
それが、ちょっと前から急に優しくなった……ように感じられた。
というより、なぜか急に自分に対して凄まじい好意を向けてくれるようになった、というのが率直な感想である。
それは、お姫様の中身がロリコンになってしまったからなのだが、カリーノがそれを知る由もない。
その結果、能力のコピーのためとはいえ、パーチェ姫とキスを——
「——おい、おい、嬢ちゃんどうした」
ふと顔を上げると、盗賊のリーダーが不思議そうな顔をしていた。
「顔、紅いぞ。風邪か?」
「……へ? あっ、ち、違います! 何でもないです! はい、パンとシチューとサラダです! サラダは冷めないうちにどうぞ!」
牢屋の細い隙間から手際よく十二人分の食事を置いていきながら、しかしよく分からないことを言っている。
「嬢ちゃん、サラダは元々冷めてるだろ」
イヌの能力者がそう言うと、みんなが笑いだした。
「おいおいどうした、ぼーっとして」
「恋でもしたかァ?」
町の飲み屋のような笑い声が溢れる中、
「もー! そ、そんなんじゃないですよ!」
カリーノはますます顔を紅くしていく。
いただきまーす、と各々が食べ始める中、
「別に恋の一つや二つ、いいだろ?」
パンにシチューをたっぷり浸しながらリーダーが言う。
「俺だって嬢ちゃんぐらいの歳の頃には、女の四、五人はいたってもんよ」
「それはリーダーが早すぎるんすよ!」
わはははは、と笑い声が響く。
「もー! 違います! そんなに意地悪言うならご飯あげませんよ!」
「それは困るなぁ」
「でも、嬢ちゃんが牢屋の中に入って俺達十二人分の飯を一個ずつ片付けてる間に、俺ら食い終わっちまうわなぁ」
「えー? そんなことないですよぉ」
カリーノはにこにこと言いながら、
「だって、ほら」
彼女の足元に広がる、十二人分の料理を指差した。
「……ん?」
男達は呆気に取られた後、自分の手を見て、一瞬前まで自分の持っていたスプーンやパンや皿がなくなっていることに気が付き、それらが一瞬でカリーノの足元に移動していることに気が付いた。
「は……?」
男達から見れば、ほんの一瞬の出来事だっただろう。
とても霊獣には見えないだらしない顔をしているが、『困った探偵鳥』は歴とした霊獣だ。
姿を消して物を素早く奪うぐらいのことは簡単にやってしまう。
「——なぁんて。うそうそ。嘘ですよぉ。リベロさんから、みなさんにはお腹いっぱい食べてもらうように言われてるんです」
カリーノがそう言うと、男達の目の前に食事が再び、一瞬でずらりと並ぶ。
「……」
男達は完全に沈黙した。
コイツも意外とヤバい能力を持ってた……。
そもそも男達は、この地下廊に連れてこられた時に死を覚悟していた。
国王自らの手で処刑されるものとばかり思っていた。
ところが、彼らを待っていたのはたっぷりと用意された食事であった。
彼らは最後の晩餐かと思い粛々と食べていたのだが、次の日の朝も、おいしそうな朝食が出た。
そんな様子でお腹いっぱいの三食がいつまでも続き、どれだけ経っても処刑される気配がない。
それどころか、幼いメイドさんが自分で焼いたというスコーンがおやつの時間に出てくる始末である。
「なぁ、嬢ちゃん」
「はい、リーダーさんどうしました?」
屈託のない、本当に楽しそうな笑顔を向ける少女に、リーダーは訊ねる。
「俺達は、何で生かされてるんだ? これからどうなるんだ?」
「うーん……どうなんでしょう」
カリーノは首をかしげる。
「とりあえずリベロさんからは、お腹いっぱい食わせてやれ、としか聞いてないんですよね」
「そう、そもそもそれだ。何で俺達は、こんなに飯を食わせてもらえるんだ? 俺達、この城を奪おうとしてたんだぞ?」
「多分なんですけど……」
カリーノは、牢屋のそばにあるイスに腰掛けて続ける。
足が地面に届かずぷらぷらしている。
「リベロさんは、何というか……野心があるというか、下克上というか、ハングリー精神というか……そういうのを持った人が好きなんじゃないかなーって、思うんです」
「は……?」
「いや、私も分からないんですけど……でも、何かそういうの、かっこいいなぁって思って」
カリーノはシチューのお代わりが入った容器を掲げて、
「シチューもパンもサラダも、お代わりがありますからね、たんと召し上がれ」
にこりと笑った。
続く




